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さて、福島第一原発事故で全村避難した飯舘村は、「子育て世帯」限定の災害公営住宅「飯野団地」を福島市の南西部に位置する福島市飯野町に建設した。その竣工式が8月31日にあった。その景況を、まず、福島民報のネット配信記事でみてみよう。

飯舘村の災害公営住宅が完成 原発事故の避難者に初

 東京電力福島第一原発事故の影響で全村避難した飯舘村は31日、村営の災害公営住宅「飯野団地」の竣工(しゅんこう)式を福島市飯野町の現地で行った。原発事故の避難者を対象にした災害公営住宅が完成したのは初めて。1日から入居を開始する。
 村の担当職員と村民ら合わせて約40人が出席した。菅野典雄村長があいさつで「今後も前を向いて復興を進めたい」と意欲を語った。根本匠復興相(衆院本県2区)が「復興の加速化に努める」と祝辞を述べた。
 菅野村長と根本復興相らがテープカットした。菅野村長は家族4人と引っ越す佐藤隆一さん(39)に鍵を引き渡した。佐藤さんは村の仮設小中学校に通っている子ども3人を育てている。妻明美さん(38)と木造2階建ての新たな住宅を眺め、「借り上げ住宅より広そう。暮らすのが楽しみ」と期待していた。
 村は総事業費約9億3000万円を投じ、子育て世帯対象の災害公営住宅23戸を建築した。住民は収入に応じて1~8万円ほどの家賃を支払うが、東電が賠償する。7戸が空いており、村が入居希望者を募っている。

( 2014/09/01 09:11 カテゴリー:主要 )http://www.minpo.jp/news/detail/2014090117805

報道全体は、非常に「前を向いて復興を進めたい」という趣旨に見える。夫婦と子ども3人で入居する人などは「借り上げ住宅より広そう。暮らすのが楽しみ」といっている。家賃は「東電が賠償する」ことになっている。全額かどうかはわからないが、かなり有利な条件である。

それでも、23戸のうち、7戸が空いているのである。それは、なぜだろうか。福島民友は、6月14日に、次の記事をネット配信している。この記事の中で、飯舘村は、希望者が少ない原因を「引っ越しなどの環境変化による子どもたちのリスクや賠償問題、除染の先行きが不透明なことなどで悩んでいるのではないか」と述べている。

福島民友

入居希望は7割止まり 福島の飯舘村復興公営住宅

飯舘村が福島市飯野町に23戸を建設中の復興公営住宅に、入居を希望している村民は16世帯と約7割にとどまっていることが13日、分かった。復興公営住宅は8月に完成し、9月の入居開始を見込んでいる。

入居希望者の募集は5月末で締め切った。希望者が7割にとどまった理由について村は「引っ越しなどの環境変化による子どもたちのリスクや賠償問題、除染の先行きが不透明なことなどで悩んでいるのではないか」と分析している。

村は現在、仮設校舎を川俣町に小学校、福島市飯野町に中学校を設置。避難している子育て世代は、福島市の借り上げ住宅に住んでいる家族が多いことから、村は通学など利便の高い福島市飯野町に復興公営住宅の建設を計画した。

飯舘村が福島市飯野町に造る復興公営住宅は、原発避難住民が入居する最初のケースとなる見通し。県が建設する4890戸の復興公営住宅のうち、飯舘村民に限定した福島市の復興公営住宅でも募集定員を下回るケースが目立っている。

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(2014年6月14日福島民友ニュース)
http://www.minyu-net.com/news/news/0614/news10.html
(福島民友が上記記事のネット配信をやめたため、http://blog.livedoor.jp/home_make-toaru/archives/7726902.htmlより転載。

さて、この中で「除染」をあげていることに注目しておきたい。飯舘村が仮役場や仮中学を置いている福島市飯野地区は、3.11直後では、福島市内でも高線量地域のホットスポットとして知られていたのである。福島民報が2011年6月25日にネット配信した記事をみてみよう。

福島民報

「ホットスポット」点在 福島市一斉線量測定 3マイクロシーベルト以上15地点 住民、除染求める

 福島県福島市は24日、全市1118地点の一斉放射線量測定結果を発表した。渡利地区の市営住宅1号棟・2号棟間公園で毎時3.83マイクロシーベルトだったのをはじめ飯野地区などの計15カ所で、政府が避難の目安とする年間積算線量20ミリシーベルトに達する恐れのある毎時3.0マイクロシーベルト以上となった。市は高い線量の地点を立ち入り禁止とした。局地的に放射線量が高い「ホットスポット」が明らかになり、付近の住民は1日も早い除染を求めた。
 市の調査は17、20日に町内会から要望があった場所で実施。地上1メートルの測定結果は毎時3.0マイクロシーベルト以上が15地点、2.0マイクロシーベルト以上3.0マイクロシーベルト未満が167地点、1.0マイクロシーベルト以上2.0マイクロシーベルト未満が629地点、1.0マイクロシーベルト未満は307地点だった。
 県が学校、公園の放射線量の再調査基準にしている毎時3.4マイクロシーベルト以上を計測した6地点には住宅地も含まれる。渡利地区は平ケ森の市営住宅間の公園が毎時3.83マイクロシーベルトとなったほか、大豆塚のゴミ集積所が毎時3.56マイクロシーベルト、三本木のゴミ集積所が毎時3.52マイクロシーベルトを記録した。
 市内飯野町の飯野地区体育館脇の側溝上では市内で最も高い毎時6.65マイクロシーベルトを記録した。飯野地区体育館は敷地内の別の測定地点が毎時1.2マイクロシーベルトだったことから、市は側溝上で測定したため数字が上がったとしている。市は24日までに側溝の周囲を立ち入り禁止としている。
 市は6地点について数日間調査を継続し、文部科学省の暫定基準値である毎時3.8マイクロシーベルト以上が続く場合は県に詳細なモニタリング調査を要請する。今回の結果を分かりやすく市民に広報するため線量マップの作成も急ぐ。
 毎時3.0マイクロシーベルト以上の地点は渡利地区が6地点(調査60地点)だった。大波地区は2地点(同22地点)、小倉寺地区は2地点(同6地点)、飯野地区は2地点(同127地点)、腰浜町が1地点(同7地点)、南向台が1地点(同5地点)、山口が1地点(同15地点)で上回った。飯野地区の2地点は同一の場所だった。
 市は測定結果に基づき対応を急ぐ。結果が報告された24日の市災害対策本部会議では、高い線量を計測した地域から通学路の放射線量を下げるため除染計画を策定することを決めた。今後、高圧洗浄機を利用した除染に向け準備を進める。
 鴫原和彦市環境課長は「今回の数値は簡易放射線測定器を使っているため、一割ほど高い数値が出る傾向にある」としている。
 市は地上1メートルの市内全ての測定結果を24日からホームページに掲載している。町内会の回覧板でも広報する。各地点の地上50センチ、1センチの結果については30日にホームページに掲載する方針。

■「やっぱり高かった」渡利地区住民
 「やっぱり高かったのか」。福島市渡利字平ケ森の市営住宅に住む主婦菅野博江さん(44)は、毎時3.83マイクロシーベルトの放射線量が測定された団地内の公園を不安そうに見つめた。
 菅野さんは近隣の渡利小に通う4人の子どもがいる。原発事故直後から子どもに外遊びを禁止してきたが、ストレスが心配で、今回の調査対象となった市営住宅の団地の公園で2カ月程度の間、遊ばせていたことがあったという。「もう絶対に公園内に子どもを入らせない。学校のように表土除去をしてほしい」と切実に訴えた。
 「家にいるとつまんない。でも外で遊ぶのも心配」。長女の夏純さん(10)は思わずうつむいた。
 24日夜になって市は公園に立ち入り禁止のバリケードを設置した。渡利平ケ森町内会長の小松富士夫さん(75)は「避難を求められたとしても、住み慣れた土地を今更離れられない」と表情を暗くした。

■腰浜緑地など3以上3.4マイクロシーベルト未満
 市の調査で毎時3.0マイクロシーベルト以上3.4マイクロシーベルト未満が測定された場所は次の通り。
 腰浜緑地(腰浜町)渡利山際集会所(渡利字平ケ森)公務員アパート1号棟・2号棟間公園(同)公務員アパート2号棟前(同)前野グラウンド(小倉寺字前野)3号公園(南向台三丁目)字五本松地内市道(山口字五本松)水雲神社境内(大波字上屋敷)
(2011/06/25 10:59カテゴリー:福島第一原発事故)http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2011/06/post_1437.html

2011年の際、福島市渡利地区には毎時3.83μSvが記録される地点があり、その他にも年間積算線量で20mSvをこえる毎時3μSvをこえる地点が数か所所在し、全国的にも福島市におけるホットスポットとして知られるようになった。飯野地区では、渡利地区よりもはるかに高い毎時6.65μSvが記録され、その他にも毎時3μSvをこえる線量が記録されていたのである。あまり注目されてこなかったが、ここも福島市内におけるホットスポットであったといえるだろう。

2011年4月の航空機モニタリング測定による空間線量率マップでは、飯野地区を含む福島市南東部の放射線量は、ホットスポットは別にしても、毎時1−1.9μSvとされている。伊達市近傍やもちろん飯舘村本体ほどではないにせよ、線量は高かったのである。

80km圏内における線量測定マップ(2011年4月)

80km圏内における線量測定マップ(2011年4月)


http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/4000/3710/24/1305820_20110506.pdf

現在のところ、原子力規制委員会の放射線モニタリング情報によると、福島市飯野支所(飯舘村仮役場がある)で毎時0.162μSv(2014年9月2日)となっている。福島市立飯野中学校で毎時0.261μSvと多少高いが、その他の小中学校などの公共機関はおおむね飯野支所程度の線量である。しかし、これは集中的に除染した結果とみるべきだろう。2013年11月の空間線量率マップでは、この地域の線量はおおむね毎時0.5-1.0μSvとされている。やっと半減したにすぎない。やはり、年間1mSvはこえざるをえないのである。山林などを面的に除染することは困難であり、相対的にはやはり高線量地域ということになるだろう。

80km圏内における空間線量率マップ(2013年11月)

80km圏内における空間線量率マップ(2013年11月)


http://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/9000/8909/24/362_20140307.pdf

こうやってみると、飯舘村の災害公営団地「飯野町団地」が、好条件にもかかわらず、空き家が出る理由がおぼろげながらもわかるだろう。3.11直後はホットスポットであり、確かに公共機関などの除染は進められたものの、面的には除染は難しく、まだ線量は半減という状態であり、そういうところで、わざわざ「子育て」を希望する人びとはそれほど多くなかったということである。

国・福島県・飯舘村は、年間20mSvという基準で、避難住民の「帰還」を促進しようとしている。この公営住宅の建設は、そのさきがけであろう。わざわざ、根本復興相が出席しているのは、その目的のためと見られる。公営住宅に住むということは、単に個人の生活というだけではなく、「公的な責務」となっている。そこに、善意がないとはいえない。「郷里のため」という善意は、軽くみることはできない。「飯舘村復興のため」ならば、「子育て」中の家族からもどってほしいと思うのも自然である。

しかし、考えてみよう。日本は「お国のため」といって戦争を遂行し、浜通りの各町は「町の発展のため」として原発を受け入れた。その結果は、かくの通りである。一人一人の「生」を安全で充実したものになることが「〇〇のため」になるのではないか。飯舘村が「村の復興」をスローガンにした。そこには「善意」ももちろんあるだろう。しかし、それが村民一人一人の「生」を安全で充実なものにさせるとは限らない。飯舘村公営住宅に「入居」しない人びとがいるということは、そういう思惟が存在するようになったことを示しているように思われるのである。

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