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Posts Tagged ‘双葉地方原発反対同盟’

このブログで、以前、元社会党県議で原発反対運動に携わりながら、双葉町長に転身して原発誘致を強力に推進した岩本忠夫について何回か紹介した。この岩本が中心となり、社会党や労組、社青同などにより1972年に双葉地方原発反対同盟が結成された。この反対同盟は、岩本が運動から脱落した後も存続し、3.11を迎えた。

この反対同盟の代表である石丸小四郎へのインタビューである「福島原発震災と反原発運動の46年ー石丸小四郎さん(双葉地方原発反対同盟代表)に聞く」(2011年7月18日記録)が、『労働法律旬報』1754号(2011年)に掲載されている。石丸は、福島第二原発が立地する富岡町在住の元郵政労働者であり、全逓信労働組合の活動家であるとともに、岩本に誘われて原発反対運動にも従事し、以来福島県浜通り地域で反原発の声をあげてきた。

なお、このインタビューの全体については、次のところで読むことができる。

http://www.fair-labor.soc.hit-u.ac.jp/rh-junpo/111025.pdf

このインタビューは、原発震災による避難の状況を語ることがはじまり、さらに石丸が携わってきた反原発運動について詳細に語っている。それぞれ、別の機会で論じてみたいと思う。ここでは、原発が福島にきた時の状況と、彼のになってきた運動との関係を包括的に述べているところをみてみよう。

まず、石丸は、福島に原発が来ることによってもたらされた状況について、次のように語っている。
 
 

原発10基と火力5基、トータル3兆円ものプラント建設です。私の試算では、電源三法交付金が40年間で4000億円です。これらの原発マネーが7万6000人の地域に流れ込みます。街は急激に変貌を遂げる訳です。今まで貧しかった地域に飲み屋さんがばんばんできる。ガソリンスタンドの社長は原発長者のトップですね。旅館業、運送業、弁当屋さん。原発長者を輩出し、誰もが現金収入を得られるようになって、町全体が活況を呈します。飲み屋の旦那に一番景気が良かったのはいつ頃かと聞くと、富岡は80年頃だったと言っていました。こんなに儲けて良いのかと怖くなったと言います。後もどりはできない。麻薬で地域全体が気持ち良い状態でいました。

つまり、原発・火発のプラント建設と電源交付金によって、多くの資金が流れ込み、誰もが現金収入を得られる状況になったとしているのである。そして、地域の雰囲気としては「後もどりはできない。麻薬で地域全体が気持ち良い状態でいました」となったとしている。

その中での、反原発運動を行う苦労を、石丸は、このように表現している。

 

それに対して、原発反対のデモをやっても、勉強会を開催してもなかなか人が集まらなくなる。原発反対運動は荷物を積んで、坂道をブレーキのきいた自転車で漕いで上がっていく感じでした。重かった。この40年間ずっとそうだった。

それでも、原発が安全と地域の人びとも思っていたわけではない。しかし、危険な原発も「日常の風景」になってしまうのであった。

 

原発集中地帯で原発が安全だと思っている人はきわめて少ないです。ほとんどの人は、原発は危険だと思っている。ただそれが日常だと、毎日排気塔を見ていると当たり前の風景になります。勉強していないと、原子炉の中に1年間で広島型原発1000発分の放射能を内包しているのだ、ということはわからない。原発の恩恵だけは前面に出てくる。

この指摘は、極めて重要だと思う。「危険な原発」すら「日常の風景」になってしまうのだ。その一つの要因として、原発の危険性は勉強しないとわからないが、「原発の恩恵」だけは前面に出てくることをあげている。これは、たぶん、原発集中地帯だけの問題ではないだろう。

3.11以後、原発の危険性について、多くの人びとはやっと自分の問題として理解できたといえる。しかし、それは、それぞれの人びとが、原発事故の不安の中で、政府発表や推進派学者の意見を疑い、その内実について、それぞれが「勉強」を重ねた結果、理解したといえるのだ。結局、この「勉強」がなければ、経済的な利益があると喧伝される「原発」は、また日常の風景になってしまうだろう。

その上で、石丸は、反対運動と地域社会の微妙な関係について、次のように述べている。

 

私は少人数でも運動ができるように街宣車を買って、「これ以上原発はいらない」と10年前から宣伝して回っていますが、石をぶつけられたとか、やめろこのバカとか言われたことは一度もないです。住民のなかに、石丸のような人間もいなければいけないという考え方や、俺にはできないけれどお前はがんばってくれという声もあります。
 他方、地域の推進派にとって、原発に反対する人たちもいないと困る、原発反対派がいないと東京電力や国は出すものも出さなくなるので、反対派が力をつければ、自分たちに良いところがあると分析する人もいる。だからしたたかですよ。

石丸らの反対運動は、地域社会の隠れた声でもあったといえるのだ。そして、この地域の推進派にとって、原発反対派の存在は、国や東京電力から利益ーリターンを引き出す材料の一つにもなっていたといえるのである。

そして、「地域の推進派」の一人が、石丸が反原発運動を行う際の指導者であった、元双葉町長岩本忠夫であったのである。

このインタビューは、この後、岩本忠夫の評価について述べている。次回以降、紹介しておきたい。

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