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Archive for the ‘原発’ Category

東日本大震災において、たぶん最も歴史学界が取り組んだことは、被災歴史史料保存活動だったといえる。こういうことは、たぶん災害のたびに取り組まれていたことであったと考えられるが、1995年の阪神淡路大震災の際、歴史学界があげて取り組むような運動となった。今回の東日本大震災の際も、津波に被災した青森・岩手・宮城・茨城の各県を中心に、さらに地震によって被災した史料も救出・保存することが大々的に取り組まれた。

これらの活動は、もちろん、必要不可欠なことであり、困難を極めたことには相違ない。ただ、これらの各県の活動は、基本的に自然災害への対応であるということができる。

福島県でも、歴史史料保存活動が行われた。しかし、今まであげた各県とは違う困難に直面することになった。福島県で歴史史料保存活動に従事した一人である福島県文化センター勤務(福島県歴史資料館)の本間宏は、2011年7月30日に国立歴史民俗博物館で開催された特別集会「被災地の博物館に聞く」で、次のように語っている。

 

さらに、やはり一番大きいのは原発事故への対応でした。原発事故の問題が収束しないと何も進めないという空気が福島を支配してしまいました。はっきり言って、文化財や歴史資料どころではないという雰囲気でした。
 私自身も「いま歴史資料の救出なんかをやっていていいのか」という葛藤と、常に闘いながらやってきました。子どもを逃がさなくてよかったのだろうか、と今でも悩みます。本当にこれをやっていていいのだろうか。もっとやらなくてはいけない事があったのではないかという気持ちはあります。
 でも、ここまでやってきて、いま私が福島から逃げだしたら、みんなに何を言われるか分かりません。なので、これからもがんばろうと。
(国立歴史民俗博物館編『被災地の博物館に聞く 東日本大震災と歴史・文化資料』、吉川弘文館、2012年)

つまりは、福島第一原発事故とその放射能汚染の問題が、歴史史料保村活動をしている本間にとって大きな問題だった。ここで「子どもを逃がさなくてよかったのだろうか」というのは切実な叫びである。

そして、この問題は、本間個人だけではなく、福島県民全体の問題でもあった。本間はさらにこう述べている。

 

ちょっと過激な言い方ですが、福島で生活することは許されるのか、と思うことがあります。いま福島県の人口はおそらく200万人を切ったと思います。それでも福島を再生させなければという思いはあるし、福島が再生するという前提で私は地域史料の保護活動を進めています。しかし、福島で生産活動をしている人たちに悪気があるわけではないのに、例のセシウム牛の問題などが起こったりすると、福島で人間が生活することが、全国に迷惑をかけることにならないだろうか、と思わないわけにはいきません。
(国立歴史民俗博物館前掲書)

ここで、本間は、「福島で生活することは許されるのか」という問いを発している。そして、それは、福島県における歴史史料保存活動の存在意義を揺るがすものであった。

 

厖大な人手を要して地域史料の保全措置を行うからには、その地域が再生するという希望が少しでもあれば続けていられますが、その希望が持てるかというと、何の確証もありません。これが今、やっていて非常につらいし、誰がその答えを出せるのか、どうすれば地域を再生させることができるのか、出口が見えない所にいるもどかしさを感じます。
(国立歴史民俗博物館前掲書)

そして、このように、「福島の外側にいる」人びとに問いかけた。

 

よく学界の関係者に「福島でお手伝いできることがあったら言ってください」と言われます。資料の修復を手伝ってほしいとか、お願いしたい細かなことはたくさんあります。でも、そうではなくて、いま福島の人が一番求めているのは、これから福島で生きていっていいのかという問いの答えだと思います。
(国立歴史民俗博物館前掲書)

「これから福島で生きていっていいのか」という問いを本間はなげかけたのである。

本間は、後に「会場の空気を凍らせてしまったこの問いに対して瞬時に答えられる人はおそらく誰もいなかったであろう」(本間宏「地域崩壊の危機と地域資料展ー福島県飯舘村の事例ー」、『歴史学研究』909号所収、2013年9月)と回想している。そして、試行錯誤しつつ本間自身でその答えを探し、2012年9〜12月に福島県歴史資料館において「いいたての歴史と風土」展を開催することになったと述べている。これは基本的に考古資料、古文書、民俗行事などの写真パネルのような歴史史料を展示するものであったが、会期中に飯舘村教育委員会の提案で伝統行事や村民の芸能などを披露する「村民文化祭」が開催された。

本間は「歴史資料救出を端緒とした『いいたての歴史と風土』展が村民文化祭復活につながり、人々の『生きがい』再生に希望をつなぐ形となった。会場には、久々に対面した村民たちの笑顔と涙が溢れた」(本間前掲書)と述べている。しかし、それでも、このような指摘をせざるをえなかった。

現実を直視するならば、伝統行事の継承者が全国に四散している状況に変化はなく、村の担い手が帰還できる保証もいまだ得られていない。除染によって放射線量の低減が図られても、帰還できるということと、生活が成り立つということは別問題である。この問題は、飯舘村に限らず、帰還困難区域・居住制限区域が大半を占める原発周辺市町村において、ますます深刻になっている。(本間前掲書)

「これから福島で生きていっていいのか」という問いは、いまだに本間においてアポリアなのであった。

そして、この「これから福島で生きていっていいのか」という問いは、福島県外にいる人たちに向けられたものであった。その問いに、私たちは、本当に向き合っているのか。本間のいう、「除染によって放射線量の低減が図られても、帰還できるということと、生活が成り立つということは別問題である」という現実について思考停止しているだけではなかろうか。東日本大震災・福島第一原発事故から4年を経過して、そのような思いにかられるのである。

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1960年代、福島原発建設と同時期に、福井においても原発建設が進められていた。福井が公式に原発建設の候補地となったのは1962年で、初めは福井県嶺北地方の坂井郡川西町(現福井市)の三里浜地区が候補になったが、岩盤が脆弱なために放棄され、嶺南地方の敦賀半島に所在する、敦賀市浦底地区と美浜町丹生地区が原発建設の候補地となった。結局、前者に日本原子力発電株式会社敦賀発電所、後者に関西電力美浜発電所が建設され、双方とも1号機は1970年に営業運転が開始されている。この二つの原発は、福井県への原発集中立地のさきがけとなり、敦賀原発自体が二つ、美浜原発自体が三つの原子炉を有するとともに、近接して実験炉のふげん(廃炉作業中)、もんじゅが建設されることになった。さらに、若狭地方には、それぞれ四つの原子炉を有する高浜原発と大飯原発が建設され、福島を凌駕する日本最多の原発集中立地がなされることになった。

福井の場合、福島と違って、1960年代初めから、原発建設に対する懸念が強かった。福井県の労働組合やそれを基盤とする社会党・共産党の県議・市議たちは、原子力の平和利用ということは認めつつ、具体的な原発建設についてはさまざまな懸念の声をあげていた。また、地元においても、美浜町丹生などでは比較的反対する声が強かった。

他方、思いもかけない方面で懸念の声があがっていた。懸念の意を表明したのは、昭和天皇である。このことを報道した福井新聞朝刊1966年10月14日付の記事をここであげておこう。

原電、西谷災害など 北知事、陛下にご説明

町村北海道知事ら十二道府県知事は、十三日午前十時半から、皇居で天皇陛下に各県の情勢などを説明した。これは数年前から恒例の行事になっているもので、陛下を中心に丸く輪になってすわった各知事が、五分間ずつ各地の現状と最近のおおきなできごとを話した。陛下は北海道、東北地方などの冷害や台風被害などにつき質問されていた。
正午からは陛下とともに仮宮殿の別室で昼食をとった。
北知事の話 電源開発と昨年秋の集中豪雨禍で離村する西谷村の現状について申しあげた。電源開発計画は、九頭竜川上流に四十三年六月を目標に三十二万二千キロの水力発電が完成するほか、原子力発電は現在敦賀半島で六十七万キロの開発が進んでおり、このほかの計画も合わせると数年後には百二十万キロ以上の発電能力を持つ全国屈指の電力供給県になるとご説明した。陛下からは非常によい計画だが、これによって地盤変動などの心配はないかとのご質問があったが、じゅうぶん考慮しており大じょうぶですとお答えした。
また昨年九月の集中豪雨で大きな被害を出した西谷村について、防災ダム建設などもあって全村離村する計画をお話ししたが、これについてはご下問はなかったが、ご心配の様子がうかがえた。
(福井新聞朝刊1966年10月14日付)

「北知事」とされているのは、原発誘致を積極的にすすめた当時の北栄造福井県知事のことである。かいつまんでいうと、北知事は、当時の福井県で進められていた水力発電所と原発建設を中心とする電源開発について説明したのだが、その際、昭和天皇から「非常によい計画だが、これによって地盤変動などの心配はないか」と質問され、北知事は「じゅうぶん考慮しており大じょうぶです」と答えたということなのである。

ここで、昭和天皇は、福井県の電源開発について「地盤変動などの心配はないか」と懸念を表明している。あげられている文章からでは、水力発電を含めた電源開発全体についてなのか、原発に特化したものなのか判然としないのだが、「地盤変動」をあげていることから原発のことなのだろうと推測できる。

このように考えてみると、原発開発の創設期である1960年代において、昭和天皇は、原発について「地盤変動」ー具体的には地震などを想定できるのだがーを「心配」していたとみることができよう。

原発が建設される地元の人びとや、さらに昭和天皇ですら表明していた原発に対する「懸念」に、国も県も電力会社も正面から答えることはなかった。結果的に福井県の原発はいまだ大事故を起していない。しかし、それは、「地盤変動」が原因でおきた福島第一原発事故をみて理解できるように、「たまたま」のことでしかないのである。

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よく、3.11後の福島の地域社会において「分断」があるとされている。この「分断」とは、どのようなものだろうか。基本的に考えれば、①東日本大震災の復興方針をめぐる対立、②福島第一原発事故における責任の所在、③放射能汚染の影響、この三つの要因によって「分断」が生じていると考えられる。

①の東日本大震災の復興方針をめぐる対立ということは、福島県だけでみられる問題ではない。深刻な地震・津波などの自然災害に見舞われた、岩手・宮城・福島3県を中心とする被災地全体でみられることである。大きくいえば、国・県・大企業などが企図している国家的・資本主義的な「復興」と、被災地住民の自生的・共同的な「復興」が相克しているとみることができるが、そればかりではなく、住民同士でも階級・地域・職種・ジェンダー・年齢によって「分断」されていると考えられよう。そして、例えば、宮城県女川町の漁港一本化問題や同県気仙沼市の巨大防潮堤建設問題のように、「分断」が顕在化してくるといえる。

このような「分断」も、また深刻な問題を惹起している。ただ、これらの問題は、多くは自然災害への人間社会の対応に端を発していることに注目しなくてはならない。東日本大震災における地震・津波などの自然災害は、人間社会の開発によって惹起された面を否定すべきではないが、基本的に、自然現象そのものである。通常の意味で、法的・社会的に責任を追及されるべき主体は存在していない。とりあえずは、自然災害に「人間」の側が対処しなくてはならないという論理は、「分断」されているといわれている国・県・大企業と住民、もしくは住民同士の中でも共有しているといえる。よく、「東日本大震災からの復興」が叫ばれているが、それは、おおむね、自然災害への人間社会の対応という論理で語られている。これは、大は安倍政権などの政府の「復興」方針から、歴史学界で広く取り組まれている「被災歴史資料レスキュー」などまで共通している。そして、そのような論理によって、福島県も含めて「復興」のスキームが形成され、資金・資材・人員が投入されている。そこにあるのは、「自然」と対峙した「人間」という認識枠組みなのだ。

もちろん、福島県でも、深刻な地震・津波被害からの「復興」をめぐる方針の対立をめぐって「分断」されている面はあるだろう。しかし、福島において特徴的なことは、②福島第一原発事故における責任の所在、③放射能汚染の影響、という後二者の要因があるということである。②の問題からみていこう。福島第一原発事故は、東日本大震災の地震・津波によって惹起されたものではあるけれど、そもそもこのような巨大な被害を与える原子力発電所をなぜ建設したか、そしてなぜ福島の地に集中立地したのか、津波災害などへの防護は万全であったのか、事故自体への対応や住民対策は適切であったのかなど、「人間社会」が責任を問われる問題である。天災ではなく人災なのだ。

そして、「人間社会」において、この人災において最も責任を負うべき主体は、国策として原発推進をすすめた国と、実際にその建設や運営に携わった東京電力である。これは、単に、国や東電のそれぞれの担当者の個人だけが担うべきではなく、国や東電というシステム全体が担うべき責任である。地震・津波などの自然災害において、全体としては責任をおうべき主体は存在しないといえる。しかし、福島第一原発事故では、責任をおうべき主体がいるのである。その点が、福島第一原発事故の特徴的な点の一つである。

ゆえに、福島県の場合、被災者の意味が違ってくる。福島第一原発事故の被災者の人的・物的被害は、国と東電の業務によってもたらされた損害である。その被害への損害賠償がなされなくてはならない。例えば、強制的に避難させられた被災者たちに国有化された東電が支払っている資金は、国と東電の業務によって生じた損害に対する賠償金であって、救援金や復興資金ではない。

それでありながらも、国や東電についての刑事責任の追及がなされず、福島第一原発事故の原因解明も十分はたされていない。また、国や東電の損害賠償も限定的であり、福島第一原発事故によって生じた多くの人びとの損害を十分補償しえるものになっていない。さらに、東日本大震災からの復興というスローガンのもとに、人災である福島第一原発事故が天災である東日本大震災全体への対応と混同され、責任主体がいるということすらあいまいにされている。

強制的に避難させられた人びとだけでなく、福島県(放射能汚染の及んだ他県も含めて)の人びとは、多大な損害をこうむった。例えば、強制的に避難させられた人びとだけではなく、福島県内にいて福島第一原発事故により被曝したり、被曝の影響をおそれて家族が離散したり、勤務先がなくなって失業したりするなどということも起こっている。このようなことの第一義的責任は国と東電にある。しかし、そのような損害については、ある程度補償されたとしても限定的でしかないのである。

このような中で、強制的に避難させられるがゆえに、ある程度の補償(これも十分とは思えないが)を得ている人びとと、被害をこうむったにもかかわらず、十分な補償を得ていないというと感じている人びととの間に「分断」が生じてくる。しかし、この「分断」は、国や東電が福島第一原発事故に対する責任をあいまいにしていることから発生しているといえるのである。

さて、次に、③の放射能汚染への影響ということについて考えてみよう。これもまた、福島に特徴的に示されている問題である。居住にせよ、農業・水産業の再開にせよ、全ての問題において、福島では放射能汚染の問題を考慮せざるをえない。この問題についていかに行動するかということに対しては、二つの方向性がある。一つの方向性は、放射能汚染を考慮し、放射線被曝を少しでも避けようとすることである。究極的には、高線量地域から移住するということになるが、高線量地域で生産された食品をなるべく食べない(これは、福島だけには限らないが)、高線量地域にはなるべく立ち入らないというような行動が具体的には考えられる。

他方で、放射能汚染の影響を「相対化」して、多少の高線量地域でも「帰還」してコミュニティを再建し、農業・水産業を再開させ、それらの地域で作られた食品も口にし、さらには観光客をよびこもうという方向性も存在する。というか、この方向性にしたがって、国・東電・福島県が福島第一原発事故対策をすすめているのである。もちろん、線量の高低で区域をわけ、さらには除染をし、食品の放射能検査を実施するなど、放射能汚染に対してなにも対応していないとはいえない。といっても、福島の広大な土地をすべて除染することなどできず、かなりの範囲が今なお除染基準(1時間あたり0.23μSv、年間1mSv)以上の空間線量のままだ。にもかかわらず、国の方針としては、除染基準の20倍の年間20mSvの線量地域まで帰還をすすめようというのである。

この二つの方向性も、「分断」の原因になっているといえよう。被災地に住民を帰還させ、コミュニティを再建させ、生業を復活させるというのは、自然災害ならば当然の対応である。この過程を「復興」といってよいだろう。しかし、自然の産物ではない放射能で汚染された地において、このような「復興」は自明なことではないのだ。

一つ、農地の復活という点で考えてみよう。東日本大震災における津波被害で、宮城県・岩手県の農地は海水につかり、塩害をうけた。この塩害を受けた農地に対し、土の入れ替えや淡水を流し込むことなどにより復活をはかることは、どれほどのコストがかかるかは別にして、方向性としては問題にはならない。塩は自然のものであり、海などに流しても問題ではないのだ。他方、放射性物質で汚染された農地の場合は、そもそも農地の除染だけで放射能を除去できるかということ、さらに除染により放射性廃棄物と化した土壌をどうするのかという問題が生じてくる。さらに、そのような土地で生産された農産物を商品として売ることがどこまで可能かということもある。このように、多くの面で問題をはらんでいるのである。

放射能汚染、これも人のもたらしたものであり、当然ながら「人災」である。そして、これは自然の循環にまかせてはならない。それは、すでに水俣病が示していたことであった。にもかかわらず、福島第一原発事故からの「復興」は自然災害のように扱われ、放射能汚染の面が軽視される。それがゆえに、放射能汚染を重大に考えている人びととの間に分断をうんでいるのである。

そして、ここにもまた、「人間の責任」ということが背景にあるといえる。放射能は人間が生み出したものであり、それに対処することも人間の責任である。その責任に目を背けたまま進もうとすること、それが分断の原因になっているといえる。

②と③の要因は、いずれにせよ、福島第一原発事故の「人災」としての性格から生じている。どちらも、本来、「人間社会」内部で担うべき責任があいまいにされ、それゆえに、福島県民内部に深刻な「分断」がもたらされるようになったといえるだろう。この「分断」を克服するのは容易なことではない。ただ、その第一歩は、福島第一原発事故は「天災」ではなく「人災」であり、「人間社会」内部において責任追及されるべき問題であることを認めることであると考えられるのである。

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2015年3月1日、東日本大震災のために遅れていた常磐道全面開通がなされた。パフィトンポストが朝日新聞の記事を引用しているので、まず、ここで紹介しておこう。

常磐自動車道、福島県内が3月1日開通 一部は未だ高線量
朝日新聞デジタル | 執筆者: 伊藤弘毅、本田雅和、小林誠一
投稿日: 2015年02月28日 13時07分 JST 更新: 2015年02月28日 13時07分 JST JOBANDO

常磐道が開通へ 期待寄せる被災地、一部は未だ高線量

東京電力福島第一原発事故の影響で整備が遅れていた、常磐自動車道の福島県内の一部区間が3月1日に開通する。首都圏と被災地が太平洋沿岸ルートでも一本に結ばれることになる。被災地からは観光振興面で期待の声が上がるが、放射線量が高い地点も残るため、効果は見通せない。

開通するのは、常磐富岡(福島県富岡町)―浪江(同県浪江町)の両インターチェンジ(IC)間の14・3キロ。すべて避難指示区域内で、うち約8キロは放射線量が高く、住民が当面帰れない帰還困難区域だ。第一原発からは最も近くて約6キロの場所を通る。

東日本高速道路は2014年度中の全線開通を目指していたが、原発事故で工事が中断。全線開通は15年夏に延期された。「復興の象徴」とする安倍晋三首相は14年3月、全線開通を15年のゴールデンウィーク前まで前倒しすると表明。「東北の被災地を多くの観光客が訪れるようにしたい」と語った。14年12月には、さらに2カ月早めた。

開通が2日後に迫った27日、太田昭宏国土交通相は閣議後会見で「企業立地の加速、観光・交流の促進に期待している」と語った。

■地元は歓迎、「震災の記憶を継承したい」

武者の乗った騎馬が市街地を練り歩く伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」で知られる福島県南相馬市。昨年、野馬追に訪れた客は震災前年の9割にとどまった。市内の避難先から毎年参加するトラック運転手酒本新さん(30)は「首都圏から移動が楽になり、野馬追に来る客も増えるに違いない」と喜ぶ。

(朝日新聞デジタル 2015年2月27日22時01分)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/27/jobando-opening-disaster-area_n_6773758.html

この記事でもふれているが、この常磐道開通は、観光業などの早期振興をめざして、安倍晋三首相自身の指示で予定が早められたものである。そして、地元でも、常磐道開通による観光振興が期待されているという。

常磐道全面開通が浜通りの人びとの夢の一つであったことは間違いない。福島県議会会議録を閲覧していると、浜通り地域選出の県議たちが、幾度となく、常磐道全面開通への期待を述べている。

しかし、この常磐道は大きな問題をかかえている。今回開通した常磐富岡ICー浪江IC区間は、高線量の「帰還困難区域」のど真ん中をつらぬいているのだ。そのことへの懸念を毎日新聞は次のように報道している。

常磐道全線開通:沿道で放射線量の低減策
毎日新聞 2015年03月01日 22時10分(最終更新 03月02日 00時04分)

 1日に開通した常磐(じょうばん)自動車道の常磐富岡インターチェンジ(IC、福島県富岡町)−浪江IC(同県浪江町)間は、帰還困難区域などの避難区域を通るため、放射線量の低減策が取られている。一方、区間内の大熊、双葉両町には原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設が建設される予定。13日に搬入が始まるため、汚染土を積んだトラックの事故発生を懸念する声も出ている。

 東日本高速道路会社によると、除染の結果、路面から1メートルの高さの空間線量は除染前に最大で毎時35.9マイクロシーベルトだったが、同4.8マイクロシーベルトに下がった。放射線量の高い双葉町内では、ガードレールの外にあるのり面に厚さ15センチのコンクリートを総延長715メートルにわたって吹き付けた。放射性物質を吸収する草木や土から利用者を少しでも遠ざけるためだ。

 事故が起きればガードレールの外側で待機するが、車外に1時間いた場合の被ばく線量は最大6.4マイクロシーベルト。胸部X線集団検診の被ばく線量(1回あたり60マイクロシーベルト)の約10分の1で、同社は「問題ない数値」と説明する。開通区間の3地点には線量を確認できる大型の表示板を設置した。

 一方、中間貯蔵施設の予定地に近い常磐富岡、浪江の両IC付近は交通量の増加が予想される。全町避難が続く浪江町の馬場有(たもつ)町長は「輸送面の安全が確保されるか心配だ」と話す。

 福島県警高速隊は開通に備えて昨年12月、南相馬市内に分駐隊を発足させており、「利用者の不安を払拭(ふっしょく)するため、より迅速な事故処理に徹したい」としている。

 高速道を通行後、車両の放射性物質を落とす「スクリーニング」の義務はないが、希望者は常磐富岡ICなどの近くにあるスクリーニング場で無料で受けることができる。【宮崎稔樹】
http://mainichi.jp/select/news/20150302k0000m040112000c.html

なお、ここには毎時4.8マイクロシーベルトとあるが、その前の調査では5.5マイクロシーベルトだったようである。常磐道を運用しているNEXCO東日本のサイトでも。2015年3月3日20時で5.36マイクロシーベルトとあり、大体5マイクロシーベルトが最高のようである。また、同サイトでは広野町から南相馬市の9地点のモニタリングポストの放射線量を掲示しているが、この区間の最北(南相馬市)と最南(広野町)以外の7地点で0.23マイクロシーベルトの基準をこえている。そもそも、帰還困難区域のため、もともと30マイクロシーベルトをこえており、除染などをしてようやくこの数値に下がったという。事故などがおき、道路脇に退避すると、たちまち6.4マイクロシーベルトの被曝になる。問題のない数値とはとてもいえない。基準の20倍以上である。そして、今回の開通区間のほとんどは基準をこえているのである。http://jobando.jp/hoshasenryo/genzai.html

これだけ数値が高いと、例えば、南相馬市ー浪江町間では、より海側で線量が低い避難指示解除準備区域を通っている国道六号線のほうが、無用な被曝をしないですむとも思われる。ただ、国道六号線は福島第一原発の門前を通過しており、その周辺の線量は10マイクロシーベルトをこえているようだから、浪江町ー富岡町間では常磐道のほうがまだ線量が低いとも考えられる。といっても、5マイクロシーベルトは覚悟しなくてはならない。

用事があるならば通行するのも仕方がないかもしれない。また、避難道として使うなど、地元の人びとには利便もあるだろう。除染や福島第一原発の廃炉作業にもそれなりに役立つだろう。しかし、こういうところに「観光」目的で通行したいと思うだろうか。「無用な被曝はさける」、低線量被曝の影響については確定したことはいえないが、そのように考える人は多いだろう。

東北の地方紙である河北新報は、基本的に常磐道開通を評価しているが、しかし、その半面で次のように報道している。

<常磐道3・1全通>ためらうバス業界/(下)放射能の影 安心確立なお時間

 昨年12月の常磐自動車道相馬-山元インターチェンジ(IC)間の開通後、南相馬市と仙台市を1日4往復する高速バスの直行便は利用客が増え、1月は約3700人と2、3往復だった前年の約2.5倍になった。だが、運行する東北アクセス(南相馬市)は、全線開通で直結するいわき市方面の運行には慎重な姿勢を崩さない。
 南相馬周辺は関東方面からの作業員も多く、いわき方面への潜在需要は高いとみられるが、遠藤竜太郎社長(50)は「被ばくが課題」と新路線開設に踏み切れない理由を説明する。「事故時の乗客への対応はもちろん、何度も行き来する運転手への影響も無視できない」

<「遠回りを」>
 最終開通区間の常磐富岡-浪江IC間(14.3キロ)は、福島第1原発事故の帰還困難区域を通り、常磐道の中で最も空間放射線量が高い。空間線量は最高地点で毎時約5.5マイクロシーベルト。短時間の通過による影響は限定的とされるが、住宅地であれば年間20ミリシーベルト以上の被ばくが想定される値だ。
 東北道と磐越道を経由し、1日8往復する高速バスのいわき-仙台線。常磐道に乗れば40キロほど距離を短縮できるが、利用を計画していない。
 利用客からは「近い方がいい」と常磐道ルートを支持する声の一方で、「線量が高い場所があるので遠回りでもいい」と不安も聞かれる。同路線をジェイアールバス東北(仙台市)と共同運行する新常磐交通(いわき市)は「輸送の安全確保を検討している段階」と説明。当面、現行ルートで運行を続ける方針だ。
 福島県内の常磐道は、福島第1原発がある大熊、双葉両町に建設される中間貯蔵施設への除染廃棄物の輸送ルートにもなる。近く試験輸送が始まる予定だが、本格化すれば大型ダンプが1日1500台以上通行する見込みだ。

<効果不透明>
 こうした状況から、旅行業界も全線開通を歓迎しつつも、企画商品の販売に二の足を踏む。地元旅行会社の幹部は「現時点では常磐道を使う商品を販売しにくい。東北道を使うケースが多いだろう」と話す。
 東日本高速道路がかつて想定した常磐道常磐富岡-山元IC間の交通量は、1日7000~5000台。昨年12月の2区間開通後の実績は1日8000~2300台と近似するが、避難者の利用や工事車両が多く、原発事故前と様相は異なる。
 「東北の復興の起爆剤にしたい」と、安倍晋三首相が全線開通を急がせた常磐道。多方面に全通効果が表れ、被災地の再生をけん引できるかどうか。道のりは平たんではない。

2015年02月27日金曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201502/20150227_63023.html

結局、高速バス運行業者たちは、高線量地区を通過することを懸念して、常磐道でのルート開通に二の足をふんでいるのである。高速バス業者が運行しないのであれば、観光バス業者でもそうだろう。そして、どちらにせよ、利用者が集まるのだろうか。

浜通りには美しいところ、興味深いところはたくさんある。比較的低線量である、北部の相馬市・南相馬市や、南部のいわき市などをみていくことはかまわないだろう。しかし、さほど必然的理由がなく、高線量の常磐道を通過することは「無用の被曝をする」ことではないかと思う。

3.11直後、日本政府や福島県はSPEEDIによる予測を公表せず、浜通りの人びとは結果的に高線量地域に避難し、「無用な被曝」をしてしまった。その反省もなく、常磐道を開通させ、そこに一般観光客をよびこみ、「無用な被曝」をさせようとしているのである。安倍首相のいう「全面開通した常磐道を東北の復興の起爆剤にする」ということは、そういうことなのだ。そして、福島第一原発事故は、単に放射能だけでなく、浜通りの人びとの夢まで汚してしまったといえるのである。

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とにかく、あきれて、物がいえなくなるーこれが福島第一原発事故処理をめぐる状況だ。

まずは、2月22日、福島第一原発の港湾に流れ込む排水路で通常時より高い濃度の放射性物質を含んだ汚染水が流出したという報道がなされた。中日新聞が同日付でネット配信した記事をみてほしい。

港湾内に汚染水流出か 福島第1原発

 22日午前10時ごろ、東京電力福島第1原発敷地内の排水路で放射性物質濃度の上昇を示す警報が鳴った。東電や原子力規制庁によると、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質が、最高で普段の70倍以上に当たる1リットル当たり7230ベクレル検出された。原発の港湾内にそのまま流れたとみられるが、流出量は不明。

 午前11時35分ごろに排水路のゲートを閉めるなどの対策を取った。東電などによると、普段の検出値は数十ベクレル程度といい、濃度が上昇した原因やタンクからの汚染水漏えいがないかどうか調べている。

(共同)
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2015022201001650.html

そして、2月24日には、別の排水路において、高濃度汚染水が、福島第一原発前の港湾ではなく、直接海洋に流出していたことが東電から発表された。この排水路について、昨年4月から、雨のたびに放射性濃度が上昇することが発覚していたが、東電は一年近くもそのことを公表してこなかったのである。そして、ようやく、汚染源が特定できたとして公表した。NHKがネット配信した記事をみてほしい。

福島第一 高い濃度の汚染水を海に流出か
2月24日 21時14分

福島第一 高い濃度の汚染水を海に流出か
東京電力福島第一原子力発電所2号機で、原子炉建屋の屋上に比較的高い濃度の汚染水がたまっているのが見つかり、雨が降るたびに排水路を通じて海に流れ出していたおそれがあることが分かりました。
東京電力はこの排水路の放射性物質の濃度が雨のたびに上がっていることを去年4月から把握していましたが、公表していませんでした。

東京電力によりますと、比較的高い濃度の汚染水がたまっていたのは福島第一原発2号機の原子炉建屋の屋上の一部で、この水には放射性物質のセシウム137が1リットル当たり2万3000ベクレル、セシウム134が6400ベクレル、ベータ線という放射線を出す放射性物質が5万2000ベクレル含まれていました。
2号機の周囲を通る排水路では、東京電力が去年4月に観測を始めて以降、雨のたびにほかの排水路よりも高い濃度の放射性物質が検出されていて、去年8月にはベータ線という放射線を出す放射性物質が1リットル当たり1500ベクレル、セシウム137が760ベクレル、セシウム134が250ベクレル、それぞれ検出されていました。
しかも、この排水路は原発の港湾内ではなく港湾の外の海につながっていて、東京電力は2号機の屋上にたまった汚染水が雨のたびに排水路を通じて海に流れ出していたおそれがあるとしています。
東京電力は、問題の排水路の放射性物質の濃度が雨のたびにほかよりも上がっていることを去年4月から把握していましたが、今回の調査結果がまとまるまで公表していませんでした。
東京電力は、周辺の海水の放射性物質の濃度に大きな変動はみられていないとしていますが、対策として来月末までに汚染水がたまっていた2号機の屋上や排水路の底に放射性物質を吸着する土のうを敷くとしています。
福島第一原発では22日にも、別の排水路で、ベータ線と呼ばれる種類の放射線を出す放射性物質の濃度が一時、簡易測定で1リットル当たり最大で7230ベクレルと通常の10倍以上の値を示していて、東京電力は「続けて放射性物質を含んだ水が排水路に流入したことで、福島県民をはじめ皆様に、重ねてご心配をかけて申し訳ありません。調査結果を踏まえて速やかに対策を取っていきたい」と話しています。

いわき市漁協「ショック受けている」
汚染された水が流出していたことについて、地元のいわき市漁協の矢吹正一組合長は「これまでの説明と異なり、港の外に汚染水が漏れていたという発表にショックを受けている。東京電力への信頼喪失につながると思う。現在、東京電力から受け入れ要請を受けている建屋周辺の井戸からくみ上げた汚染水を浄化して海に放出する計画にも影響が出かねない。原因究明と対策の徹底を求めたい」とコメントしています。

問題の排水路とは
今回、汚染水が流れ出していたおそれがある排水路は「K排水路」と呼ばれ、福島第一原発の1号機から4号機のすぐ山側を通り、4号機の南側で港の外の海につながっています。
22日、放射性物質の濃度が一時、上昇した排水路は山側のタンクエリアから流れる別の排水路で、こちらはタンクからの汚染水漏れが相次いだのをきっかけに、港の外に出ないようルートが変更されていました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150224/k10015716031000.html

この記事にもあるように、東電は、福島第一原発周辺の汚染地下水をくみあげ、浄化して海に放出する計画をたて、合意をもとめて福島県漁連と交渉を継続していた。このニュースは、交渉中の福島県漁連にもショックを与えた。2月25日にネット配信した東京新聞の次の記事をみてほしい。

福島第一汚染水垂れ流し 漁連「信頼崩れた」

2015年2月25日 夕刊

 福島県漁業協同組合連合会は二十五日、同県いわき市で組合長会議を開き、東京電力福島第一原発2号機の原子炉建屋屋上から汚染雨水が排水路を通じて外洋に流出していた問題について、東電と国から説明を受けた。東電が問題を把握しながら対策を講じなかったことに、出席者からは「信頼関係が崩れた」「漁業者を甘く見ているのか」と怒りの声が相次いだ。
 内堀雅雄県知事はこの日の関係部長会議で「県民に不安を与える問題が起きたこと、情報が速やかに公表されなかったことは遺憾だ」と述べ、県や地元市町村、専門家でつくる廃炉安全監視協議会の立ち入り調査を近く行う考えを示した。
 東電と国は第一原発の汚染水対策として、建屋周辺の井戸「サブドレン」などからくみ上げた地下水を浄化して海に流す方針で漁業者に理解を求めているが、今回の汚染雨水の流出で反発が強まりそうだ。
 会議では、いわき市漁協の矢吹正一組合長が「以前から分かっていたのになぜ黙っていたのか。漁業者は大ショックで、サブドレンどころではない」と批判。相馬双葉漁協の佐藤弘行組合長も「東電と漁業者の信頼関係が崩れた」と述べた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015022502000241.html

東電の対応はあきれるしかない。汚染源は福島第一原発2号機原子炉建屋の屋上にたまっていた放射性物質で、それが雨のたびに排水路に流出したとされている。そもそも、この程度のことを調査するのに、1年近くもかかるのだろうか。そして、たとえ、汚染源が特定されなくても、排水路の出口を港湾内につけかえるとか、水門を設けて汚染水をためておくとか(これらのことが現実的に効果があるかどうかは疑問だが)などの改善策をとることができないものであろうか。多少でも現状を改善しようというより、事態を隠蔽し、対応を少しでも先送りし、このような事象を「なかったことにする」ということが、東電の対応の基本姿勢であったと思われる。そして、これは、日本の原発で常に行なわれてきたことだった。

一方で、安倍政権の菅義偉官房長官は25日の記者会見で次のようにこたえている。ロイターの記事をみてほしい。

菅官房長官「影響は完全にブロック」、福島第1原発の汚染水流出
2015年 02月 25日 17:48 JST

[東京 25日 ロイター] – 菅義偉官房長官は25日午後の記者会見で、福島第1原発2号機原子炉建屋の屋上に溜まっていた比較的高い濃度の汚染水が海に流出していた問題で、港湾外の海水濃度は法令告示濃度に比べて十分に低い数値だと言明。

その上で「港湾への汚染水への影響は完全にブロックされている。状況はコントロールされているという認識に変わりない」と述べた。

東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)は、この汚染水流出問題を把握していたが、公表していなかった。今回の東電の対応について菅長官は「(問題を)放置していたわけではない。原因を調査して、溜まり水の箇所が判明したのですぐ対応した」と述べた。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0LT0OK20150225

1年近く、汚染源特定もなんらかの対策もなしていないことは、普通は「放置」というだろう。それを「放置していたわけではない」というのである。さらに「港湾への汚染水への影響は完全にブロックされている。状況はコントロールされているという認識に変わりない」としている。問題の排水路は港湾に直結されていないから、そこへの影響は確かにない。しかし、直接に海洋を汚染するという、より深刻な事態を惹起しているのである。この、形式論的には「正しい」言い逃れは、事態のある種の誤認でなければ、意図的な「虚偽」である。そして、菅官房長官は、福島第一原発を「コントロールしている」のではなく、「マスコミ」を「コントロール」しているのである。

東電側の、事故の隠蔽と対応の先送り。安倍政権側の、虚偽的な言い逃れと、マスコミ・コントロール。東電と安倍政権の考える福島第一原発のコントロールは、このようなことから構成されているといえよう。

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本日(2015年1月30日)、NHKの19時のニュースを見ていたら、次のような報道があった。

首相 福島第二原発の廃炉は事業者判断
1月30日 17時35分

安倍総理大臣は、衆議院予算委員会の基本的質疑で、福島第二原子力発電所の廃炉について、「第一原発の5号機と6号機は事故処理の観点から廃炉を要請したが、第二原発は状況が違う」と述べ、今後のエネルギー政策などを総合的に勘案して、事業者が判断するという認識を示しました。
このあと委員会では、今年度の補正予算案の採決が行われ、自民・公明両党の賛成多数で可決されました。

この中で、共産党の高橋国会対策副委員長は、東京電力福島第二原発の廃炉について、「原発事故の収束に集中すべきで再稼働などあってはならない。去年の福島県知事選挙で、与党も支援して当選した内堀知事は、福島県内に10基あるすべての原発の廃炉を要請しており、政府としても全基の廃炉を決断すべきだ」と指摘しました。これに対し、安倍総理大臣は「福島県から福島第二原発の廃炉を要望する声があることは承知している。福島第一原発の5号機と6号機は、事故を起こした1号機から4号機の近くにあり、事故処理に集中する現場体制を構築する観点から廃炉を要請したが、遠く離れた第二原発は状況が違う。今後のエネルギー政策の状況や新規制基準への対応、地元のさまざまな意見なども総合的に勘案し、事業者が判断する」と述べました。
(後略)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150130/k10015095871000.html

これを視聴して、えっと思った。福島第一原発事故の処理は、汚染水処理を筆頭にして、ほとんど停滞し、多くの予定を先送りせざるをえない状態にある。そのような中で福島県側は福島にあるすべての原発の廃炉が求めている。それなのに、「事業者」=「東京電力」に福島第二原発稼働の判断をまかせるということを、首相が述べてよいのだろうかと思ったのだ。

しかし、この報道は、NHKの報じ方にも問題があったようだ。ロイターは、同じやりとりをこのように伝えている。

福島第1原発事故、収束という言葉を使う状況にない=安倍首相
2015年 01月 30日 16:10 JST

 1月30日、安倍晋三首相は午後の衆議院予算委員会で、東京電力福島第1原子力発電所の事故について、「収束」という言葉を使う状況にはないとの認識を示した。

[東京 30日 ロイター] – 安倍晋三首相は30日午後の衆議院予算委員会で、東京電力(9501.T: 株価, ニュース, レポート)福島第1原子力発電所の事故について、「収束」という言葉を使う状況にはないとの認識を示した。

高橋千鶴子委員(共産)の質問に答えた。

安倍首相は福島第1原発の状況について「汚染水対策を含め、廃炉、賠償、汚染など課題が山積している」としたうえで「今なお厳しい避難生活を強いられている被災者の方々を思うと、収束という言葉を使う状況にはない」と語った。

また同原発で死亡事故が連続して発生していることについて「極めて遺憾だ。政府としても再発防止策の徹底を図り、安全確保を大前提としつつ、迅速に汚染水対策を進めるよう東電を指導していく」と語った。

福島第2原発を廃炉とするかどうかについては「今後のエネルギー政策の状況や新規制基準への対応、地元の意見などを総合的に勘案しながら、事業者が判断するものだ」との見解を示した。

(石田仁志)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPKBN0L30GD20150130

ロイターの報道では、NHKの報道にはなかった、安倍晋三首相自身が福島第一原発事故は収束にいたっていないと認めざるを得なかったことを強調している。衆議院議事録で確認しなくてはならないが、たぶん、そのように安倍晋三首相は答えたのであろう。

もちろん、このように報道されても、安倍晋三首相が福島第二原発については「事業者」=東京電力にまかせると発言した問題性は変わらない。福島第一原発事故の影響は、福島第二原発の立地地域を含めた広範囲にも及んでいる。廃炉作業も進まず、さらにその作業自体が新たな汚染を引き起こす可能性がある。補償や帰還の問題もある。そのような状況の中で、福島第二原発の存続を東京電力の判断に委ねるということは、当事者責任の放棄である。そして、そもそも、東京電力の最大株主は、今や国なのである。

しかし、NHKの報道姿勢もまた問題である。結局、安倍晋三首相は福島第一原発事故の処理は進んでいないと認めざるを得なかった。これは、安倍政権の失点といえるのだが、そのことをNHKは報道しなかったのである。私も、外電であるロイターが報道したから、ようやく知ったのである。国内メディアよりも、外電の方が信用にたるということになる。政権の失点は最大限隠蔽するーそれは、戦時期の大本営発表の特徴であった。。

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2012年に成立した原子力規制委員会は、2013年に次のような「組織理念」を発表している。

原子力規制委員会の組織理念

平成25年1月9日
原子力規制委員会

原子力規制委員会は、 2011年3月11日に発生した東京電力福島原子力発電所事故の教訓に学び、二度とこのような事故を起こさないために、そして、我が国の原子力規制組織に対する国内外の信頼回復を図り、国民の安全を最優先に、原子力の安全管理を立て直し、真の安全文化を確立すべく、設置された。

原子力にかかわる者はすべからく高い倫理観を持ち、常に世界最高水準の安全を目指さなければならない。

我々は、これを自覚し、たゆまず努力することを誓う。

使命

原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ることが原子力規制委員会の使命である。
(後略)
http://www.nsr.go.jp/nra/idea.html

これによると、福島第一原発事故を教訓として、国民の安全を最優先にして、原子力の安全管理を立て直し、真の安全文化を確立することが原子力規制委員会の設置目的であり、常に世界最高水準の安全をめざし、努力しなくてはならないとしている。「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ること」が使命であるとまでされているのである。

この原子力規制委員会が策定し、2013年7月から施行された「実用発電用原子炉に係る新規制基準」(新規制基準と略記)について、同委員会は次のようにサイトで説明している。

新規制基準について
原子力規制委員会は、原子炉等の設計を審査するための新しい基準を作成し、その運用を開始しています。

今回の新規制基準は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の反省や国内外からの指摘を踏まえて策定されました。

以前の基準の主な問題点としては、
地震や津波等の大規模な自然災害の対策が不十分であり、また重大事故対策が規制の対象となっていなかったため、十分な対策がなされてこなかったこと
新しく基準を策定しても、既設の原子力施設にさかのぼって適用する法律上の仕組みがなく、最新の基準に適合することが要求されなかったこと
などが挙げられていましたが、今回の新規制基準は、これらの問題点を解消して策定されました。
この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものです。しかし、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できるわけではありません。原子力の安全には終わりはなく、常により高いレベルのものを目指し続けていく必要があります。
https://www.nsr.go.jp/activity/regulation/tekigousei/shin_kisei_kijyun.html

新規制基準についての詳細は省略するが、上記の原子力規制委員会の主張によれば、津波・地震の自然対策や重大事故対策がはかられていなかったこと、新しい基準を策定して既設の原発に規制を適用できなかったなどの問題点を解消したものとされている。しかし、これは、「原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのもの」で、「絶対的な安全性」を確保するものではないとしている。いわば、原子力規制委員会が新規制基準が「暫定的」なものでしかないとしているのである。

この「暫定的」な新規制基準で、原発再稼働の審査が現在行なわれている。原子力規制委員会の定義によれば、これは「安全審査」ではなく、「適合性審査」なのである。

この「適合性審査」に川内原発はクリアしたと2014年7月16日に原子力規制委員会は発表した。このことを定例記者会見で発表した原子力規制委員会委員長田中俊一は、記者の質問にこたえて、注目すべき発言をしている。

私は、今はそういう数値だけで議論する、もちろん数値目標は大事ですけれども、そのことで、では国民が納得しているかというと、必ずしもそれはそうではないので、そこのところは、安全目標というのは決して国民と我々が合意して作ってた値ではないということだけは御理解いただかないといけないと思うのです。ただ、我々としては、全ての技術者がそうですけれども、あるレベルの安全性を確保しながらいくという意味で安全目標というのを持ったということで、これは大体、国際的にもそういうふうに思われているところですので、その辺も踏まえて御理解いただければ幸いです。
(中略)
安全審査ではなくて、基準の適合性を審査したということです。ですから、これも再三お答えしていますけれども、基準の適合性は見ていますけれども、安全だということは私は申し上げませんということをいつも、国会でも何でも、何回も答えてきたところです。

http://www.nsr.go.jp/kaiken/data/h26fy/20140716sokkiroku.pdf

田中は、彼らの「安全目標」は国民との合意によって形成されたものではなく、「あるレベルの安全性を確保しながらいく」というものであり、基準の適合性は審査したが、それで安全とは言えないと述べているのである。さらに、別のところでは、次のように話している。

こういったリスクがありますということが分かれば、それに対する対応ができるのですが、一般論として、技術ですから、これで人事で全部尽くしていますと、対策も尽くしていますということは言い切れませんよということです。
ただ、現段階で、いろいろなことを今日も後で私の方からもレクチャーしたように、相当のことを考えてリスクの低減化には努めてきたと、そのつもりではいます。

ゆえに、原子力規制委員会としては、基準の適合性以外は、すべて他者まかせという姿勢をとっている。川内原発の再稼働については、「これも何回も国会でもお答えしているのですけれども、私どもは再稼働をするか、しないかという判断についてはコミットしませんということを申し上げています。稼働を許可するかどうかということについては、もちろん事業者と、それから、地域の住民の方、それから、政府の考えとか、いわゆる関係者の合意で行われるのであって、そのベースとして私どもの審査があるということかと思います」とし、事業者・地域住民・国の合意にすべてまかせている。避難計画についても、「避難計画と再稼働というのは、ある意味では密接に関係はしていますけれども、規制委員会、規制庁がそれの関係をきちっと評価するという立場にはない」と、自身の権限外であることをことさらに強調しているのである。

また、電力会社に安全意識を高めて行くことについては「能力を高めるとか、安全に対する考え方を高めるというのは、事業者は事業者の努力がやはり基本になるのだということだと思います。そういう意味でJANSI(原子力安全推進協会)という組織を作ったので、そういったところを大いに活用して発展してもらって、事業者自身がそういう努力をしていただく必要はあろうかと思います。」と、電力会社側の「自主努力」に委ねるという姿勢をとっているのである。

さらに、防災時に作業員が退避してしまう可能性があることを例にして、事業者=電力会社に規制を守らせる担保はどこにあるのかと記者に質問されて、このように田中は述べている。

○記者 東京新聞のシミズです。これまでも誰が安全の責任をとるのかということは、一義的に事業者だということは再三おっしゃられていて、今回、こういう規制を作って、この規制を事業者が守ればある程度の安全は確保されるだろうということなのですけれども、結局、この規制を最後まで事業者が守るかどうかというのは、どうやって担保されるのでしょうか。要するに、ソフト面で、これは以前も質問があったかも知れないのですけれども、例えば、事故時に最悪の場合、作業をされている方が退避してしまうという可能性がないことはないわけですよね。
○田中委員長 防災のときの事業者の責任については、もう少しこれから確かめていく必要があることは事実です。だけれども、基本的には安全の担保は事業者にあるということも事実です。
○記者 確かめていくというのが、ちょっとよく分からないのですが。
○田中委員長 事故時の被ばく線量とか、そういうことについて、ある程度そういう場合に、事業者に対しては、従業員に対してきちんとそういう約束をしていただくとか、そういうことがいずれ必要になると思っていますけれども、まだそこまで届いていないというところもあります。
○記者 その状態で仮に動かしても、それは今の基準では仕方がないという、そこまで求められないということでしょうか。
○田中委員長 そうですね。そういうふうには私はならないと思いますし、先程も申し上げたような手順を踏んでおいた方が間違いないだろうということはありますけれども、今、そういうことについて、事業者の方から、そういうことがあるとは聞いていませんし、何かそんなことが問題になりそうですか、市村(市村知也 安全規制管理官)さん。ならないよね。

まず、防災の時の安全性確保は事業者側の責任であることを強調し、その際の手順を定めていないことは認めつつも、事業者側からそういうことは聞いていないし、そういうことは問題にならないと言い放っているのである。

そして、政権側が規制委員会が責任をもって安全かいなかをチェックしているのであるから、規制委員会の判断に全てを委ねると発言していると記者から質問されると、田中は次のように答えている。

政治家は政治家の発言がありますので、私から何か申し上げることではないと思っています。私どもは、ゼロリスクということはいつも申し上げられないから、安全というとゼロリスクと誤解されるので、そういうことを申し上げていますけれども、政治的にはわかりやすい意味で安全だということをおっしゃったのかも知れませんし、これは政治家と私の発言とが同じであることは多分ないと思います。

原子力規制委員会の任務は新規制基準の「適合性審査」であって、「安全審査」ではないという田中俊一原子力規制委員長の姿勢は、2014年12月17日に行なわれた高浜原発の「適合性審査」の発表のときにも見られた。この際、次のようなやりとりがなされている。

○記者 ロイターのハマダです。簡潔な質問です。高浜3・4号機の審査書案で両号機は安全と確認されたのでしょうか、そうでないのでしょうか、どちらでしょうか。
○田中委員長 我々の新しい安全要求というか、規制基準に適合しているということを認めたということです。
○記者 それは安全なのでしょうか、安全ではないのでしょうか。
○田中委員長 そういう表現の仕方は私は基本的にとらないと言っています。
○記者 では、安全だということではないということでよろしいですか。
○田中委員長 安全ではないとも言っていません。安全だとも言っていません。
○記者 ○か×かであれば、どちらでしょうか。
○田中委員長 ○か×かという言い方はしません。
http://www.nsr.go.jp/kaiken/data/h26fy/20141217sokkiroku.pdf

そして、再び、このようなことを言っている。

○記者 すみません。朝日新聞のカワダと申します。先程高浜の関係で、安全とも安全ではないとも言わないという話だったのですけれども、先日、安倍首相が会見で、いわゆる規制委が再稼働に求められる安全性を確認した原発については再稼働を進めるという表現をされたのですが、再稼働に求められる安全性というのは確認できたという理解でしょうか。
○田中委員長 言葉遊びになってしまうからね。総理は政治家だから、いろいろなそういう言い方をされますよ。分かりやすくという意味で。でも、私の方は、安全とか安全でないとか、安全が確認されたとか安全でないことが確認されたとかそういう言い方ではなくて、稼働に際して必要な条件を満たしているかどうかということの審査をしたということです。そのことイコール、では事故ゼロかというと、そんなことはないだろうというのは、どんな科学技術でもそういう側面がありますので、そこのところも誤解がないようにということで申し上げているし、逆にそう言ってしまうと、我々自身のワークフィットが典型的ですけれども、そういったことができなくなってしまうということがありますので、そこはやはり少し曖昧かも知れないけれども、そこが非常に大事な考え方だとは思っています。

なんというか…。ここまで田中俊一原子力規制委員会委員長の発言をおってみると、「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ること」を使命とするという組織の長としては、あまりに無責任だと思わざるをえない。田中は、7月16日の会見で新規制基準の安全性は世界において「ほぼ最高レベルに近い」と述べており(ただ、ここでも断言はしていない)、以前よりは基準は厳しく、相対的には安全性は高まったといえる。しかし、田中自身が認めているように、3.11以後、原発への不安が高まった国民との合意によって新規制基準ができたとはいえず、前述したように、これとても絶対的に安全とは田中自身が断言できないものなのである。

もちろん、どんな規制も、現在の知見に依拠した「暫定的」なものでしかないともいえる。その意味で、原子力規制委員会の組織理念のいうように「原子力にかかわる者はすべからく高い倫理観を持ち、常に世界最高水準の安全を目指さなければならない。我々は、これを自覚し、たゆまず努力することを誓う」ことは必要なことだろう。しかし、前述してきたように、その姿勢はみられない。避難計画も電力会社への規制も自身の権限外として放置し、暫定的なものでしかない「新規制基準」がいつのまにか「金科玉条」とされ、その「適合性」のみを審査し、結果としての安全性の確保は等閑視しているのである。

そもそも、「新規制基準」自体が原子力規制委員会が策定したものであり、彼ら自身が見直しできるはずである。しかし、現行の新規制基準を再検討する姿勢はみられない。将来の検討課題にもなっていない。現行の新規制基準以上に安全性を確保することは、事業者=電力会社、自治体、国に丸投げなのである。もちろん、これは、委員長田中俊一の個人だけの問題ではないだろう。新規制基準をより厳しくすれば、田中の立場が危うくなるだろうと考えられる。それでも、田中個人には「辞任」という選択肢はあるだろう。組織理念とは全く違った運営になっているのだから。しかし、田中は、自身の責任は全く等閑視しているのである。

他方で、国は、前述してきたように、安全性の確保は原子力規制委員会の責任としている。安全性確保を組織理念でうたっている原子力規制委員会が絶対的安全は保障できないとし、国は原子力規制委員会が安全性について責任をもつという。両者とも、「権限への逃避」を行なって結果責任を回避しようとしている。それでは、原発の安全性については、どこが責任をもつのだろうか。

まさに、この局面において、丸山真男のいうところの「日本ファシズム支配の厖大なる『無責任の体系』」(『増補版 現代政治の思想と行動』、未来社、1964年)の一端が再現されているといえる。田中俊一の記者会見の速記録を読んでいると、丸山などが記述している東京裁判の被告や証人たちの証言を彷彿させる。ただ、一つ言えるのは、3.11以前には、たぶん、こういう言説を原子力規制当局は発しなかっただろう。彼らは、たぶん、安全性が確保できないと内心思っていても「安全神話」をふりまいていただろう。そういう「安全神話」が消滅した3.11以後、国にしても原子力規制委員会にしても電力会社にしても「危機」に直面しており、その「危機」によって、潜在的には内在していた「無責任の体系」が再び現出しているといえるのではなかろうか。

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