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さて、先回は、御嶽山噴火によって再びクローズアップされた川内原発の噴火リスクを懸念する声に対し、原子力規制委員長田中俊一が、御嶽山の水蒸気噴火と川内原発で懸念されている周囲の巨大カルデラ火山噴火を同一視するのは「非科学的」であり、そういう場合は「予知」して、原子炉停止や核燃料搬出のような対策がとれるはずとし、さらに、一万年に一回というような巨大カルデラ噴火はここ30-40年間にはこないし、そのような天災を考慮して社会的活動を抑制することはできないと述べたことを紹介した。

より明確に、「安全対策をとっているから大規模噴火でも川内原発は安全である」と国会答弁で主張したのが安倍首相である。まず、次のテレビ朝日のネット配信記事(10月3日配信)をみてほしい。

安倍総理大臣は、鹿児島県の川内原発の再稼働について、桜島などが御嶽山よりはるかに大規模に噴火した場合でも、安全性は確保されていると強調しました。

 民主党・田城郁参院議員:「予知不能であったこの噴火は、自然からの警鐘として受け止めるべき。川内原発の再稼働を強引に推し進める安倍政権の姿勢を認めるわけにはいきません」
 安倍総理大臣:「桜島を含む周辺の火山で今般、御嶽山で発生したよりもはるかに大きい規模の噴火が起こることを前提に、原子炉の安全性が損なわれないことを確認するなど、再稼働に求められる安全性は確保されている」
 安倍総理は、「いかなる事情よりも安全性を最優先させ、世界で最も厳しいレベルの規制基準に適合した」と強調して、川内原発の再稼働に理解を求めました。
http://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000035888.html

確かに、川内原発の安全審査は、従来の桜島噴火以上の規模の噴火を考慮にいれてなされている。しかし、巨大カルデラ火山噴火は、想像を絶する規模のものである。九州電力も、過去の巨大カルデラ噴火で川内原発所在地にまで火砕流が及んだことが三回あった可能性を認めている。この地域における人間社会の存続すら揺るがす規模の巨大カルデラ噴火に対して、原発が安全であるということはできない(もちろん、これは、原発だけの問題ではないが)。田中俊一は、さすがに巨大カルデラ噴火において原発が安全であるとはいっていない。予知できるから対策がとれる、頻度が小さい現象だから、すぐにおきることは想定できないといって言い抜けているのである。

安倍首相の発言は、田中俊一の発言と齟齬している。安倍首相の考える「大規模噴火」は、せいぜいが「桜島噴火」以上の規模のものでしかなく、問題になっている「巨大カルデラ火山噴火」について指していないのである。

これは、どういうことなのであろうか。結論的にいえば、川内原発で対策されている「大規模噴火」と、そもそも運転停止や核燃料搬出などの対策しかとれない「巨大カルデラ噴火」が、意図的にか非意図的にか不明だが、混同されているのである。

一般的には、このような混同は、「無知」であるためと認識され批判される原因となる。統治責任のある首相であればなおのことだ。しかし、レトリックでみると、いろいろ根拠をあげて「合理的」に装おうとしている田中の発話より、根拠をあげずにとにかく「安全」である言い切っている安倍首相の発話のほうが、よりインパクトがあるといえる。昨年のオリンピック誘致時に、あれほど問題が山積していた福島第一原発を、一言で「アンダーコントロール」と述べた時と同様である。安倍首相についていえば「無知は知にまさる」のである。

ただ、これは、安倍政権(安倍首相個人はどうだかわからないが)が何も考えていないということを意味しない。たぶん、宣伝戦略の「知」に基づいているのだろう。ある商品の宣伝にタレントを使う場合、その商品についてタレントが知っている必要はない。むしろ、欠陥も含めた商品の実態に「無知」であるほうが、シナリオに基づいて理想的に語ることができるだろう。そう考えると、いろいろ根拠をあげて「知的」に語ろうとする田中俊一の発話よりも、「安全だから再稼働」ということしかいわない安倍首相が、レトリックの上では「説得的」ともいえる。「無知は知にまさる」としたが、それは、このような宣伝戦略としての「知」に支えられているのである。

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福島第一原発における危機的状況に対して、ようやく、国会においても議論をしなくてはならないという動きが出てきた。茂木経産相は、8月26日に、汚染水対策につき、国が前面に出ることを強調し、凍土による遮水壁の設置などについては、国が財政措置をとるこも検討すると述べた。以下の時事新報のネット配信記事をみてほしい。

汚染水対策の強化指示=局長級ポスト新設―茂木経産相
時事通信 8月26日(月)21時35分配信
 茂木敏充経済産業相は26日、東京電力福島第1原発を視察後、「汚染水対策はモグラたたきのような状況。今後は国が前面に出る」と改めて強調した。経産省に汚染水対策担当の局長級ポストを新設することを明らかにした上で、貯蔵タンクの汚染水漏出問題を踏まえ、東電にタンクの管理体制強化や水漏れしにくいタイプへの切り替えなど5項目を指示した。福島県楢葉町の東電復興本社で報道陣に述べた。
 東電に対しては他に、タンクの見回り強化や汚染水の放射性物質除去の加速、汚染水貯蔵に関するリスクの洗い出しを指示。原発敷地内の土を凍らせて地下水の流入を防ぐ遮水壁など、緊急性があり技術的に難易度が高い対策は、予備費活用を含め財政措置も検討する考えを表明した。
 指示を受け、東電の広瀬直己社長も復興本社で記者会見。「必要な要員や機材を投入し、管理していきたい」と述べ、同日付で社内に汚染水・タンク対策本部を新設したと発表した。タンクの運用強化や地下水分析など計15のプロジェクトチームを設置し、内外の専門家から助言を仰ぐという。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130826-00000147-jij-soci

そして、民主党の海江田万里代表も、26日に、とりあえず福島第一原発の高濃度汚染水問題について、閉会中審査という形で国会で議論していくことを自民・公明両党に求めた。しかし、その際、「海江田氏は、同問題が2020年の東京夏季五輪招致へ影響を与える恐れがあると指摘、『政府が前に出て責任を持つと国際社会に明らかにすることが大切だ』と注文をつけた」(朝日新聞朝刊2013年8月27日号)としたという。つまり、海江田にとって、福島第一原発の汚染水問題は、まずはオリンピック招致活動に影響が与えるかいなかという問題なのである。

それは、自民党も同様であった。8月29日、自民党の東日本大震災復興加速化本部は「汚染水対策の加速求める決議」を可決したが、その背景として「国民に強い不安を与えており、風評被害が拡大する」、「2020年のオリンピックとパラリンピックの東京招致にも影響が出かねない」という声があったことをNHKは指摘している。

汚染水対策の加速求める決議
8月29日 16時5分

自民党は、東日本大震災復興加速化本部の会合を開き、東京電力福島第一原子力発電所でタンクから汚染水が漏れ、海に流れ出たおそれがある問題について、関係省庁が一体となり、十分な財政措置をとって対策を加速させるよう求める決議を行いました。

会合では、福島第一原発で高濃度の放射性物質を含む汚染水がタンクから漏れ、海に流れ出たおそれがある問題について、「国民に強い不安を与えており、風評被害が拡大する」、「2020年のオリンピックとパラリンピックの東京招致にも影響が出かねない」といった指摘が出されました。
こうした指摘を受けて会合では、「国が前面に立って問題の早期解決を図るべきだ」として、政府が対策の具体的な内容などを国民に丁寧に説明することや、経済産業省や原子力規制委員会など、関係省庁が一体となった体制を速やかに構築し十分な財政措置をとって対策を加速させることなどを求める決議を行いました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130829/k10014132501000.html

このように、民主党にしても自民党にしても、まずは東京オリンピック招致が大事なのである。そのことが、非常に不思議な事態を惹起した。2020年オリンピックの候補地が決定される9月7日のIOC総会まで、議論を先送りしようということが自民党・民主党の衆院経済産業委員会の理事たちによって8月30日に合意されたのである。次の朝日新聞の記事をみてほしい。

汚染水漏れ、国会チェック機能果たさず 審議先送り
朝日新聞デジタル 8月30日(金)23時58分配信

 東京電力福島第一原発の放射能汚染水漏れをめぐり、国会の機能不全が露呈した。2020年東京五輪招致への影響に気兼ねし、衆院経済産業委員会の閉会中審査が先送りに。五輪のために汚染水問題にふたをしたとの批判を招きかねない対応に被災地では怒りの声が上がる。五輪招致関係者からは「逆に招致に悪影響を与える」との懸念も出ている。

 30日、国会内で開いた衆院経済産業委員会の理事懇談会。自民党の塩谷立筆頭理事が「安倍晋三首相も政府を挙げて取り組むと言っている。もう少し時間をとったうえで検討したい」と表明した。民主党の近藤洋介筆頭理事は現地視察を提案。政府側が五輪招致を決める9月7日の国際オリンピック委員会(IOC)総会前に打ち出す汚染水対策を見極めることで、事実上先送りを容認した。

 もともと閉会中審査は、野党の要求に応じる形で自民党が開催を検討した。だが、五輪開催地の決定直前に開けば、審議を通じて事故の深刻さや政府の対応の遅れがさらに強調されて世界に伝わり、東京招致に悪影響を及ぼしかねない――。こんな懸念が政権内に広がった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130831-00000003-asahi-pol

結局、自民党も民主党も、オリンピック招致が第一の課題なのであり、それに影響を与えることが予想される福島第一原発問題の国会審議は先送りしてしまったのである。朝日新聞の「国会チェック機能果たさず」という見出しは正鵠をついているだろう。

福島第一原発の汚染水問題は、福島県をはじめ、日本列島に住む人びとの生存について脅威を与えている。さらに、放射能物質による海洋汚染は、韓国・中国・台湾・ロシア・カナダ・アメリカなどの北太平洋に面する諸国の間における国際問題にもなっている。より広くいえば、福島第一原発問題は、世界全体の問題にもなっているだろう。

それに、汚染水問題ということは、福島第一原発の廃炉作業にとって、入口の問題にすぎない。実際には、原子炉内の破損された核燃料などをとりだし、原発全体を解体するという、資金的にも技術的にも難しい作業がまちかまえている。現状では、汚染水問題という入口の問題すら解決できないということになるだろう。

それに対して、自民党も民主党もまず第一の課題として念頭にあることは、東京オリンピック招致なのである。私個人は、東京でオリンピックを開催するということは、過密過疎問題を拡大し、東京にせよ、地方にせよ、どちらにとっても有益にはならないと思っている。ただ、日本の他の都市でオリンピックを開催することには反対しない。しかし、どちらにせよ、福島第一原発の現状において、オリンピック招致活動をしている状態なんだろうかと考えている。2020年においても、確実に福島第一原発は存在している。汚染水問題よりも解決困難な課題に直面しているかもしれない。そして、東電にせよ、政府にせよ、その時に可能な限り適切な対応しているだろうかと思う。

政府側のいっている「国が前面に出る」というのも、凍土による遮水壁設置に国費を支出するなど、部分的に可能な対策をあげているにすぎない。そして、最早、いろんな人びとが「健忘」しているが、東電は福島第一原発事故の「責任者」であるにもかかわらず、国から資金提供を受け、破たん処理を免れている存在なのである。東電自体は「リストラ」されたが、株主や金融機関は、直接的損害は免れているのである。そして、廃炉作業にせよ、除染にせよ、補償にせよ、東電が現状では費用を賄うことはできず、国から支援された資金を返済できるあてもない。国費で廃炉作業を行うことは必要な課題であるが、その枠組みもなくただ資金をつぎ込むことは、倫理的にも経済的にも問題がある。

そのような議論も含めて国会という公開の場で福島第一原発について討論をすることは、喫緊の課題である。しかし、自民党や民主党の議員たちは、東京オリンピック招致という、たぶん、日本列島に住む人びとにとっても、世界の人びとにとっても、生存の問題とはいえない問題を第一に考え、それへの影響を懸念して、福島第一原発問題における閉会中審査を先送りした。本末転倒としかいえないのである。

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今回、国旗国歌法の審議過程においてあかるみにされた矛盾についてみていこう。1999年8月9日、小渕内閣において「国旗・国歌法」(正式には「国旗及び国歌に関する法律」)が成立した。法律自体はシンプルで、国旗を日章旗に、国歌を君が代とすることを定めただけである。しかし、この国旗・国歌法は矛盾をかかえていた。この国旗・国歌法は、1989年の学習指導要領において、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定されて、公立学校の入学式や卒業式などで国旗掲揚・国歌斉唱が事実上義務付けられたことを前提としたものであった。少なくとも、学校教育の現場で儀式に携わる教員たちが国旗・国歌を扱うことは、当然の責務として考えられていた。

例えば、当時の文部大臣有馬朗人は、このように答弁している。

一般に,思想,良心の自由というものは,それが内心にとどまる限りにおいては絶対的に保障されなければならないと考えております。しかし,それが外部的行為となってあらわれるような場合には,一定の合理的範囲内の制約を受け得るものと考えております。
 学校において,校長の判断で学習指導要領に基づき式典を厳粛に実施するとともに,児童生徒に国旗・国歌を尊重する態度を指導する一環として児童生徒にみずから範を示すことによる教育上の効果を期待して,教員に対しても国旗に敬意を払い国歌を斉唱するよう命ずることは,学校という機関や教員の職務の特性にかんがえてみれば,社会通念上合理的な範囲内のものと考えられます。そういう点から,これを命ずることにより,教員の思想,良心の自由を制約するものではないと考えております。
(平成11年7月21日 衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会 文部大臣)
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

しかし、国会審議の中で、当時の日本共産党や社会民主党などからさまざまな異論を出された。例えば、6月29日の衆議院本会議で、日本共産党の志位和夫衆議院議員は、小渕恵三総理大臣に次のように問いかけた。

どのような形であれ、思想、良心の自由など人間の内面の自由に介入できないことは、近代公教育の原理であり、教育基本法の原則ではありませんか。日本共産党は、法律に根拠がない現状ではもちろん、我が党が主張するように国民的討論と合意を経て法制化が行われたとしても、国旗・国歌は、国が公的な場で公式に用いるというところに限られるべきであって、国民一人一人にも教育の場にも強制すべきものではないと考えます。総理の見解を問うものであります。

そして、小渕恵三は、次のようにこたえている。

良心の自由についてお尋ねがありましたが、憲法で保障された良心の自由は、一般に、内心について国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないという意味であると理解をいたしております。学校におきまして、学習指導要領に基づき、国旗・国歌について児童生徒を指導すべき責務を負っており、学校におけるこのような国旗・国歌の指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでありまして、子供たちの良心の自由を制約しようというものでないと考えております。
 教育現場での教職員や子供への国旗の掲揚等の義務づけについてお尋ねがありましたが、国旗・国歌等、学校が指導すべき内容については、従来から、学校教育法に基づく学習指導要領によって定めることとされております。学習指導要領では、各教科、道徳、特別活動それぞれにわたり、子供たちが身につけるべき内容が定められておりますが、国旗・国歌について子供たちが正しい認識を持ち、尊重する態度を育てることをねらいとして指導することといたしておるものであります。http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=15652&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=8&DOC_ID=2248&DPAGE=1&DTOTAL=10&DPOS=7&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=15931

この答弁は微妙である。子供たちの良心の自由を制限するものではないとしながらも、国民として必要な基礎的・基本的な内容を身につけさせるためには、学習指導要領に基づいて国旗・国歌の指導は必要だとしているのである。

ただ、この答弁は、ともあれ、おおっぴらに児童・生徒に対して国旗・国歌を強制すべきではないということにもなろう。例えば、7月21日、有馬文相はこのように答弁している。

どのような行為が強制することになるかについては,当然,具体的な指導の状況において判断をしなければならないことと考えておりますが,例えば長時間にわたって指導を繰り返すなど,児童生徒に精神的な苦痛を伴うような指導を行う,それからまた,たびたびよく新聞等々で言われますように,口をこじあけてまで歌わす,これは全く許されないことであると私は思っております。
 児童生徒が例えば国歌を歌わないということのみを理由にいたしまして不利益な取り扱いをするなどということは,一般的に申しますが,大変不適切なことと考えておるところでございます。
(平成11年7月21日 衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会 文部大臣)
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

そして、このような態度は、教員たちに対する「強制」についても微妙な配慮を生み出していった。学習指導要領に規定された職務上の責務であるから、それについて職務命令を出すことは可能である。しかし、有馬文相はこのように述べている。

私は,教育というのは根本的に先生と児童生徒の信頼関係であり,またそれを生み出すのは先生方同士の信頼関係だと思っています。ですから,職務命令というのは最後のことでありまして,その前に,さまざまな努力ということはしていかなきゃならないと思っています。
 ただ,極めて難しい問題に入っていったときに最終的にはやむを得ないことがあるかもしれませんが,それに至るまでは校長先生も,また現場の先生方もよくお話し合いをしていただきたいと思っています。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 文部大臣)http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

職務命令を出すことは最後のことにすべきで、それまでによく教員の間で話し合ってほしいと有馬は要望しているのである。

そして、処分についても、有馬文相は次のように述べている。

 

職務命令を受けた教員は,これに従い,指導を行う職務上の責務を有し,これに従わなかった場合につきましては,地方公務員法に基づき懲戒処分を行うことができることとされているところでございます。
 そこで,実際の処分を行うかどうか,処分を行う場合にどの程度の処分とするかにつきましては,基本的には任命権者でございます都道府県教育委員会の裁量にゆだねられているものでございまして,任命権者である都道府県におきまして,個々の事案に応じ,問題となる行為の性質,対応,結果,影響等を総合的に考慮して適切に判断すべきものでございます。
 なお,処分につきましては,その裁量権が乱用されることがあってはならないことはもとよりのことでございます。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 政府委員)

 教育の現場というのは信頼関係でございますので,とことんきちっと話し合いをされて,処分であるとかそういうものはもう本当に最終段階,万やむを得ないときというふうに考えております。このことは,国旗・国歌が法制化されたときにも全く同じ考えでございます。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 文部大臣)http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

もし、職務命令を受けた教員が従わない場合、処分の権限は都道府県教育委員会がもっているが、その裁量権は乱用すべきではないとし、処分は最後の手段とすべきとしているのである。

ある意味では、「学習指導要領」を根拠とした教育現場における国旗・国歌の強制という論理と、思想の自由を保障するという論理が、国旗国歌法の審議過程ではせめぎあっていたといえる。もちろん、小渕や有馬のいう「思想の自由」は、児童・生徒にせよ教員にせよ、「内心の自由」でしかなく、学校教育現場の国旗・国歌の強制という営為を阻害することは許されなかった。それでも、あからさまな強制を児童・生徒にたいして課すべきではなく、教員についても最後の手段とすべきとはされていたのである。そして、このようなアンパビレンツな態度は、2004〜2005年における日の丸・君が代に対する天皇の発言や、2012年1月に出された、国旗国歌に対する職務命令は合法・合憲とはするものの重すぎる処分は裁量権の乱用にあたるとする最高裁判決にも影響してくるといえる。ここで詳述できないが、その意味で、結果的に国旗国歌法の成立を許したとしても、国会において、国旗国歌法の問題点を洗い出したことは意味があるといえるのである。

付記:なお、1999年6月29日の衆議院本会議における志位和夫と小渕恵三の論戦については国会会議録から引用したが、その他の資料は文部省初等中等教育局が1999年9月にまとめた「国旗及び国歌に関する関係資料集」から引用した。

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国会前スピーチエリアの演壇

国会前スピーチエリアの演壇

昨日(2012年11月30日)、恒例となっている金曜日の官邸前抗議行動にいってみた。官邸前といっているが、実際には官邸前だけでなく、国会前(スピーチエリアとファミリーエリア)でも行われており、後述するように、経産省前テントひろばの他、昨日は文部科学省前でも行っている。大体の地理関係を承知してもらうため、下記に地図を示しておく。

その日は、東京メトロ有楽町線桜田門駅から向かった。桜田門駅から国会前道路に出ることができる。地上に出たのは18時で、すでに、「原発いらない」などのコールが聞こえていた。国会に向かって左側の歩道を歩いてスピーチエリアについた。夏頃は万単位で人がいて、歩くこともままならなかったが、今はさすがにそれほど人がいない。スピーチエリアには演壇が設けられていて、千葉麗子だと思われる女性(名乗った時はいなかったが、たぶんそうだと思う)がコールをしていた。彼女は、コール後、司会もしていた。第一番目にあがったのが、ニューヨークで詩人をしている男性が演壇に上がり、「歌」を披露していた。

国会前で歌を披露する詩人

国会前で歌を披露する詩人

それから、私は官邸前に向かった。国会前庭の前を通る道である。途中で、欧米人と思われる男性がギターを弾いていて、その前に「 NO NUKES」などとプラカードやロウソクが置かれていた。なかなかファンタスティックであった。

国会前庭前にて

国会前庭前にて

官邸前道路と六本木通りの交差点に到達した。そこには何枚もの手描きのポスターがディスプレイされていた。今までみたことがなかった。

手描きポスター

手描きポスター

人があまり多くないので、官邸前にも進んで行けた。しばらくすると、ドラム隊が、官邸前を出発して、歩道を「行進」するのに遭遇した。じっと立ち止まって演説を聞いているのは寒いので、ついていくことにした。

ドラム隊の行進は、文部科学省近くを通った。文部科学省前でも抗議活動は行われていた。抗議活動を行っているグループは、「人形」を使った寸劇で訴えようとしていた。何か資料も使うようだった。今回は遠慮したが、次回も行うようだったら、いってみよう。

文部科学省前抗議活動における寸劇

文部科学省前抗議活動における寸劇

ドラム隊の行進はさらにすすみ、経産省前テント広場に到達した。そこでは、甘酒やホッカイロなどが配られていた。そういえば、デモなどでここを通ると、いつもなにがしかの物が配られていたと記憶している。優しい人たちである。

経産省前を行進するドラム隊

経産省前を行進するドラム隊

経産省前テントひろば

経産省前テントひろば

ドラム隊は、経産省前テントひろばから、外務省脇を通行して、六本木通りの国会前庭側歩道を通って、国会前に向かおうとした。しかし、国会前道路の入口付近で、警官隊に通行を差し止められた。緊張感が高まった。そこで「通せ」「通せ」とコールしようとした人がいたが、ドラム隊の一人からやめるように諭されていた。しばらく、首都圏反原発連合の担当者が交渉し、その結果、通行が許可された。これは、なんだったのだろう。

国会前道路の通行を一時阻止されるドラム隊

国会前道路の通行を一時阻止されるドラム隊

一時、行進を差し止められた結果、かえって、ドラム隊の意気はあがったようだ。ドラム隊はスピーチエリアに合流した。そこでは、ミサオ・レッドウルフ氏がコールを行っていた。「玄海廃炉!」など、各地原発名をあげてコールをしていたのだが、いつもは冷静な事務連絡している彼女のコールは迫力があった。それから、別の人が「選挙で変えよう!」「国会変えよう!」「官邸変えよう!」などとコールししていた。「選挙」関連のコールは、かなり多くのところで聞かれた。その後、日本共産党の前衆議院議員笠井亮氏がオレンジの服を着て演説していた。私は聞いていないが、宇都宮けんじ氏も演説を行ったらしい。

国会前における熱狂

国会前における熱狂

その後、ドラム隊は、国会に向かって右側の歩道を歩いてファミリーエリアに到達し、そこを盛り上げた後、さらに歩いて、彼らが定番としている国会前歩道のある地点で盛りあがり、時間がきて解散した。

ドラム隊

ドラム隊

首都圏反原発連合の知人に聞くと、参加人数は5000人くらいといっていた。最初はどうかなと思ったのだが、今、抗議活動の場はいろんなところに拡散しており、だんだん人数が増えてきたので、そんなものかもしれない。とにかく、「選挙で変えよう!」「国会変えよう!」というコールが目立つようになった金曜日の官邸前抗議行動であった。

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さて、このブログにおいて、1970年に中華民国(台湾)側が尖閣諸島の領有を主張した際、日本政府は、尖閣諸島はアメリカの施政権下にあり、当時行っていた沖縄返還交渉で日本に復帰する予定であったことを尖閣諸島領有の根拠としていたことを述べた。しかし、アメリカは尖閣諸島は沖縄とともに日本に返還されるとしながらも、その帰属については当事者間で解決されるべき問題であると主張した。

他方で、琉球政府は、1895年に尖閣諸島の沖縄県帰属が内閣で閣議決定されたことなど、現在の日本政府があげている領有の根拠の源流といえる論理を1970年の声明で主張した。このことも、本ブログで述べた。

しかし、その後も、愛知揆一外務大臣は、サンフランシスコ講和条約で沖縄全体とともに尖閣諸島もアメリカの施政権下に置かれることになり、沖縄返還で復帰する予定であることを、尖閣諸島領有の主な根拠として、基本的に国会答弁で主張し続けた。

この姿勢に変化が現れたのは、1971年6月17日、アメリカとの間で沖縄返還協定が調印され(1972年5月15日発効)、その直後の7月5日の内閣改造によって外務大臣が愛知から福田赳夫に交代した以降のことであった。就任当初の福田も、前任者の愛知と同様、沖縄返還において尖閣諸島も返されることを尖閣諸島領有の根拠として国会で答弁していた。

しかし、1971年12月1日の参議院本会議における国会答弁から、福田の姿勢は変化していく。この日、日本社会党所属の参議院議員森元治郎は、尖閣諸島について、このように質問した。

尖閣列島について伺います。アメリカ上院の審議の過程において、この尖閣列島だけが特に問題として取り上げられたのを見て奇異の感じを免れません。アメリカの言い分によれば、尖閣列島の施政権は日本に返すことになるが、その領土主権の帰属については関与しない、もし領有権を主張する国がありとすれば、関係国の話し合いによってきめたらよかろうというもののようであります。一体、アメリカは、どこの国のものかわからないこれらの島々の施政権を押えていたというのでしょうか。そのくせ、返還後も演習場として使用するということになっております。キツネにつままれたようでさっぱりわかりません。何とも不愉快な話であります。その間の事情を外務大臣からお伺いいたしたいと思います。(国会会議録検索システム)

つまり、アメリカは、尖閣列島を返還するといいつつ、領土主権の帰属には関与せず、そのことについては関係国の協議にまかすという態度をとっているのではないかと質問したのである。なお、この質問の中で尖閣諸島の中にアメリカ軍の演習場があると述べられているが、この演習場は、他の沖縄基地と同様、今も返還されていない。

この質問に対し、福田は次のように答弁した。

次に、尖閣列島の問題でありますが、御指摘のように、確かにアメリカ上院の外交委員会はその報告書におきまして、この協定は、尖閣列島を含む沖繩を移転するものであり、その次が問題なんですが、尖閣列島に対する主権に関するいかなる国の主張にも影響を及ぼすものでない。こういうふうに言っておるわけであります。これは米上院の外交委員会の報告書の中にそう言っているわけでありますが、このことをとらえての森さんのお話だと思います。私は、このことをとらえてのお話、御心情はよくわかります。私といえども不愉快なような感じもいたすわけでございます。おそらくこれは他の国からアメリカに対していろいろと話があった、それを反映しているんじゃないかというふうな私は受け取り方もいたしておるのでありますが、この問題は御指摘を受けるまでもなく、すでに平和条約第三条において、これは他の沖繩諸島同様にアメリカの信託統治地域、またそれまでの間の施政権領域というふうにきめられておりますので、それから見ましてもわが国の領土である。つまり、台湾や澎湖島と一線を画しておるそういう地域であるということはきわめて明瞭であり、一点の疑いがない、こういうふうに考えております。(国会会議録検索システム)

この答弁は微妙である。この時点でも福田は尖閣諸島領有の根拠としてサンフランシスコ講和条約によってアメリカが施政権をもつことになり、沖縄返還でともにかえってくることをあげている。しかしながら、アメリカ側が尖閣諸島帰属について曖昧な態度を示していることに不快感を示しているのである。

そして、12月16日の参議院沖縄返還協定特別委員会において、森と福田は次のような議論をしたのである。

○森元治郎君 これは本論じゃないから簡単にしますが、私は、きょう現在は尖閣列島の領有権は問題なく日本だ、大陸だなと尖閣列島の問題は別個の問題である、もう一つは、もし、第三国から話し合いがあった場合には、正当なる申し入れ、相談したいとか――けんかではだめでしょうからね、正当に話したいというんなら話し合おうというだけで必要にしてかつ十分だと思うんです。外務大臣としては。いまり中国に調子づけたようなかっこうなんかする必要はないので、この問題はなかなかこれは深刻複雑ですからね。その点はもっと牛歩的な態度でしっくりいかれたらいいと思う。
 それでもう一点だけ聞くのは、なぜアメリカは領有権の問題について奥歯に物のはさまったようなことを特に言うのか、この真意は。さきに竹島問題という問題がありましたね、あれでも同じであって、何かどこかの国から領有権について問題でもあると自分がすうっと引いて、返還したなら返還しただけで黙っておれば必要にして十分だと思うのに、帰属はわからないと、そういうふうな言い方はどういう意味か、その意味だけを聞きます。
○国務大臣(福田赳夫君) 帰属はわからないとは言ってないんです。沖繩返還協定は、この協定によってこの帰属に影響を及ぼすものではない、こういうことを言っておるわけです。言っておるにしても、私どもとすれば、はっきり日本のものですよ、こううふうに言ってくれればたいへんありがたいわけなんでありますが、これはお察しのとおりのいろんな事情があるんではないか、そのような感じがします。しかし、それはいずれにいたしましても沖繩返還協定以前の問題です。日清戦争のとき、われわれは台湾、澎湖島の割譲を受けた。そのとき尖閣列島は入っておったかというと、入っておりませんでした。それから平和条約第三条でどういうふうになったかといいますれば、これは台湾、澎湖島はわが国は放棄しました。しかし、尖閣列島を含む沖繩列島はこれは信託統治、また暫定的にはアメリカの施政権施行、こういうことになっているんです。一点の疑いもないんです。ないそのものにこの条約が、今度の条約が影響を及ぼすものではないというのはまことに蛇足であります。言わずもがなのことだと思いますが、何らかいきさつがあった。しかし、抗議をするというほどのことでもないのですよ。この返還協定は、これはいままでの尖閣列島の地位に影響を及ぼすものではないと、こういうことなんですから、抗議をする、そういう性格のものでもない、こういうふうに理解しております。
○森元治郎君 私は、アメリカがきれいに返したと言えばいいものをなぜよけいなことを言うのかという、そこを聞いているんです。日清戦争の話はいいです。わかりました。
○国務大臣(福田赳夫君) きれいにお返しいたしましたということは経緯度をもってもうはつきり示してあります。
○森元治郎君 とにかくこれははなはだ不愉快な問題ですね。アメリカがなぜこうだということは、やはり外務大臣として、折りを見てとっくりと確かめておくべきだと思うんです。今後問題になりますから確かめておく。抗議、これもいいでしょうが、どうなんだと、なぜだということをやっぱり聞いておかないと問題が起きたときにあわせてますから、しっかりアメリカがよけいなことを言うんじゃないということを押え込んでおかなければいけないということを忠告して協定に移ります。
(国会会議録検索システム)

このやりとりにおいて、森と福田は、両者ともに、沖縄返還においてアメリカ側が尖閣諸島の日本帰属を明言しないことに不快感を示している。そして、福田は、ここで始めて、「日清戦争のとき、われわれは台湾、澎湖島の割譲を受けた。そのとき尖閣列島は入っておったかというと、入っておりませんでした。」ということにふれたのである。つまり、日清戦争において、台湾・澎湖諸島の割譲を受けたが尖閣はその割譲分には含まれないことを主張し始めたといえよう。

そして、翌1972年3月、沖縄の実際の復帰に直面して、さらに日本政府の姿勢は変わっていく。3月3日、琉球政府立法院は、1970年8月31日の決議と同様に「尖閣列島が日本固有の領土」であることを主張し、中華民国や中華人民共和国の尖閣諸島領有要求をやめさせることをアメリカに求める決議を行った。

他方、3月8日、衆議院の沖縄及び北方問題に関する特別委員会で、沖縄の国政参加選挙で選出されていた自由民主党所属の衆議院議員である国場幸昌は、中華人民共和国が強く尖閣諸島の領有を主張していることなどをあげながら、次のような質問を行った。

○國場委員 外務大臣にお尋ねいたしたいと思うのでありますが、ただいま沖繩の立法院議長のほうからも陳情がありましたとおり、尖閣列島の領有権問題に対しましては、再三にわたる本委員会において、また他の委員会においても、古来の日本の領土であるということに間違いはないんだ、こういうことは承っております。
(中略)
そこで、これは中国毛沢東政権のみならず、台湾においても、台湾の宜蘭県に行政区域を定め、三月にはこの尖閣列島に対するいわゆる事務所を設置する、こういうようなこともまた言われておるわけであります。いまさきの立法院議長のお話にもありましたように、固有の日本領土というようなことでございまして、琉球新報の報ずるまた何から見ますと、明治二十八年一月十四日の閣議決定、沖繩に所属するという閣議決定がされまして、明治二十九年三月五日、勅令十三号、国際法上の無主地占領、歴史的にも一貫して日本の領土だったなどの点をあげている。明治二十七、八年の日清戦争の時期、その後においての講和条約によってこれがなされたものであるか、あるいはまた、その以前においての尖閣列島に対しての歴史がどういうような流れを踏んできておるものであるか。記録によりますと、明治十八年に石垣登野城の古賀商店の主人公がそこへ行って伐採をしたというようなこともあるようでございますが、このたびの第二次大戦において、平和条約によっていわゆる台湾の帰属の権利を日本は放棄したわけでございますが、問題になるのは、台湾と尖閣列島が一つであって、それで明治の日本の侵略戦争によって取られたものが、第二次大戦においてこれが返還されたのであるから、それをひとつ、これは台湾が切り離されたのであれば、やはり尖閣列島もそれについて戻されるという見解があるのではないかということが考えられるわけでございます。それに対しまして、固有の領土であるとか、記録においては明治二十九年、二十八年、そういうような記録以前においての記録、その歴史がどうなっておるかということを研究されたことがあるでありましょうか。外務省の御見解はいかがでございますか、大臣、ひとつそれに対しての御所見を承りたい。
(国会会議録検索システム)

国場は、琉球新報の報道を例に挙げながら、日清戦争によって台湾などともに割譲された土地ではないなど、明治期にさかのぼって尖閣諸島を領有していた根拠をあげるべきだと主張したのである。

この国場の意見に対し、福田は次のように答えた。

○福田国務大臣 尖閣列島問題は、これは非常に当面重大な問題だというふうな認識を持っております。この重大な問題につきまして、ただいま國場委員からるる見解の御開陳がありましたが、私も全く所見を同じくします。
 それで、國場委員の御質問の要点は、日清戦争前に一体どういう状態でいままであったんだろう、こういうところにあるようでありますが、明治十八年にさかのぼりますが、この明治十八年以降、政府は、沖繩県当局を通ずる、あるいはその他の方法等をもちまして、再三にわたって現地調査を行なってきたのであります。その現地調査の結果は、単にこれが無人島であるということばかりじゃなくて、清国の支配が及んでいる、そういう形跡が全くないということを慎重に確認いたしたのでありまして、日清戦争は終局的には明治二十八年五月の下関条約によって終結したわけでありまするが、それに先立ち、二十八年一月十四日に、現地に標識を建設する旨の閣議決定を行なって、正式にわが国の領土であるということの確認が行なわれておる、こういう状態でございます。自来、歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、それが、繰り返しますが、明治二十八年の五月発効の下関条約第二条に基づき、わが国が清国より割譲を受けた台湾、澎湖諸島には含まれていないということがはっきりいたしておるわけであります。つまり、日清戦争の結果、この下関条約におきましては、わが国が割譲を受けたのは何であるかというと、尖閣列島は除外をしてあります。台湾本島並びに澎湖島である、こういうことであります。
 なお、サンフランシスコ平和条約におきましても、尖閣諸島は、同条約第二条に基づき、わが国が放棄した領土のうちには含まれておりません。第三条に基づき、南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政権下に置かれた次第でありまして、それが、昨年六月十七日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定、つまり沖繩返還協定により、わが国に施政権が返還されることになっておる地域の中に含まれておる、こういうことであります。現に、わが国は、アメリカに対しまして基地を提供する、そういう立場にあります。
 沖繩につきましては、今回の返還協定の付属文書におきまして、A表に掲げるものは、これは基地としてこれをアメリカ軍に提供をするということになっておりますが、その中にこの尖閣列島も人っておるのでありまして、現にアメリカの基地がここに存在する、こういうことになっております。そういうことを勘案いたしますと、わが国の領土としての尖閣列島の地位というものは、これは一点疑う余地がない。
 それが最近になりまして、あるいは国民政府からあるいは中華人民共和国からいろいろ文句が出ておる、こういうのが現状であります。
 そもそも中国が尖閣列島を台湾の一部と考えていないことは、サンフランシスコ平和条約第三条に基づき、米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し、従来何ら異議の申し立てをしなかったのです。中華民国国民政府の場合も同様でありまして、一九七〇年の後半になりまして、東シナ海大陸だなの石油開発の動きが表面化するに及んで、はじめて尖閣列島の領有権を問題にするに至った、こういうことでございます。
 そういうようなことで、われわれはこういう隣の国々の動き、これは非常に不明朗である、非常に心外である、こういうふうに私は考えておるわけでありまして、私どもは、これは一点の疑いもないわが国の領土であるという認識のもとに立って行動、対処していきたい、かように考えております。
(国会会議録検索システム)

この福田の答弁は重要である。この福田の答弁こそ、日清戦争期にまでさかのぼる、尖閣諸島領有の政府見解の原型をなしたものといえるのである。そして、以前、本ブログで紹介したように、同日外務省統一見解が出された。この見解は、福田の答弁と内容的に一致しているのである。この統一見解については、つぎにあげておく。

尖閣諸島の領有権問題について
                   外務省統一見解
                   昭和47年3月8日
 尖閣諸島は、明治18年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上明治28年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものである。
 同諸島は爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、明治28年5月発効の下関条約第二条に基づきわが国が清国より割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれていない。
 従って、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第二条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第三条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、昨年六月十七日署名の琉球諸島及び大東諸国に関する日本国とアメリカとの間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還されることとなっている地域に含まれている。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明確に示すものである。
 なお、中国が尖閣諸島を台湾の一部と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第三条に基づき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し従来何等異議を唱えなかったことからも明らかであり、中華民国政府の場合も中華人民共和国政府の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものである。
 また、従来中華民国政府及び中華人民共和国政府がいわゆる歴史的、地理的ないし地質的根拠等として挙げている諸点はいずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上の有効な論拠といえない。
(『季刊・沖縄』第63号、1972年12月、181〜182頁)

なお、このやり取りは自民党衆議院議員の国場幸昌との間で行われたが、革新側も反対していたわけではない。この日の委員会において、沖縄社会大衆党所属の衆議院議員である安里積千代も、尖閣諸島の日本領有を強く主張することを主張し、福田より政府方針を支持することが求められ、疑義はないと述べている。

○安里委員 一昨年、一九七〇年八月に中華民国政府が正式に言った。それから中華人民共和国政府が昨年、七一年の十二月だ。
 これはまあ公式なことをおっしゃったのでありまするけれども、台湾政府は、しばしばこの以前からももちろん口にいたしておりました。中華人民共和国政府が言い出しましたのはそれよりずっとあとです。この時期について、愛知外務大臣の時代においても、この時期に中国が尖閣列島の領有権を主張した政治的な意義というもの、あるいはねらいというものは何があるか、どのように見ておるかということをお問いしたのでありまするけれども、ほかのことで答弁がそらされております。そこへまた、私が私なりに見まする場合に、中国が尖閣列島の領有権を主張いたしてまいりましたのは、台湾政府はもちろん、大陸だなの問題も、あるいはまた石油資源の問題も関連しておったと思いますけれども、中国が領有権の主張をいたしてまいったのは、それよりもあと、日米間におきまする沖繩返還の問題というものが表向きになってまいりまして、アメリカ側におきまして沖繩を返還する範囲内において、あの尖閣列島も包含してくるということが具体的にあらわれてきた、その時代だったと考えております。したがいまして、いまの石油資源の問題、いろいろな問題とは別にいたしまして、私は、尖閣列島のこの領有権の主張に対しましては、沖繩返還という問題は非常に重要なる関係を持つ。そしてまた、中国のアメリカに対するいろいろな考え方、これとも関連があるものだ、こう見ております。
 そこで、単に、これまで政府が、尖閣列島は沖繩の一部であるというようなことにとどまらず、この問題に対処を誤りました場合には、私は、第二の竹島事件というものが起こらないとも限らない、こう思いまするし、この問題に対しまする外交上の自信があるところの処置というものがいまから十分なされておらなければならぬと思っております。
 そこで、これまでの二つの政府からのこういった公式的な主張に対しまして、外務当局としては手を打っておるのであるか、あるいはまた、この問題に対しまして、中国との間に円満にこれを解決するところの方向と申しますか、自信を持って対処しておられるかどうか、最後にその点だけをお聞きいたしまして、質問を終わりたいと思います。
○福田国務大臣 尖閣列島領有権につきましては、政府としては一点の疑問も持ちません。どうか安里さんにおきましても、疑義がないということで政府の主張を支持されたい、かようにお願いをいたしましてお答えといたします。
○安里委員 私は、疑義があるとは申しておりません。疑義がないがゆえに、疑義がありませんでも、それは日本側の立場において疑義はありませんし、われわれもそのとおりであります。けれども、問題の処理というものは、こちらが疑義がないからそのとおりになるのだというような単純なものではないと思うのであります。この点に関しまするところの政府の今後の対処について、誤りのないように万全を期してもらいたいことを要望いたしまして、終わります。
(国会会議録検索システム)

つまり、沖縄側では、いわゆる保守も革新も、尖閣諸島の日本帰属を強く主張するという点では、立場を共有していたといえよう。

この経過は、次のようにみることできよう。日本政府としては、当初、沖縄返還交渉においてアメリカが尖閣諸島の帰属について保証することを期待していたが、アメリカが将来の帰属については当事者の協議にまかせるという態度をとったため、沖縄返還以後をにらみ、日清戦争時に遡った形で、尖閣諸島領有の根拠を再構成したと考えられる。

そして、その前提となったのが、以前紹介した琉球政府の対応であり、今回紹介した国場幸昌、安里積千代などの沖縄選出の国会議員たちの存在であったといえる。彼ら自体は、尖閣諸島の油田開発などに期待をかけていた。そして、ある意味では沖縄の利害を含み込んだ形で、尖閣諸島の「日本」による領有を強く主張し、明治期に遡及して尖閣帰属の根拠を示したといえよう。

その意味で、尖閣諸島問題は、単に、日本と中国のナショナリズムの対抗にとどまらない複雑な様相を示しているといえよう。一方で、アメリカとの関係が、尖閣諸島問題を規定する大きな要因となっている。アメリカとの関係は、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約、沖縄返還交渉など、日本の戦後史の一つの通奏低音として流れているのである。そして、それは、原発問題においても同様であるといえる。

他方で、直接の利害関係者である沖縄の人びとの主体性も、尖閣諸島問題を強く規定しているといえる。沖縄の人びとの主体性があってはじめて、この問題は顕在化したとみることできる。そして、このことは、日本政府が沖縄の人びとを代表しえるのかということにもつながろう。なお、この問題は、日本だけでなく、中国もかかえている。そもそも、中華人民共和国の中国共産党政権が、国民党政権のもとにある中華民国ー台湾の人びとを代表しえるのだろうか。そういう問いが、中国の場合も惹起できるのである。

追記:なお、豊下楢彦『「尖閣問題」とは何か』(岩波書店、2012年)は、沖縄の人びとや中国の人びとの対応にあまり言及がなく、主権国家同士の「外交史」に問題を限定しているという意味で不満をもつが、尖閣諸島問題におけるアメリカの存在の大きさを指摘しているという点で参考になった。

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フランスの新聞 “Le Monde”は、2012年7月30日に、レンヌ大学教授Marc Humert(立命館大学留学中)執筆による「日本人のトランペットは原子力の要塞に打ち勝つだろうか?」という記事をネット配信した。このことは、フェイスブックを通じて、フランスに留学している友人から教えてもらった。この記事は、現在行われている官邸前抗議行動や国会大包囲などの反原発の抗議行動を論評したものだ。その冒頭の文は「福島事故以来1年半以上たった日本における民衆の結集は、一見親しげで温和にみえるが、ジェリコのトランペットの様相を帯びている」としている。(なお、翻訳には自信がないので、フランス語を解する人は、http://www.lemonde.fr/idees/article/2012/07/30/les-trompettes-japonaises-auront-elles-raison-de-la-citadelle-du-nucleaire_1739039_3232.htmlを参照してほしい)

「ジェリコのトランペット」とは何だろうか。これは、旧約聖書のヨシュア記にある、「エリコ(ジェリコのこと)の戦い」から想起されたものである。ウィキペディアに、「エリコの戦い」がこのように概括されている。

エリコの戦い

ヨシュア5:13
エリコの戦い(エリコのたたかい、英:Battle of Jericho)は、ヨシュア記6:1-27にあるイスラエルの戦闘。エリコの周囲をめぐりながら吹き鳴らされた角笛が有名である。イスラエルの指導者である預言者モーセの後継者、ヨシュアの最初の戦闘。
イスラエルの神、主は約束の地を与えるとヨシュアに告げる。 「わが僕モーセは已に死り然ば汝いま此すべての民とともに起てこのヨルダンを濟り我がイスラエルの子孫に與ふる地にゆけ」(ヨシュア1:2[1]) 「我なんぢに命ぜしにあらずや心を強くしかつ勇め汝の凡て往く處にて汝の神 主偕に在せば懼るる勿れ戰慄なかれ」(ヨシュア1:9[1])
ヨシュアは斥候を遣わし、ラハブという遊女の家に潜伏する。イスラエルの勝利を見て取った売春婦ラハブは、「父、母、兄弟、姉妹、また、すべて彼らに属する者」(ヨシュア2:12-13[2])と自分のいのちの助命を懇願し、認められる。斥候はヨシュアに報告した。「誠に主この國をことごとく我らの手に付したまへりこの國の民は皆我らの前に消うせんと」(ヨシュア2:24[1])。
エリコに近づいたヨシュアの前に、抜き身の剣を持った主の軍の将が現れ、告げた。[2]「主の軍旅の將ヨシユアに言けるは 汝の履を足より脱され汝が立をる處は聖きなりと ヨシユア然なしぬ」(ヨシュア5:13-15[1])
城塞都市エリコは城門を閉ざした。主なる神に命じられた通り、イスラエルの民は契約の箱を担ぎ、7人の祭司が、7つの角笛をもって、主の箱の前を行き、6日間町の周囲を一回まわり、7日目だけは7回まわった。
民がときの声をあげ、角笛を吹き鳴らすと、城壁が崩れ落ちたので、イスラエルは主の命令に従ってエリコを聖絶した。ラハブとその家族、親戚のいのちは助けられた。(ヨシュア6:20-25[2])
ヨシュアは呪いを宣言する。「ヨシユアその時人衆に誓ひて命じ言けるは凡そ起てこのヱリコの邑を建る者は主の前に詛はるべし 其石礎をすゑなば長子を失ひその門を建なば季子を失はんと」(ヨシュア6:26[1])。これは周囲に知れ渡った。「主、ヨシユアとともに在してヨシユアの名あまねく此地に聞ゆ」(ヨシュア6:27[1])。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

概括すると、モーゼの後継者であるイスラエル人の指導者ヨシュアが城塞都市ジェリコを攻撃したが、その際、イスラエルの民のときの声と祭司たちの吹き鳴らす角笛(トランペットを含む金管楽器の源流)によって城壁が崩れ落ちたというのである。それを念頭に「日本人のトランペットは原子力の要塞に打ち勝つだろうか?」としているのである。ユダヤ・キリスト教の素養が一般的ではない日本においては思いつかない比喩である。

しかし、この比喩は的をついていると思う。脱原発デモや官邸前の抗議行動においては、ドラムや吹奏楽器などがリズムを刻みながら、人びとは「再稼働反対」「原発いらない」などとリズミカルにコールしている。このような、サウンドとコールの一体化は、20世紀の日本のデモにはみられなかったものだ。そして、そこに人びとは集まり、踊りながら、より大きな声で発していくのである。もう一度、旧約聖書をみておこう。

角笛が鳴り渡ると、民は鬨の声をあげた。民が角笛の音を聞いて、一斉に鬨の声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から突入し、この町を占領した。

実際、6月29日も7月29日も、人びとがたくさん寄り集まったというだけで、車道にいれまいとした警察の規制線は崩壊したのである。そして、解放された車道でも、人びとはトランペットを吹き鳴らし、ドラムをたたき、踊りながら、「再稼働反対」などとコールした。次の動画において、人びとがこの出来事にいかに熱狂したかということを見て取ることができる。

多くの人びとの声とトランペットの音は、少しづつであるが、官邸や国会などという「原子力の要塞」を壊しつつあるとも思えるのだ。

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さて、前回のブログで、2012年6月20日、原子力規制委員会設置法の付則というかたちで、原子力基本法も法改正され、原子力三原則に「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」という文言が追加されたことを、原子力三原則の歴史的経緯からみてきた。簡単にいえば、被爆国ということを前提にした「原子力の平和利用」に限定するための方針である原子力三原則の精神に相反する改変であるといえる。

では、具体的には、どのような経緯で、原子力基本法は改変されたのか。ここでは、その経過をみていこう。

まず、どのような形になったのか。改正された原子力基本法の冒頭部分の改変個所を確認しておくことにしよう。「 」のところが改変された部分である。なお、原子力基本法は原子力安全委員会のことなども規定しており、そのようなことも、原子力規制委員会設置法で定められている。

(目的)
第一条
 この法律は、原子力の研究、開発及び利用(「以下『原子力利用』という」と付け加えられる)を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とする。
(基本方針)
第二条
 「原子力利用」(「原子力の研究、開発及び利用」を修正)は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
「2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」

民主党内閣は、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」及び「原子力安全調査委員会設置法案」を国会に提出することを2012年1月31日に閣議決定したが、その中には、「安全保障に資する」などの規定はない。この2法案は、内閣府にある原子力安全委員会や経産省にある原子力安全・保安院などを、今回設置する環境省の外局としての原子力規制庁に一元化し、規制庁内部に「原子力安全調査委員会」に置くなど、原子力の安全性を保障する体制を確立することをめざしたものである。そこには「原子炉原則40年廃炉」という方針も設けられた。しかし、原子力基本法に対する姿勢は、今回の法改正とは全く違うものである。

具体的には、「原子力の安全の確保に関する組織及び制度を改革するための環境省設置法等の一部を改正する法律案」の第三条には、このような改正を規定している。

第三条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

現在の改定部分は、政府原案では、「前項の安全の確保については、これに関する国際的動向を踏まえつつ、原子力利用に起因する放射線による有害な影響から人の健康及び環境を保護することを目的として、行うものとする」とされていたのである。いわば、原子力基本法の「安全」規定を、「放射線による有害な影響」から健康や環境を保護することと、より詳細に決めている。これ自体も、原子力三原則の改変であるが、原子力三原則の精神に相反するものではないといえる。

しかし、この政府案に対抗して出された、自民党・公明党の「原子力規制委員会設置法案」は、全く相反した原子力基本法改変の提案を行っている。自公案は、政府案において首相が緊急時の対応において「原子力災害対策本部」より原子炉関係の指示することを嫌って、独立した形で「原子力規制委員会」を設置し、平時も緊急時もその委員会から安全対策を行うとするものである。政府案と自公案の考え方の違いは、福島第一原発事故への対応において、どこが問題になったかということへの見方の違いに起因している。政府案は、原子力安全・保安院や東電が十分な対応できず、政府側が指揮権を発動せざるをえないというところから構想している。他方、自民党側は、政府側が現場をーといっても東電や原子力安全・保安院ということになるがー振り回したことが事故の原因であるとし、ゆえに、政府から独立している「原子力規制委員会」に、緊急時の最終的指揮権を与えることを意図したものである。どちらもどちらであるが、政府案であれば、選挙の結果成立したまともな政府ー民主党政権ではないがーのもとであれば、より適切な事故対応が行われる可能性があるが、自公案であれば、専門家ーいわば「原子力ムラ」の人びとーから構成される「原子力規制委員会」にまかさざるをえないということになるだろう。

この自公案の「原子力規制委員会設置法案」では、第三条において、次のように規定している。

第三条 原子力規制委員会は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

ここで、「安全保障」という文言が出ているのである。そして、付則第十一条において、このように規定しているのである。

(原子力基本法の一部改正)
第十一条 原子力基本法(昭和三十年法律第百八十六号)の一部を次のように改正する。
  第一条中「利用」の下に「(以下「原子力利用」という。)」を加える。
  第二条中「原子力の研究、開発及び利用」を「原子力利用」に改め、同条に次の一項を加える。
 2 前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。
(後略)
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_gian.htm

このように、あきらかに原子力規制委員会設置法案に引きずられた形で、原子力基本法を改変することがめざされているのである。そして、この原子力基本法の改定案は、実際に、この形で改変されたのである。

ある意味では、政府案と自公案は、原子力基本法の改変においても、全く違う姿勢をとっていた。それが、自公案をもとに改変されることになった。このことは、民主党・自民党・公明党の三党合意によるものといえる。次にかかげる毎日新聞のネット記事のように、6月14日、原子力規制委員会設置法案に関しての三党合意が成立した。ここでは、あまり強調されていないが、原子力規制委員会が原子力安全対策の要になることなど、民主党政権が、自公案にすりよったものといえる。そして、ほとんど報道されていないが、この中で、原子力三原則の改変も盛り込まれたのである。

<原子力>規制組織、3党最終合意…「原子力防災会議」新設
毎日新聞 6月14日(木)13時11分配信
 民主、自民、公明3党は14日午前、原子力の安全規制を担う新組織の設置法案の修正内容で最終合意した。首相をトップに全閣僚で構成する常設の「原子力防災会議」を新設。専門家らの「原子力規制委員会」が策定する原子力防災指針に基づき、原発敷地外での平時の防災計画や訓練などを推進し、関係各省庁、自治体との調整などの実務を行う。

 同会議は議長を首相が務め、副議長に官房長官と規制委員長、環境相を充てる。事務局は内閣府に置き、環境相を事務局長とする。3党は原子力基本法を改正し、同会議の設置を盛り込む方針だ。

 13日の3党実務者の修正協議で、原発敷地外の規制委、国、自治体の連携のあり方が最後の論点として持ち越されていた。

 14日午前に国会内で民主党の仙谷由人政調会長代行、自民党の林芳正政調会長代理、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行が協議し、新法案の全容が固まった。新法案は今国会で成立する見通しだ。【岡崎大輔】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120614-00000037-mai-pol

しかし、この後の経過はひどいものである。6月15日に、政府案・自公案はともに撤回され、環境委員長名で「原子力規制委員会設置法案」が提案され、即日環境委員会での審議を終えることを強要された。法案の趣旨説明もされたが、そこでは、原子力基本法の改正には言及されていなかった。共産党所属の吉井英勝衆議院議員の環境委員会における発言を、ここでは紹介しておく。

吉井議員 質疑時間の中で意見も表明してくれという話なんで、今から意見を申し上げておきたいと思います。

 昨年の三・一一福島第一原発事故は、全電源喪失によるメルトダウンとその後の水素爆発によって大量の放射性物質を大気中に飛散させ、汚染水を海洋に流出させるなど、チェルノブイリに並ぶ史上最悪の原発事故となりました。

 あれだけ大きな被害を受け、今も約十六万人の人々が避難生活を強いられているときに、事故の深い原因究明と責任、教訓を明らかにして、本来、特別委員会を設置して各党が十分な議論を尽くしてよい法律をつくるべきであるのに、環境委員会という一つの常任委員会での審議で、しかも、三党修正協議がきょう出てきていきなり質疑、採決というやり方は、議会制民主主義に反する暴挙であり、民主、自民、公明三党修正協議と法案審議のあり方そのものについて、まず強く抗議をしておきたいと思います。

 その上で私は、原子力規制委員会設置法案に対し、反対の意見を述べます。

 このような事態を招いた政府と東京電力の責任は極めて重大です。事故を完全に収束させ、放射能汚染の被害から国民の生命と暮らしを守り、二度とこのような事故を起こすことのないように事故原因の徹底究明が不可欠であり、本法案の大前提となるものです。

 ところが、政府や国会の事故調の事故原因の究明が途上であるにもかかわらず、加害者である東京電力は、想定外の津波が原因で、人災でないと責任回避を続けております。野田政権もまた、津波、浸水が事故原因で、地震の影響はなかったという驚くべき断定を行いました。

 これは、再び新しい安全神話を復活させ、大飯三、四号機を初め、原発再稼働に進み、原発輸出戦略の条件づくりであり、断じて容認できません。

 この点でまた、事故の被害を拡大した当時の官邸の混乱のみを菅リスクと過大に問題にすることは、事態を一面的に描くものです。

 これと同時に、三・一一以前の歴代自民党政権の原子力行政のゆがみを徹底的に検証しなければなりません。

 反対理由の第一は、昨年の三・一一福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないからであります。

 特に、原子炉等規制法で根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としたところ、本法案ではさらに事実上青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであり、認められません。

 第二に、原子力規制組織をいわゆる三条委員会としていますが、推進と規制の分離、独立性を確保すべき原子力委員会を環境省のもとに置くとしていることは容認できません。

 環境省は、歴史的にも基本政策の上でも原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提出している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため原発推進を条文上も明記したままです。これの削除と根本的な反省なしに真の独立は担保されません。当然、電促税を財源とする財源面でも問題であります。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものです。

 また、国際的動向を踏まえた放射線対策と称して、内外の批判の強いICRP、国際放射線防護委員会の線量基準などを持ち込もうとしていることも認められません。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、原発安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代自民党政権の、政財官学の癒着した一体構造そのものにメスを入れる必要があります。

 地域独占体制と総括原価方式に守られた、電力会社を中心とする、原発メーカー、鉄鋼、セメント、ゼネコン、銀行など財界中枢で構成する原発利益共同体ともいうべき利益構造を解体することと、そして、再生可能エネルギーの爆発的普及とその仕事を地域経済の再生に結びつけ、エネルギーでも地域経済でも原発に依存しない日本社会への発展の道こそ、政治的決断をするべきものであります。

 以上申し述べて、私の発言を終わります。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

また、6月15日の衆議院議院運営委員会でも、共産党の佐々木憲昭議員が、次のような抗議を行っている。

○佐々木(憲)委員 原子力規制委員会設置法案に対して、意見表明をいたします。

 この法案は、民主、自民、公明の三党によって緊急上程されようとしておりますが、断固反対です。

 法案は、昨夜十九時の時点で、でき上がっていなかったのであります。示されたのは、A4の紙一枚の、未定稿の要綱のみであります。きょうになって法案が示され、それを、まともな審議もせず、どうして採択できるでしょうか。しかも、本会議での討論も行わないなど、到底認められません。

 もともと、法案は、環境省の所管を超える広範な領域を含む原子力行政全般にかかわるものであり、全ての政党が参加し、充実した審議を行うにふさわしい委員会に付託すべきでありました。本会議では、重要広範議案として扱われ、総理も出席して質疑が行われたのであります。

 ところが、三党は、特定の範囲しか扱わない環境委員会に原子力規制委員会設置法案を付託するという暴挙を行ったのであります。

 私たちが抗議すると、与党は、議運理事会で、環境委員会に付託するかわり、審議には日本共産党、社民党、みんなの党などを常時出席させて審議を行わせ、理事会にも出席させるという言明がありました。

 しかし、審議時間は極めて短く、きょうを入れてわずか二回しか行われず、連合審査は一回だけでありました。理事会では、陪席さえ許されず、単なる傍聴扱いでありました。委員会での総理出席の審議も行われておりません。なぜ、これほど拙速な形で法案を通さなければならないのでしょうか。

 この法案には重大な問題が含まれております。

 第一は、昨年の三月十一日福島第一原発の事故原因と教訓を全面的に踏まえた法案となっていないのであります。

 特に、原子炉等規制法で、根拠も実証試験もなく、老朽原発の四十年、例外六十年制限としていたところ、本法案で、さらに、事実上、青天井とし、半永久的稼働を容認したことは、政府案を一層改悪するものであります。

 第二は、原子力規制組織について、推進と規制の分離、独立性を確保すべき規制委員会を環境省のもとに置くこととしていることであります。

 環境省は、歴史的にも、基本政策の上でも、原発推進の一翼を担ってきた官庁であり、今国会に提案している地球温暖化対策基本法案で、温室効果ガスの排出抑制のため、原発推進を条文上も明記したままであります。この削除と抜本的反省なしに、真の独立性は担保されません。

 第三に、原子力基本法を改め、原子力利用の目的について、「我が国の安全保障に資する」としたことは、いわゆる原子力平和利用三原則にも抵触するものであります。

 最後に、我が国の原発政策の根幹をなす日米原子力協定と電源三法のもとで、安全神話をつくり上げ、地域住民の反対を押し切って原発を推進してきた歴代政権の政財官学の構造そのものにメスを入れることが必要であります。原発再稼働など論外であります。

 このことを指摘し、意見表明といたします。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

しかし、同法案は、衆議院本会議におくられ、そのまま可決されてしまったのである。

参議院においては、いまだ会議録が公開されておらず、確定した情報はない。ただ、この法案には4日間しか審議期間がなかったことは報じられている。15日は金曜日であるから、たぶん、17・18・19・20日の4日間であろう。民主党議員も含めて、それなりの議論はあり、環境委員会での付帯決議も可決されたと伝えられている。そして、最終的に、20日の参議院本会議で、同法案は可決され、原子力三原則の改変がなされてしまったのである。

原子力三原則の影響については、また別個に記しておきたい。ただ、いえることは、この原子力規制委員会設置法による原子力三原則の改変は、16日に民・自・公が合意した消費増税法案の成立過程と平行して行われており、それと同様の問題をはらんでいるということだ。消費増税案と同様に、原子力規制委員会設置法案でも、ほとんど自公案の骨子を民主党が受け入れる形で民・自・公の合意が成立した。この合意は、公開の場である国会審議を無視した形で行われ、人びとの目にふれない形で、このようなことがなされてしまったのである。民・自・公という大政党が「合意」すれば、公開の原則すら蹂躙される。

他方、民主党議員でも、このような改変には疑問をもった人びとはおり、参議院環境委員会でも議論はあったようである。しかしながら、参議院本会議での採決結果をみると、ほとんど民主党議員は同法案に賛成しているのである。消費増税法案と同様に党議拘束がかかっているのである。ある意味で、一部議員個人の意識すら相反した形で、この改変はなされたのである。

ある意味で、衆議院・参議院ともに多数を獲得するという意味でおこなわれた、民・自・公合意の危険性が、消費増税だけではなく、原子力三原則の改変過程でも表出されたといえる。

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