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前回のブログで、記録的な大雪に際してオリンピック情報を優先した(今もだが)NHKを批判した。しかし、このような対応はNHKだけではなかった。日本政府中枢の首相官邸も同様であったのだ。

首相官邸のサイトをあけてみよう。「新着情報 平成26年2月15日 総理の一日 安倍総理は羽生結弦選手にお祝いの電話をかけました」とある。そこをクリックすると、次の記事が出て来る。

平成26年2月15日
羽生選手へのお祝いの電話

 平成26年2月15日、安倍総理は総理大臣公邸で、ソチ・オリンピックで金メダルを獲得した羽生結弦選手へお祝いの電話をかけました。

安倍総理はお祝いの中で次のように述べました。

「羽生選手、おめでとう。昨日はたくさんの日本人がみんな、羽生選手の演技を見て胸が熱くなる想いだったと思います。
 私もワクワクしながら、ドキドキしながら見ていましたけれども、最後まで本当に冷静で諦めずに、凄いなと思いました。」
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201402/15gold_hanyu.html

前のブログでも書いたが、私はこのようなオリンピックの国家主義的利用には反対である。しかし、安倍晋三首相ならば、こういうことをすることは予想できた。予想できなかったことは、少なくとも表に出た限り、15〜16日において、「それ」しかしていなかったようにみえることである。

時事新報で報道された、2月15〜16日の首相動静をみてみよう。

首相動静(2月15日)

 午前8時現在、公邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、公邸で過ごす。
 午後2時25分から同26分まで、報道各社のインタビュー。「ソチ五輪男子フィギュアで、羽生結弦選手が金メダルを獲得した」に「テレビを見ていて、日の丸を背にウイニングランをするシーンは本当に感動した」。同31分から同35分まで、ソチ冬季五輪フィギュアスケート男子で金メダルを獲得した羽生結弦選手を電話で祝福。同36分、公邸発。同54分、東京・富ケ谷の私邸着。
 16日午前0時現在、私邸。来客なし。(2014/02/16-00:04)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014021600002

首相動静(2月16日)

 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。
 午前中は来客なく、私邸で過ごす。
 午後も来客なく、私邸で過ごす。
 午後5時31分、私邸発。
 午後5時49分、東京・赤坂の天ぷら料理店「楽亭」着。支援者らと会食。
 午後7時50分、同所発。(2014/02/16-20:01)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014021600098

15・16日は土日であり、安倍晋三首相ももちろん休んでいてもかまわない。しかし、「記録的大雪」があったことについて、政府内部で協議した形跡がまるでない。特に15日は公邸と官邸にいたのであるから、首相官邸内部で協議してもよさそうだが、その様子は全くない。さすがに、電話連絡などが全くないとは思えないのだが、大雪対策についてだれかを呼び入れて特別の指示を与えてはいないのである。安倍首相がこの2日間で公的に行ったことは「羽生選手に祝福の電話をかけたこと」だけなのだ。

それでも、首相官邸のサイトには、国土交通省へのサイトのリンクがはられており、多少なりとも対策を講じているようにみせている。しかし、この国土交通省の対策も、次にみるように、かなり不備なものなのである。

平成26年2月16日
国土交通省 道路局
今般の大雪による道路における対応状況とみなさまへのお願い
1.立ち往生の状況
・14日からの大雪により、15日に東名高速では裾野インターを先頭に、約40km渋滞し、直轄国道では、5路線7区間において、約1400台の車が立ち往生しました。
2.対応
・高速道路の本線における立ち往生車両については、移動が終了しております。
・直轄国道の立ち往生が生じた区間においては、車両の乗員の安否確認は終了しています。
・雪による通行止めの各区間においては、除排雪作業を全力で進めております。
・また、立ち往生している車両の乗員のみなさまには、地元自治体と協力し、食料等の提供、ガソリン等の補給を行っております。
・なお、最新の通行止め情報は、道路交通情報センターのhttp://www.jartic.or.jp/で、ご覧になれます。
3.お願い
・高速道路および直轄国道以外の道路については、現在、各道路管理者にて状況の確認を進めております。
・万が一、立ち往生が生じている場合は、道路緊急ダイヤル「#9910」※に、御一報いただくようお願い致します。
※「#9910」とダイヤルすると、係員につながります。
http://www.mlit.go.jp/road/bosai/kosetsu/1402161500.pdf

大雪対策といっても道路だけで、それも東名高速道路と直轄国道(しかも、この道路名すらあきらかではない)のことだけなのである。現時点(2月16日)においても、東名・中央・上信越・関越・東北道の関東から他地方に通ずる高速道路の交通は途絶している。そして、1mをこえる積雪に見舞われた山梨県内では多くの道がとざされ、自衛隊が除雪作業をしている。そのようなことには全くふれていない。いわば、情報収集すら十分ではない「対策」なのである。

そして、16日の状況について、山梨日々新聞が県内の状況を中心にネット配信している。

2014年02月16日(日)

【大雪情報】あす、315の小中高校が休校
19日以降、一時雪の恐れ

 記録的な大雪に見舞われた山梨県内は16日も鉄道が始発から運転を見合わせ、高速道路で通行止めが続くなど、交通機関がまひしている。JR身延線は身延~西富士宮駅間で運転を再開した。
 甲府地方気象台は山梨県内全域に強風注意報となだれ注意報(昭和町を除く)を継続して出している。16日夜から17日にかけて冬型の気圧配置となり、山梨県内は晴れる見込み。16日夜は強風が吹き、17日は朝方冷え込み、日中はやや強い風が吹きそう。また、19日午後から20日午前にかけ、一時雪となる恐れがある。同気象台は雪崩や落雪、路面凍結などに注意を呼び掛けている。

【読者の皆様へ】本日16日付の山梨日日新聞の配達に遅れがでています。こちらで紙面の一部をPDFで17日午前零時まで公開しています。事情をご理解いただき、ご了承ください。

 
中央道、あす中の通行止め解除めざす
 中日本高速道路は、大雪で通行止めが続いている中央自動車道(富士吉田線を含む)について、「17日中をめどに通行止め解除をめざす」としている。

徒歩で帰宅中の男性が凍死か 北杜市
 北杜市須玉町下津金の路上で15日午前6時ごろ、男性が倒れているのを通行人が発見し119番した。倒れていたのは北杜市の無職男性(48)で、搬送先の病院で死亡が確認された。
 県警によると、死因は凍死とみられる。男性は、車が雪のため動かなくなったため、歩いて帰宅途中で死亡したとみている。

あす、315の小中高校が休校
 山梨県教委によると、週明けの17日、大雪の影響で県内の公立小中高校と特別支援学校計315校が休校する。睦合小(南部)が2時間、始業時間を遅らせる。栄、富河、万沢小、南部中(南部)は平常通り。

甲府~身延駅間、あすも終日運転見合わせ JR身延線
 JR東海は16日、週明けの17日も、甲府~身延駅間で終日運転を見合わせると発表した。特急も全列車を運休する。運転再開には相当の日数がかかる見込み。
 16日に運転を再開した身延~富士駅間は、本数を通常より減らす。

豪雪対応、国に要請 テレビ会議で横内知事
 政府の関係省庁災害対策会議が16日開かれ、横内正明知事はテレビ会議システムを通じ、古屋圭司防災相に対し、山梨県内で除雪が難航して交通網が遮断されている現状を報告。自衛隊の増員や豪雪対応のノウハウがある国交省職員の派遣を要請した。
 古屋防災相はソーシャルネットワークを活用して詳細な情報収集をするよう関係省庁に求めた。

陸自、郡内地域で除雪作業に入る
 県から災害派遣要請を受けた陸上自衛隊は16日、富士河口湖町などの国道138、139号の除雪作業に入った。同町の精進湖周辺で孤立しているホテル3カ所には食料、毛布をヘリで輸送している。また、大月市の国道20号で立ち往生している車列に対応する部隊は東富士五湖道路を除雪しながら、山中湖村を移動している。

2020軒で停電続く
 東京電力山梨支店によると、県内では大雪の影響で16日午後5時半現在、2020軒で停電が続いている。
 停電が続いているのは、北杜、上野原、南部、身延、早川の5市町。富士河口湖町精進の停電は午後3時20分ごろ、解消された。身延町では930軒、南部町は860軒が依然停電している。同支店は自衛隊に協力を要請し、新たな職員をヘリで現場に運び、復旧作業を急いでいる。
 早川、南部、身延町の一部では14日から2日間にわたって停電が続いている。
 
雪中の車内、CO中毒に注意を 県が呼び掛け
 山梨県防災危機管理課によると、記録的な大雪のため、県内各地で立ち往生する車が相次いでいる。同課は、できる限り外出は控えるよう呼び掛けるとともに、エンジンを掛けた車内にいる人に対し、車の排気管が雪で埋もれると一酸化炭素(CO)中毒になる恐れがあるとして、十分注意するよう呼び掛けている。
http://www.sannichi.co.jp/local/news/2014/02/16/2.html

記録的大雪に見舞われた山梨県の被災状況が多少なりとも伝えられている。そして、このような被害は、山梨県だけではなく、関東・甲信・東北の各地でみられるであろう。そんな中、ようやく16日に政府の関係省庁災害対策会議が開かれた。しかし、これは内閣府の所管であり、官邸主導ではない。また、「古屋防災相はソーシャルネットワークを活用して詳細な情報収集をするよう関係省庁に求めた」とあるように、いまだ情報収集すら緒に就いたばかりという状態のようである。

しかし、これは、一体全体、なんなのだろう。安倍首相も他の政府首脳も東京にいて、30センチ弱の積雪で、空路・鉄道・道路の交通が遮断され、屋根が落ち、けが人が出ている状況を自身でも見聞きしているはずだ。また、一般人よりも確度の高い、リアルタイムな情報を得ているはずである。その3倍の積雪ではどうなるか、想像できないはずはないと思う。それにもかかわらず、首相は「羽生選手に祝福の電話をかける」以外の公的な動きをみせない。集団的自衛権では選挙で審判を受ける自分が答弁すると主張した首相が、大雪対策については、まったく主導性をみせない。古屋防災相もソーシャルネットワークを活用して情報収集をはかれという指示をしたりしている。15日の大雪は気象庁は予想しておらず、「想定外」だったかもしれないが、被害が出た時点では少なくともなんらかの対策が必要であった。オリンピックに関心をもつことの是非はともかく、少なくとも困った人びとが出たり、出ることが予想された場合、できることを行おうとするのが、政治の責任者たちの責務である。遅きに失しているかもしれないが、今からでも、雪害で困った人びとのため万全を尽すべきだと思う。

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2月8日に続き、2月14〜15日も、関東甲信地方は記録的な大雪に襲われた。まず、朝日新聞のネット配信記事をみてほしい。

東日本の広範囲で記録的大雪 甲府で114センチ
2014年2月15日12時25分

 日本の南海上を進む発達した低気圧の影響で、東日本は14日夜から15日にかけて広範囲で記録的な大雪となった。甲府市や前橋市では積雪が観測記録を大幅に更新し、首都圏各地の交通網は混乱した。東急東横線の元住吉駅(川崎市)では電車同士の衝突事故も発生し、19人が軽傷を負った。

 甲府市では15日午前、先週の残雪分も含め114センチの積雪を記録し、1998年1月の49センチを大幅に上回り、1894年からの観測記録を更新。埼玉県秩父市は98センチ、同熊谷市62センチ、前橋市73センチといずれも観測史上1位となった。東京都心も歴代8位タイとなった8日と同じ27センチ。横浜市も28センチを記録した。

 気象庁は14日夕には東京23区の降雪量の予測を10センチとしていたが、低気圧からの暖気が予想よりも入り込まず気温が低くなり、雪の量が増えたという。

 16日午前6時までの24時間降雪量は、いずれも多い所で東北70センチ、関東北部山沿いと甲信60センチ、関東南部20センチ、関東北部の平野部10センチと予想されている。

 群馬県富岡市では同日朝、雪の重みで車庫の屋根が崩れ、男性(79)が下敷きになり死亡した。

 関東南部の平野部では同日未明に雨に変わったが、内陸や山沿いでは16日にかけて雪や強風が続く見込みで、気象庁は警戒を呼びかけている。最大風速はいずれも陸上で東北20メートル、関東18メートル、東海15メートルと予想されている。
http://www.asahi.com/articles/ASG2H1RB8G2HUTIL008.html

甲府・秩父・熊谷・前橋と、軒並み記録更新という状態で、特に甲府では、これまでの記録の2倍以上の114センチを記録した。そして、これは、単に記録というだけでなく、この記事にもあるように、この大雪によって、首都圏の交通網は大混乱に陥ったのである。

私事になるが、本日(15日)、私個人は群馬県館林市の会議に出席することを予定していた。何もなければ、東北道などを経由して自動車で行くことにしていたが、スノータイヤなどの装備がなく、前日(14日)の時点で断念し、鉄道で行くことにしていた。

しかし、東京にいても、夜が深まるにつれて積雪がましており、翌朝起きてもとんでもない深さの積雪だった。とにかく、館林まで鉄道は動いているだろうか。どのくらいの積雪だろうか。そのような情報を求めて、NHK総合テレビの7時台のニュースをみてみた。ところが、大雪情報は少しばかりで、多くは、ソチオリンピックの男子フィギュアスケートで金メダルを獲得した羽生結弦選手のことばかりであった。やや後の配信だが、こんな調子である。

金メダルの羽生「復興に役立ちたい」
2月15日 12時55分

ソチオリンピック、フィギュアスケートの男子シングルで金メダルに輝いた羽生結弦選手は、試合後の記者会見で、東日本大震災で出身地の仙台市が被災した経験に触れ、「復興に役立ちたい」という強い思いを口にしました。

羽生選手は会見で、報道陣から試合後にあまり笑顔を見せない理由を問われて、「金メダルの実感が沸かないこともありますが、震災からの復興のために自分に何ができたのか分からない。複雑な気持ちです」と答えました。
そして、震災の当時を振り返って、「スケートができなくて、本当にスケートをやめようと思いました。生活するのが精いっぱいというなかで、大勢の人に支えられてスケートを続けることができました。金メダルを取れたのは、被災した人たちや支えてくれた人たちの思いを背負ってやってきたからです」と語りました。
そのうえで今後について、羽生選手は「将来、プロになったとき、震災からの復興のために何かできればと思っています。金メダリストになれたからこそ復興のためにできることがあるはずです。これがスタートになると思います」と真剣な表情で話していました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140215/k10015261821000.html

後述するように、私個人は「オリンピック報道」が好きではない。ただ、それは報道のやり方がきらいなだけであって、オリンピックのそれぞれの種目でメダルを獲得すること自体、選手個人にとってかけがえないものであり、一般の「日本国民」においても、喜びを分かち合いたいと思う人が多く存在することは当然だと思う。しかし、その時の私は、何よりも、大雪とそれによる交通網への影響についての最新で詳細な情報を欲していた。とにかく、NHKニュースからの情報収集をあきらめ、民放各局のニュースをみることにした。民放ニュースも「羽生結弦の金メダル」一色であったが、それでも、NHKのニュースよりは、大雪情報を伝えていた。結局、NHKにはたよらず、民放ニュースとネットで収集した情報をもとに、館林までの交通網が混乱しているだろうと判断して出発時間を自主的におくらせた。その後、電話で連絡をとりあって、館林出張をとりやめた。

しかし、こんなことは、実は初めての経験である。地震・津波・台風などの災害時において、私は、CMがあり、視聴率に拘束されている民放各局のニュースよりも、公共放送であり、CMは入らず、視聴率に拘束されず、全国的な支局網をもつNHKのニュースのほうを、速報性・確実性という観点から評価していた。東日本大震災の時もそうであった。もちろん、その情報自体が信頼に値するかいなかは別だが。今回の場合は、逆に、NHKのニュースのほうが「役に立たない」と判断したのである。

もちろん、NHKニュースをずっと見ていた訳ではないので、いわば印象批評でしかないといえる。しかし、この大雪のニュースについてNHKが速報性においても確実性においても劣っていたことは、次の記事でもうかがえるように思う。

記録的大雪 なだれなど注意

県内は低気圧の影響で14日から雪が降り続き、甲府市では、積雪が1メートルを超えるなど記録的な大雪となっています。
気象台では、大雪の峠は越えたとして県内全域に出していた大雪警報は解除しましたが、引き続き雪崩や強風に注意するよう呼びかけています。
甲府地方気象台によりますと低気圧の影響で、県内は14日から雪が降り続き、記録的な大雪になりました。
午前11時の積雪は、▼富士河口湖町で1メートル38センチ▼甲府市で1メートル8センチなどとなっています。
甲府市では、これまでの記録の倍以上となり、120年前の明治27年に記録を取り始めてから最も多くなりました。
気象台は大雪の峠は越えたとして県内全域に出していた大雪警報を午前11時すぎに解除しました。気象台では引き続き16日までなだれに注意するよう呼びかけています。
また、これから16日昼前にかけて県内では風が強まる見込みで強風にも注意するよう呼びかけています。
02月15日 12時59分
http://www3.nhk.or.jp/lnews/kofu/1045254843.html

これは、NHK甲府地方局の地方ニュースだが、朝日新聞の先のニュースよりもやや遅い時間に配信されたにもかかわらず、甲府の積雪を1メートル8センチとしている。些細なことなのだが、速報性・確実性という点で、NHKは劣っていたといえるのである。

まさに印象でしかないが、公共放送としてのNHKは、オリンピックでの金メダル獲得を重視し、私個人を含めた関東圏の多くの人に影響を与えた大雪情報を軽視しているように思える。私個人は、交通網の混乱で館林に行けない程度のことであるが、大雪のため、屋根などが倒壊して死傷者も出ているそうである。

さて、この「公共放送」における「公共」とは何だろう。私は「公共」には三つの含意があると考えている。一つは「国家的」であり、もう一つは共同利益などの意味での「共同的」であり、最後の一つは言論などを通じた「公開性」である。NHKの籾井勝人会長が、従軍慰安婦への言及だけでなく、「政府が『右』と言っているものを、われわれが『左』と言うわけにはいかない。国際放送にはそういうニュアンスがある」となどと発言し、物議を醸しているが、これは、まさに、言論の自由などの「公開性」の原則に対し、「国家的」に傾斜した形で「公共」を再定義しようということになるだろう。他方で、今回のようなことは、大雪情報を提供するという人びとの「共同利益」を、「国威発揚」をめざすオリンピック報道によって抑圧したものとみることができる。オリンピックに携わる選手たちのひたむきさを否定はしないし、彼らの活動を伝える報道も必要だろう。しかし、現時点での日本のオリンピック報道は、スポーツを通じて行われる国家間競争の側面が強調され、その中で、「国民」のアイデンティティを再確認することが中心となっていると思われる。その意味でオリンピック報道は「国家的」なものといえる。いわば、ここでは「国家的」なものが「共同的」なものを抑圧したものといえるのである。

このようなことは「ニュースバリュー」という形で、民放各局も含めて内面化されていると考えられる。しかし、視聴率競争に縛られている民放とは別個な形で、「公益」を実現することが「公共放送」であるNHKに期待されていたことである。最初に述べたように、災害時により信頼性の高い情報を提供するというイメージがNHKにはあった。それがふみじられていくこと、これもまたNHKの「国営放送局」化の一側面としてみることができよう。

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前回は、2013年9月9日付朝日新聞夕刊から、その紙面中において、2020年東京オリンピック開催決定を心から喜んでいる人は誰なのかをみてみた。基本的には、経済効果を期待する経済界、自分たちの活動の場が広がるアスリート、五輪関連施設が所在もしくは建設予定の地域の人びとなど、何らかの関係者が多く、加えて、1964年東京オリンピックを経験した年代の人びとが紙面で喜びを表明していたといえる。いわば、何らかの意味で(幻想的なものも含めて)利益を感じる人びとと、1964年東京オリンピックへの回顧趣味を感じている人びとによって「喜び」の声が表明され、それらが新聞紙面を埋め尽くすことによって、「祝祭」感が醸成されているのである。

そういう状況は、9月10日付朝日新聞朝刊東京版にもみることができる。ここでは、28〜29面にわたって「五輪へ夢の始まり 7年後待ってるよ」という見出しのもとで巨大な記事が掲載されている。この記事は、基本的には三つに大別できる。

第一に、アスリートや東京都庁など招致委員会側の動向や発言を伝えている。その部分では、招致アンバサダーを勤めたパラリンピック代表(女子陸上車いす)土田和歌子が喜びの声を発言しており、最終プレゼンを勤めた猪瀬都知事や太田・佐藤選手などによる報告会が都庁都民広場で開かれる予定であることが伝えられている。さらに、板橋区役所で、聖火ランナー写真などの展示が行われること、招致ポスターの撤去や手直しが始まったことが報道されている。

第二に、IOC総会のパブリックビューイングや五輪開催決定祝勝会に参加した人びとの喜びの声が多数収録されている。ここでは、一部紹介しておこう。

 「TOKYO」と読み上げられた瞬間、かたずをのんで見守っていた人たちから歓喜があふれた。8日の五輪開催都市決定は、早朝にもかかわらず、多くの人たちが「その時」を共にした。

 ●選手村予定地・晴海
 「やったー」「すげえ」8日午前5時19分。中央区晴海にあるホテルの宴会場では、この瞬間を待ちわびた子どもたち約20人の歓声が飛び交った。
 44ヘクタールの都所有地がある晴海地区では、選手村の建設が決まっている。「地域の子どもも参加できるイベントを」とパブリックビューイングを企画した新井正勝さん(52)は、地元小学校のPTA会長を4年間務めた。「7年後、選手村や街をつくっているのは子どもたち。『晴海っ子』たちには、どうしたら素晴らしい街にできるか考えてもらいたい」と新井さん。
 晴海にある小学校に通っていた古旗笑佳さん(13)は、「7年後はきっと大学生。今からたくさんの国の言葉を勉強して、通訳ボランティアに携わりたい」と希望に胸をふくらませた。
(後略)

その後、墨田(墨田区立総合体育館)、競技会場予定地・江東(豊洲)、品川、都庁前での景況とそこに集まった参加者の声が報じられている。今回のオリンピックは臨海部を中心とすることが報じられているが、この記事でとりあげている多くの場所がそのエリアであることに注目してほしい。品川も羽田空港に近く、町おこしが期待されている。引用部分にあるように、大人たちが町おこしへの期待を語り、子どもたちはより純粋に何らかの意味での参加を表明するという形で記事は書かれている。つまり、まず、東京オリンピックで町おこしが期待できる地域が「心から」喜びを表明し、パブリックビューイング開催などの形でそれを形に示したといえよう。

さて、この東京地方版では、招致委員会側でもなく、開催により直接の受益もない一般の人びとの意見も収録している。まず、「2020年、東京でオリンピックとパラリンピックの開催が決まった。7年後の夏、世界最大のスポーツの祭典を迎える東京はどうなっているだろう。半世紀前の記憶に重ねる人、冷静に見つめる若者…。9日、都内各地で聞いた。」と述べている。その上で、浅草・巣鴨で老人に、秋葉原で若者にインタビューした記事を載せている。

浅草・巣鴨における老人の意見を一部紹介しておこう。

 

浅草・巣鴨のお年寄りは

 世界各地の観光客を相手にする浅草の仲見世通り。世代交代が進み、1964年の東京五輪の記憶が残る人は多くない。
 カメラ店を営む青木じゅんこさん(65)は当時高校1年生。「バレー部に入っていた頃、テレビにかじりついて、『東洋の魔女』のプレーを必死に追ったわ」と笑う。秋田県から上京し、夫の恒久さん(66)と店に立って約40年。「建物も食べ物も町並みもがらっと変わった。次はどんな五輪になるんだろう。今から楽しみです」
(後略)

この後、浅草の1名、巣鴨の2名のインタビューが掲載されているが、基本的には同じである。高度経済成長期の自らの生きざまに重ね合わせて1964年東京五輪を懐古し、2020年東京五輪への期待を語るということになっている。ここまでは、前日の夕刊の状況とそれほどかわらない。招致関係者、五輪開催の受益者たち、過去を懐古する老人たちによって、新聞の多くの部分が埋め尽くされ、「祝勝ムード」が醸成されているのである。やはり、新聞というものは、結局、一部の人びとのイントレストを、「国民」多数のものに転化させる装置であるといえる。

しかし、朝日新聞の紙面でも、秋葉原の若者たちは全く違った反応を示している。その部分を次に掲載する。

 

アキバの若者たちは

 「クールジャパン」と呼ばれる日本のアニメ文化の発信地・秋葉原。アキバの人たちにとって、同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」の開催地として定着している「東京ビックサイト」(江東区有明)がレスリングなどの会場になるため、「五輪開催時はコミケがビックサイトでできない」とネットで話題になっていた。
 これまで3度コミケに行ったという、さいたま市の男子大学生は「別の場所、できれば関東でやってくれればいいと思う。スポーツ観戦も好きなので東京五輪は楽しみ」と話す。一方、埼玉県八潮市の女子高校生(17)は「五輪はいいけど、コミケはビックサイト、とインプットされてるので残念」と話す。「7年後はいい年だし、想像つかないけど、景気が良くなっていればいいな」
 中には、五輪の開催自体に疑問の声も。「都合のいいときだけ東北を使うなーと」。ピンク色のメード服で着飾ったフリーターのれいさん(21)。「距離が離れているから(東京の放射能レベルは)大丈夫と言いつつ、『東北のため』というのは矛盾しているんじゃないかな」と話す。「お金を使うなら直接、被災地に使って欲しい。東京五輪が決まったと聞いても、うれしい気持ちはない」と冷めていた。

まず、全体的に、秋葉原の若者は、五輪開催自体ではなく、そのためにコミケが開催できなくなるかどうかに一番の関心をもっている。前二者は、たぶん世論調査では「五輪開催支持」に分類されるのだと思うが、関心の中心はコミケ開催にある。現在の自分の関心事が最優先しており、五輪開催自体は副次的問題になっているといえよう。その点、浅草・巣鴨の老人たちの感想と対照をなしている。

そのような心情の中から、ようやく、明示的な五輪開催への批判がうまれてくるのである。最後の一人は、東北から距離が離れているから東京開催は大丈夫だというにもかかわらず「東北のため」を標榜するのは矛盾だとし、お金を使うなら直接被災地に使ってほしいと述べ、東京五輪が決まってもうれしい気持ちはないとしている。このような批判的意見が、秋葉原の若者の多数意見かどうかはわからない。しかし、自分自身の一番望むものがあるからこそ、五輪開催を相対的にみる雰囲気があり、それが、批判的意見が表明される下地になっていたと考えられるのである。

全体でいえば、9月10日付朝日新聞朝刊東京地方版で報道されている2020年東京オリンピック開催決定に対する東京の人びとの反応は、おおむね三つに大別される。

第一は、五輪関連施設建設予定地の地域住民である。彼らは、街おこしへの期待から、五輪開催決定を喜んでおり、地域でパブリックビューイング開催するなど、期待を積極的に形として示したといえる。

第二は、1964年東京オリンピック開催を経験した老人たちである。彼らは、高度経済成長期を生きた自身の生きざまから先のオリンピックを懐古し、その点から、オリンピック開催を期待している。

第三は秋葉原の若者たちである。彼らにとっては、五輪開催自体よりもそれによりコミケ開催がどうなるかということが第一の関心事であり、五輪開催に賛成しているとしても、それは副次的な問題にすぎない。このような、五輪開催に対する相対的な見方を下地にして、五輪開催についての批判的意見が述べられているといえよう。

もちろん、これは朝日新聞の取材であり、世論調査でもないので、この報道が統計的に有意なものとはいえない。取材にしても、サラリーマンが多く通る新橋とか、消費者を主な取材対象とする銀座での街頭取材については報道していない。それでも、なんとなく、この三つの対応は、東京オリンピック開催についての東京の人びとの反応の類型を示しているように思われる。

もともと、私の疑問は、誰が心から東京オリンピック開催決定を喜んでいるのかということであった。前のブログをあわせて考えると、まずは、経済界、アスリート、五輪関連施設所在地・予定地の地域住民など、東京オリンピックによる受益を期待(幻想的であっても)できる人びとであった。さらに、直接的受益は期待できなくても、1964年東京オリンピックを経験した老人たちは、高度経済成長期を生き抜いた自分たちの生きざまを懐古しながら、東京オリンピック開催に期待をよせている。この人びとが、五輪に「夢」を投影し、その開催決定を喜ぶのは当然だ。しかし、私個人は、こういう人びとを直接知らないし、そういう「夢」自体が理解できないのである。

他方、秋葉原の若者たちは、「コミケ」開催に自分の「夢」を感じている。コミケ開催が五輪開催によって支障をうけるかもしれないこと、それが一番問題なのである。例え、五輪開催に賛意を示していたとしても、それは副次的な問題なのである。その中で、やっと批判的意見が出されるようになる。五輪開催自体に批判的かどうかはおくことにしよう。五輪開催という上から与えられた「夢」に共感するよりも、自分たち自身がなしたいことがあるというのが、彼らの考えといえる。もちろん、私は彼らにあったことはない。秋葉原もコミケも日常的には縁がない。といっても、彼らのメンタリティのほうが理解できる。そして、このようなメンテリティは、秋葉原だけでなく、より一般的に広まっているのではなかろうか。ほとんどの人は、「五輪」のみで生きているわけではない。「五輪」以外にも多くの「夢」があるのである。

こうやってみると、新聞をよく読んでみると、それでも、「国民多数」の中に走っているいくつかのひびをみつけることもできるのではなかろうか。それは、今回はとりあげないが、東京五輪開催決定に対する被災地での対応にも現れているのではないかと思う。

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さてはて、是非はともかく、9月7日に2020年東京オリンピック開催が決定された。しかし、驚いたのは、マスコミなどで流される「祝勝」気分と、自分たちの周辺との反応の落差である。私はオリンピックが開催される予定の東京に住んでいるが、直接に接触しても、フェイスブックで間接的に意見交換しても、東京オリンピック開催を喜ぶ人はほとんどいない。私が資料収集をしていた9日の武蔵野市立中央図書館で、全く知らない図書館利用者が「決まってよかったですね。うれしくて」と別の利用者に話しかけていたが、いわゆる「喜びの声」を「生」で聞いたのは、それだけである。

福島などの被災者が「別の国」のようだと言っていたが、東京に住んでいる私も、まるで別の国に住んでいるようにしか思えなかった。その第一の理由は、もちろん、安倍首相その他の福島第一原発事故についての虚偽とすら思える発言があったことである。しかし、それだけではない。東京に住んでいたとしても、2020年東京オリンピック開催によって、私個人の「生」にどのようなメリットがあるか、わからないからでもある。

本当に心から東京オリンピック開催を喜んでいる人たちはどういう人なんだろう。そういった目で、祝祭気分あふれる(とみえる)朝日新聞を読み直してみた。

新聞休刊日があったため、号外をのぞいて朝日新聞本体では第一報となった2013年9月9日付夕刊には、まず度肝をぬかれた。普通の新聞本体をカバーして、全面色刷の東京の俯瞰写真が掲載され、「お帰り五輪。夢の炎、熱く熱く」と見出しがうたれている(なお、下の一部と裏面は、なぜかBMWの広告である)。その中では、第一に1964年東京オリンピックが開催されたことが回顧され、東日本大震災の復興がはたされたとはまだいえないと指摘した後、

 

が、五輪は間違いなく人々の体に勇気を吹き込む。猫背気味に視線を下に落としていた人たちが上を向くのだ。そこには64年に見た「希望」が形を変えて新たに表れるに違いない。お帰り、五輪。僕たちは元気をもらうよ。

と、東京オリンピック開催決定を祝勝している。そこには、64年五輪を回顧し、五輪が「勇気」を吹き込むという言説があることに注目しておきたい。「勇気」というものを「主体性」という言葉で代置するならば、五輪は人びとの「主体性」を構築するものとして把握されているのである。

そして、2面では、「経済界、高い期待 早速セールも」という見出しのもとに、経済界がオリンピック開催に期待を高めている様子を報道している。これは、まあ当たり前のことである。それでも、オリンピック開催を第一に喜んでいるのは、経済効果を期待する経済界であることは記憶にとどめるべきことであろう。

さらに、スポーツを扱う12面で、「アスリート走り出す」という見出しのもとに、柔道女子57キロ級金の松本薫、ゴールボール金の浦田理恵(パラリンピック)、女子マラソンアテネ五輪金メダルの野口みずき、体操男子ロンドン五輪個人総合金メダルの内村航平、競泳男子平泳ぎ金メダリストの北島康介、車いすテニスの国枝慎吾(パラリンピック)の「喜びの声」を伝えている。一例として、松本薫のそれを紹介しておこう。

夢持つ子が増えれば、柔道女子57キロ級金松本薫

 ロンドン五輪柔道女子57キロ級金メダルの松本薫(フォーリーフジャパン)は2020年の東京五輪に「夢」を感じている。
 「今、夢を持てない子どもたちが多くなっていると聞きます。東京に五輪がくることで、夢を持つ子どもが1人でも増えればいい」
 ロンドンで日本選手第1号の金メダルを獲得。1年の充電期間を経て、ロンドンの記憶は薄れてきている。脳裏に残っているのは、選手村の雰囲気。「緊張感と、ついにここまで来たんだ、という喜びが混じっていた。独特の空気感でした」
 激しい戦いぶりとつかみどころのない素顔とのギャップで人気を集めた彼女も小さい時は明確な夢を持てず、悩んでいたという。「ケーキ屋になりたいとかそういうのはあったけど。いつか路頭に迷うんじゃないか、って思ったときもありました」
 そんなモヤモヤを振り払ったのが、中学生のころに抱いた五輪への憧れだった。ロンドンで「やりつくした」との思いも抱いたが、再び「夢の舞台」に立ちたいという欲求を抑えることは出来なかった。
 25歳。「柔道が天職」という彼女が、2020年まで現役でいられるかは分からない。それでも、「東京五輪で、アスリートの夢を日本のみんなと共有で出来れば、本当にすごいと思います」。(野村周平)

経済界の五輪開催への「期待」が経済効果であり、いってしまえば営利獲得の機会拡大であることと比べてみれば、松本の「夢」は、自分以外のものにも向けられており、純粋な気持ちであるといえよう。その点、「感動的な」記事である。しかし、それが、「アスリートの夢」であり、「非アスリートの夢」ではないことに注目しておかねばならない。それをみんなー都民・国民に「共有」させること、これが松本の東京オリンピック開催なのである。松本個人が出る出ないは別にして、彼女が属しているアスリートの世界全体は、東京オリンピック開催によって利益を享受するとはいえる。いわば、アスリートは総体として「受益者」であり、関係当事者なのだ。その他のアスリートたちも、立場は同じである。彼らが2020年オリンピック開催を喜ぶのは当然だが、一般の人びととは立場が違うと指摘しておかねばならない。

さて、社会面である14・15面は二面見開きで「情熱のち聖火 夢舞台再び」という見出しのついた大きな記事が掲載されている。その中で、第一に「半世紀あせぬ思い 聖火台・ブレザー 磨いた技」として、64年東京オリンピックにおいて聖火台製作に関わった鈴木昭重と、バレーボール日本代表(男女)の公式ブレザーを仕立てた藤崎徳男の発言が紹介されている。第二に、「一枚かみたい64年出場組」という見出しのもとに、64年東京オリンピックにおいて日本選手団主将をつとめた元体操選手の小野喬と、64年の東京オリンピックで議論に初出場し、ロンドンオリンピックにも出場した馬術選手の法華津寛の談話を紹介している。この四人は、まずは64年東京オリンピックの関係者であるということが共通している。彼らは、オリンピック関係者であるという点で、現代のアスリートたちの立場と共通している側面をもつ。他方で、1964年の東京オリンピックを回顧するという点で、独自の面をもっているといえる。

この記事ではさらに、『「東京で勝負」 若手決意』という見出しのもとに、10代のアスリートたちの声として、陸上選手桐生祥秀(17歳)と、卓球選手平野義宇(14歳)の談話が掲載されている。ここでは、桐生の分のみあげておこう。

「東京で勝負」 若手決意

 母国での五輪を担う10代の若者は夢を膨らませる。
 「東京にくるのはうれしいけど、五輪に出たことがないので……」。陸上男子100メートルで9秒台をめざす17歳の桐生祥秀選手(京都・洛南高)は少し戸惑いながら話した。
 陸上を始めて1年目の2008年、北京五輪の陸上男子400メートルリレーで日本が銅メダルを獲得するのをテレビで見た。「その時は、ただ日本が速いな、ジャマイカがすごいなっていう程度。まさか自分が世界で戦う選手になるとは」。今年の世界選手権では400メートルリレーで6位に入賞した。
 20年は24歳。「勝負するのは東京。世界で戦える強さを持って、その舞台に立っていると思う」
(後略)

桐生の発言は純真だ。しかし、彼も、ここでは省略した平野も、広い意味でアスリートに属している。いや、2020年東京オリンピックでは、主力選手になっているかもしれない。その意味で、彼らもまた、東京オリンピック開催による受益者であり、利害関係者であることは留意しなくてはいけない事実である。

そして、やっと、14面の片隅において、一般の人とおぼしき人びとの「喜びの声」があげられている。ただ、東京都内の招致イベント会場で取材した記事なので、一般の人というよりも東京オリンピック招致活動参加者の声とするのが適切かもしれない。それでも、今まであげてきた人びとよりは一般の人に近いといえよう。短い記事であるので、ここで紹介しておこう。

「希望見つけた」

「バンザーイ」「やったー」。半世紀ぶりの五輪開催が決まった8日未明、東京都内の招致イベント会場は喜びに沸いた。
 1964年大会の会場となった世田谷区の駒沢オリンピック公園総合運動場の体育館。大画面に映ったIOCのロゲ会長が「トーキョー」と告げると、大歓声が上がり、金色の紙吹雪が舞った。
 東日本大震災の被災地・福島県南相馬市から来た江本節子さん(66)の目には涙。「ようやく夢や希望が見つかった。復興と五輪が両輪で進んでいくのではないか」と喜んだ。
 五輪代表選手らの練習拠点となる味の素ナショナルトレーニングセンター(北区)に近い「板橋イナリ通り商店街」(板橋区)。8日朝、子どもたちが巨大なくす玉を割り、「祝 東京オリンピック」と書かれた幕が現れた。近くの工場経営、下平信彦さん(30)は長男の和彦ちゃん(1)を連れ、くす玉を割れる様子をビデオ撮影した。7年後、小学生になる息子に感動を伝えるためだ。下平さんは「五輪には夢がある。選手が頑張る姿を見て、何かを目指すきっかけにしてほしい」。
 8日朝、東京・新宿の都庁前では、「THANK YOU ありがとう」と感謝の気持ちを人文字で表すイベントも。杉並区の自営業池田輝夫さん(65)は「64年大会は高校を早退してマラソンのアベベを見に行った」と懐かしみ、「今度は8人の孫に見せられる」と喜んだ。

さて、ここでは3人の人が「喜びの声」を語っている。江本と池田は大体同じくらい(65〜66歳)で、1964年オリンピック経験者であることに着目したい。池田は、明確に、1964年オリンピックと重ね合わせて、今回のオリンピックへの期待を述べている。江本は、産經新聞にも同様なことを語っており、なぜ、被災地でこういうことをいうのかと考えていたが、年齢をみて納得した。彼女は、自分でも体験した1964年オリンピックの残像の上に、復興に寄与するオリンピックというイメージを構築しているのだと考えられる。

年齢的にみて、下平は1964年オリンピックを直に体験したことはないだろう。しかし、彼も、オリンピックに完全に無関係かといえば、そうではない。オリンピック関連施設と考えられる味の素ナショナルトレーニングセンターの近くに住んでいるのである。彼自身は、たぶんオリンピック開催から直接的利益を受けることはないだろうが、地縁はあり、広い意味でオリンピックに関わり合いをもつものといえよう。

さて、全体でいえば、2013年9月9日付朝日新聞夕刊で「喜びの声」を表明している人たちの多くは、オリンピック開催に何らかの関わり合いをもつ人たちといえる。「経済効果」を期待する経済界、よりチャンスを広げたいと考えているアスリートたち、1964年のオリンピックに関与した人びと、オリンピック関連施設と「地縁」を有するものなど、それぞれ多様であるが、全く関連のない人たちはあまりいないといえる。

そして、オリンピックに関わらないで「喜びの声」を挙げている二人は、年齢的にみて1964年オリンピックの体験者であると考えられる。同じようなことは、1964年のオリンピック関係者の四人にも共通している。聖火台製作に関与した鈴木昭重は「64年当時と違い、今の日本は成長が止まっている状態。五輪で気持ちが新たになればいい」と述べている。彼らは、1964年を回顧しつつ、2020年のオリンピックに期待をかけるのだ。

このように、本新聞の紙面で2020年東京オリンピック開催への期待を語っている人びとは、受益者を中心とした広い意味での関係者か、1964年東京オリンピックへのノスタルジーを感じている人たちであることが理解されよう。

ただ、昨年、東京オリンピック開催をかかげた猪瀬直樹がかなりの得票率で都知事選に勝利したこと、IOCの調査では東京開催を支持する意見は70%程度はあったと報じられていることをみると、東京開催を「支持」するという人たちはかなり多いのではないかと推測される。しかし、それは、一般的には漠然とした支持であり、明確に言語化して「心から支持する」と主張する人は一般には少ないのではないかと思われる。広い意味での関係者と、1964年の東京オリンピック体験者しか、自分の言葉で東京オリンピックについて語れなかったのではなかろうか。そもそも、オリンピックとはーそのために増税したり、経済危機になったりすることは別としてー、大多数の日本の人びとの「生」には関わらない存在である。ゆえに、普段からオリンピックについて考えている受益者を中心とした広い意味での関係者か、1964年東京オリンピックへのノスタルジーを感じている人たちのみが、ここで発話できたのではなかろうか。

そして、結局のところ、広い意味での関係者の利害と、特定の世代の特殊な意識を、紙面に大きく掲載することによって、「国民意識」を形成し、「主体性」を創出していくことになる。これこそ、国民国家の装置としての新聞の機能なのである。

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猪瀬直樹東京都知事が今月東京へのオリンピック招致活動でニューヨークを訪問し、その歳ニューヨークタイムズのインタビューを受けた。その内容が4月27日のニューヨークタイムズに掲載され、その中での五輪開催候補地イスタンブールなどへの猪瀬の批判があきらかになり、波紋を呼んでいる。

この記事は、ニューヨークタイムズから全文がネット配信されているが、英文である。部分的にはかなり紹介されているが、全体がどのようなものかは報道されていない。ツイッターにおいて全文翻訳を試みられている。その訳を参考にして、日本語として意味が通らないところなどを自分なりに訳してみた。

なお、私は、英語は苦手である。この翻訳も十分なものではない。ニューヨークタイムズの原文を掲げて、対訳の形で示すことにした。記事全体がどんなことを述べているのか、参考にしてほしい。

まず、次のような形で、この記事ははじまっている。

In Promoting His City for 2020 Games, Tokyo’s Bid Chairman Tweaks Others
By KEN BELSON
Published: April 26, 2013

2020年オリンピック誘致活動において他候補の鼻をひっぱる東京の会長
ケン・ベルソン
2013年4月26日発行

 With less than five months to go before the International Olympic Committee chooses a city to host the 2020 Summer Games, the three remaining bidders — Istanbul, Madrid and Tokyo — are increasing their efforts to win over delegates and the public.
 The Olympic committee’s rules prohibit bid committee members from directly criticizing other bids. Instead, the bidders often highlight the perceived strengths of their bids to note delicately what they believe to be their rivals’ shortcomings, something known in the communications industry as counter-positioning.

2020年夏季オリンピック開催都市選考まで5カ月を切った、現在残っている候補都市―イスラマバード・マドリッド・東京‐は委員や公衆の説得に一層力を注いでいる。
オリンピック委のルールはメンバーの他候補への直接的な批判を禁じている。代わりに、候補者はライバルの弱点と思われるところを注意深く示すために自ら認めている自分の強みを強調する、つまり広告業界で言うところのカウンターポジショニングである。

ここでは、まず、他候補都市への直接的な批判をさけ、自らの都市の強みを示すことにより他候補都市の弱点を暗示するにとどめなくてはならないとする五輪招致の原則を示している。

 

 Naoki Inose, the governor of the Tokyo Metropolitan Government and chairman of the Tokyo 2020 bid, has often done that, highlighting his city’s extensive and efficient transportation system, as well as the financial and technical wherewithal to build first-class sports sites and housing for the athletes. He has also noted that, like Paris and London, Tokyo has hosted the Summer Games before, a claim that Istanbul and Madrid cannot make.
 But Inose has also pushed the boundaries of rhetorical gamesmanship with occasionally blunt and candid statements about how his city compares with the competition, particularly Istanbul, which he has suggested is less developed and less equipped to host the Games.
 “For the athletes, where will be the best place to be?” Inose said through an interpreter in a recent interview in New York. “Well, compare the two countries where they have yet to build infrastructure, very sophisticated facilities. So, from time to time, like Brazil, I think it’s good to have a venue for the first time. But Islamic countries, the only thing they share in common is Allah and they are fighting with each other, and they have classes.”
 Asked later to elaborate on his characterization of Istanbul, a spokesman said Inose meant that simply being the first Islamic country to hold the Olympics was not a good enough reason to be chosen, just as being the first Buddhist country or the first Christian country would not be, either.
 The spokesman said Inose did not mean to refer to “class.”

猪瀬東京都知事・五輪招致委員会会長はそれをしばしばやっているが、彼の都市の広範で効率的な交通システム、それと同様に第一級のスポーツ施設や選手村建設のための財政・技術的手法を強調する。彼は、パリやロンドンの様に東京も嘗て夏季五輪開催経験があることを強調し、イスタンブールやマドリッドはできないと主張する。
しかし猪瀬は、反則すれすれの修辞的な技の境界を押し広げ、粗野かつ露骨に競争相手との比較を主張し、特にイスタンブールは低開発で主宰するのに準備不足だと示唆した。
「競技者にとって、最もいい場所はどこか?」。NYTとの通訳を通しての最近のインタビューで猪瀬は言った。「まだインフラ建設も洗練された施設も建設してない2国と比べてくれ。時々、ブラジルみたいな初開催地があるのはいいと思う。だが、イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」 
その後、彼のイスラムの描写について詳しく話すよう聞かれ、スポークスマンは、猪瀬は単にイスラム国初のオリンピックというのは選ぶ十分な理由ではない、ちょうど初の仏教国や初のキリスト教国であることがそうでないように、という意味だと言った。
スポークスマンは、猪瀬は「階級」について言及する意図はなかったと言った。

この部分で、猪瀬の招致活動における発言の不適切さが提示されている。猪瀬は、日本は、交通システム・スポーツ施設・選手村などのインフラ整備にすぐれており、また、パリやロンドンと同様にオリンピック開催の経験をもっていると主張する。もちろん、それだけでは不適切ではない。しかし、さらに猪瀬は、マドリッドやイスタンブールは開催できないと指摘している。そして、特にイスタンブールは低開発で準備不足であるとし、問題となった「イスラム諸国が唯一共有するのはアラーだけで、互いに戦っており、そこには諸階級がある」という主張を行っているのである。

これは、もちろん、ライバルへの直接的批判をさけるべきとするオリンピック招致活動上の規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上に、東京をパリやロンドンなどの「先進国」の中におき、アジアのイスタンブールを蔑視し、さらには、イスラム圏総体を蔑視するという、レイシズム的な発言でもあることに注目せざるをえないのである。
ただ、あまりのレイシズム的発言のため、猪瀬のスポークスマンが修正をはかっていることがわかる。猪瀬自身はどう考えたかはわからないのだが。

 Istanbul is an Olympic finalist because it is an international city in one of the fastest-developing countries in the region. A member of NATO, Turkey straddles Europe and Asia and is a bridge between Christianity and Islam. With its emerging middle class, Turkey has become a political and economic powerhouse in the region.
 This is Istanbul’s fifth bid to host the Olympic Games. In a statement, the city’s bid committee declined to address comments made by rival bidders.
 “Istanbul 2020 completely respects the I.O.C. guidelines on bidding and therefore it is not appropriate to comment further on this matter,” the statement said.

イスタンブールは地域で最も急成長する途上国の一つの中の都市であり、そのためオリンピック開催国最終候補になった。NATO加盟国のトルコは欧州とアジアにまたがり、キリスト教とイスラムのかけ橋になっている。成長する中間層によりトルコは政治的経済的な地域のエネルギー源になっている。 
今回はイスタンブールの5回目のオリンピック開催立候補だ。声明で、ライバル候補都市のコメントについて招致委員会はコメントを拒否した。
「イスタンブール2020は招致に関するIOC指針を完全に尊重し、従ってこの件についてさらにコメントするのは適切でない」と声明は述べた。

ここでは、トルコのことにふれられている。まず、急成長し、ヨーロッパとアジアのかけはしになるトルコでオリンピックが開催されることの意義について、ニューヨークタイムズの記者自身が解説している。そして、イスタンブール招致委員会が、他都市を批判しないという原則を遵守して、この猪瀬発言に対するコメントを拒否したことが述べられている。

 

The International Olympic Committee does not look kindly on overtly harsh attacks by bidders, and occasionally it sends letters of reprimand to those who break with protocol, former bidders said.
 According to Article 14 of the Rules of Conduct for bidders: “Cities shall refrain from any act or comment likely to tarnish the image of a rival city or be prejudicial to it. Any comparison with other cities is strictly forbidden.”
 Though untoward comments rarely disqualify a bid, they could raise doubts in the minds of I.O.C. delegates about the trustworthiness of a bidder.
 “The reason the rule is there is that if someone deviates from it, it triggers a chain reaction,” said Mike Moran, chief spokesman for the United States Olympic Committee from 1978 to 2002 and a senior communications counselor for New York’s bid for the 2012 Summer Games. “The I.O.C. is very serious about their protocols.”
 Moran added that negative comments by bidders would probably not hurt a bid, although “you never know how a comment might influence those I.O.C. members.”

 
IOCは候補者によるあまりにひどい攻撃について大目に見ない、そして時に規則を破ったものに叱責の手紙を送ると、以前の候補者は言う。
候補都市への行為規則14条によると「都市はライバル都市のイメージを汚したり偏見を与えたりするようないかなる行為・発言をつつしむべきである。他都市とのいかなる比較も堅く禁じる。」
しかし、不適当なコメントが稀に候補を失格にすることがあり、それらは候補者の信頼に関するIOC委員の心証に疑念を起こさせた。
「ルールの理由は誰かがそれからそれると、反応の連鎖を引き起こすことにある」と、78-02年米五輪委主任スポークスマンで前回12年NY五輪招致広報顧問Mike Moranは言う。「IOCはこの規則に大変厳しい。」
Moranは候補者によるネガティブコメントは恐らく候補都市を害することはないだろうが、しかしながら「コメントがいかにIOCメンバーに影響するかは分からない」と加えた。

ここでは、まず、他候補との比較や批判を許さない招致上の規範が再び述べられ、過去のアメリカの招致関係者の取材に基づきながら、少なくとも、IOC自身は、そのような他都市への批判を許さないとした。そして、このようなネガティブコメントがどのような影響を及ぼすかということについてはわからないとした。

 

At several points in the interview, Inose said that Japanese culture was unique and by implication superior, a widely held view in Japan. He noted that the political scientist Samuel P. Huntington wrote in his book “The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order” that Japan was unlike any other culture.
 Inose also pointed to polls that showed 70 percent of Tokyoites in favor of hosting the Summer Games, up from 47 percent last year. The well-received London Games, he said, have helped generate enthusiasm and confidence that Tokyo can host a similarly successful event.
 Tokyo, he added, is exceptional because the Imperial Palace, which is largely off-limits to residents and visitors, forms the city’s core while bustling activity surrounds it. “The central part of Tokyo has nothingness,” he said. “This is a unique way that society achieved modernization.”

インタビューのいくつかの点で、猪瀬は、広く日本で抱かれている観点である優越感を含意しながら、日本文化は独特だと言った。彼は、政治学者ハンチントンは『文明の衝突』で日本は他の文化と違うと書いたと述べた。
猪瀬はまた世論調査で夏季五輪開催の東京都民支持が昨年47%から上昇し70%になったと示した。彼は、大変支持されていたロンドン五輪が、東京が同様の成功するイベントを開催できるように、一般の熱狂や信頼を手助けしていると言った。
東京は広く居住・訪問できない広大な場所、皇居があり、せわしない活動が周囲を取り巻く中心を形作っているから例外的だとも猪瀬は付け加えた。「東京の中心は空だ」と彼は言った。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」

この部分で、猪瀬は日本の優位性をかたっている。日本の文化の特異性、そしてその日本が近代化を達成したことをここでは述べている。彼によれば、東京の中心には「空」である皇居が所在しているが、その周囲でせわしない活動が行われていると説明している。「これは近代化を達成した都市ではユニークだ」としている。確かに、ロラン・バルドなど、このような形で日本の特異性を説明することはある。しかし、このようなことが、オリンピック開催にどのように寄与するのか、不明である。

 

Inose brushed aside the notion that Olympic delegates may favor Istanbul’s bid because Turkey has a far younger population than Japan and thus is fertile ground for developing the next generation of Olympic enthusiasts. While population growth has stalled in Japan, the population of Tokyo has grown because of an influx of younger people, he said. He added that although Japan’s population is aging, its elderly are reasonably healthy.
 “We used to say that if you are poor, you have lots of kids, but we have to build infrastructure to accommodate a growing population,” Inose said. “What’s important is that seniors need to be athletic. If you’re healthy, even if you get older, health care costs will go down. The average age is 85 for women and 80 for men, so that demonstrates how stress-free” Japan’s society is.
 “I’m sure people in Turkey want to live long,” he added. “And if they want to live long, they should create a culture like what we have in Japan. There might be a lot of young people, but if they die young, it doesn’t mean much.”

 
猪瀬は、トルコは日本よりはるかに若い人口を持ち五輪に熱狂する次世代を多く生みだす地となるからイスタンブールをオリンピック委員たちが候補として賛成するかもしれないという意見を払いのけた。日本では人口増加は停滞している一方、東京の人口は若い人々の流入で成長していると彼は言った。彼は日本の人口は高齢化しているが、高齢者は適度に健康だともつけ加えた。
「私達は貧乏人の子だくさんと言いならわしている、しかし、私達は成長する人口を収容するインフラを建設しなくてはならない」。猪瀬は言う。「大切なことは年長者達が運動的であることを必要としているということだ。もし健康なら、年をとっても、健康維持コストは下がる。女性で平均年齢85歳、男性で80歳、これはいかに日本社会がストレスフリーかを証明している。」
「私はトルコの人々が長生きしたいと思っていると確信している」と彼はつけ加えた。「そしてもし長生きしたいなら、私達が日本で持つような文化を創るべきだ。たくさん若い人々がいるだろうが、もし彼らが若死にしたら意味はあまりない」

この部分でまた猪瀬は、招致規範が禁止している他候補との比較を行っている。トルコのほうが若年人口が多く、次世代のオリンピック愛好者を増やす上に有利だという主張をはねのけている。猪瀬は、まず、日本全体では人口増加は停滞しているが、東京は若い人口の流入で成長しているといっている。そして、日本の人口の高齢化により、日本人はスポーツを必要とするようになっており、それによりストレスフリーの社会が作られ、平均寿命が伸びているとしている。しかし、いくら外国への宣伝でも、これは問題であろう。そもそも、東京への一極集中が日本社会の問題なのであり、東京オリンピック開催の正当性の中に取り入れられている東日本大震災からの復興でも、この問題は強く影響している。そしてまた、高齢者だからよりスポーツを必要とするというのも、どうみても強弁であろう。そのうえ、東京でストレスフリーの社会が形成され、平均寿命が伸びているというのも片腹痛い。「幻想」でしかないだろう。そもそも、都知事は、東京の地域社会がかかえている問題を把握し、その是正をはかるというのが職務であるはずである。いくら、対外宣伝でも、これでは、都知事としてどのように東京の地域社会の現実に向き合っているのかと思わざるをえないのである。

しかし、単に、日本や東京についての「幻想」を提示するだけならば、国際問題にはならないだろう。猪瀬は、この「幻想」をもとに、トルコ社会について、上からの視線で訓諭する。トルコの若年者が長生きしたければ、日本のような文化をつくれと。このような意見はまったくオリンピックの招致とも関係ないだろう。なぜ、こんなに傲慢なのだろうか。

Inose has drawn distinctions between Japan and other cultures in other settings, too. When he visited London in January to promote Tokyo’s bid, he said Tokyo and London were sophisticated and implied that Istanbul was not.
“I don’t mean to flatter, but London is in a developed country whose sense of hospitality is excellent,” Inose told reporters. “Tokyo’s is also excellent. But other cities, not so much.”

Hiroko Tabuchi contributed reporting.

猪瀬は、また、日本と他の環境における他の文化についても違いを描写した。ロンドンに東京開催を宣伝しにいった時、彼は東京とロンドンは洗練されており、イスタンブールは違うと暗に示した。
「お世辞を言うつもりはないが、ロンドンはもてなしのセンスが素晴らしい先進国だ」と猪瀬は言った「東京も素晴らしい。他はそれほどじゃない」。
ヒロコ・タブチ レポートに寄与

そして、この記事の最後は、猪瀬の考える日本ー東京の立ち位置が示されている。この文章の前の方でも、ロンドンやパリなどの先進国の都市こそオリンピック開催の資格があるものとし、東京もその一員であるとしていた。ここでは、まったく先進国都市ロンドンにおもねりながら、東京もまた同列であるとし、そのことでイスタンブールを排除しようとしているのである。

さて、猪瀬が30日にした謝罪会見によると、このインタビューではほとんど東京開催のことを話したのだが、最後の雑談で、イスラム圏で戦いが行われていることなどを話したという。発言は訂正するとしたが、このようなことを話したことは認めざるを得なかったといえよう。もちろん、ニュアンスや重点は実際に話したインタビューと違うのかもしれない。しかし、とりあえず、このような発言はあったと現時点ではいえるだろう。

そして、この記事をもとに、猪瀬発言の問題を考えてみよう。他都市の直接的批判や比較はしないという招致規範に抵触することはもちろんである。しかし、それ以上の問題があるだろう。まず、猪瀬は、日本ー東京をロンドンやパリなどと比肩する「先進国」とし、その立ち位置から上から目線で話しているといえる。猪瀬は、高齢化が進んでいる日本社会の現実に向き合わず、東京への一極集中という日本社会の重大な問題をむしろ利用しながら、高齢者がスポーツにいそしんでストレスフリーの社会がつくられているという「幻想」をふりまいている。そこには、まず、現状の日本社会の問題をどのように彼自身がとらえているのかという問いが惹起されよう。そして、さらに、先進国ー「欧米」へのすり寄りがあるといえる。

その上で、トルコーイスタンブールを後進国として猪瀬は蔑視する。それは、さらにイスラム教への偏見にも基づいているといえる。ここまでいけば、レイシズムといえるだろう。そして、「日本のような社会を形成しろ」と上から目線で訓示を行っているのである。

この記事を一読したとき、私は、福沢諭吉の「脱亜論」を想起せざるをえなかった。欧米ー先進国にすりより、アジアー後進国(なお、後進国としているのは猪瀬の認識であり、私の認識ではない)として蔑視する脱亜論的発想は、いまだに日本社会の基層に定着している。このような認識は猪瀬個人の資質だけの問題ではないのである。まさに、現代の脱亜論として、猪瀬の発言は位置づけられるのである。

翻訳参照
http://togetter.com/li/494941

原文
http://www.nytimes.com/2013/04/27/sports/in-praising-its-olympic-bid-tokyo-tweaks-the-others.html?pagewanted=all&_r=0

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本ブログでもとりあげたことがあるが、在日特権を許さない会(在特会)などが主催する在日コリアンを排斥するデモが、東京の新大久保や大阪の鶴橋などを中心に行なわれている。そのことについて、新大久保も管轄している東京都の猪瀬直樹知事の2013年3月29日における記者会見で質問が飛んだ。産經新聞は3月31日付のネット配信記事で詳細に伝えているので、まず、その部分を紹介しておきたい。なおーーは記者の質問で、「 」が猪瀬の答である。

--新大久保のコリアンタウンで、在特会と称する人たちの主催による、在日コリアン排斥を目的とする街宣デモが行われている。200人ほどで練り歩き「朝鮮人は皆殺し」「首をつれ」などのプラカードを掲げ、「ゴキブリ」「日本から出て行け」といったシュプレヒコールをあげている。地元、観光客はみなおびえきっている。一部の国会議員はこれを憂慮し、民族差別デモを許可しないよう、東京都公安委員会に要請している。民族差別デモが平然と行われているこの国で、民族の祭典であるオリンピックを誘致する資格があるのかどうか。知事の見解を。

 「僕も見たことないが、品がない表現。ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。人を傷つけるなどしなければ、とりあえずは合法活動ということになる」

 --ただ、外国では民族を扇動するようなデモは固く禁じる法律があるところもある

 「だからそれは法律のバックがあるからね。今のところ日本の法律では、人に危害を加えたりしなければ、警察の取り締まりの対象にならない」

 --それについて知事はどう考えているか。

 「だからそういう下品なデモで、品のない言葉を吐くわけ。でもわずか200人ぐらいの人。東京の1300万人のうちのわずか200人。もちろんそれはよろしくないとは思う」

 --知事として何か具体策をとるとか。

 「対策というのは、法律に基づかないとできないから。もちろんそういうことに対して『それはおかしいじゃないか』ということを僕は思っている」

 --東京都公安委員会は都が管轄だと思うが

 「それは公安委員会の方が判断しなければいけない問題だから」

 --知事が働きかけるとかそういうことは考えていないか

 「今のところ法律的にそれを取り締まるものがないということ」

 --都政としてはこのままか

 「都政の問題じゃなくて、警察とか法規に基づいてデモが暴走したりしたらそれは逮捕とかできるわけだが、相手に危害を加えるとか器物を破損しているとか、そういうことが起きているかどうか注意深く見守りたいと思う」

 --見守るということですね

 「見守るというか、そういうことが起きているかどうか。そういうことが起きていれば、それは犯罪になるから」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130331/lcl13033107010000-n3.htm

簡単にいれば、結局、取り締まる法律がないから、犯罪行為にならない限り、「「朝鮮人は皆殺し」「首をつれ」などのプラカードを掲げ、「ゴキブリ」「日本から出て行け」といったシュプレヒコールをあげている」在特会の人種差別的なデモを見守るということにつきるだろう。猪瀬は、「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」としている。そして、「民族差別デモが平然と行われているこの国で、民族の祭典であるオリンピックを誘致する資格があるのかどうか」という問いについても、都民1300万人に対して、200人の集団に過ぎないと答えているのである。

まず、このような猪瀬の見解が、現在の日本政府が、人種差別に対してとっている姿勢をベースにしているということをここでは確認しておきたい。1965年に採択された「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」(人種差別撤廃条約)に、日本は1995年に批准した。しかし、この条約では、第四条で、人種差別思想の流布、人種差別の煽動、人種差別にもとづく暴力行為、それに対する資金援助、人種差別を助長・煽動する団体の組織的宣伝活動を法律で禁止することを求めているのであるが、日本政府は、この第四条に対し、次のような「留保」をつけた。

「日本国は、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第4条の(a)及び(b)の規定の適用に当たり、同条に「世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って」と規定してあることに留意し、日本国憲法の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する。」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/99/4.html

そして、具体的には、名誉棄損その他、刑法など現行法で取り締まることができる範囲内でしか規制しないとしたのである。猪瀬の発言は、大枠では、日本政府の解釈にそったものとしてみることができる。

この日本政府の「留保」自体が問題であり、人種差別撤廃委員会から、人種差別の言動を取り締まる立法を迫られている。このことについては、別の機会にみてみたい。

ここでは、猪瀬個人にしぼってみておきたい。猪瀬は「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」と主張している。しかし、本当に、猪瀬は、そのような対応をとっていたのであろうか。

猪瀬が副知事であった2012年11月、東京都は、日比谷公園を出発地とする反原発デモを、公園の一時使用を許可しない形で阻止した。このことを『週刊金曜日』が11月21日にネット配信した記事でみておこう。

毎週金曜日の首相官邸前デモなどを主導してきた首都圏反原発連合が一一月一一日に予定している「11・11 反原発1000000人大占拠」は、東京都が日比谷公園の一時使用を不許可としているため開催が危ぶまれる状況となっている。

 二日、衆議院第一議員会館で行なわれた会見で反原連のミサオ・レッドウルフさんらが経緯を説明した。これまでと同じやり方で日比谷公園の指定管理者に使用許可書を提出した際、「東京都から、デモの一時使用受付はしないよう言われた」という。反原連は一〇月二六日、都に対し使用許可の申請をしたが、都は三一日、「公園管理上の支障となるため」として不許可の通知を出した。

 主催者らは「(実現できなければ)運動全体にとってかなりのダメージになる」「(圧力に屈して)できなくなるという前例はつくりたくない」として東京地裁に申し立てる決断をしたという。しかし二日夕刻、東京地裁は主催者らの主張を却下。主催者側は即時抗告を出したが、五日には東京高裁が地裁判決を支持したことで一一日の日比谷公園でのデモは不可能となった。

 東京都は八月より従来の方針を切り替え、日比谷公園をデモの出発地点とする場合、日比谷公会堂や日比谷野外音楽堂の使用を条件につけることにしている。国際政治学者の五野井郁夫氏は「大きな場を借りなければ集会ができないとすれば、お金がない人間は集会ができなくなる」と訴えた。

 中東の民主化デモ「アラブの春」などを取材してきたジャーナリストの田中龍作氏は「独裁政権下にあるエジプトでもタハリール広場の使用を認めてきた。東京都の実態は異常としか思えない」と話す。

(野中大樹・編集部、11月9日号)
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/?p=2670

もちろん、この時、猪瀬は副知事にすぎない。最大の責任者は石原慎太郎都知事(当時)である。しかし、猪瀬もまた、11月8日、彼のツイッターで次のように述べている。

亀井静香氏から1カ月ほど前に電話があり、日比谷公園を反原発デモの出発地として許可しろと言うから、あなたお巡りさん出身だから知っているでしょ、学生運動が盛んな時代、明治公園に集まり青山通りから国会付近へ行き日比谷公園は流れ解散の「一時使用」でしょ、と記憶を確かめてやりました。
日比谷公園でなく日比谷野外音楽堂はメーデーなどいろいろ利用されている。亀井さん、野音を取れば?と勧めたら、もう埋まっているのだよと言うからそれは単に不手際でしょと返して、明治公園から日比谷公園までデモする根性なくてなにが反原発だ、日比谷から国会なんてやる気があるの?です。
デモの常識。明治公園は日本青年館横のかなり広いスペース、数万人は集まれる。地面はコンクリート。休日にフリーマーケットなどで使われている。青山通りから虎ノ門経由で国会周辺、日比谷公園へ。日比谷は花壇と噴水だから流れ解散の場。集会の自由あたりまえ、やる側の根性とセット。
http://matome.naver.jp/odai/2135261591756465301より転載。

つまり、猪瀬は、このツイッターにおいて、反原発デモに介入し、阻止した石原都知事の側にたって、反原発デモの阻止を正当化しているのである。「ただ、デモは届け出をして手続きをやれば、できることはできる。」ということは、反原発デモには適用されていないのである。

このように、猪瀬は、人種差別的な在特会のデモは「見守り」、反原発デモは「阻止」しているのである。いわば、デモに対して、猪瀬は二重基準で行動しているといってよいだろう。

ただ、どのような形で、このような人種差別に対応していくかということについては、より慎重に考えていかねばならないだろう。在特会デモへの規制が、一般のデモ規制強化につながっていく危険性もあるのである。

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