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Posts Tagged ‘『史創』’

今、福島第一原発の周辺はどうなっているのだろうか。福島第一原発事故の処理にかかわっている東電関係者、放射線の影響を調べる研究者、境界周辺にいるであろう警察官など、とりあえず、「関係者」以外の立ち入りが許されない土地になっている。津波被害を受けなかったところでも、人の影はこの土地から消えた。森や野原、渓谷などには、放射線の影響を受けつつも、動物・植物は存在している。しかし、恒常的に人をみることはない。そして、人がこの土地に住んだあかしといえる、家屋、田畑などは、時の経過とともに朽ちていく。放置すれば、森や野原になっていくであろう。

もちろん、すべての周辺地域がそうなるというわけではない。福島第一原発事故は、とりあえずチェルノブイリ事故ほど大きな事故ではなく、チェルノブイリ周辺ほどの大きな「強制移住区域」は必要ではないかもしれない。より精密に放射能の検査をし、大規模に除染をすれば、とりあえず住める土地もあろう。しかし、確実に、ある程度長期にわたって、人が住めない土地がいくばくかはあるだろう。

そして、もし戻れたとしても、放射能による健康被害の不安と背中合わせの生活が続くことになる。このことは、何も福島第一原発周辺だけではなく、ある程度は、首都圏なども同様なのである。

ある意味では、まるで、「人類滅亡後の地球」をみているようである。放射能をまきちらす原子炉跡や核廃棄物貯蔵所を背景にして、放射能で傷つきながらも、ある程度は適応して、緑の木や草がしげり、鳥が飛び、獣が走り、虫がはっている。海や川には魚が群れをなしている。しかし、そこには「人」だけがいない。

戦時期に日本の原爆開発に協力させられ、戦後は平和運動を担った原子物理学者の湯川秀樹は、1947年に、このように語っている。

原子爆弾が文明の破滅に導くか否かは、これが出現した地球的世界に人類が全体として適応するか否かにかかっている。…自然科学だけでなく、人文科学も社会科学も含めた人類の持っている知識の全体としての学問の進展こそ、本当の意味で人類を救済するものである。万一原子爆弾が人間を戦争にかり立て破壊ー自滅へと導くことになってならば、それは物理学のうちたてた高度の文明世界に生物としての人類が適応しなかった証拠になるといえるのかも知れぬ。(湯川「科学の進歩と人類の進化」、『京都日日新聞』1947年8月14日)

この文章については、新しく創刊された歴史学の雑誌『史創』創刊号の特集「『想定外』と日本の統治ーヒロシマからフクシマへー」に掲載された、田中希生「<特殊な>知識人ー湯川秀樹と小林秀雄」で知った。この特集については、また、別に議論しなくてはならないと感じている。しかし、この言葉が、一番、ずっしりと胸にこたえた。田中さんは「科学の見出した知ーたとえば原子力ーだけが、人類不在の場所で運動をつづける世界。人類不在の地球の空にも、月は昇り日もまた昇る」と書いている。

冷戦終結まで、日本でも「核戦争」というかたちで湯川のいうような危機感をもっていた。しかし、冷戦が終結すると、とりあえず全面的核戦争の脅威は意識されなくなった。ある意味で、イデオロギーとしての「原子力の平和利用」を前提として、原子力のもつ危険性から、日本の人々ー私も含めてー目をそらしていたのである。

結局、「物理学のうちたてた高度の文明世界に生物としての人類が適応しなかった」ことになるのだろうか。田中さんが本稿を書かれた意図とは別に、そのような感慨をもたざるをえなかった。もちろん、地球温暖化など、すでにそのような意識はよくみられている。しかし、福島第一原発事故は、「人のいない大地」が存在しうることを、いわば実証してしまったといえるのである。

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