Feeds:
投稿
コメント

Posts Tagged ‘全権委任法’

参院選において自由民主党が勝利した直後の2013年7月29日、麻生太郎副首相兼財務相は次のように語って物議を醸した。ここでは、朝日新聞8月1日付ネット配信記事で紹介しておこう。

僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。
 そして、彼はワイマール憲法という、当時ヨーロッパでもっとも進んだ憲法下にあって、ヒトラーが出てきた。常に、憲法はよくても、そういうことはありうるということですよ。
(中略)
だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。
 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪(けんそう)のなかで決めてほしくない。
関連記事
http://www.asahi.com/politics/update/0801/TKY201307310772.html

この麻生の発言は、重大な事実誤認がある。1933年にナチスがドイツの政権を掌握したが、ナチスはワイマール憲法を廃止したりしなかった。同年、国会議事堂放火事件などで、共産党などの反対党を弾圧しながら(だから、「静か」ではない)、立法権を行政府に与え、その法律が憲法違反であって有効とする「全権委任法」を成立させることで、事実上の「憲法改正」をはたしたのである。

しかし、麻生の歴史認識はともかく、いまや「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」ということが、現在進行中である。解釈改憲による集団的自衛権を認めることと、特定秘密保護法案の国会上程がそれである。

思想家の内田樹は、自身のサイト「内田樹の研究室」の中で、この状況を次のように説明している。

前にも繰り返し書いてきたとおり、自民党の改憲ロードマップは今年の春、ホワイトハウスからの「東アジアに緊張関係をつくってはならない」というきびしい指示によって事実上放棄された。
でも、安倍政権は改憲の実質をなんとかして救いたいと考えた。
そして、思いついた窮余の一策が解釈改憲による集団的自衛件の行使と、この特定秘密保護法案なのである。
(中略)
特定秘密保護法案は放棄された自民党改憲案21条の「甦り」であることがわかる。
改憲草案21条はこうであった。
「出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」
特定秘密保護法は「公益及び公の秩序」をより具体的に「防衛、外交、テロ防止、スパイ防止」と政府が指定した情報のことに限定した。
現実にはこれで十分だと判断したのであろう。http://blog.tatsuru.com/2013/11/08_1144.php

もちろん、事実関係については、それこそ歴史的検証が必要である(皮肉なことに特定秘密保護法案が通過すれば、それ自体今までより困難になるが)。しかし、実質的な改憲を法律によって実現しようとしているという指摘は妥当であると思われる。

例えば、10月28日の衆議院における国家安全保障に関する特別委員会で、自由民主党の小池百合子はこのように発言している。

○小池(百)委員 さて、最後に、この後、審議に入るであろう特定秘密保護の問題にもかかわってくるんですが、知る権利ということ、これをぜひとも担保せよというお話でございます。それも一つもっともだ、このように思います。

 一方で、日本は、秘密であるとか機密に対する感覚をほぼ失っている平和ぼけの国でございます。毎日、新聞に、首相の動静とか、何時何分、誰が入って、何分に出てとか、必ず各紙に出ていますね。私は、あれは知る権利を超えているのではないだろうかと思いますし、また、中には、自分は首相に近いから、そのことを見せつけるためにわざわざ総理官邸に行って書いてもらったりとか、ぜひこのレストランには来てくださいみたいな、そんなふうに使われているようなところもなきにしもあらずでございますけれども。

 各国はどうなっているのかというのをちょっと調べてみて、お手元にお配りをいたしました。

 「諸外国の首相、大統領の動静」ということで、国会図書館にお調べをいただいたんですが、余り出ていないじゃないかと思われるかもしれませんが、これは、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの主要な新聞十五紙を調べていただいたものでございまして、結果は、いわゆる首相動静のような記事を日々掲載しているものは確認できなかったんです。

 アメリカでは、ワシントン・ポストがウエブサイトで日々のオバマ大統領の動向を掲載しているというのがあるんですが、いわゆる日本のような詳細なものはございません。そして、かつ、二〇一二年の、昨年の六月二十日を最後に更新をされていないということでございます。

 これはもう当たり前過ぎて、首相の動向、一日というのを日課にしておられる方もおられるかもしれません。海外もこのことはチェックしています。非常に日本に厳しい対応をしているある議員は、毎日これを読んで、何がどうなっているかをチェックしているということでございます。

 私は、知る権利ということもございますでしょうけれども、もう少し、何を知り、何を伝えてはいけないのかということの精査もこの後しっかりしていただきたいと思います。

 これから国家の安全保障、今回は国家という言葉がついているわけでございまして、国を守るためにはありとあらゆる事象についての危機に備えるということでございますので、ぜひともフレキシブルな機能をふんだんに発揮できるような体制をおつくりいただきたい。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

首相動静などは、新聞記者の独自取材によって書かれるもので、国家の「特定秘密」にはあたらない。しかし、このようなことを事例にあげていることが、安倍政権や自民党の本来の目標を問わず語りに語っているといえる。つまり「知る権利」を「公益」などのもとに制限するということ、それがこの法案の隠された目的といえる。確かに、安全保障を中心としているというもののーそれ自体が、アメリカに従って戦争が可能になる国家に改造するという目的があるといえるのだがー、「特定秘密」の内容がいかようにも拡大解釈可能なものとして提示されたということは、「知る権利」を一般的に制限していくことの第一歩といえる。

それをより鮮明に表現しているのは、11月8日の衆議院の国家安全保障に関する特別委員会における自由民主党の町村信孝の次の発言である。

○町村委員 ちょっと、いいのかなと思ったりもいたしますけれども、そういうお考えであれば理解をしておきます。

 最後に、十分間近く残っておりますが、この二十一条(特定秘密保護法案ー引用者注)、「この法律の解釈適用」という項目がございます。これは、知る権利であるとか、出版、報道の自由等々について書かれたものでございます。

 これは、一番最初の、八月末の原案では、報道の自由に十分配慮し、国民の基本的人権を不当に侵害してはならないという一行しか書いてありませんでしたが、自民党あるいは公明党からのいろいろな意見を反映して、現在のこの二十一条第一項、第二項という内容に充実をされてきた、こう理解をしております。

 私は、これで十分ではないかな、こう思っておりますけれども、そもそも、国民が知る権利というものは、知る権利は担保しました、しかし、個人の生存が担保できませんとか、あるいは国家の存立が確保できませんというのでは、それは全く逆転した議論ではないだろうかと思うのであります。

 やはり、知る権利が国家や国民の安全に優先しますという考え方は基本的な間違いがある、こう考えるものでありますけれども、こういう基本的な考え方について、大臣、どうお考えでしょうか。
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

まず、誤解があるといけないので、次のことを指摘しておかねばならない。現行において、国家・地方公務員とも「守秘義務」があり、漏洩した場合罰せられる。軍事機密についても防衛省内の規定によって罰せられる。もし、「情報漏洩」が問題であるとしても、本来、これらの制度の運用や部分的手直しでもすむと考えられる。そのようなことをせず、「特定秘密保護法案」を制定しようとするということの背景には「知る権利が国家や国民の安全に優先しますという考え方は基本的な間違いがある」という意識が背景にあるといえるだろう。そして、それこそが、内田のいうように「出版その他一切の表現の自由は、保障する。2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」(自民党改憲草案第21条)と合致するといえるのである。

現憲法は、このようになっている。

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(中略)
第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
(後略)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

比較してみると、第十三条で、権利一般について「公共の福祉に反しない限り」と留保されているものの、「最大限の尊重を要する」とされている。そして、集会、結社、言論、出版などの表現の自由それ自体については何ら留保されていない。いわば「権利」の尊重が主であり、公共の福祉を名目にした留保は従なのである。町村の言っていることは、その関係を逆転させているのである。

このように、静かに、誰にも知られないうちに、法律改正によって憲法が変えられていく、その第一弾が「特定秘密保護法案」ということができよう。それこそ、麻生のいうところの、「ナチスの手口」であった「全権委任法」という前例に酷似しているのである。

なお、なぜ、この法案が受け入られる素地があるのか、このことはまた別に論じてみたいと思っている。

Read Full Post »