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Posts Tagged ‘佐藤榮作’

1965年6月22日、安倍晋三首相の大叔父である佐藤榮作が首相であった佐藤政権と、パク・クネ大統領の父であるパク・チョンヒが大統領であったパク政権の間で、日韓基本条約が締結され、1945年以来正式な外交がなかった日韓関係がいわゆる「正常化」された。

そのことから50年たったことを記念して、日韓両国の現政府は、それぞれ「韓日国交正常化記念式典」を6月22日に実施した。東京での式典で、安倍首相は次のように挨拶した。やや長いが、ここで全体を紹介しておこう。

「ちょうど半世紀前の今日、日本と韓国は、日韓基本条約に署名し、新たな時代を開きました。
 その50周年の記念すべき本日、東京とソウルで、同時に、日韓国交正常化50周年の祝賀行事が開催されますことを、心よりお慶び申し上げます。
 50年前の当時、私の祖父の岸信介や、大叔父の佐藤栄作は、両国の国交正常化に深く関与しました。その50年後の今日、私自身も総理大臣として、この記念すべき日を迎え、この祝賀行事に出席できることを、大変嬉しく思います。
 本日の祝賀行事に、韓国より、ユン・ビョンセ外交部長官、また、ソウルでの祝賀行事にパク・クネ大統領に出席していただいていることを喜ばしく思います。
 日韓国交正常化当時、両国間の人の往来は年間1万人でしたが、現在、500万人を超えるようになりました。また、両国間の貿易額は、当時の約110倍となりました。
 2002年には、サッカー・ワールドカップを日韓で共催し、近年は、日韓両国で『韓流(はんりゅう)』、『日流(にちりゅう)』といった文化ブームも見られました。
 このような活発な人的往来や緊密な経済関係、そして、お互いの文化の共有は、国交正常化以降、両国が作り上げた、かけがえのない財産と言えるでしょう。このような日韓関係の発展は、多くの方々の不断の努力により、数々の障害を乗り越えて築かれたものです。
 そこでは、日本にとっては韓国が、韓国にとっては日本が、最も重要な隣国であり、お互いに信頼し合いながら、関係を発展していかなければならない、との強い想いが広く共有されていたと思います。
 私は、国交正常化から半世紀経った本年に、これまでの50年にわたる日韓両国の発展の歴史を振り返り、両国の人々に共有されてきた、このようなお互いへの想いを、改めて確認し合うことが重要であると考えます。
 日韓国交正常化50周年のテーマは、『共に開こう 新たな未来を』です。
 我々は、多くの戦略的利益をお互いに共有しています。現在の北東アジア情勢に鑑みれば、日韓両国の協力強化、さらには、今日はキャロライン・ケネディ駐日米国大使もお見えでありますが、日韓米の3か国の協力強化は、両国にとってはもちろん、アジア太平洋地域の平和と安定にとっても、かけがえのないものです。
 私の地元である下関は、江戸時代に朝鮮通信使が上陸したところです。下関市は、釜山市と姉妹都市となっており、毎年11月には、『リトル・プサン・フェスタ』というお祭りが開催されます。
 日本の各地には、韓国の地方自治体と姉妹関係を結んでいる自治体がたくさんあり、今後は、このような地方交流も、一層、発展させていきたいと考えています。
 両国が、地域や世界の課題に協力して取り組み、ともに、国際貢献を進めることは、両国の新たな未来の姿を築くことにつながると確信しています。
 御列席の皆様、これまでの50年間の友好の歴史を振り返りながら、そして、協力、発展の歴史を振り返りながら、これからの50年を展望し、共に手を携え、両国の新たな時代を築き上げていこうではありませんか。
 そのためにも、私といたしましても、パク・クネ大統領と力を合わせ、共に努力していきたいと思います。
 本日、ここにいらっしゃる方々は、日韓関係の発展のために御尽力されてこられた、両国にとっての恩人の皆様です。
 改めて、心よりの敬意を表するとともに、皆様方の益々の御健勝と御発展、そして、日韓両国の新たな未来を祈念いたしまして、私の御挨拶とさせていただきたいと思います。」
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201506/22kan_nichi50.html

この「挨拶」は、安倍首相の「歴史認識」のありかたを端的に示している。ここには、一切、日本の植民地支配のことなど出てこない。そして、日清戦争時の甲午農民戦争や日露戦争前後の義兵闘争さらに韓国併合後の三・一運動等に対する日本の武力鎮圧などの朝鮮侵略の歴史も語られないのである。

このように、「植民地支配の無視」の上で、安倍首相が日韓国交正常化50周年のテーマとして提起するのが『共に開こう 新たな未来を』ということなのである。安倍首相は「これまでの50年間の友好の歴史を振り返りながら、そして、協力、発展の歴史を振り返りながら、これからの50年を展望し、共に手を携え、両国の新たな時代を築き上げていこうではありませんか」とこの挨拶の中で呼びかけている。そして、その中で主に参照されているのは「これまでの50年間の友好の歴史」なのである。彼は、自分の祖父岸信介や大叔父佐藤榮作が日韓基本条約締結にむかって努力したと、自分の祖父たちについて自慢した後、人びとの往来、相互貿易、ワールドカップ共催や韓流ブームなどの文化の共有などをあげ、「このような日韓関係の発展は、多くの方々の不断の努力により、数々の障害を乗り越えて築かれたものです」といっている。そして「日本にとっては韓国が、韓国にとっては日本が、最も重要な隣国であり、お互いに信頼し合いながら、関係を発展していかなければならない、との強い想いが広く共有されていた」という。結局、想起されているのは、この50年間の歴史であり、さらにいえば、この50年の歴史にだってその前の歴史を引き継いでいろんな問題ははらんでいるのだが、そのことは無視されているのである。

そして、歴史はつまみ食いにされる。安倍晋三は「私の地元である下関は、江戸時代に朝鮮通信使が上陸したところです。下関市は、釜山市と姉妹都市となっており、毎年11月には、『リトル・プサン・フェスタ』というお祭りが開催されます」という。朝鮮侵略や植民地化は無視されるのに、「朝鮮通信使」の歴史は想起される。しかも、これも、一種のお国自慢になっているのである。彼にとって、「歴史」とは、自らの立場や正当性を指し示すものでしかないのである。

「未来志向」ということで、現在においても過去においても、抱えている問題は「無視」される。今や、日韓関係の緊張の一つの原因は、植民地化や朝鮮侵略さらに日本軍慰安婦などの日本の負の歴史の無視である。そして、ヘイトスピーチや北朝鮮問題など、現状において抱えている問題も無視されている。その上で、強調されるのが「日韓米の3か国の協力強化は、両国にとってはもちろん、アジア太平洋地域の平和と安定にとっても、かけがえのないものです」というアメリカを中心とした同盟関係なのである。

今、安倍政権は「戦後70年談話」なるものを発表する準備をすすめている。これについては、閣議決定されるかいなか、いろいろ問題がある。といっても、安倍首相が「戦後70年談話」にもりこみたいという「未来志向」なるものの中味は、この挨拶に凝縮されているといえよう。

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