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安保法制に反対する運動をしてきた学生団体SEALDsの中心的メンバーである奥田愛基に、自身と家族に対する殺害予告が届き、奥田は警察に被害届を提出した。まず、朝日新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

SEALDsの奥田さんに殺害予告届く 大学に書面
2015年9月28日20時02分

 安全保障関連法案への反対運動をしてきた学生団体「SEALDs(シールズ)」の中心メンバー、奥田愛基さん(23)が28日、自身と家族に対する殺害予告の書面が届いていたことをツイッターで明らかにした。奥田さんは、神奈川県警港北署に被害届を提出したという。

 奥田さんによると、「奥田愛基とその家族を殺害する」という趣旨の手書きの書面1枚が入った封書が24日、奥田さんが在籍する明治学院大に届いたという。同大広報課は「調査中」とし、詳細を明らかにしていない。

 奥田さんは、国会前などで学生が主催した抗議行動の中心メンバー。参院特別委員会が今月15日に開いた中央公聴会に公述人として出席し、「国会を9月末まで延ばし、国民の理解を得られなかったのだから、廃案にするしかない」などと述べていた。
http://www.asahi.com/articles/ASH9X67FVH9XUTIL06P.html

奥田個人も自身のツイッターで28日に報じている。

学校の方に、僕と家族に対する殺害予告が来ました。なんか、僕だけならまだしも、なんで家族に対してもそうなるのか…。何か意見を言うだけで、殺されたりするのは嫌なので、一応身の回りに用心して、学校行ったりしてます。被害届等、適切に対応してます。
https://twitter.com/aki21st?lang=ja

この奥田の発言に対し「ぺトリオットセイ」なる人物が次のようにかみついてきた。

表だって政治活動をするなら、それくらいの覚悟があって当たり前だろwwwやっぱりただのヘタレ学生集団だな。
しかもテレビにまで露出してるのに。そこまで想定して覚悟できてないんなら、デモもテレビ露出もするな。

まあ、「ぺトリオットセイ」なる人物の言い分は、「殺される覚悟」があるのが「当たり前」であり、なければ、デモやテレビなどでの意見表明などするなというのである。

さすがに、奥田も次のように反論した。

こういうマインドで殺害予告とか書いてるんだろうな。嫌だったら黙っとけって言いたいんだよね。嫌だし、黙らない。ごめん。そんな当たり前知らない。

その後も、ツイッター上で多くの人が「ぺトリオットセイ」に対する批判を続けた。しかし「ベトリオットセイ」は反論を続け、このように言い出した。

シールズかしらんがそもそも履き違えてるみたいだけど、そもそも間接民主制の一番の基本は選挙。殺害予告に対する覚悟とは、他人がそのせいで殺されたら自分のせいだし、十分ありうることだ事前に認識し、自分がそれで殺されても構わないと思うこと。

「ペトリオットセイ」は、間接民主制の基本は選挙なんだという。そういうことを履き違えているSEALDsについて、自他ともに殺害予告への覚悟があるべきだというのである。たぶん、ここには「自己責任論」があるのだろう。イレギュラーな形で意見表明することは「殺害」を惹起することにつながるのだから、殺されても文句を言うなということなのであろう。

もともと、安保法制に反対し安倍政権の退陣を求める意見を非暴力的に表明したSEALDsの一員への殺害予告について、覚悟がないなら発言するなというのはとんでもない意見である。それは「殺害予告」による「自由な言論」の封殺を是認する論理である。奥田のいうように「殺害予告者」に極めて近い姿勢といえる。

ただ、その上で考えてみたいのは、この「ペトリオットセイ」なる人物は、どのような「民主制」観をもっているのだろうかということである。「民主」ということは、それぞれの人民がそれぞれの意見を自由に表明するということが基本であり、「選挙」代表を要する「間接民主制」というのは、とりあえずの手段でしかない。人民が、いかなる立場であろうとも、自由に意見を主張するということが民主制の基本である。

そして、「選挙」というのも、人民の多様な意見を前提として、それらを組織化し、多数派を形成することから成り立っているだろう。政党とは、そのような人民の多様な意見を収束する核として成立してくるといえる。しかしながら、「選挙」とそれを前提とする政党は二次的な存在にすぎない。その前提に多様な人民の意見があり、そして、様々な形で自由に表明されている。デモやテレビでの露出は確かにその一つであるが、それだけにはとどまらない。新聞・雑誌・図書などの言論の場でも表明されるであろうし、経団連や業界団体さらには地方自治体などの「陳情」という形でも表明されている。そして、本来であれば、それらの多様な意見が政治に反映されていくといえる。

「ペトリオットセイ」の民主制とはなんだろうか。彼は、デモなどを通しての自由な意見表明はイレギュラーなものであり、「死を覚悟すべき」ものとした。そして、「間接民主制」の基本は「選挙」であるとした。奥田を含め、多くの人間が死を賭して意見表明などはできない。「ペトリオットセイ」の考え方を敷衍していくと、彼の考える「間接民主制」の主体は、選挙で選出される代表ーたぶん「命にかえても」などと絶叫していることだろうーであり、人民の自由な意見の表明など必要がないということになるだろう。人民の参政権は「選挙」だけに限定されるのである。日常的に自由な意見を表明し交換することができなければ、「選挙」というのも選出代表を「信任」する行為でしかない。このどこに「民主」があるのか。このどこに「自由」があるのだろうか。

そして、この「ペトリオットセイ」のツイッターにおけるプロフィールは、次のようになっている。

日本は自由主義国です。自由を愛するそこの君、貴方の自由を保障する日本国を守りましょう。そして、国民の自由を保障する日本への脅威となる国を見逃してはいけません。 政治は歴史に謙虚でなければならない。 ならば政治が学ばなければならないことは「ナチスの膨張を見過ごした英仏、とりわけフランスに成るな。」ということだ。
https://twitter.com/kenshiro1229912?lang=ja

自由な言論の場を認めない者が「自由を保障する日本国」を守りましょうと呼びかけている。ここに、現代日本の大いなる逆説があるのである。

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2月8日に続き、2月14〜15日も、関東甲信地方は記録的な大雪に襲われた。まず、朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

東日本の広範囲で記録的大雪 甲府で114センチ
2014年2月15日12時25分

 日本の南海上を進む発達した低気圧の影響で、東日本は14日夜から15日にかけて広範囲で記録的な大雪となった。甲府市や前橋市では積雪が観測記録を大幅に更新し、首都圏各地の交通網は混乱した。東急東横線の元住吉駅(川崎市)では電車同士の衝突事故も発生し、19人が軽傷を負った。

 甲府市では15日午前、先週の残雪分も含め114センチの積雪を記録し、1998年1月の49センチを大幅に上回り、1894年からの観測記録を更新。埼玉県秩父市は98センチ、同熊谷市62センチ、前橋市73センチといずれも観測史上1位となった。東京都心も歴代8位タイとなった8日と同じ27センチ。横浜市も28センチを記録した。

 気象庁は14日夕には東京23区の降雪量の予測を10センチとしていたが、低気圧からの暖気が予想よりも入り込まず気温が低くなり、雪の量が増えたという。

 16日午前6時までの24時間降雪量は、いずれも多い所で東北70センチ、関東北部山沿いと甲信60センチ、関東南部20センチ、関東北部の平野部10センチと予想されている。

 群馬県富岡市では同日朝、雪の重みで車庫の屋根が崩れ、男性(79)が下敷きになり死亡した。

 関東南部の平野部では同日未明に雨に変わったが、内陸や山沿いでは16日にかけて雪や強風が続く見込みで、気象庁は警戒を呼びかけている。最大風速はいずれも陸上で東北20メートル、関東18メートル、東海15メートルと予想されている。
http://www.asahi.com/articles/ASG2H1RB8G2HUTIL008.html

甲府・秩父・熊谷・前橋と、軒並み記録更新という状態で、特に甲府では、これまでの記録の2倍以上の114センチを記録した。そして、これは、単に記録というだけでなく、この記事にもあるように、この大雪によって、首都圏の交通網は大混乱に陥ったのである。

私事になるが、本日(15日)、私個人は群馬県館林市の会議に出席することを予定していた。何もなければ、東北道などを経由して自動車で行くことにしていたが、スノータイヤなどの装備がなく、前日(14日)の時点で断念し、鉄道で行くことにしていた。

しかし、東京にいても、夜が深まるにつれて積雪がましており、翌朝起きてもとんでもない深さの積雪だった。とにかく、館林まで鉄道は動いているだろうか。どのくらいの積雪だろうか。そのような情報を求めて、NHK総合テレビの7時台のニュースをみてみた。ところが、大雪情報は少しばかりで、多くは、ソチオリンピックの男子フィギュアスケートで金メダルを獲得した羽生結弦選手のことばかりであった。やや後の配信だが、こんな調子である。

金メダルの羽生「復興に役立ちたい」
2月15日 12時55分

ソチオリンピック、フィギュアスケートの男子シングルで金メダルに輝いた羽生結弦選手は、試合後の記者会見で、東日本大震災で出身地の仙台市が被災した経験に触れ、「復興に役立ちたい」という強い思いを口にしました。

羽生選手は会見で、報道陣から試合後にあまり笑顔を見せない理由を問われて、「金メダルの実感が沸かないこともありますが、震災からの復興のために自分に何ができたのか分からない。複雑な気持ちです」と答えました。
そして、震災の当時を振り返って、「スケートができなくて、本当にスケートをやめようと思いました。生活するのが精いっぱいというなかで、大勢の人に支えられてスケートを続けることができました。金メダルを取れたのは、被災した人たちや支えてくれた人たちの思いを背負ってやってきたからです」と語りました。
そのうえで今後について、羽生選手は「将来、プロになったとき、震災からの復興のために何かできればと思っています。金メダリストになれたからこそ復興のためにできることがあるはずです。これがスタートになると思います」と真剣な表情で話していました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140215/k10015261821000.html

後述するように、私個人は「オリンピック報道」が好きではない。ただ、それは報道のやり方がきらいなだけであって、オリンピックのそれぞれの種目でメダルを獲得すること自体、選手個人にとってかけがえないものであり、一般の「日本国民」においても、喜びを分かち合いたいと思う人が多く存在することは当然だと思う。しかし、その時の私は、何よりも、大雪とそれによる交通網への影響についての最新で詳細な情報を欲していた。とにかく、NHKニュースからの情報収集をあきらめ、民放各局のニュースをみることにした。民放ニュースも「羽生結弦の金メダル」一色であったが、それでも、NHKのニュースよりは、大雪情報を伝えていた。結局、NHKにはたよらず、民放ニュースとネットで収集した情報をもとに、館林までの交通網が混乱しているだろうと判断して出発時間を自主的におくらせた。その後、電話で連絡をとりあって、館林出張をとりやめた。

しかし、こんなことは、実は初めての経験である。地震・津波・台風などの災害時において、私は、CMがあり、視聴率に拘束されている民放各局のニュースよりも、公共放送であり、CMは入らず、視聴率に拘束されず、全国的な支局網をもつNHKのニュースのほうを、速報性・確実性という観点から評価していた。東日本大震災の時もそうであった。もちろん、その情報自体が信頼に値するかいなかは別だが。今回の場合は、逆に、NHKのニュースのほうが「役に立たない」と判断したのである。

もちろん、NHKニュースをずっと見ていた訳ではないので、いわば印象批評でしかないといえる。しかし、この大雪のニュースについてNHKが速報性においても確実性においても劣っていたことは、次の記事でもうかがえるように思う。

記録的大雪 なだれなど注意

県内は低気圧の影響で14日から雪が降り続き、甲府市では、積雪が1メートルを超えるなど記録的な大雪となっています。
気象台では、大雪の峠は越えたとして県内全域に出していた大雪警報は解除しましたが、引き続き雪崩や強風に注意するよう呼びかけています。
甲府地方気象台によりますと低気圧の影響で、県内は14日から雪が降り続き、記録的な大雪になりました。
午前11時の積雪は、▼富士河口湖町で1メートル38センチ▼甲府市で1メートル8センチなどとなっています。
甲府市では、これまでの記録の倍以上となり、120年前の明治27年に記録を取り始めてから最も多くなりました。
気象台は大雪の峠は越えたとして県内全域に出していた大雪警報を午前11時すぎに解除しました。気象台では引き続き16日までなだれに注意するよう呼びかけています。
また、これから16日昼前にかけて県内では風が強まる見込みで強風にも注意するよう呼びかけています。
02月15日 12時59分
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kofu/1045254843.html

これは、NHK甲府地方局の地方ニュースだが、朝日新聞の先のニュースよりもやや遅い時間に配信されたにもかかわらず、甲府の積雪を1メートル8センチとしている。些細なことなのだが、速報性・確実性という点で、NHKは劣っていたといえるのである。

まさに印象でしかないが、公共放送としてのNHKは、オリンピックでの金メダル獲得を重視し、私個人を含めた関東圏の多くの人に影響を与えた大雪情報を軽視しているように思える。私個人は、交通網の混乱で館林に行けない程度のことであるが、大雪のため、屋根などが倒壊して死傷者も出ているそうである。

さて、この「公共放送」における「公共」とは何だろう。私は「公共」には三つの含意があると考えている。一つは「国家的」であり、もう一つは共同利益などの意味での「共同的」であり、最後の一つは言論などを通じた「公開性」である。NHKの籾井勝人会長が、従軍慰安婦への言及だけでなく、「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない。国際放送にはそういうニュアンスがある」となどと発言し、物議を醸しているが、これは、まさに、言論の自由などの「公開性」の原則に対し、「国家的」に傾斜した形で「公共」を再定義しようということになるだろう。他方で、今回のようなことは、大雪情報を提供するという人びとの「共同利益」を、「国威発揚」をめざすオリンピック報道によって抑圧したものとみることができる。オリンピックに携わる選手たちのひたむきさを否定はしないし、彼らの活動を伝える報道も必要だろう。しかし、現時点での日本のオリンピック報道は、スポーツを通じて行われる国家間競争の側面が強調され、その中で、「国民」のアイデンティティを再確認することが中心となっていると思われる。その意味でオリンピック報道は「国家的」なものといえる。いわば、ここでは「国家的」なものが「共同的」なものを抑圧したものといえるのである。

このようなことは「ニュースバリュー」という形で、民放各局も含めて内面化されていると考えられる。しかし、視聴率競争に縛られている民放とは別個な形で、「公益」を実現することが「公共放送」であるNHKに期待されていたことである。最初に述べたように、災害時により信頼性の高い情報を提供するというイメージがNHKにはあった。それがふみじられていくこと、これもまたNHKの「国営放送局」化の一側面としてみることができよう。

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さて、本日9月21日は、民主党の代表選が投開票される日である。報道によれば、現職の野田首相の再選が確実と聞く。

同時並行的に行われている自民党総裁選は、テレビなどの露出も多く、街頭演説なども多いらしい。しかし、民主党の代表選は、テレビへの露出も少なく、街頭演説もほとんどない。

しかし、一度は行わなくてならないと考えたらしく、9月19日午後4時半より、野田佳彦、鹿野道彦、赤松広隆の三候補は、新宿駅西口にて街頭演説会を実施した。なお、原口一博は、沖縄にいっており、この演説会には出ていない。

野田首相の演説分をとった映像が youtubeに投稿されている。ここで紹介したい。

10分はある映像だが、最初のところだけみれば、大体理解できる。野田は、群衆に「帰れ」「帰れ」や「人殺し」などと野次られながら、演説を行っていたのである。

この状況をもっともよく伝えているのが、日刊ゲンダイの次のネット記事である。

野田首相初の街頭演説「人殺し」「辞めろ」コールに思わず涙目
【政治・経済】

2012年9月20日 掲載

 野田首相は、自分がどれだけ国民から嫌われているか、身に染みて分かったのではないか。
 19日、民主党代表選の街頭演説が東京・新宿で行われた。詰めかけた聴衆の手には「辞めろ」「ウソつき」などと書かれたプラカード。野田が登場すると、「帰れ!」「人殺し!」とヤジや罵声が飛び、最後は「辞めろ」コールの大合唱で演説がまったく聞こえないほどだった。
「反原発の官邸デモの件もあって、総理は街頭演説を嫌がっていた。今回は反原発の左翼だけじゃなく、尖閣問題で右翼も警戒しなければならない。それで、大阪と福岡で行われた演説会も屋内開催になったのです。しかし、自民党総裁選が各地で街頭をやっているのに、民主党が1回もやらないのでは批判されると中央選管から泣きつかれ、急きょ投票2日前の街頭演説会となった。新宿駅は聴衆と選挙カーの間に大きな道があって安全ということで、総理も納得してくれました。警視庁とも相談し、警備しやすい安全な場所を選んだのですが……」(官邸関係者)
“演説力”が自慢の野田にしては意外な気もするが、街頭演説は首相就任後これが初めて。昨年12月に新橋駅前で予定されていた街頭は、直前に北朝鮮の金正日総書記死去の一報が入って取りやめになった。
 今回は万全の警備態勢を取り、民主党関係者も動員したのだが、野田が演説を終えても拍手は皆無。怒号とヤジがやむことはなく、さすがに野田も涙目になっていた。これがトラウマになり、二度と人前に出てこられないんじゃないか。最初で最後の街頭演説かもしれない。
「右からも左からも、これだけ攻撃される首相は珍しい。最近は、千葉県の野田首相の事務所や自宅でも『落選デモ』が数回にわたって繰り広げられています。首相の自宅前をデモ隊が通るなんて、自民党政権では考えられなかったこと。かつて渋谷区松濤にそびえる麻生元首相の豪邸を見にいこうとした市民団体は、渋谷駅前のハチ公広場からスクランブル交差点を渡ったところで止められ、3人が逮捕された。警察も、野田政権は長く続かないと考えているのでしょうか。もはや政権の体をなしていません」(ジャーナリストの田中龍作氏)
 こんなに嫌われている男が再選確実なんて、悪い冗談としか思えない。民主党が国民から見放されるのも当然だ。
http://gendai.net/articles/view/syakai/138764

つまり、右からも左からも攻撃されているのが、現在の野田首相なのである。そのことは、野田自身も予期していたと思われる。本来、代表選であっても、ライバル自民党との対抗のため、街頭演説をなるべく実施しようとするのが当然のことであろう。しかし、こうなることを予期して、街頭演説を最小限にとどめたと考えられる。それであっても、このような状態なのだ。

野田の演説をところどころ聞くと、自民党の批判を中心にしているように思われる。朝日新聞は、次の記事を9月20日ネット配信している。

ヤジで声がかき消されそうになる中、首相の語り口も次第にヒートアップ。「財政がひどい状態になったのは誰の政権下だったでしょうか」「原子力行政を推進した政権は誰だったんですか」「領土、領海をいい加減にしてきた政権は一体誰だったんですか」

 消費増税をめぐって自民党との合意を優先してきた首相とは思えないほど、自民党を厳しく批判。聴衆に笑顔を振りまくこともなく会場を後にした。
http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201209190746.html?ref=chiezou

しかし、野田を野次っている人びとは、彼の自民党批判を聞きにきたわけではない。野田政権が進めている原子力政策や尖閣諸島国有化による日中摩擦を批判しているのだ。そして、可能ならば、それに対する野田の弁明を聞いてみたいのだ。だが、野田は、群衆が批判する声にこたえようとせず自民党批判を続けている。野田だって人間なので、まったく感じないわけではないようで、「涙目」「ヒートアップ」になったといわれている。しかし、その演説内容は、少なくとも、その批判に答えようとしたものではない。いわゆる抽象的な「有権者」しか眼中にないのだ。野田にとって、いちおう野次と怒号は肉体的に反応を余儀なくされた「大きな音」ではあったが、理性的に対応する必要がある「大きな声」ではなかったのだ。

昔、ソ連解体過程で、リトアニアの独立派のデモの前で、ゴルバチョフがその説得を試みようとしたことがある。そういった意志は全くない。批判している人びとを説得するのではなく、それを無視して、自説を続けるということーこれが、民主党政権のあり方を象徴的に示しているといってよいだろう。

この街頭演説について、多くのマスコミはあまり伝えようとはしていなかった。今挙げたもの以外では、TBSがニュース23の中で、群衆の野次・怒号と各候補の演説内容を要領よくまとめているくらいである。

その中で、特筆すべきは、フジテレビである。9月19日に、このように報道した。

この映像では、全く、野田首相を野次っている群衆の姿は写っていない。そればかりか、野田首相を野次る群衆の声すら聞こえない。野田首相が自民党批判している声が非常にクリーンに聞こえてくる。まるで、批判する群衆などは不在の映像なのだ。

知人によると「ライン録り」ーアンプから直接録音機材に連結するーでとっているのではないかと話していた。いずれにせよ、これは、まさに、野田を批判する群衆などはいないがごとき映像なのである。たぶんに、フジテレビは、マスコミとしての特権から、ライン録りを許可されたのだと思う。それがゆえの映像なのだ。確かに、野田らの演説は、よく聞こえる。そして、このような映像がマスコミを通じて配信されることを、民主党側は期待していたといえるのだ。群衆を無視した野田は、テレビを通じて抽象的な「有権者」に自民党批判を語りかけたかったのであろう。

しかし、逆にいえば、フジテレビは、全くあの街頭演説会の状況を伝えなかったともいえるのだ。そして、それは、この街頭演説会自体を報道しなかった他の各メディアもいえることである。その意味で、マスコミ報道自体のあり方も問われるべきことであるといえる。

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この映像は、1957年1月23日にアメリカABCテレビで放映された、ウオルト・ディズニー制作の「わが友原子力」(原題は、Our Friend the Atom)という原子力推進プロパガンダ番組である。友人の紹介で、You Tubeに投稿されていることを知った。日本語字幕付きのものも投稿されていたようだが、著作権の関係で差し止められたらしい。英語があまりできない私としては残念である。

この番組については、有馬哲夫『原発・正力・CIAー機密文書で読む昭和裏面史』(新潮選書、2008年)において取り上げられている。この有馬の記述に従って書かれたブログもいくつか散見できる。新知識というわけではないのだが、私も有馬の記述に従って、本ブログで内容を紹介しておきたい。

1953年のアメリカ大統領アイゼンハワーによる国連での演説「アトムズ・フォー・ピース」以降、アメリカは全世界的に「原子力の平和利用」つまりは原子力発電所建設を推進した。その一つが、1954年から開始された日本の原子力開発であった。

もちろん、アメリカ政府は、アメリカ国内でも「原子力平和利用」を推進した。そして、アメリカの国内世論向けのPR活動も必要としていた。そのために起用されたのがウオルト・ディズニーであった。アメリカ政府の情報局次長であったウオッシュバーンは、アイゼンハワー大統領に1955年12月20日に宛てた書簡の中で、「アトムズ・フォー・ピース」のアニメーション制作について、海外でもっとも動員数をほこるディズニーと交渉を始めたことを報告している。そして、「わが友原子力」が制作された。ただし、上記の映像をみればわかるように、全部がアニメーションではなく、実写とアニメーションを交えたものであった。スポンサーはアメリカ海軍と世界最初の原子力潜水艦ノーチラス号(1954年進水)を建設したジェネラル・ダイナミックス社であった。なお、有馬は「映画」といっているが、この映像は、冒頭で述べたようにABCテレビの番組であった。ABCでは、1954年からディズニー制作の「ディズニーランド」という番組を放映していた。「わが友原子力」はそのコンテンツの一つである。

テレビ番組「ディズニーランド」について、ウィキペディアにより概略を説明しておこう。

世界初のディズニーパークであるディズニーランドの事業資金を確保し、またウォルト・ディズニー自身が構想する魔法の王国を広く知らせる目的で企画された紀行番組であった。初期はウォルト自らが出演し、「未来の国」「おとぎの国」「冒険の国」「開拓の国」の4つの国のうちから、ティンカー・ベルが妖精の粉を振りかけた一つの国をとりあげ、それに関連した内容を紹介するものであった。

実際、冒頭の部分はそうである。「星に願い」が流れる中、ティンカー・ベルが登場し、4つの国を紹介し、その後で「わが友原子力」のタイトルが流されている。

ここからは、有馬の記述から「わが友原子力」の内容を紹介しておこう。有馬は、冒頭について、このように述べている。

 

 

映画では、冒頭の場面のあとにディズニーの大ヒット映画『海底二万哩』からとった映像が続いていく。この映画に登場する潜水艦もノーチラス号というが、これは偶然ではなく、ジェネラル・ダイナミックス社がこの映画の原作になったジュール・ベルヌの同名の小説にでてくる無敵の潜水艦にちなんで名づけたのだ。(有馬前掲書p145)

続いて、ディズニー自身が登場し、映画『海底二万哩』の潜水艦ノーチラス号の模型と、原子力潜水艦ノーチラス号の模型を比較してみせる。あまり私は英語をききとれないのであるが、ディズニーは、ディズニーランド(遊園地)の「未来の国」のプログラムとして潜水艦を取り上げることを予定していたようで、デザイナーにアトラクションのデザインを何枚か提示させている。

そして、次に、原子力を専攻している科学者ハインツ・ハーバー博士が登場し、以後、原子力について解説していく。有馬はその内容を次のようにまとめている。

このなかでホストを務めるウオルトは(なお、実際に解説しているのはハーバー博士であるー引用者注)、原子力をアラジンの魔法のランプの精になぞらえ(なお、この精は千一夜物語に出てくるものであるが、アラジンの魔法のランプの精ではないー引用者注)、その力を発見した古代ギリシア人、キュリー夫人、アインシュタインなどを紹介しながら、それがどんな力を秘めているかをわかりやすく解説していく。そして、核兵器のほかに、潜水艦、飛行機、発電所の動力、また放射線治療や農作物の成長促進などにも使われている例をあげていく。最後に、この力は賢明に用いれば人類に幸福をもたらすが、使い方を誤れば破滅をもたらすと結んでいる。(有馬前掲書p144)

有馬は、別の箇所で、「わが友原子力」の結びの言葉をより正確に紹介している。

使用目的によっては、原爆ー死の灰という恐るべき原子力も、平和利用の開発により原子力の三つの願いである力と有益な放射能と生産力を人類にもたらす我々のすばらしき友人である。(有馬前掲書p207)

全体的には、この結びの言葉を、千一夜物語の一つのエピソードから説明している。この物語のなかには、漁師が海中から封印された壷を引き上げ、蓋をあけたところ、なかに封じられた巨大な霊が出現し、漁師を殺すと宣言したが、漁師が機転をきかして、霊が小さい壷に入るところをみたいといって、霊がそれに応じ、漁師が蓋を閉めてしまうことで、霊を従わせるというエピソードがある。ディズニーは、このエピソードをアニメーションにして、「小さい壷」=物質、「巨大な霊」=解放されたエネルギーという隠喩で、原子力のエネルギーを説明していく。ディズニーは、「巨大な霊」を、原爆のキノコ雲に重ね合わせて映像化している。原子力の脅威的な側面は人を殺すそうとしている霊として表現し、有益な側面は人に従順になった霊として表現している。

プロパガンダには違いないのであるが、非常によくできているといえる。

そして、このプロパガンダは、アナハイムのディズニーランド遊園地自体にも影響を及ぼした。有馬によると、1959年にディズニーランドの「未来の国」に登場したアトラクション「潜水艦の旅」は、ディズニー自身が「原子力潜水艦隊」と表現するようなものであった。このスポンサーもアメリカ海軍とジェネラル・ダイナミックス社である。そして、潜水艦も原潜ノーチラス号と同じく船体は灰色と赤で塗られていたのである。特に、潜水艦の名前が傑作で「ノーチラス、トライトン、シーウルフ、スケート、スキップジャック、ジョージ・ワシントン、パトリック・ヘンリー、イーサン・アレンと実際の原潜と同じものになっていた。」(有馬前掲書p234)だったのである。

そして、有馬は、このように述べている。

 

このアトラクションは来園者が知らず知らずのうちにジェネラル・ダイナミックス社と海軍に対して良好なイメージを抱くように意図して作られていたといたとも言えるだろう。「潜水艦の旅」は『わが友原子力』など科学映画の一部や『ディズニーランド』などのテレビ番組の一部と同じく冷戦プロパガンダのメディアでもあったのだ。(有馬前掲書p234)

これについては有馬のいう通りであろう。ディズニーランドの潜水艦が非軍事用(深海調査船用)の黄色い塗装に塗り替えられたのは、冷戦最末期の1987年である。そして、1998年に「潜水艦の旅」は廃止された。そして、2007年には、映画「ファインディング・ニモ」にちなんだ形でリニューアルオープンした。

そして、この「わが友原子力」は、1958年に日本テレビから放映され、日本でもプロパガンダの役割をはたしたのである。そのことについては、別に論じてみたい。

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東日本大震災においては、津波に襲われた各地の被害状況をリアルタイムに記録した動画が数多く残されており、youtubeなどの動画サイトにアップされていいる。本ブログでも、津波被災の状況を示すものとしていくつか引用している。

しかし、このように、リアルタイムの動画が数多く残され、社会に流通するということは、非常に新しいことである。

まず、考えてほしい。基本的に、何か事件が起きているとき、それにまきこまれている当事者は、記録機材ーそれこそカメラ程度でもー持ち歩いていないのが普通である。基本的に、動画ないし写真などは、今までは、メディア関係者が事件の行われている場に赴き、そこで撮影され、テレビ・新聞・雑誌などのメディアを通じて発信され、最終的には記録されるというものであったといえる。その意味で、短時間で終わってしまう津波などの「現場」がリアルタイムで撮影されることは、たまたま、撮影機材をもったメディア関係者もしくは学術関係者がその「現場」にいたという「偶然」がなければ、ありえないことであったといえる。

東日本大震災の起きた今日、あまりにも一般的になっているのでほとんど指摘されていないのだが、このような状況は大きく変わったといえる。現在、多くの人が携帯電話を持ち歩いている。日雇派遣の際、求人のためのアイテムとなっているなど、たぶん、携帯電話は人びとの生活において必須なものになっているといえる。この携帯電話は、単に電話機能だけでなく、写真・動画撮影のカメラ機能をもつものが普通である。そして、メール機能やインターネット接続機能がついている。つまり、携帯電話をもつということは、出来事を撮影するカメラをもつということであり、さらに、撮影した動画・写真などをインターネットを通じて発信できるということなのである。

通常は、このような機能は、比較的他愛のないことに使われている。例えば、「今日、どこに行った」とか「夕食でステーキを食べた」とかなど、それぞれの個人が体験したことを伝え合っているにすぎない。しかし、日常時でも、「当事者が経験しつつあることを当事者自身の視点で記録し発信する」ということが行われている。

東日本大震災において、多くの動画が残されているのだが、大部分は携帯電話によるものではないかと推察している。もちろん、なにがしかデジタルカメラ・デジタルビデオによるものもあると思うが、津波より避難している人びとの多くが、わざわざデジタルカメラ・デジタルビデオなどを持参しているとは思えない。多くは携帯電話で撮影されたものであろう。津波をリアルタイムに記録している動画をみると大抵は避難している当事者たちによって撮影されたものである。事件を体験している当事者自身が、当事者の視点でリアルタイムで動画・写真を記録したということは、類を見ないことである。

携帯電話で撮影された動画・写真は、メールによって転送されることができ、youtubeなどの動画サイトに投稿できる。すべての動画を直後にアップしたとは限らないが、それこそ、リアルタイムに出来事を伝える速報性を、携帯電話で撮影された動画・写真は可能性としては有しているといえる。当事者自身が体験ししている出来事を、当事者自身の視点で、情報伝達するーこれは、例えば速報性を有するとされていたテレビもできなかったことである。

その例として、たまたまyoutubeで発見した動画をみておこう。南相馬市における津波被災を写したこの動画は、2011年3月11日、たぶんFNN(フジテレビ)のニュースで流されたものである。テレビで流しているのだが、テレビ局や通信社で撮影した動画ではない。福島テレビを介して「視聴者」から提供されたものである。この「視聴者」とはだれか。この動画の後の方の電話インタビューでわかるのだが、南相馬市に襲来した津波から避難した「当事者」なのである。

テレビ局もしくは通信社が「当事者」たちを撮影し、それをマスメディアとして情報発信しているのではない。当事者自身が当事者の体験しつつある「出来事」を記録し、情報発信しているのである。そして、テレビ局は、そのような「当事者」たちに依拠して、ようやく「速報性」を確保しているのである。

このことをせんじつめていくと、かなり大きな変化が起こっているということができる。メディアは、出来事の「当事者」たちを「客体」として記録・撮影し、そして、「主体」として情報発信していた。しかし、東日本大震災では、当事者たちが記録し、情報発信している。それに依拠しなければ、メディアは情報発信できないのである。その意味で、メディアと「当事者」たちの間の位相が大きく転換しているといえるだろう。

そして、メディアを介さず、「当事者」たちがyoutubeなどのサイトに投稿することも多い。実は、資料的には、ネット掲載の動画のほうが、価値が高いといえる。テレビ局などで流されている動画は、結局のところステロタイプな「津波像」を表現するように編集されることが多く、津波のすごさは強調されるが、一体全体、どういうところで具体的にはどのような状況で津波がきたのかがわからなくなっていることが多い。早い話、石巻でも気仙沼でも、似たような動画が流されている。しかし、ネット掲載の動画は、それぞれの当事者にいた場に即して記録されており、具体的な状況がわかるのである。

そのような意味で、東日本大震災で、多くの津波の動画が残されたということは、多いというばかりではなく、携帯電話とネットを介して、当事者とメディアの関係が変わったことを意味しているのである。それは、もちろん、東日本大震災だけに限られない。つい最近、リビアのカダフィ大佐を殺害した動画が流された。わざわざ戦闘現場にカメラ(従軍記者は別だが)をもってくるものがいるとは思えない。もちろん、断定はできないが、携帯電話での撮影ではなかろうか。いずれにしても、あの動画は、プロのカメラマンが撮影したものとは思われない。「当事者」が自ら体験していることを記録して情報発信し、それに依拠してメディアが報道するという時代が到来したということができよう。

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