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Posts Tagged ‘ドラム隊’

東京都知事選と衆議院議員選挙の選挙期間中となった、2012年12月7日も、首相官邸前行動は続けられていた。

さすがに、脱原発派の候補が、都知事選においても衆院選でも立候補している状況であり、コールでも「国会変えよう」「官邸変えよう」という選挙関連のものが目立つようになった。都知事選候補者も、この抗議の場においてスピーチしていた。

その中で、ここで紹介したいのが、次のエピソードである。

12月7日の抗議行動の終りの方、私は、国会前交差点付近で行っているドラム隊のところにいた。ここでも、選挙関連のコールが目立っていたが、最後は、いつも通り、ドラムのリズムにあわせて「再稼働反対」と皆で声をあわせ、盛り上がっていた。

そして、20時になり、ドラム隊のパフォーマンスが終わった時、思いがけないことがおきた。ドラム隊でドラムを叩いていた女性が、「候補者」として紹介され、ドラムを置き、「候補者」のたすきをかけて、スピーチを始めたのである。そのスピーチを下記に掲載しておく。

みなさん、きょうもお疲れさまです。

こういうたすきをかけております。

いろいろな脱原発活動を通して、官邸前、何回も何回もきて、

署名では変わらない、デモじゃ変わらない、ずっといわれていました。

変わりました。

私の姿はデモから生まれた姿。

全国、世界で、本当に脱原発を望んでいるみなさんの熱い思い、ひとつひとつの行動が、

私を、今、ここに立たせています。

デモから変わる、デモから変わる。

デモから変える、デモから変える。

この、今、私たちの手で、社会は変わっている。

新しい 進化が生まれている。

デモって、ものすごい力なんだなって、

すごい思ってます。

ここまで続けてきてくれて、本当にありがとうございます。

たくさんの人たちが、この場に交流できる。

その場を作ってくれて、

本当にありがとうございます。

だから、もっともっと、みんなで、

新しい人たちを作っていく姿を送り出していく。

ここから、デモから、やっていきましょう。

ありがとうございます。どうもありがとうございます。

http://ameblo.jp/the-river/day-20121209.htmlより

*私もスピーチをその場で聞いていたのだが、その場で記憶できず、上記ブログにアップされた動画から聞き取った。本来はスピーチした人の名前を出すべきだが、公職選挙法のある解釈では「選挙行動」とみなされる可能性があるので、ここでは不本意ながら氏名掲載を差し控えさせてもらった。

「デモから変わる、デモから変える」…。この言葉は、このスピーチの核心であるとともに、この日の官邸前抗議行動に来ていた多くの人たちが共有していた思いだったといえる。立候補した彼女の、たすきをかけた姿。その姿は「デモから生まれた姿」なのである。デモに象徴される脱原発への熱い思い、そしてそれぞれの行動が、「選挙への主体的参加」ということを生み出していっている。これこそが、「この、今、私たちの手で、社会は変わっている」ということなのだ。

このような思いがあって、初めて「選挙」というものが意味をもつ。いわば、「選挙」も手段の一つなのだ。人びとが実現したい思いがあって、はじめて選挙は「民意」を「代表」することが可能になるといえる。

これは、今や「日本維新の会」を組織している橋下徹とは全く相反している考え方である。朝日新聞2012年2月12日付朝刊に掲載された「インタビュー・覚悟を求める政治」において、橋下は、「有権者が選んで人間に決定権を与える。それが選挙だと思います…選挙では国民に大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任なんですよ」と語っている。それは、たぶん、自民党や民主党、そして朝日新聞のようなマスコミが暗黙のうちに共有している前提なのだと思う。彼らにとって、「選挙民」が「主権者」であるのは、投票箱に投票する、その一瞬でしかない。その他の時間は、「白紙委任」されたと称して、権力を私物化し、選挙民が全く望まない政策を進める。消費増税やオスプレイ配備など、その一例にすぎない。

人びとが主体的に思いを表明し、社会を変えていく決意を示すことーそれがデモなのである。それを実現していく一つの手段として、選挙に参加する。「デモ」がなければ、「選挙」に主体的に関わろうという意識は、私にだってもち得なかったであろう。「今、ここにある危機」としての原発への恐怖は、人びとの思いを揺り動かし、デモへと結集している。そして、それが、選挙というもの、政治というものを、真に人びとのものとしてとらえかえす営為へとつながっていこうとしているのである。

まさに「デモから変わる、デモから変える、今、私たちの手で、社会は変わっている。」なのである。これが、この選挙におけるテーマであり、その後もテーマであり続けるであろう。

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国会前スピーチエリアの演壇

国会前スピーチエリアの演壇

昨日(2012年11月30日)、恒例となっている金曜日の官邸前抗議行動にいってみた。官邸前といっているが、実際には官邸前だけでなく、国会前(スピーチエリアとファミリーエリア)でも行われており、後述するように、経産省前テントひろばの他、昨日は文部科学省前でも行っている。大体の地理関係を承知してもらうため、下記に地図を示しておく。

その日は、東京メトロ有楽町線桜田門駅から向かった。桜田門駅から国会前道路に出ることができる。地上に出たのは18時で、すでに、「原発いらない」などのコールが聞こえていた。国会に向かって左側の歩道を歩いてスピーチエリアについた。夏頃は万単位で人がいて、歩くこともままならなかったが、今はさすがにそれほど人がいない。スピーチエリアには演壇が設けられていて、千葉麗子だと思われる女性(名乗った時はいなかったが、たぶんそうだと思う)がコールをしていた。彼女は、コール後、司会もしていた。第一番目にあがったのが、ニューヨークで詩人をしている男性が演壇に上がり、「歌」を披露していた。

国会前で歌を披露する詩人

国会前で歌を披露する詩人

それから、私は官邸前に向かった。国会前庭の前を通る道である。途中で、欧米人と思われる男性がギターを弾いていて、その前に「 NO NUKES」などとプラカードやロウソクが置かれていた。なかなかファンタスティックであった。

国会前庭前にて

国会前庭前にて

官邸前道路と六本木通りの交差点に到達した。そこには何枚もの手描きのポスターがディスプレイされていた。今までみたことがなかった。

手描きポスター

手描きポスター

人があまり多くないので、官邸前にも進んで行けた。しばらくすると、ドラム隊が、官邸前を出発して、歩道を「行進」するのに遭遇した。じっと立ち止まって演説を聞いているのは寒いので、ついていくことにした。

ドラム隊の行進は、文部科学省近くを通った。文部科学省前でも抗議活動は行われていた。抗議活動を行っているグループは、「人形」を使った寸劇で訴えようとしていた。何か資料も使うようだった。今回は遠慮したが、次回も行うようだったら、いってみよう。

文部科学省前抗議活動における寸劇

文部科学省前抗議活動における寸劇

ドラム隊の行進はさらにすすみ、経産省前テント広場に到達した。そこでは、甘酒やホッカイロなどが配られていた。そういえば、デモなどでここを通ると、いつもなにがしかの物が配られていたと記憶している。優しい人たちである。

経産省前を行進するドラム隊

経産省前を行進するドラム隊

経産省前テントひろば

経産省前テントひろば

ドラム隊は、経産省前テントひろばから、外務省脇を通行して、六本木通りの国会前庭側歩道を通って、国会前に向かおうとした。しかし、国会前道路の入口付近で、警官隊に通行を差し止められた。緊張感が高まった。そこで「通せ」「通せ」とコールしようとした人がいたが、ドラム隊の一人からやめるように諭されていた。しばらく、首都圏反原発連合の担当者が交渉し、その結果、通行が許可された。これは、なんだったのだろう。

国会前道路の通行を一時阻止されるドラム隊

国会前道路の通行を一時阻止されるドラム隊

一時、行進を差し止められた結果、かえって、ドラム隊の意気はあがったようだ。ドラム隊はスピーチエリアに合流した。そこでは、ミサオ・レッドウルフ氏がコールを行っていた。「玄海廃炉!」など、各地原発名をあげてコールをしていたのだが、いつもは冷静な事務連絡している彼女のコールは迫力があった。それから、別の人が「選挙で変えよう!」「国会変えよう!」「官邸変えよう!」などとコールししていた。「選挙」関連のコールは、かなり多くのところで聞かれた。その後、日本共産党の前衆議院議員笠井亮氏がオレンジの服を着て演説していた。私は聞いていないが、宇都宮けんじ氏も演説を行ったらしい。

国会前における熱狂

国会前における熱狂

その後、ドラム隊は、国会に向かって右側の歩道を歩いてファミリーエリアに到達し、そこを盛り上げた後、さらに歩いて、彼らが定番としている国会前歩道のある地点で盛りあがり、時間がきて解散した。

ドラム隊

ドラム隊

首都圏反原発連合の知人に聞くと、参加人数は5000人くらいといっていた。最初はどうかなと思ったのだが、今、抗議活動の場はいろんなところに拡散しており、だんだん人数が増えてきたので、そんなものかもしれない。とにかく、「選挙で変えよう!」「国会変えよう!」というコールが目立つようになった金曜日の官邸前抗議行動であった。

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