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Archive for the ‘脱原発デモ’ Category

最近、小泉純一郎元首相がさかんに原発ゼロを訴えている。11月12日には、日本記者クラブで記者会見を開き、原発廃止を訴えた。次の東京新聞のネット配信記事をみてほしい。

小泉元首相の会見要旨 原発推進の方が無責任

2013年11月13日 朝刊

 小泉純一郎元首相が十二日に行った日本記者クラブでの会見の要旨は次の通り。 
 【政治が原発ゼロ方針を】
 新聞に「小泉原発ゼロ発言を批判する」という社説があった。代案を出さずにゼロ発言をするのは、無責任で楽観的すぎるとの批判だ。
 原発問題は広くて大きくて深い。国会議員だけで答えは出せない。まして私一人で代案を出すのは不可能だ。政治で一番大事なことは方針を示すこと。原発ゼロの方針を出せば、良い案をつくってくれる。
 原発ゼロに賛同する官僚、識者も含めて、何年かけてゼロにするのか、再生可能エネルギーをどう促進するか、原発地域の発展や従事者の雇用問題という広範囲な問題が残る。専門家の知恵を借り、その結論を尊重して進めるべきだ。
 原発をゼロにすれば、火力発電やさまざまな電源、この調節のために電気料金が上がり、二酸化炭素排出量が多くなるという批判がある。しかし、数年以内に燃料電池車は実用化され、設置費が高くても発光ダイオード(LED)を使う家庭も(増えた)。日本の国民と企業は環境に協力的だ。
 【最終処分場問題】
 原発推進論者は「核廃棄物の最終処分法は技術的に決着している。問題は、処分場が見つからないことだ」と言う。そこは私と一緒だ。だが、ここから(先が)違う。
 必要論者(の主張)は「処分場のメドをつけるのが政治の責任ではないか。つけないのがいけない」と言う。私はこれからの日本で、核のごみの最終処分場のメドをつけられると思う方が楽観的だと思う。技術的には決着していても、一つも見つけることができない。東京電力福島第一原発事故の後でも、政治の責任で見つけられるという必要論者の主張の方が無責任だ。
 フィンランドのオンカロ処分場に行った。世界で唯一の最終処分場で、島の地下四百メートルに縦横二キロメートルの広場をつくり、廃棄物を埋め込む。ここも原発二基分しか容量がない。フィンランドは四基の原発があり、二基分は住民の反対で場所が決まっていない。しかも、オンカロの建設は、国会でいかなる国の廃棄物も受け入れないという前提でまとまった。
 日本は四百メートルも掘れば温泉が出てくる。日本は五十四基。四基は廃炉が決まり、福島第一原発5、6号機も廃炉だろうが、最終処分場をどれだけつくらなければいけないのか。
 【首相は決断を】
 首相の権力は強い。使いにくい権力、使っても実現できない権力があるはずだが、決断すればできる権力は原発ゼロだ。
 私の在任中の郵政民営化よりもはるかに環境が良い。国会で法案は否決された。全政党が反対だった。二〇〇五年、参院で民営化法案は否決され、私は衆院を解散した。国民の支持で、郵政民営化は勝利した。自民党の参院の反対派議員はくるっと賛成に回った。
 今は、野党は全部、原発ゼロに賛成で、反対は自民党だけだ。しかし、本音を探れば自民党議員はゼロと原発必要が半々ぐらい。安倍首相が「原発をゼロにする」という方針を決めれば、反対派は反対できない。国家の目標として、ほとんどの国民が協力できる。
 どうしても政治の責任で最終処分場をつくるとして、住民の反対を押し切れるか。(原発ゼロは)壮大な夢のある事業。それに権力を振るえる、こんな運の良い首相はいない。安倍首相には国民が望む方向に権力を使うことを期待する。結局、首相の判断と洞察力の問題だ。その方向にかじを切ってほしい。
 【日中関係】
 日中首脳会談ができないことに、中国も本心では困っていると思う。会談したくても内政の事情で、やりにくい事情があるのだろう。私が靖国神社に参拝するから、首脳会談ができないと批判された。だが私が辞めた後、首相は一人も参拝してないが、日中問題がうまくいき、首脳会談ができているのか。戦没者に対する哀悼の念を首相が表し、靖国を参拝することを批判する首脳は、中国と韓国以外にない。
 中国への対応は、安倍首相の対応でいい。「(首脳会談を)してくれ」と言わなくて良い。首脳会談を行わなかったら両方に良くないと、時間がたてば分かる。中国も「あの時に、日本の首相の靖国参拝を非難したのは大人げなかった」と恥ずかしい思いをするときが、いずれ来る。
 【日米関係】
 日本一国で安全を確保できない。米国の影響力は、かつてよりも落ちたが、政治的にも経済的にも同盟国として代えてもいいような国は見当たらない。日米関係が良いほど、中国、韓国とも良い関係が築ける。米国は日本を守ってくれるのかと言う人がいるが、その前に、同盟国として日本は米国にとって信用できる国なのかを考えた方が良い。
<質疑>
 -安倍首相が原発ゼロに踏み切るには。
 自民党の石破茂幹事長は「小泉さんと方向性は変わらない」と発言した。幹事長が音頭をとって、原発を含むエネルギー政策を党内で議論する。議論すれば賛否両論が出る。両論併記で安倍首相に上げればいい。首相が判断しやすい環境をつくることは難しくない。
 自民党議員の中にも、本心はゼロが望ましいという人がかなりいる。声が上がらないのは、首相が必要と言っているからだ。首相の力は絶大だから、ゼロにしようと言ったら反対は出ない。首相は在任中に、この方向性を出した方がいい。
 -安倍首相が考えを変えることはあるか。
 ありうると期待している。最終的には国民だ。世論は軽視できない。首相の権力も、最終的には国民から与えられている。首相も国民の声を聞かざるを得ない時期が来る。あきらめてはいけない。
 -あなたの役割は。
 いろんな人から、新党を考えたらどうか、他の人と連携したらどうかと言われるが、それぞれの立場でやった方がいい。誰が賛成、反対ではなく、やむにやまれずという気持ちがないと自分の主張を展開できない。一人でもやるという気持ちでやらないとだめだ。
 -原発をゼロにするまでの期間は。
 即ゼロがいい。その方が企業も国民も専門家も準備できる。再稼働すれば、核のごみは増えていく。今、(稼働原発は)ゼロだから、すぐゼロにした方がいい。原発の費用を回せば、企業は原発に代わるエネルギーを開発する。(福島県内に)中間貯蔵施設をつくるにも理解を得やすい。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013111302000119.html

そして、朝日新聞の世論調査によると、小泉元首相の発言について、60%の人が支持すると回答したそうである。安倍政権支持層や自民党支持層でも58%が「支持する」としたそうである。

小泉元首相の原発ゼロ主張「支持」60% 朝日世論調査
2013年11月12日05時04分

 朝日新聞社が実施した全国定例世論調査(電話)では、小泉純一郎元首相が政府や自民党に対し「原発ゼロ」を主張していることについても質問した。この主張を「支持する」は60%にのぼり、「支持しない」の25%を上回った。

 安倍内閣支持層や自民支持層でも、それぞれ58%が小泉氏の主張を「支持する」と答えた。原発を徐々に減らし、将来はなくす「脱原発」に「賛成」の人は72%で、このうち小泉氏の主張を「支持する」は75%、「支持しない」は16%だった。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311110473.html?ref=reca

小泉元首相の原発関連の発言について見てみよう。小泉は、核廃棄物の最終処分問題が決着することができず、自民党支持者も含めた世論の多くが原発廃炉を支持しているとして、「原発ゼロ」を主張している。代替案を提示していないから無責任だなどとする自民党や読売新聞などの批判については、福島第一原発事故以後、核廃棄物の最終処分場が確保できるというほうが無責任であると切り返し、「原発ゼロ方針」が定まれば、再生可能エネルギーなどの代替手段の開発は促進されるとしている。今、原発廃炉については野党はみな賛成であり、安倍首相が決断すれば、すぐにも「原発ゼロ」方針が確定するとして、安倍首相に「原発ゼロ」方針の確定を求めている。

これらは、もちろん、おおむね正論である。ただ、小泉の場合、過去の原発推進政策の問題点や、福島第一原発事故による被曝など、過去の責任問題について注意深く言及をさけていることに注目しなくてはならない。彼は、未来ー問題点と可能性ーと、世論について言及し、過去の責任について語らない。その意味で、高度経済成長期の自民党政権と同一のスタンスにたっているといえる。

また、小泉の議論は、自民党政権を長期にわたって継続しようという意図のもとに行っていることにも注目しなくてはならない。この記者会見の中でも、自身が首相時に行った靖国参拝を正当化し、日本が「米国」の「同盟国」を強調している。そして、「原発ゼロ」方針の確定については、自民党と安倍政権が主導することをまず求めている。2012年の衆議院選挙と2013年の参議院選挙において自民党が勝利し、世論調査においても安倍政権の支持率はかなり高いが、反原発も多くの人が支持されていると報道されている。前述した朝日新聞世論調査においても、小泉発言は約60%の人によって支持されている。このような世論とのねじれを解消することが、自民党政権を長く継続するために必要であると考えているということも、これらの発言の背後にあるのだろう。

ということで、小泉の発言の背景は複雑であり、「権力をめぐる政治」の一環をなしているといえる。しかし、それでも「権力をめぐる政治」の中で、「反原発」が浮上してきたということは、3.11以後の重要な変化といえる。「反原発」を求める世論の高まりと、選挙結果や内閣支持率との矛盾。その矛盾の解消が一つの政治課題になっていることが、小泉元首相ー本人の意図はともかくとしてーの発言で露呈されたのである。

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山本太郎参院議員が園遊会において福島原発事故について訴えた手紙を天皇に手渡した「事件」の決着が11月8日についた。そのことを伝える毎日新聞のネット配信記事をみておこう。

山本太郎氏処分:天皇の「政治利用」議論深まらず 
毎日新聞 2013年11月08日 23時49分(最終更新 11月08日 23時56分)

 秋の園遊会で山本太郎参院議員(無所属)が天皇陛下に原発事故の現状を訴える手紙を手渡した問題は8日、山崎正昭参院議長が山本氏を厳重注意し、皇室行事の出席を禁止する処分を伝え、ひとまず決着した。与野党は前例のない山本氏の行動を「非常識な行為」と位置付けたものの、調整は「懲罰」に傾き、政治的に中立な天皇の「政治利用」に関する論議は深まらなかった。

 「参院議員として自覚を持ち、院の体面を汚すことがないよう肝に銘じて行動してほしい」

 山崎氏は8日昼、国会内に山本氏を呼び、こう諭した。山本氏は「猛省している」と陳謝した。これまでに山本氏は手紙を手渡した理由として、福島第1原発事故に関して「子供たちの健康被害、原発作業員の労働環境の実情を伝えたかった」と述べ、「政治利用ではない」と釈明していた。

 憲法は国民主権を原則としており、4条で「天皇は国事行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と定めている。しかし、山本氏の行動は原発事故対応という政治課題に天皇陛下を巻き込んだともいえ、「文書を手交すること自体が政治利用ではないか」(石破茂自民党幹事長)との批判が浮上。自民党からは自発的辞職を求める強硬論も出ていた。

 ただ、前例のない事態のため、政治利用に該当するかどうかまで踏み込んだ議論に至らないまま、結論までに1週間を要した。参院議院運営委員会の理事会では「憲法などに照らして懲罰には値しない」(共産党)として、厳罰処分には慎重な意見もあった。

 皇室の政治利用を巡っては、これまでも議論が続いてきた。高円宮妃久子さまの9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会への出席や、天皇陛下が出席する形で4月に安倍政権が開いた「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」は、いずれも政権の意向や要望に沿ったもので、野党側は「政治利用に当たる」と批判している。

 昭和史や皇室の歴史に詳しいノンフィクション作家の保阪正康さんは「山本氏の行動は国会議員の資質に欠けるが、政治利用というのは一定勢力による行為を言い、今回は違う」と指摘。その上で「一部で処分を議論するより、皇室と政治のあり方について山本氏に所信を述べさせるなど、国会全体で議論すべきだった」と話した。【影山哲也、飼手勇介】http://mainichi.jp/select/news/20131109k0000m010130000c.html

結局のところ、「皇室行事への参加禁止」ということになった。そもそも、国政の権能を有さない天皇に対して国政上のことを記した手紙を国会議員が手渡すこと自体が不適当であるが、「園遊会」自体が憲法上の公的儀式ではないともいえる。私自身は、山本太郎の行為は明白な違法性はなく、そのことについて特別のペナルティーを課すべきではなかったと思う。すでに、このブログで述べたように、2004年の園遊会において「政治利用」的発言をした東京都教育委員の米長邦雄は、与野党とも責任を問う声は全くなく、朝日新聞が「政治利用」にあたるのではないかと社説で批判したが、ペナルティーが必要とまでは論じていない。1901年の田中正造の「直訴」も、すでに議員は辞職しており、不敬罪にあたるのでないかという声もあったが、意志においても行為においても不敬にはあたらないとして、結局無罪であった。

結局、山本太郎の「皇室行事への参加禁止」ということになったが、そのことの「不当性」はともかくとして、自民党を中心とした山本太郎を批判した政治家たちの「気分」をうまく現したものだと考える。

彼らの主張である、憲法の規定にしたがって天皇の政治利用をすべきではないということは、元々は彼らが言ってきたことではない。たとえば、2004年の米長邦雄発言に対する朝日新聞の批判のような、彼らが「対峙」していると思っている側の論理をかりたものでしかないのである。主権回復の日式典への天皇出席やIOC総会における高円宮妃出席など、政権与党は合法的に「政治利用」してきた。そして、また、2004年の米長発言に対しては、内閣とは無関係であったにもかかわらず、与野党とも批判すらしていなかった。「天皇の政治利用」について、自分たちの側が行う限り、批判することはなかったのである。

結局のところ、山本太郎という、反原発派であり自分たちの対極にあると考えられる議員が、「天皇の政治利用」と目される行為をしたということに憤激したといえるのではなかろうか。そして、彼らとしては、山本の「自発的辞職」を期待したが、そうはならなかった。しかし、正式に懲罰動議にかけるとなると、「天皇の政治利用」自体が懲罰理由になりうるという先例を残してしまう。それゆえ、正式な懲罰ではなく、ほとんど法的根拠が希薄な「皇室行事への参加禁止」という措置になったのだと思う。

そして、また、山本太郎個人への「皇室行事への参加禁止」ということは、山本太郎に批判的な議員の本音をよく現しているといえる。つまり、天皇に近付いて、「政治利用」をするなと、山本太郎個人に命じたのであって、「政治利用」自体は禁止されてはいないのである。そういう意味をもった「皇室行事への参加禁止」なのである。

そして、「皇室行事への参加禁止」ということは、たぶん直接には山本太郎の参院議員としての職務遂行には影響しないことであるといえる。園遊会などは、もちろん国政ではないが、さりとて憲法上の国事行為でもない。そういうことは、本来の「政治」ではないのである。このことが、帝国憲法とは違った日本国憲法体制の特質を語っているといえる。

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山本太郎が園遊会にて天皇に手紙を渡した件については、参院が何らかの処分をするだろうということが伝えられている。例えば、日本経済新聞は、次の記事をネット配信している。

山本太郎氏「議員辞職しない」 参院が処分検討
2013/11/5 19:16

 参院議院運営委員会の岩城光英委員長は5日、天皇陛下に手紙を渡した山本太郎参院議員と会い、出処進退に関する意見を聞いた。山本氏は「自分自身で職を辞することはない」と述べた。議運委は6日の理事会で、山本氏の処分を検討する。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0502G_V01C13A1PP8000/

さて、今回の園遊会において山本太郎が天皇に原発関連の手紙を手渡したことが「天皇の政治利用」にあたるとされた件の前例の一つとして、このブログでは、2004年10月園遊会における東京都教育委員を勤めていた米長邦雄の発言をあげた。もう一度、朝日新聞の記事(2004年10月28日配信)をみておこう。

国旗・国歌「強制でないのが望ましい」天皇陛下が園遊会で

 天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。

 米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。

 天皇が国旗・国歌問題に言及するのは異例だ。

 陛下の発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。

 「日の丸・君が代」をめぐっては、長年教育現場で対立が続いてきた。東京都教委は昨秋、都立校の式典での「日の丸・君が代」の取り扱いを細かに規定し、職務命令に従わない教職員を大量に処分。99年に教育委員に就任した米長さんは、こうした方針を推進する発言を繰り返してきた。

(10/28)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200410280332.html

この件につき「ネット記事などを参照できないので、もはや記憶でしかいえないのであるが、この米長について、教育委員などの公職を辞任せよという声はなかったように思う」と、前々回のブログでは述べた。その後、当時の三大紙(朝日新聞・毎日新聞・読売新聞)をあたってみた。この三大紙のうち、読売新聞は、10月29日付朝刊でほとんど論評ぬきに小さく園遊会でのやり取りを伝えている。

毎日新聞は10月29日付朝刊の1面でこのやり取りを伝えているとともに、同日夕刊において当時の閣僚の反応も報道しているが、朝日新聞ほどではない。

朝日新聞は、最も詳しくこの件を報道している。10月28日付で発信された前述の記事は10月29日付朝刊に掲載された。その後、閣僚などの反応も比較的詳しく伝えるとともに、この件を社説にとりあげて論評している。そこで、ここでは、朝日新聞を中心にみていくことにしたい。

前述のように、10月29日付朝刊で第一報を伝えた朝日新聞は、同日付夕刊で、当時の小泉自民党内閣の閣僚らの発言を伝えている。まず、それをみておこう。

憲法の趣旨「反しない」 陛下発言で閣僚ら

 天皇陛下が園遊会で、国旗・国歌について「強制になるということではないことが望ましい」と発言したことについて、29日午前の閣議後の記者会見で、閣僚の発言が相次いだ。細田官房長官は「宮内庁からは、これまでの政府見解とも一致しており、特定の施策について見解を述べたものではない、との報告を受けている。特に問題ないと考えている。天皇陛下は象徴としてのお立場を十分ご理解になったうえでご発言になっており、天皇は国政に関する権能を有しないという憲法の趣旨に反することはない」と述べた。
 細田長官は、教育現場で国旗・国歌が強制されている現状が発言につながったのではないかという見方について、「あまり憶測することは適当ではない気がする」と述べるにとどめた。
 中山文部科学相は「国旗・国歌については、喜んで自発的に掲揚したり斉唱したりすることが望ましいと言うことを述べられたのだと思う」と語った。東京都教委が「日の丸・君が代」の扱いに絡んで、昨秋、職務命令に従わない教職員を大量に処分したことについては「校長が学習指導要領に基づいて、法令の定めるところに従って、所属する教員に対して職務を命ずることは、当該教職員の思想信条の自由を侵すことにはならない」との見解を繰り返した。
 南野法相も「陛下は国旗・国歌(の掲揚・斉唱)は自ら進んで行うのが望ましい、という気持ちをおっしゃったのだと思う」と語った。東京都教委の処分については「おひとりおひとりの価値観。自主性にお任せしてもいいのではないか」と述べた。

この記事では、まず、基本的に、「国旗・国歌は強制でないのが望ましい」という天皇の発言が国政上の問題にふれたもので、憲法に抵触するかいなかということが問われていて、閣僚らは「憲法に抵触しない」と答えているといえよう。そして、米長の発言が「天皇の政治利用」にあたるのではないかとだれ一人指摘していないのである。そして、中山成彬文科相(当時)は、米長ら東京都教委が推進していた国旗・国歌政策を支持してもいるのである。

そして、10月30日付朝日新聞朝刊では、小泉純一郎首相(当時)と岡田克也民主党代表(当時)の対応が報道されている。

天皇の国旗・国歌発言 「ごく自然に受け止めを」 首相

 天皇陛下が秋の園遊会で学校での国旗・国歌について「強制になるということではないことが望ましい」と述べたことについて、小泉首相は29日、「ごく自然に受け止められたいいんじゃないですか。私もそう思いますね。あまり政治的に取り上げない方がいいんじゃないですか」と語った。首相官邸での記者団の質問に答えた。

「陛下のお考え伝わる方向に」 民主・岡田代表

 民主党の岡田代表は29日、天皇陛下が園遊会の席上、国旗・国歌問題で「やはり強制になるということが望ましい」と発言したことについて「陛下も人間ですし、当然いろんなお考えをお持ちですから、何も言えないということはおかしいと思う。一般論として申し上げるが、自由に自分の考えが伝えられるような方向に持っていくべきじゃないか」と語った。視察先の横浜市青葉区で記者団が「天皇の政治的発言という声もあるが、どう思うか」と質問したのに答えた。

このように、立場は違うが、両者とも天皇の発言を擁護するということでは一貫している。そして、両者とも、米長の園遊会での発言自体を問題にしたとは報道されていないのである。

閣僚も野党党首も、米長の発言を「天皇の政治利用」という意味で批判しない中、朝日新聞は社説「国旗・国歌 園遊会での発言に思う」(2004年10月30日付朝刊)で、米長の発言を批判した。この社説では、園遊会でのやりとりを伝え、天皇の発言は政府見解にそったもので憲法の趣旨に反しないと主張した後、次のように述べている。

 

今回の場合、波紋の原因はむしろ、米長さんが国旗・国歌のことを持ち出したところにあるのではないか。
 米長さんが委員を務める東京都教育委員会は、今春の都立校の卒業式で国旗を飾る場所や国歌の歌わせ方など、12項目にもわたって事細かく指示し、監視役まで派遣した。そして、起立しなかった250人の教職員を処分した。処分を振りかざして国旗の掲揚や国歌の斉唱を強制するやり方には、批判も多かった。
 国旗・国歌のように鋭い対立をはらんでいる問題は、天皇の主催行事である園遊会の場にふさわしくない。
 米長さんの発言に対して天皇陛下があいまいな応答をすれば、そのこと自体が政治的に利用されかねない。陛下が政府見解を述べたことは、結果としてそれを防いだとも言えよう。
 米長さんの発言は「教育委員のお仕事、ご苦労さまです」という陛下の言葉に答えて飛び出した。国旗・国歌問題を意図的に持ち出したどうかはわからない。もし意図的でなかったとしても、軽率だった言わざるを得ない。
 東京都の石原知事は「天皇陛下に靖国神社を参拝していただきたい」と述べている。靖国参拝は外交にも絡む大きな政治問題だ。とても賛成できない。宮内庁が慎重な姿勢を示したのは当然だ。
 天皇が政治に巻き込まれば象徴天皇制の根幹が揺らぐ。園遊会発言を機に、このことをあらためて確認したい。

このように、朝日新聞は、米長の発言を「政治利用」につながりかねないと批判したのである。

さて、ここでまとめてみよう。米長邦雄が園遊会で発言した際、そのこと自体が「天皇の政治利用」にあたるとは、小泉自民党内閣の首相、閣僚たちも、野党民主党の党首も、指摘していなかった。ゆえに、当時の与野党のだれからも、米長邦雄に東京都教育委員などの公職の辞任をせまる声は出ていないのである。

といっても、朝日新聞の社説にみるように、米長の発言が「天皇の政治利用」にあたるのではないかという意見は出ていた。しかし、それでも、その発言ゆえに公職を辞任せよとまではいっていないのである。

今回の山本太郎の場合、今度は与党の閣僚や議員を中心に「天皇の政治利用」を意図したと批判され、参議院議員の辞職要求まで出ている。その論理は、まるで2004年の米長発言を批判した朝日新聞の社説を読んでいるようだ。

結局、園遊会で天皇に伝えようとした内容にしたがって評価が違っているというしかないだろう。学校現場で国旗掲揚、国歌斉唱を進めるという米長の発言にはペナルティーが課せられることはなく、原発問題の深刻さを伝えようとして手紙を渡そうとした山本の行動については議員辞職も含めたペナルティーが要求されている。

内閣を通じて表明されていないことは同じだが、国旗・国歌ならば「政治利用」ではなく、原発問題ならば「政治利用」とされる。まさに、ここで、「天皇の政治利用」についてのダブルスタンダードが明白に現れているのである。

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さて、山本太郎の行動に対する閣僚や議員たちの反応は前回のブログでみてきた。しかし、いわゆる「識者」という人びとの対応では、二様の評価に分かれている。まずは、朝日新聞がネット配信した記事をみてみよう。

山本太郎議員の行動、識者の見方は 園遊会で陛下に手紙
2013年11月2日08時01分

 10月31日の園遊会で、天皇陛下に手紙を渡した山本太郎議員の行動について、明治時代に天皇に直訴した田中正造になぞらえる向きもある。元衆院議員の田中は1901年、足尾銅山(栃木県)の鉱毒に苦しむ農民を救おうと明治天皇の馬車に走り寄り、その場でとらえられた。

陛下に手紙「政治利用」か?
 「田中正造における憲法と天皇」の論文がある熊本大の小松裕教授(日本近代思想史)は、(1)田中は直前に辞職し個人で直訴したが、山本氏は議員の立場を利用した(2)明治天皇には政治権力があったが、今の天皇は象徴で何かできる立場ではない、という点で「同一視できない」とみる。

 山本氏には「公人の立場を考えるべきだった」と指摘しつつ、政府内の批判にも違和感があるという。天皇陛下が出席した4月の主権回復式典を踏まえ、「政府の方こそ利用しようとしており、あれこれ言う資格はない」。

 一方、栃木県の市民大学「田中正造大学」の坂原辰男代表(61)には、環境や住民を顧みず開発を続けた当時の政府と、福島で大きな被害を出しながら原発再稼働を進める現政権が重なる。「善悪の判断は難しいが、正造が生きていたら同じ行動をしたと思う」

     ◇

■批判、公平でない

 山口二郎・北海道大教授(政治学)の話 今の天皇、皇后のお二人は戦後民主主義、平和憲法の守り手と言っていい。しかし主張したいことは市民社会の中で言い合うべきで、天皇の権威に依拠して思いを託そうと政治的な場面に引っ張り出すのは大変危うく、山本議員の行動は軽率だ。一方で、主権回復式典の天皇出席や五輪招致への皇族派遣など、安倍政権自体が皇室を大規模に政治利用してきた中、山本氏だけをたたくのは公平ではない。山本氏も国民が選んだ国会議員であり、「不敬」だから辞めろと言うのは、民主主義の否定だ。

■政治利用と言うには違和感

 明治学院大の原武史教授(政治思想史)は、「今回の行為を政治利用と言ってしまうことには違和感がある。警備の見直しについても議論されるなど大げさになっており、戦前の感覚がまだ残っていると感じる。政治利用というならば、主権回復の日の式典に天皇陛下を出席させたり、IOC総会で皇族に話をさせたりした方がよほど大きな問題だと感じる」と話した。

 原教授は自身のツイッターで、「山本太郎議員の『直訴』に対する反発の大きさを見ていると、江戸時代以来一貫する、直訴という行為そのものを極端に忌避してきたこの国の政治風土について改めて考えさせられる」ともつぶやいた。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010580.html

この朝日新聞の記事は、①先行者とされる田中正造との関連における評価、②現代の社会状況における評価を二組の識者に聞いたものである。①については、小松裕が田中正造と同一視できないと答えているが、坂原辰男は現政権と足尾鉱毒事件時の明治政府の対応は重なっており、田中正造が生きていたら同じ行動しただろうとしている。

②については、どちらも現政権の政治利用のほうが問題は大きいとしながらも、山口二郎が天皇の権威を利用して主張すべきではなく山本の行動は軽率だと批判しているのに対し、原武史は政治利用というには違和感がある、前近代以来直訴というものを忌避してきた日本の政治風土の問題であるとした。

この朝日新聞の記事では、歴史的にも、現状との関連においても、山本の行動への評価は大きく二つに分かれている。これは、私が個人的に使っているフェイスブックを通じて表明される「友達」の反応もそうなのだ。ある人たちは反原発運動を進めるためや、政府による「天皇の政治利用」の問題性をあぶり出す効果があるなどとして山本の行動を評価する。しかし別の人たちは、現行憲法では天皇は国政に関与できないのであり、あえて反原発運動に同意を求めることは、戦前の体制への回帰につながるなどとして、山本の行動を批判的にみているのである。

実は、1901年12月10日の田中正造の直訴においても、このように二つに分かれた評価が同時代の社会主義者たちでみられた。現在、田中正造の直訴は、彼の単独行動ではなく、毎日新聞記者(現在の毎日新聞とは無関係)で同紙において鉱毒反対のキャンペーンをはっていた石川半山(安次郎)、社会主義者で万朝報(新聞)記者であった幸徳秋水(伝次郎)と、田中正造が共同で計画したことであったことが判明している。幸徳は、直訴状の原案を書くなど、この直訴に多大な協力をした。田中正造の直訴後の12月12日、幸徳秋水は田中正造に手紙を書き送っているが、その中で直訴について次のように述べている。

兎に角今回の事件は仮令天聴ニ達せずとも大ニ国民の志気を鼓舞致候て、将来鉱毒問題解決の為に十分の功力有之事と相信じ候。(『田中正造全集』別巻p42)

幸徳は、直訴が天皇に達しなくても、国民の世論を大いに刺激することで、鉱毒問題の解決に効果があるとここでは述べている。社会主義者の幸徳が「天聴」という言葉を使っていることは興味深い。とりあえず、幸徳は直訴を評価しているといえる。

一方、キリスト教系社会主義者で、毎日新聞記者でもあった木下尚江は、鉱毒反対運動にも関わっていたが、直訴には批判的であった。次の資料をみてほしい。

(田中正造の直訴は)立憲政治の為めに恐るべき一大非事なることを明書せざるべからず、何となれば帝王に向て直訴するは、是れ一面に於て帝王の直接干渉を誘導する所以にして、是れ立憲国共通の原則に違反し、又た最も危険の事態とする所なればなり(木下尚江「社会悔悟の色」、『六合雑誌』第253号、1902年1月15日)

木下尚江の直訴批判は、まるで山口二郎の山本批判のようである。明治期においても、天皇の政治への直接干渉をさけることを目的として天皇への直訴を批判するという論理が存在していたのである。

このように、天皇に対する「直訴」は、1901年の田中正造の場合でも評価がわかれていたのである。運動のために有利なことを評価するか、天皇の政治への直接介入をさけることを目的として批判するか。このような二分する評価は、100年以上たった山本太郎の行動をめぐっても現れているのである。

なお、田中正造と山本太郎の「直訴」行動自体の比較は、後に行いたいと考えている。

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さて、2013年10月31日、天皇・皇后が主催する秋の園遊会で、そこに招かれた参議院議員である山本太郎が天皇に福島原発問題についての「手紙」を手渡すという「出来事」があった。まず、そのことを伝える毎日新聞の記事をあげておこう。

秋の園遊会:山本太郎議員が突然 陛下に手紙手渡す
毎日新聞 2013年10月31日 19時51分(最終更新 10月31日 20時08分)

 天皇、皇后両陛下が主催する秋の園遊会が31日、東京・元赤坂の赤坂御苑であり、山本太郎参院議員(無所属)が天皇陛下に突然手紙を手渡す場面があった。手紙はすぐに側近の侍従長が預かった。山本議員の行為は、皇室の政治利用に抵触する可能性があり、宮内庁幹部は「天皇に国政の権能がないことは憲法に明記されており、ねぎらいの場である園遊会にふさわしくない」と語った。

 山本議員は31日夕、国会内で取材に応じ、手紙の内容は福島の原発被害に関するものだと明らかにした。その上で「一人の人間として思いをお伝えした。政治利用は全くない」と話した。

 一方、菅義偉官房長官は記者会見で「その場にふさわしいかどうか常識的に判断することだ」と述べ、不快感を示した。

 園遊会に招かれる国会議員は、宮内庁が人数を指定したうえで、衆参の事務局に推薦を依頼している。【長谷川豊、青島顕】
http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20131101k0000m040039000c.html

この山本太郎の行為に対し、閣僚や与野党議員から、批判の声が出ている。朝日新聞がネット配信した記事をここでみておこう。

山本太郎議員に辞職求める声 園遊会で陛下に手紙渡す
2013年11月1日12時30分

 10月31日の秋の園遊会で天皇陛下に手紙を渡した山本太郎参院議員(無所属)に対し、1日、議員辞職を求める声が相次いだ。自民党の脇雅史参院幹事長は党役員連絡会で「憲法違反は明確だ。二度とこういう事が起こらないように本人が責任をとるべきだ」と要求した。

山本太郎氏が陛下に手紙、参院議運理事会が対応協議
 下村博文文部科学相も「議員辞職ものだ。これを認めれば、いろんな行事で天皇陛下に手紙を渡すことを認めることになる。政治利用そのもので、(足尾銅山鉱毒事件で明治天皇に直訴を試みた)田中正造に匹敵する」と批判した。

 公明党の井上義久幹事長は「極めて配慮にかけた行為ではないかと思う」と述べた。同党の太田昭宏国土交通相も「国会議員が踏まえるべき良識、常識がある。不適切な行動だ」と批判。古屋圭司国家公安委員長は「国会議員として常軌を逸した行動だ。国民の多くが怒りを込めて思っているのではないか」と資質を問題視した。田村憲久厚生労働相は「適切かどうかは常識に照らせばわかる」、稲田朋美行政改革相は「陛下に対しては、常識的な態度で臨むべきだ」と不快感を示した。

 民主党の松原仁・国会対策委員長も「政治利用を意図したもので、許されない」と批判。日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長も大阪市役所で記者団に「日本国民であれば、法律に書いていなくても、やってはいけないことは分かる。陛下に対してそういう態度振る舞いはあってはならない。しかも政治家なんだから。信じられない」と批判した。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010050.html

他方で、今まで、どんな形で、「天皇の政治利用」が問題になったのであろうか。もっとも比較対象となるのが、2004年10月園遊会における東京都教育委員を勤めていた米長邦雄の発言だろう。朝日新聞は、次のように2004年10月28日に伝えている。

国旗・国歌「強制でないのが望ましい」天皇陛下が園遊会で

 天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。

 米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。

 天皇が国旗・国歌問題に言及するのは異例だ。

 陛下の発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。

 「日の丸・君が代」をめぐっては、長年教育現場で対立が続いてきた。東京都教委は昨秋、都立校の式典での「日の丸・君が代」の取り扱いを細かに規定し、職務命令に従わない教職員を大量に処分。99年に教育委員に就任した米長さんは、こうした方針を推進する発言を繰り返してきた。

(10/28)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200410280332.html

これは、東京都教育委員会が押し進めている公立学校に対する国旗・国歌の強制という「政策」を説明するもので、暗に天皇に同意を求めていたといえる。国旗・国歌法の成立時の議会において政府側は「強制はしない」と述べており、この発言に対して、天皇は政府答弁にそった形で応対している。ネット記事などを参照できないので、もはや記憶でしかいえないのであるが、この米長について、教育委員などの公職を辞任せよという声はなかったように思う。

そして、最近では、主権回復の日記念式典への天皇・皇后の出席や高円宮妃のIOC総会出席などが「政治利用」にあたるのではないかと指摘されている。山本太郎もそのことを主張しているようである。次の11月1日の朝日新聞のネット配信記事(一部)をみてほしい。

ただ、皇室の政治利用をめぐる議論は絶えない。時の政権が天皇の公的行為を使って問題の打開を図るような事例が起きた。そのたびに、なし崩し的に皇室の活動を広げ、政治利用に道を開くことを懸念する声があがってきた。

 今年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会への高円宮妃久子さまの出席を、下村文科相らが宮内庁に強く働きかけた。今年4月に安倍政権が主催した「主権回復の日」式典では、閉会後に天皇・皇后両陛下が退出する際、会場から「天皇陛下万歳」のかけ声が起き、壇上の安倍晋三首相も万歳をした。

 民主党政権時代の2009年には、鳩山内閣が天皇陛下と来日した習近平(シーチンピン)・中国国家副主席(当時)との会見を慣例に反する形で実現させた。

 こうした際には国会は、天皇陛下や皇室に働きかけた政治家たちの「処分」は検討していない。山本氏は1日の参院議運委の出席後、記者団に語った。「僕が政治利用で裁かれるなら、他のことも協議される必要がある」
http://www.asahi.com/articles/TKY201311010583.html

このような批判に対し、「主権回復の日」式典については、自民党の石破茂幹事長が次のように反論している。

自民党の石破茂幹事長は2日、山本太郎参院議員(無所属)が園遊会で天皇陛下に手紙を渡したことが政治利用と指摘されていることに関連し、「(天皇陛下が出席した)『主権回復の日』式典は政府主催だ。山本議員は特定の主張を陛下に手渡した。全く性質が違う」と強調した。札幌市での講演で語った。政権が4月に開催した主権回復の式典では、天皇陛下が退席する際に安倍晋三首相を含む出席者が万歳をし、山本氏が政治利用だと指摘していた。
(『朝日新聞』朝刊2013年11月3日号)

IOC総会における高円宮妃の出席については、当時から皇室の政治利用にあたるのではないかという声が宮内庁などからもあり、菅官房長官が反論している。興味深いことに、このことについては、下村文科相の主導性が際立っている。

高円宮妃久子さまIOC総会出席へ/宮内庁長官、政治と距離「苦渋の決断」/菅官房長官は長官発言を批判

 宮内庁は2日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで現地時間7日に開かれ、東京も立候補している2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会に、高円宮妃久子さまが出席し、スピーチをされると発表した。
 スピーチは東日本大震災の被災地支援への謝意を伝える内容としている。政治的な活動と距離を置く皇室の立場として、宮内庁は招致活動への関与を否定してきたが、招致活動の最高潮となる場面に登壇するだけに、風岡典之(かざおか・のりゆき)長官は「苦渋の決断」とし、「天皇、皇后両陛下も案じられていると推察した」と話した。
 一方、ブエノスアイレス入りした東京都の猪瀬直樹知事は久子さまの総会出席を「本番での登場という良い形ができた」と歓迎。「われわれの希望をつくるためにも思いの丈を述べていただきたい」と期待した。
 宮内庁によると、久子さまは3日から9日までの日程でアルゼンチンを訪問。当初は総会には出席せずに、滞在期間中にIOC委員に会ったり、総会前日のレセプションに出席したりして、震災支援への謝意を伝える予定だった。
 しかし、8月26日に下村博文文部科学相が宮内庁を訪れ風岡長官に「招致活動とは切り離してIOC委員にお礼を述べてほしい」と久子さまの総会出席を要請。さらに杉田和博官房副長官からも同様の要望があったという。
 総会でのスピーチは東京のプレゼンテーションの持ち時間に行い、猪瀬直樹東京都知事らがプレゼンをする前に、久子さまが登壇するという。
 風岡長官が下村文科相から要請を受けた際は、両陛下は長野県軽井沢町で静養中。風岡長官は両陛下が31日に帰京するのを待って報告したが、「過去の皇室の対応に鑑みると、両陛下も案じられているのではと推察した」と話した。
 ▼宮内庁長官発言を批判 菅氏「非常に違和感」
 菅義偉官房長官は3日の記者会見で、2020年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会への高円宮妃久子さまの出席をめぐる風岡典之宮内庁長官の発言を「天皇、皇后両陛下の思いを推測して言及したことに非常に違和感を感じる」と批判した。
 風岡氏は2日、東京への招致活動を政治的な活動とする立場から、出席を「苦渋の決断」とし「天皇、皇后両陛下も案じられていると推察した」と述べた。
 菅氏の批判は「出席要請は国民の理解を得られる」(官邸筋)と判断しているためだ。風岡氏の発言により日本政府が分裂していると各国に受け取られることを懸念した。
 会見で菅氏は、官邸から文部科学省を通じて宮内庁側に久子さまのIOC総会出席を要請したことを認めた上で「皇室の政治利用、官邸からの圧力であるという批判は当たらない」と反論。下村博文文部科学相も会見で「五輪は平和の祭典で、政治利用には当たらない」と強調した。
 久子さまにIOC総会への出席を要請した理由について菅氏は「日本サッカー協会名誉総裁をはじめ非常にスポーツ全般に多くの努力をされており、世界のスポーツ界にも極めて信頼の厚い方だ」と説明。「IOC総会を通じて震災復興への支援に謝意を表していただく」と述べた。
 安倍政権は「五輪のプレゼンテーションの直前に震災復興支援への謝意を示していただくのであれば、ぎりぎりで『政治利用』には当たらない」(政府筋)との理屈だ。五輪招致に国民の支持が高まっていることもあり、批判は受けないとの計算もあった。
 (共同通信)
2013/09/04 11:3
http://www.47news.jp/47topics/e/245305.php

確かに憲法上は、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」(第三条)であり、違憲にはならないだろう。しかし、内閣の助言・承認があれば天皇に何でもさせるというのは、究極の「政治利用」になるとはいえないだろうか。他方で、園遊会の席上で、自らの政治的信念を伝えようとした山本太郎に「政治利用」という名目で辞職をせまるということは、甚だしく公平を欠くのではなかろうか。

山本太郎の行動が適切であったかどうかは、田中正造の直訴を含めて、後で論じてみたいと思う。ここでは、「天皇の政治利用」で山本太郎に議員辞職を迫る人びと自体においても「天皇の政治利用」という問題があるのだということを確認しておくことにする。

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昨年来、首都圏反原発連合主催の金曜日の官邸前(国会前)抗議行動は続いている。昨年、万単位の参加者があったが、今は、それほどの参加者はない。しかし、今も、昨年定式化された、官邸前スピーチエリア、国会前スピーチエリア、ファミリーエリアの三ヵ所で行うという形は、今でも継続されている。

私は、8月9日、ファミリーエリアにいた。他のところは通していたことがないので雰囲気はわからないが、ここでも、「原発いらない」「再稼働反対」などのシュプレヒコールがあり、一般参加者のスピーチを行っている。ここでは、終わりのほうで「コール・リレー」というものが行われ、ドラム隊のサウンドにのって、一般参加者がシュプレヒコールをリズムカルにシャウトするという催しが定番となっている。

ずっと、スピーチを聞いていると、「なるほど」と思わせるものが多い。それぞれの取り組みの宣伝もあり、いわゆる情報提供もある。また、心情告白みたいなものもある。メモをとっていないので、あまり紹介できないのが残念である。

その中で、記憶に残ったスピーチを紹介する。まず、スピーチ者の写真をみてほしい。

金曜抗議行動におけるスピーチ(2013年8月9日)

金曜抗議行動におけるスピーチ(2013年8月9日)

このスピーチ者は、「原発廃炉」「損保業界は地震国の原発リスクを表明しろ」「電力業界は核廃棄物で地球を汚すな」「横浜○○損害保険事務所」とかかれた幟をもっている。このスピーチ者は、自分のことを「商店街のおやじ」と述べていた。たぶん、損害保険事務所を経営しているのだろう。

そして、この幟作成は、「一人でもできること」と言っていた。商店街によく宣伝用の幟があるが、それを使ったとのことである。聞きそびれたが、ふだんから、この幟は店の前に掲示されているのかもしれない。

そして、この文言にも意味がある。まず「損保業界は地震国の原発リスクを表明しろ」という文言であるが、これは、スピーチ者自身も属している損害保険業界にむけたものである。日本は地震が多い。そのことを考えると、本来、日本の原発の損害保険料は莫大なものにせざるをえないはずで、そのことからも、原発は経済的に優位とはいえないはずになるということになるということである。

他方、「電力業界は核廃棄物で地球を汚すな」という文言にも微妙な含意がある。スピーチ者は、メーカーには製造することで人に害をあたえてはならない責任があるはずだという。その例として「薬害」などをあげていた。しかし、原発供給電力を販売している東京電力などの電力会社は、原発で電力を製造することで、薬害にすら比較にならないほどの害がある核廃棄物を作り出している。メーカーとしての責任を自覚すべきだといい、そのことで、料金支払いのたびに電力会社(たぶん、東京電力だろう)の担当者に話しているのだと言っていた。

そして、このような行動について、スピーチ者は「ショー・ザ・フラッグ」(Show the flag)だといっていた。

「ショー・ザ・フラッグ」という言葉が有名になったのは、2001年9月11日の同時多発テロ直後のことである。それを伝える次の記事をみてほしい。この言葉が「日の丸を見せてほしい」と誤訳(たぶん、意図的に)され、アフガン攻撃の後方支援として、インド洋への自衛隊艦船派遣のつながっていったのである。とにかく、自衛隊の海外派遣を実現するために、意図的に「ショー・ザ・フラッグ」の意味を曲げた日本政府。彼らには、旗は「日の丸」しかないのだろうか。

時事ー自衛隊派遣まで想定せず=
「ショー・ザ・フラッグ」の解釈に“異論”-駐日米大使
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20011005-00000326-jij-pol

 ベーカー駐日米大使は5日、日本記者クラブでの講演で、アーミテージ国務副長官が同時多発テロ事件に関する日本の対米支援について「ショー・ザ・フラッグ」と述べたことについて「これは英語の慣用句。『旗幟(きし)鮮明にせよ』ということを意味したのではないか。自衛隊派遣まで考えてなかったと思う」との見方を示した。
 アーミテージ氏の発言は柳井俊二駐米大使と会談した際に述べられたもので、日本国内では一般的に「日の丸を見せてほしい」と訳され、米側が自衛隊による後方支援を非公式に打診したと受け止められた。 (時事通信)[10月5日19時9分更新]
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/kak3/1310072.htm

もちろん、スピーチ者がいう「ショー・ザ・フラッグ」は「日の丸を見せろ」という意味ではない。「旗幟鮮明にせよ」という意味である。といっても、ここでも、実際の旗(といっても幟だが)が使われている。いわゆる思想内容ー「ショー・ザ・フラッグ」ーを示すための、視覚的表現として、実際の旗が用いられているのである。

人びとに「ショー・ザ・フラッグ」ー「旗幟鮮明にせよ」をせまるために、実際の「旗」を用いるというのは、本当にエレガントなレトリックだと思う。

そして、これは、他の人にもあてはまることである。「ショー・ザ・フラッグ」ー「旗幟鮮明にせよ」ということは、みなに求められていることなのである。

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昨日(2013年5月26日)、歴史学研究会という歴史関係の学会の大会が東京の一橋大学で開催された。この大会の現代史部会は、「対抗運動の可能性ー保守時代の構想と展開」という全体テーマで行われた。その中で、西田慎氏が「70年代西ドイツにおけるオルタナティブ勢力の形成ー緑の党を例に」という報告を行っていた。非常に興味深いので、ここで紹介しておこう。なお、この報告については、今年の秋にだされる歴史学研究会の機関誌『歴史学研究』に掲載される予定になっている。また、西田慎氏には『ドイツ・エコロジー政党の誕生ー「六八年運動」から緑の党へ』(昭和堂、2009年)、「反原発運動から緑の党へーハンブルグを例に」(若尾祐司・本田宏編『反核から脱原発へードイツとヨーロッパ諸国の選択』、昭和堂、2012年)という研究がある。前者は未見だが、後者は興味深く読んだ。

さて、西田氏の「70年代西ドイツにおけるオルタナティブ勢力の形成ー緑の党を例に」の紹介に戻りたい。まず、西田氏は「西ドイツにおけるオルタナティブ運動や政治的オルタナティブ勢力(緑の党やオルタナティブ・リスト等)の形成過程を通して、日本との違いを考えていきたい」(当日配布のレジュメより。なお、レジュメからの引用は出典を略す)と報告の課題を提起した。

西田氏によれば、緑の党などのオルタナティブ勢力の源流は西ドイツの68年運動=「議会外反対派」(APO)であるとされる。この「議会外反対派」の運動目標は、当時のキージンガー大連立政権(キージンガー首相が元ナチ党員)への反対、大学の民主化要求、ナチスの過去追及、ベトナム戦争への反対、非常事態法制定への反対であった。この議会外反対派は1970年頃に解体に向かい、政治的には、①私生活に退却、②社会民主党に入党して体制の中から改革実現をめざす、③テロ組織を結成して暴力革命をめざす(赤軍派など)、④新左翼諸集団を結成して革命をめざす(教条主義的新左翼Kグループなど)の四つの方向に分裂していった。

他方、西ドイツの68年運動は、社会変革の戦略と、自己変革の過程(「日常の政治化」、対抗文化)がわかちがたく結びついていたが、APOの解体以降、両者は分離していった。そして自己変革の過程の流れから75年以降オルタナティブ運動が生まれてきたと西田氏は述べた。

このオルタナティブ運動について、西田氏は「70年代に発生した、対抗文化を展開する運動。現体制を否定するだけでなく、それを越えてオルタナティブな社会、文化を対置しようとした」と定義した。オルタナティブ運動の具体的なものとして、西田氏はコンミューン(ブルジョワ家族の否定)、居住共同体(シェアハウス)、空き家占拠、田舎コンミューン(都市からの逃避)、オルタナティブ経営体、オルタナティブ・メディアをあげている。西田氏は、特にオルタナティブメディアの代表例として、日刊のターツ紙をあげ、「オルタナティブ運動や社会の周辺集団、女性運動、エコロジー運動、平和運動等のための代弁者としての立場を確立」したと述べた。

そして、反原発運動の展開を契機に、政治的オルタナティブ運動が生まれて来ると西田氏は主張している。そのきっかけが1973年のヴィールにおける反原発闘争であり、この闘争では、反対デモだけでなく、建設予定地の占拠も行った。そして、この反原発闘争に、運動への行き詰まりに直面していた新左翼のKグループが参加していった。

反原発闘争の展開は、他方で、独自に環境「政党」(「緑のリスト」)等を組織し、地方自治体選挙に挑戦する動きにつながっていくことになる。なお、「リスト」とは候補者名簿のことである。1977年にはニーダーザクセン州の一部自治体で議員が選出された。1979年には、ブレーメン市議会(州議会と同等)において、「緑のリスト」が初めて議席を獲得した。また、同年には、「それ(既成政党)以外の政治的結社・緑の党」という形で欧州議会選挙に参加し、予想外の善戦で、巨額の選挙補助金を獲得した。そして、この選挙補助金を前提に、全国政党「緑の党」が1980年に結党されたのである。

なお、このような「緑のリスト」などの運動は農村地域のエコロジー派が主導するもので、新左翼諸集団との間で亀裂を生むこともあったという。その中で、主に北ドイツの大都市で、環境保護だけにあきたらない新左翼グループが「多色のリスト」(緑と赤という意味)「オルタナティブ・リスト」を結成していった。西田氏は、事例としてハンブルグと西ベルリンをあげた。これらの「多色のリスト」「オルタナティブ・リスト」は、一時期緑の党と併存したが、最終的には、緑の党と合流することになっていったと西田氏は述べた。

西田氏は、このようなオルタナティブ勢力の特徴、意義、そして限界などについても述べたが、ここでは省略しておきたい。ただ、このような、西ドイツにおけるオルタナティブ勢力の形成過程をみて、いくつか感じたことを述べておきたい。

まず、緑の党などの源流が1968年の運動であるということが印象づけられた。日本において、1968年の運動は、全共闘運動に加わったという猪瀬直樹などのように、サブカルの出現を除いて、体制に包摂されたという傾向が強いといえる。西ドイツの場合、やはり政治的には挫折したといえるのだが、「70年代に発生した、対抗文化を展開する運動。現体制を否定するだけでなく、それを越えてオルタナティブな社会、文化を対置しようとした」オルタナティブ運動へとつながっていったことが違うといえる。そして、このオルタナティブ運動を前提として、政治的オルタナティブ運動が展開していったといえよう。いわば、単に、現体制を否定するだけでなく、「オルタナティブな社会、文化を対置する」ということがやはり必要なのだといえる。

他方で、いわゆるエコロジー派である「緑」と、新左翼的な「赤」との間の亀裂は、そう簡単に埋められなかったことも印象に強く残った。西田氏は、一時期西ベルリンの緑の党支部がネオナチの浸透作戦を受け右翼化したことがあったと述べている。エコロジー派は農村が中心で、一部に保守層が含まれているといえよう。対局には、共産主義(といっても中国共産主義の影響が強いのであるが)的な新左翼が存在していたのである。この両者の亀裂をうめることは、そう簡単ではなかった。

結局のところ、新左翼の影響の強い大都市では、「多色のリスト」「オルタナティブ・リスト」という形で議員候補者名簿を共有するという形で、議席獲得がはかられていくことになる。このようなことは、日本においても一つの課題になるのではないかと思うのである。

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