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Posts Tagged ‘『現代思想』10月臨時増刊号’

さて、前回は、『現代思想』10月臨時増刊号「総特集 安保法制を問う」に掲載されたSEALDs KANSAIの一員である大澤茉実の「SEALDsの周辺から 保守性のなかの革新性」という文章を引用して、SEALDsのような若い世代の人びとにおいては、一見「保守的」にみえる態度のなかに、現代社会が戦後日本社会と断絶しているという歴史認識があるのではないかと論じた。前回のブログでも述べたが、大澤は「原発事故による価値観の転換(既存の権威の失墜と社会運動の必要性・可能性の再発見)」としており、3.11が一つの分岐点であったと述べている。

この『現代思想』には、東京で活動しているSEALDsのメンバーの一人である芝田万奈が「絶望の国で闘う」という文章をよせている。彼女は冒頭から、3.11について、次のように述べている。

 

 テレビの画面からは伝わってこなかった震災の現実がそこにあった。2011年の夏、当時高校三年生だった私が母親の実家である宮城県の東松島を訪れた際に目の当たりにしたのは、何もかも破壊された人々の生活そのものだった。他人ごとじゃない。親戚の赤ちゃんが亡くなったことを私はフィクションとしか受け入れることができなかった。あまりにも残酷すぎる事実を前に、私は人生を、以前のように何も考えずに送ることができなくなった。生きることの意味を考えるたびに自分を見失い、過ぎ去っていく厖大な時間と情報を私は焦点の合わない目で見つめていた。

彼女は、翌2011年夏、福島県南相馬市小高を訪れた。小高の空気はとても穏やかだったそうだが、そこに所在した中華料理店は内外ともに壊れたまま放置されて「意地悪そうな表情の猫」しかおらず、それでも外の花壇は手入れをされていたそうである。
彼女は、

この断片的な記憶の中では、大通りの情景に色褪せたセピアのフィルターがかかっている。これがゴーストタウンということか、と改めて絶句した。これを期に3・11は人災であったということをようやく理解し、原発の本を読んだり、勉強をするようになった

と記している。

この原発・福島の勉強と平行して国際関係学を彼女は勉強していたが、「世の中に対しての失望が大きくなるばかりであった」。アメリカで教育を受けていたこともあって、アメリカが世界中を「民主化」すべく繰り広げている政策とアメリカ国内に存在する矛盾が「民主主義」という言葉によって美化されていることに大きな違和感を覚えたという。

そして、このように記している。

 

 大学二年になって、原発にともなう社会の矛盾によって生じるしわ寄せが母親や子どもにくると知った。3・11をテーマに福島から避難したお母さんたちの研究を始めた。その過程で、自分にもいつか子どもを産む日が来るのかと思うと何度も恐怖感に襲われた。子どもは大好きなのに、やはり社会を見ると、子どもを安心して育てられるとは思えなかったし、その社会を自分では変えることができないという無力感も自分の中で大きくなった。

  * * *

 この頃には政治家はもちろん、大人も、政府も、「復興」や「民主主義」という言葉に対してでさえ嫌悪感を持つようになった。自分の力ではどうしようもない何か、それが私にとっての「社会」のイメージである。原発の実態で露わになった、無力感と恐怖感と絶望と怒りを生み出してきた「社会」。東北に行けばせっせと防潮堤の工事が進んでいるし、沖縄の辺野古ではオスプレイを仰いで座り込みを続ける人々がいる。

この状況の中で、反原発運動などの社会運動は「希望」であったと彼女は述べている。

 

 金曜官邸前の抗議の存在や震災後原発ゼロが続いてきた事実は、日本社会における私にとっての希望であった。市民が起こした社会運動が本当に変化を呼ぶということが証明されたのは、震災後に起きたポジティブな出来事の一つだと思う。そして2013年の秋、私はSEALDsの前進(ママ)団体であるSASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)に出会い、今ではコアメンバーとして活動している。震災後の社会運動の上にあるSEALDsは、私の四年間の怒りと絶望をポジティブに変換する役割を果していると思う。

そして、2015年8月11日に川内原発が再稼働したことについて、「未だにこの事実は受け入れられないし、再び無力感に苛まされ、何もできなかったのだろうかと絶望はする」としながら、「だが、SEALDsの活動を通して気付いたことは、時には現状を嘆きながらも、希望を自ら作り出していくしかないということである」と述べている。

最後に、彼女は次のように語っている。

 

 けれど、この数ヶ月で感じたことは、自らが変える力となることで未来は切り拓かれていくということだ。あの日、震災はこの国から光を奪った。真っ暗なこの国の路上で私は闘うことを選んだ。特別なことじゃない。私はただ、当たり前のことをしているだけ。

3.11ー震災と原発事故の衝撃を契機とした日本社会への怒り、それを変えることのできない自分自身の無力感、その絶望のなかで、社会運動が社会を変えていく可能性に気付いたことが「希望」であり、「震災後に起きたポジティブな出来事」であると彼女は言っている。その上で自らが変える力になることで未来は切り拓かれていくと主張している。

たぶん、3.11直後、彼女らにとどまらず、日本社会の多くの人がそう考えていただろう。とはいえ、「昨日と同じ明日」を取り戻すなどという幻想のなかで、そういう思いはあいまいにされてきた。芝田は、現状に対するより真摯で透徹した「絶望」の中で、社会運動の可能性・必要性を意識しつづけ、「真っ暗なこの国の路上で私は闘うことを選んだ」のである。

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