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レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(2500円 税別)

レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』(2500円 税別)

つい最近、やっとレベッカ・ソルニットの『災害ユートピアーなぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』を読み終わった。この本については、いろんな人が紹介している。非常に単純にいえば、災害の襲われた人びとの間には、日常の利己的な態度とは全く逆の利他的・相互扶助的な共同体ができるとソルニットはいうのだ。英語の表題のほうが、皮肉がきいていて、より著者の主張がよくわかるー”A PARADAISE BUILT IN HELL”ーつまりは「地獄の中で建設される一つの天国」というのだ。

他方、災害の際、人びとがパニックに陥り、野獣のように(野獣のようにというのは動物に失礼な気がするが)利己的にふるまうというのは、エリートのいだく妄想に過ぎないと、ソルニットはいうのだ。むしろ、そのようなエリートの思い込みが、被災した人びとを「秩序の敵」として攻撃するということにつながるとソルニットはいっている。これを「エリートパニック」

このような、「災害ユートピア」と「エリートパニック」が交錯するものとして、ソルニットは、アメリカを中心としたこの百年間あまりの災害史を分析している。1906年のサンフランシスコ地震、1985年のメキシコシティ地震、9.11のニューヨーク、そして、2005年のカトリーナの襲われたニューオルリンズと。関東大震災における朝鮮人虐殺も記述されているーエリートパニックによって引き起こされた大量殺人の一例として。

大体、この本を紹介する人は、「災害ユートピア」として災害後の相互扶助的な共同体ができあがることを評価しつつ、「現実は、甘いだけではない」というようなコメントを付すことが多い。それはそうだろう。しかし、それは、ソルニットの主張を十分理解していることにはならない。

ソルニットは、むしろエリートたちが秩序を維持している日常こそ問題だとしているのだ。エリートたちは、「万人が万人の敵」として、利己主義的に争っている個人からなると想定される社会を前提として考え、国家というリヴァイサンによって、ようやく秩序が保たれていると想像している。もちろん、これは、利己主義的なふるまいによって競争を勝ち抜いてきたエリートたちの自画像を、人びとに、市民社会全体に押し付けているものにすぎないのだが。それゆえ、いわば、日常的な秩序維持が災害によって無化すると、エリートたちはパニックを起こす。自分たちの利己主義的なあり方を被災者全体のものとし、被災者がパニックに陥ってわれがちに秩序を破壊すると妄想し、被災者を攻撃するようになるとソルニットはいうのだ。

その例が、この本の多くの部分を使って書かれている2005年のニューオルリンズである。政府・市当局・警察は、市内中心部に多く居住している貧困者ー黒人が多いのだがーがパニックに陥って窃盗・レイプ・殺人などの犯罪を起こしていると想定して、市外への移動を差し止め、救援物資や救援ボランティアの移動すら認めず、さらには警察や自警団などによる被災者の殺人すらおかすようになるのだ。

ソルニットは、このようなこととの対比の上で、「災害ユートピア」を描いている。むしろ、問題なのは、エリートによって抑圧されている「日常」なのだ。災害は、そのような「抑圧」からの一時的ではあるが解放でもある。そう、むしろ、「日常」こそ、社会は「利己主義的」に抑圧されているのだ。この本では、かなり多くの革命家たち、無政府主義者たちが扱われているのだが、それは、この本の精神を体現している。その意味で、この本は、「無政府主義」的なのだ。

私は、「日常」というものは、常に隠された秩序維持的暴力が内在していると思ってきた。その意味で、この本を評価したい。

さて、東日本大震災ではどうだろうか。私は被災者でもボランティアでもないので、「特別な共同体」が立ち上がったのかどうかはわからない。それは、これから書かれるであろう、東日本大震災の記録を読みながら考えていくしかないだろう。

ただ、確実に言えるのは、「エリートパニック」は存在したということである。福島第一原発事故をめぐる政府の対応は、ここでいう「エリートパニック」そのものだ。政府は、「パニックを起こす」というスローガンのもとに、事態を隠蔽し、過小評価し、そのような形で発表してきた。そして、マスコミも加担してきた。今思い返すと非常に腹立たしい。その時、東電などの電力会社の利権を守るためにと解釈されてきたが、むしろ、この本でいう「エリートパニック」として考えたほうがよいのではないかと思う。秩序維持ということが優先し、それぞれの人がおのれの利益を考える情報が与えられずにきたのだ。

その意味で、「災害ユートピアなんか夢物語なんだ」というようなのではなく、「エリートパニック」を告発し、そのことによって、エリートが金科玉条としている「日常」を問い直すためにこの本は読まれるべきだと思う。

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