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10月12日、ニューヨークタイムズは、安倍政権の教育政策を批判する記事を掲載した。その一部を下記に紹介しておこう。

日本の教育現場では国際感覚に優れた人材の育成が求められる一方で、同時に国家主義的教育の実施も要求され、教育政策の立案現場には困惑が生じています。
日本では『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ、近隣諸国の不興を買っています。
しかし日本では同時に、大学の国際競争力を高めるためその国際化と広く門戸を開く取り組みが行われています(後略)
(マイケル・フィッツパトリック「安倍政権の教育現場への介入が生む混乱と困惑」 / ニューヨークタイムズ 2014年10月12日、日本語訳はhttp://kobajun.chips.jp/?p=20395より)。

この記事の主眼は、安倍政権においては、いわゆる教育の「国際化」をしているにもかかわらず、それとは矛盾した形で、教科書の書き換えなどの教育の愛国化が進められているということにある。本記事では、「アジアの近隣諸国は、新たな『愛国主義的教育』が日本を平和主義から国家主義体制へと変貌させ、戦争時の残虐行為については曖昧にしてしまう事を恐れています。そして戦後の日本で長く否定されてきた軍国主義について、その価値感を復活させたとして安倍首相を批難しています」とし、さらに「日本の新しい教科書検定基準と記述内容は、アメリカ合衆国を始めとする同盟国においてさえ、幻滅を呼んでいます」と指摘した。

このニューヨークタイムズの記事に対し、10月31日、下村博文文科相は文科省のサイトで反論した。下村は、反論の冒頭で、次のように述べた。

平成26年(2014年)10月12日のインターナショナル・ニューヨークタイムズ紙において、日本の教育戦略が分裂しているとの批判記事が掲載されました。記事では、「日本はナショナリズムとコスモポリタニズムを同時に信奉しており、教育政策立案者たちの不明瞭な姿勢を助長している。彼らは、彼ら自身が『愛国的』と呼ぶ主義にのっとって教科書を改訂し、その過程でアジアの近隣諸国を遠ざけている」としていますが、それは全く事実と異なっています。

我が国は、ナショナリズムを助長するのではなく、グローバル社会に適応するための人材の教育に大きく舵(かじ)を切って取り組んでいます。その改革のポイントは次の3つです。すなわち、英語教育、大学の国際化、そして日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育です。(下村博文文科相「平成26年(2014年)10月12日付 インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙の記事について」、2014年10月31日)(http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1353247.htm)

これに続いて、いかに日本の教育が国際化に努力しているかを縷々述べている。このことについては省略する。

そして、「日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育」についてこのように述べている。

その際に、日本の学生は海外で日本のことを語れないとの経験者の声が沢山出ていますが、真のグローバル人材として活躍するためには、日本人としてのアイデンティティである日本の伝統、文化、歴史を学ばなければ、世界の中で議論もできませんし、日本人としてのアイデンディディも確立できません。残念ながら、日本の若者はこのような状況に遭遇することが多くなっています。

これは、日本の個々の学生の問題ではなく、日本の教育において、日本の伝統、文化、歴史をしっかりと教えてこなかった日本の学校教育の問題であるととらえています。各国・各民族には、当然相違があります。しかし、多様な価値観を持つ国際社会の中で、それらを認めながら生きていくためには、日本の価値観をしっかりと教えることで、他国の価値観を尊重する姿勢を持たせなければなりません。そうでなければ、伝統、歴史、文化の違いを語れません。

インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙では、「ナショナリズム」との言葉を使って批判していますが、日本の伝統、文化、歴史を教えることは、「ナショナリズム」との言葉に当てはまらないと考えます。なぜなら、日本のアイデンティティを教えることは他国、特に近隣諸国を侮蔑、蔑視する教育ではないからです。日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は「和の精神」です。

2011年の東日本大震災の被災者のその後の行動が象徴するように、日本人の精神の根底には、「絆(きずな)」、「思いやり」、「和の精神」があることは世界の人達にも認識していただいていると考えています。

つまり、日本の伝統、文化、歴史を学校教育で教えることは、「ナショナリズム」との表現に当てはまらないものです。我が国が古来の伝統、文化、歴史を大切にすることと、国際社会で共生することは、相矛盾せず、逆に、日本への理解を深める教育をすることがグローバル化した世界で日本人が活躍するために重要であると認識しています。

21世紀の国際社会において日本及び日本人が果たすべき役割は、日本古来から培ってきた「和の精神」、「おもてなしの精神」です。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、是非、それを世界の人達に見てもらう、そのような教育をすることによって、より広く、日本の教育の方向性が世界の人達に共有性をもってもらえる改革を進めていきたいと考えています。

この文章では、日本人が国際化するために日本の価値観を学ばせており、他国ー近隣諸国を蔑視するものではないから「ナショナリズム」教育ではないとしている。「『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ」ているというニューヨークタイムズの批判には全く答えていない。偏狭であるかどうかは別として、「日本の伝統、文化、歴史を教える」こと自体、ナショナリズムではないということはいえないと思う。

といっても、私が最も驚いたのは「日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は『和の精神』です」というところであった。確かに「十七条憲法」の冒頭に、「一曰、以和爲貴、無忤爲宗(一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ)」(Wikipediaより)とかかげられている。「十七条憲法」については、聖徳太子が604年に作ったと720年に成立した国史である『日本書紀』に記述されているが、記述自体にさまざまな疑問が投げかけられている。ただ、聖徳太子が作ったどうかは別として、この時代の朝廷において、統治の重要な原則として「和を以て貴しと為す」が意識されていたとはいえよう。

しかし、これは、「日本古来の価値観」のものなのだろうか。儒家の祖である孔子(紀元前552-479年)とその門弟たちの言行を記録した「論語」には「有子曰。禮之用。和爲貴(有子曰く、礼の用は和を貴しと為す)」(http://kanbun.info/keibu/rongo0112.htmlより)とある。ここで、「和為貴」といっているのは、孔子の門弟である有子(有若)である。つまり、7-8世紀に「十七条憲法」が作られるはるか昔から、中国の儒家たちはいうなれば「和の精神」を主張していたのであった。それを取り入れて「十七条憲法」が作られたということになる。たぶん、全く意識していなかったであろうが、下村は「十七条憲法」を引き合いに出して「和の精神」を「日本古来の価値観」とすることによって、日本古来の価値観の淵源は「論語」にあると主張したことになるのだ。

これは、直接には下村もしくは文科省の「無知」に起因するといえる。しかし、そればかりではない。儒教的な倫理を日本古来のものと誤認している人々は日本社会に多く存在している。圧倒的な中華文明の影響のもとに成立してきた日本社会において、その文化的アイデンティティなるものを追求していくと、実際には中国起源のものになってしまうという逆説がそこにはある。そして、もし「和の精神」なるものが「世界の人達に共有性」をもってもらえるものならば、それは、日本古来の価値観であるからなどではない。中国においても日本においても通用していたという「普遍性」を有していたからといえよう。

付記:Wikipediaの「十七条憲法」の記述でも、その第一条で「論語」を引用していると指摘されている。

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猪瀬直樹東京都知事が今月東京へのオリンピック招致活動でニューヨークを訪問し、その歳ニューヨークタイムズのインタビューを受けた。その内容が4月27日のニューヨークタイムズに掲載され、その中での五輪開催候補地イスタンブールなどへの猪瀬の批判があきらかになり、波紋を呼んでいる。

この記事は、ニューヨークタイムズから全文がネット配信されているが、英文である。部分的にはかなり紹介されているが、全体がどのようなものかは報道されていない。ツイッターにおいて全文翻訳を試みられている。その訳を参考にして、日本語として意味が通らないところなどを自分なりに訳してみた。

なお、私は、英語は苦手である。この翻訳も十分なものではない。ニューヨークタイムズの原文を掲げて、対訳の形で示すことにした。記事全体がどんなことを述べているのか、参考にしてほしい。

まず、次のような形で、この記事ははじまっている。

In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others
By KEN BELSON
Published: April 26, 2013

2020年オリンピック誘致活動において他候補の鼻をひっぱる東京の会長
ケン・ベルソン
2013年4月26日発行

 With less than five months to go before the International Olympic Committee chooses a city to host the 2020 Summer Games, the three remaining bidders — Istanbul, Madrid and Tokyo — are increasing their efforts to win over delegates and the public.
 The Olympic committee’s rules prohibit bid committee members from directly criticizing other bids. Instead, the bidders often highlight the perceived strengths of their bids to note delicately what they believe to be their rivals’ shortcomings, something known in the communications industry as counter-positioning.

2020年夏季オリンピック開催都市選考まで5カ月を切った、現在残っている候補都市―イスラマバード・マドリッド・東京‐は委員や公衆の説得に一層力を注いでいる。
オリンピック委のルールはメンバーの他候補への直接的な批判を禁じている。代わりに、候補者はライバルの弱点と思われるところを注意深く示すために自ら認めている自分の強みを強調する、つまり広告業界で言うところのカウンターポジショニングである。

ここでは、まず、他候補都市への直接的な批判をさけ、自らの都市の強みを示すことにより他候補都市の弱点を暗示するにとどめなくてはならないとする五輪招致の原則を示している。

 

 Naoki Inose, the governor of the Tokyo Metropolitan Government and chairman of the Tokyo 2020 bid, has often done that, highlighting his city’s extensive and efficient transportation system, as well as the financial and technical wherewithal to build first-class sports sites and housing for the athletes. He has also noted that, like Paris and London, Tokyo has hosted the Summer Games before, a claim that Istanbul and Madrid cannot make.
 But Inose has also pushed the boundaries of rhetorical gamesmanship with occasionally blunt and candid statements about how his city compares with the competition, particularly Istanbul, which he has suggested is less developed and less equipped to host the Games.
 “For the athletes, where will be the best place to be?” Inose said through an interpreter in a recent interview in New York. “Well, compare the two countries where they have yet to build infrastructure, very sophisticated facilities. So, from time to time, like Brazil, I think it’s good to have a venue for the first time. But Islamic countries, the only thing they share in common is Allah and they are fighting with each other, and they have classes.”
 Asked later to elaborate on his characterization of Istanbul, a spokesman said Inose meant that simply being the first Islamic country to hold the Olympics was not a good enough reason to be chosen, just as being the first Buddhist country or the first Christian country would not be, either.
 The spokesman said Inose did not mean to refer to “class.”

猪瀬東京都知事・五輪招致委員会会長はそれをしばしばやっているが、彼の都市の広範で効率的な交通システム、それと同様に第一級のスポーツ施設や選手村建設のための財政・技術的手法を強調する。彼は、パリやロンドンの様に東京も嘗て夏季五輪開催経験があることを強調し、イスタンブールやマドリッドはできないと主張する。
しかし猪瀬は、反則すれすれの修辞的な技の境界を押し広げ、粗野かつ露骨に競争相手との比較を主張し、特にイスタンブールは低開発で主宰するのに準備不足だと示唆した。
「競技者にとって、最もいい場所はどこか?」。NYTとの通訳を通しての最近のインタビューで猪瀬は言った。「まだインフラ建設も洗練された施設も建設してない2国と比べてくれ。時々、ブラジルみたいな初開催地があるのはいいと思う。だが、イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」 
その後、彼のイスラムの描写について詳しく話すよう聞かれ、スポークスマンは、猪瀬は単にイスラム国初のオリンピックというのは選ぶ十分な理由ではない、ちょうど初の仏教国や初のキリスト教国であることがそうでないように、という意味だと言った。
スポークスマンは、猪瀬は「階級」について言及する意図はなかったと言った。

この部分で、猪瀬の招致活動における発言の不適切さが提示されている。猪瀬は、日本は、交通システム・スポーツ施設・選手村などのインフラ整備にすぐれており、また、パリやロンドンと同様にオリンピック開催の経験をもっていると主張する。もちろん、それだけでは不適切ではない。しかし、さらに猪瀬は、マドリッドやイスタンブールは開催できないと指摘している。そして、特にイスタンブールは低開発で準備不足であるとし、問題となった「イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」という主張を行っているのである。

これは、もちろん、ライバルへの直接的批判をさけるべきとするオリンピック招致活動上の規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上に、東京をパリやロンドンなどの「先進国」の中におき、アジアのイスタンブールを蔑視し、さらには、イスラム圏総体を蔑視するという、レイシズム的な発言でもあることに注目せざるをえないのである。
ただ、あまりのレイシズム的発言のため、猪瀬のスポークスマンが修正をはかっていることがわかる。猪瀬自身はどう考えたかはわからないのだが。

 Istanbul is an Olympic finalist because it is an international city in one of the fastest-developing countries in the region. A member of NATO, Turkey straddles Europe and Asia and is a bridge between Christianity and Islam. With its emerging middle class, Turkey has become a political and economic powerhouse in the region.
 This is Istanbul’s fifth bid to host the Olympic Games. In a statement, the city’s bid committee declined to address comments made by rival bidders.
 “Istanbul 2020 completely respects the I.O.C. guidelines on bidding and therefore it is not appropriate to comment further on this matter,” the statement said.

イスタンブールは地域で最も急成長する途上国の一つの中の都市であり、そのためオリンピック開催国最終候補になった。NATO加盟国のトルコは欧州とアジアにまたがり、キリスト教とイスラムのかけ橋になっている。成長する中間層によりトルコは政治的経済的な地域のエネルギー源になっている。 
今回はイスタンブールの5回目のオリンピック開催立候補だ。声明で、ライバル候補都市のコメントについて招致委員会はコメントを拒否した。
「イスタンブール2020は招致に関するIOC指針を完全に尊重し、従ってこの件についてさらにコメントするのは適切でない」と声明は述べた。

ここでは、トルコのことにふれられている。まず、急成長し、ヨーロッパとアジアのかけはしになるトルコでオリンピックが開催されることの意義について、ニューヨークタイムズの記者自身が解説している。そして、イスタンブール招致委員会が、他都市を批判しないという原則を遵守して、この猪瀬発言に対するコメントを拒否したことが述べられている。

 

The International Olympic Committee does not look kindly on overtly harsh attacks by bidders, and occasionally it sends letters of reprimand to those who break with protocol, former bidders said.
 According to Article 14 of the Rules of Conduct for bidders: “Cities shall refrain from any act or comment likely to tarnish the image of a rival city or be prejudicial to it. Any comparison with other cities is strictly forbidden.”
 Though untoward comments rarely disqualify a bid, they could raise doubts in the minds of I.O.C. delegates about the trustworthiness of a bidder.
 “The reason the rule is there is that if someone deviates from it, it triggers a chain reaction,” said Mike Moran, chief spokesman for the United States Olympic Committee from 1978 to 2002 and a senior communications counselor for New York’s bid for the 2012 Summer Games. “The I.O.C. is very serious about their protocols.”
 Moran added that negative comments by bidders would probably not hurt a bid, although “you never know how a comment might influence those I.O.C. members.”

 
IOCは候補者によるあまりにひどい攻撃について大目に見ない、そして時に規則を破ったものに叱責の手紙を送ると、以前の候補者は言う。
候補都市への行為規則14条によると「都市はライバル都市のイメージを汚したり偏見を与えたりするようないかなる行為・発言をつつしむべきである。他都市とのいかなる比較も堅く禁じる。」
しかし、不適当なコメントが稀に候補を失格にすることがあり、それらは候補者の信頼に関するIOC委員の心証に疑念を起こさせた。
「ルールの理由は誰かがそれからそれると、反応の連鎖を引き起こすことにある」と、78-02年米五輪委主任スポークスマンで前回12年NY五輪招致広報顧問Mike Moranは言う。「IOCはこの規則に大変厳しい。」
Moranは候補者によるネガティブコメントは恐らく候補都市を害することはないだろうが、しかしながら「コメントがいかにIOCメンバーに影響するかは分からない」と加えた。

ここでは、まず、他候補との比較や批判を許さない招致上の規範が再び述べられ、過去のアメリカの招致関係者の取材に基づきながら、少なくとも、IOC自身は、そのような他都市への批判を許さないとした。そして、このようなネガティブコメントがどのような影響を及ぼすかということについてはわからないとした。

 

At several points in the interview, Inose said that Japanese culture was unique and by implication superior, a widely held view in Japan. He noted that the political scientist Samuel P. Huntington wrote in his book “The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order” that Japan was unlike any other culture.
 Inose also pointed to polls that showed 70 percent of Tokyoites in favor of hosting the Summer Games, up from 47 percent last year. The well-received London Games, he said, have helped generate enthusiasm and confidence that Tokyo can host a similarly successful event.
 Tokyo, he added, is exceptional because the Imperial Palace, which is largely off-limits to residents and visitors, forms the city’s core while bustling activity surrounds it. “The central part of Tokyo has nothingness,” he said. “This is a unique way that society achieved modernization.”

インタビューのいくつかの点で、猪瀬は、広く日本で抱かれている観点である優越感を含意しながら、日本文化は独特だと言った。彼は、政治学者ハンチントンは『文明の衝突』で日本は他の文化と違うと書いたと述べた。
猪瀬はまた世論調査で夏季五輪開催の東京都民支持が昨年47%から上昇し70%になったと示した。彼は、大変支持されていたロンドン五輪が、東京が同様の成功するイベントを開催できるように、一般の熱狂や信頼を手助けしていると言った。
東京は広く居住・訪問できない広大な場所、皇居があり、せわしない活動が周囲を取り巻く中心を形作っているから例外的だとも猪瀬は付け加えた。「東京の中心は空だ」と彼は言った。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」

この部分で、猪瀬は日本の優位性をかたっている。日本の文化の特異性、そしてその日本が近代化を達成したことをここでは述べている。彼によれば、東京の中心には「空」である皇居が所在しているが、その周囲でせわしない活動が行われていると説明している。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」としている。確かに、ロラン・バルドなど、このような形で日本の特異性を説明することはある。しかし、このようなことが、オリンピック開催にどのように寄与するのか、不明である。

 

Inose brushed aside the notion that Olympic delegates may favor Istanbul’s bid because Turkey has a far younger population than Japan and thus is fertile ground for developing the next generation of Olympic enthusiasts. While population growth has stalled in Japan, the population of Tokyo has grown because of an influx of younger people, he said. He added that although Japan’s population is aging, its elderly are reasonably healthy.
 “We used to say that if you are poor, you have lots of kids, but we have to build infrastructure to accommodate a growing population,” Inose said. “What’s important is that seniors need to be athletic. If you’re healthy, even if you get older, health care costs will go down. The average age is 85 for women and 80 for men, so that demonstrates how stress-free” Japan’s society is.
 “I’m sure people in Turkey want to live long,” he added. “And if they want to live long, they should create a culture like what we have in Japan. There might be a lot of young people, but if they die young, it doesn’t mean much.”

 
猪瀬は、トルコは日本よりはるかに若い人口を持ち五輪に熱狂する次世代を多く生みだす地となるからイスタンブールをオリンピック委員たちが候補として賛成するかもしれないという意見を払いのけた。日本では人口増加は停滞している一方、東京の人口は若い人々の流入で成長していると彼は言った。彼は日本の人口は高齢化しているが、高齢者は適度に健康だともつけ加えた。
「私達は貧乏人の子だくさんと言いならわしている、しかし、私達は成長する人口を収容するインフラを建設しなくてはならない」。猪瀬は言う。「大切なことは年長者達が運動的であることを必要としているということだ。もし健康なら、年をとっても、健康維持コストは下がる。女性で平均年齢85歳、男性で80歳、これはいかに日本社会がストレスフリーかを証明している。」
「私はトルコの人々が長生きしたいと思っていると確信している」と彼はつけ加えた。「そしてもし長生きしたいなら、私達が日本で持つような文化を創るべきだ。たくさん若い人々がいるだろうが、もし彼らが若死にしたら意味はあまりない」

この部分でまた猪瀬は、招致規範が禁止している他候補との比較を行っている。トルコのほうが若年人口が多く、次世代のオリンピック愛好者を増やす上に有利だという主張をはねのけている。猪瀬は、まず、日本全体では人口増加は停滞しているが、東京は若い人口の流入で成長しているといっている。そして、日本の人口の高齢化により、日本人はスポーツを必要とするようになっており、それによりストレスフリーの社会が作られ、平均寿命が伸びているとしている。しかし、いくら外国への宣伝でも、これは問題であろう。そもそも、東京への一極集中が日本社会の問題なのであり、東京オリンピック開催の正当性の中に取り入れられている東日本大震災からの復興でも、この問題は強く影響している。そしてまた、高齢者だからよりスポーツを必要とするというのも、どうみても強弁であろう。そのうえ、東京でストレスフリーの社会が形成され、平均寿命が伸びているというのも片腹痛い。「幻想」でしかないだろう。そもそも、都知事は、東京の地域社会がかかえている問題を把握し、その是正をはかるというのが職務であるはずである。いくら、対外宣伝でも、これでは、都知事としてどのように東京の地域社会の現実に向き合っているのかと思わざるをえないのである。

しかし、単に、日本や東京についての「幻想」を提示するだけならば、国際問題にはならないだろう。猪瀬は、この「幻想」をもとに、トルコ社会について、上からの視線で訓諭する。トルコの若年者が長生きしたければ、日本のような文化をつくれと。このような意見はまったくオリンピックの招致とも関係ないだろう。なぜ、こんなに傲慢なのだろうか。

Inose has drawn distinctions between Japan and other cultures in other settings, too. When he visited London in January to promote Tokyo’s bid, he said Tokyo and London were sophisticated and implied that Istanbul was not.
“I don’t mean to flatter, but London is in a developed country whose sense of hospitality is excellent,” Inose told reporters. “Tokyo’s is also excellent. But other cities, not so much.”

Hiroko Tabuchi contributed reporting.

猪瀬は、また、日本と他の環境における他の文化についても違いを描写した。ロンドンに東京開催を宣伝しにいった時、彼は東京とロンドンは洗練されており、イスタンブールは違うと暗に示した。
「お世辞を言うつもりはないが、ロンドンはもてなしのセンスが素晴らしい先進国だ」と猪瀬は言った「東京も素晴らしい。他はそれほどじゃない」。
ヒロコ・タブチ レポートに寄与

そして、この記事の最後は、猪瀬の考える日本ー東京の立ち位置が示されている。この文章の前の方でも、ロンドンやパリなどの先進国の都市こそオリンピック開催の資格があるものとし、東京もその一員であるとしていた。ここでは、まったく先進国都市ロンドンにおもねりながら、東京もまた同列であるとし、そのことでイスタンブールを排除しようとしているのである。

さて、猪瀬が30日にした謝罪会見によると、このインタビューではほとんど東京開催のことを話したのだが、最後の雑談で、イスラム圏で戦いが行われていることなどを話したという。発言は訂正するとしたが、このようなことを話したことは認めざるを得なかったといえよう。もちろん、ニュアンスや重点は実際に話したインタビューと違うのかもしれない。しかし、とりあえず、このような発言はあったと現時点ではいえるだろう。

そして、この記事をもとに、猪瀬発言の問題を考えてみよう。他都市の直接的批判や比較はしないという招致規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上の問題があるだろう。まず、猪瀬は、日本ー東京をロンドンやパリなどと比肩する「先進国」とし、その立ち位置から上から目線で話しているといえる。猪瀬は、高齢化が進んでいる日本社会の現実に向き合わず、東京への一極集中という日本社会の重大な問題をむしろ利用しながら、高齢者がスポーツにいそしんでストレスフリーの社会がつくられているという「幻想」をふりまいている。そこには、まず、現状の日本社会の問題をどのように彼自身がとらえているのかという問いが惹起されよう。そして、さらに、先進国ー「欧米」へのすり寄りがあるといえる。

その上で、トルコーイスタンブールを後進国として猪瀬は蔑視する。それは、さらにイスラム教への偏見にも基づいているといえる。ここまでいけば、レイシズムといえるだろう。そして、「日本のような社会を形成しろ」と上から目線で訓示を行っているのである。

この記事を一読したとき、私は、福沢諭吉の「脱亜論」を想起せざるをえなかった。欧米ー先進国にすりより、アジアー後進国(なお、後進国としているのは猪瀬の認識であり、私の認識ではない)として蔑視する脱亜論的発想は、いまだに日本社会の基層に定着している。このような認識は猪瀬個人の資質だけの問題ではないのである。まさに、現代の脱亜論として、猪瀬の発言は位置づけられるのである。

翻訳参照
http://togetter.com/li/494941

原文
http://www.nytimes.com/2013/04/27/sports/in-praising-its-olympic-bid-tokyo-tweaks-the-others.html?pagewanted=all&_r=0

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