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Archive for the ‘美浜原発’ Category

5月24日~25日、福井県敦賀地方の原発(日本原子力発電敦賀発電所、日本原子力研究開発機構「ふげん」「もんじゅ」、関西電力美浜発電所)を見に行った。ここでは、まず、5月25日にいった関西電力美浜発電所の様子についてみておこう。

関西電力美浜発電所―美浜原発は、敦賀発電所(営業開始1970年)、福島第一原発(営業開始1971年)とほぼ同時期の1970年11月に営業を開始した。福島第一原発建設にかかわった豊田正敏(元東電副社長)は、「関西電力が同時期をつくっていて、そっちが早く運転開始しそうだという情報があったので、それとの競争になったんですよ」(『週刊現代』2011年5月28日号)と語っている。いうなれば、福島第一原発のライバルであった。

美浜原発は、福島第一原発とは、設計が異なっている。軽水炉であることは同じだが、福島第一原発は沸騰水型軽水炉(BWR)といって、原子炉本体の冷却水が沸騰して蒸気となり、それがそのまま蒸気タービンを回す。このBWRは、東電―東芝・日立側の原子炉仕様となっている。美浜原発は、加圧水型軽水炉(PWR)といい、原子炉自体を冷やす一次冷却水は加圧して沸騰させないで液体のまま蒸気交換機まで循環させ、そこで二次冷却水と熱交換して二次冷却水を蒸気にして、蒸気タービンを回すというものである。このPWRは、関西電力―三菱側の原子炉仕様となっている。

美浜原発1号機と2号機

美浜原発1号機と2号機

美浜原発3号機

美浜原発3号機

PWRは、二次冷却水が蒸気タービンを回すもので、BWRよりは効率が悪いが、より放射線漏れが少ないといわれている。しかし、重大事故が起きなかったわけではない。美浜原発には、1号機(営業開始1970年)、2号機(営業開始1972年)、3号機(営業開始1976年)と、三つの原発があるのだが、2004年、もっとも新しい3号機で二次冷却系の復水配管から蒸気がもれ、5人が死亡し、6人が負傷するという死亡事故が起きている。

この事故は、高温高圧の冷却水によって配管が摩耗して破損したことが原因とされている。それ自体は、火力発電所でも起こりうることで、二次冷却系のため、放射線もれはなかった。しかし、この配管は営業開始以来28年間、一度も点検されなかったという。杜撰である。

丹生・奥浦から田ノ口を望む

丹生・奥浦から田ノ口を望む

この美浜原発の立地については、前述してきた日本原子力産業会議編『原子力発電所と地域社会』(1970年)が、福島第一原発と比較しつつ、詳細な考察を行っている。ここでは、詳しく述べることを差し控えるが、美浜原発が立地した丹生地区は、部落規制の厳しい漁村であり、半数近く反対意見があったが、部落会での多数決により受け入れを決めている。

さてはて、ここでは、美浜原発のイメージをみておこう。広瀬隆の著作に『東京に原発を』というものがあるが、それを借りていえば、『漁村に原発を』という感じがする。若狭地方は、対馬暖流の影響で、比較的温暖であり、背後の山は照葉樹林である。そのような山を後ろにして、海岸線には、丹生の漁村が連なっている。敦賀半島には、このような漁村が多い。水を覗くと、透明度が高く、そこに生えている海藻がよくみえる。そして、少し離れた場所には砂浜があり、海水浴場が広がっている。海はエメラルドグリーンで、まるで南国のようである。

丹生・奥浦からみる美浜原発

丹生・奥浦からみる美浜原発

そのような風景の中に、美浜原発が所在している。丹生からみると、美浜原発の所在地は小さな半島にあるのだが、美浜原発への往還のために丹生の入り江の入口に大きな丹生大橋が建設されている。丹生の集落からは、多少遠近の差があるが、どこからでも入り江の向こう側にある美浜原発をみることができる。いやでも、美浜原発の存在を意識せざるをえない。丹生からいえば、まさに中心的な位置に美浜原発は所在しているといえる。

このような原発立地があるだろうか、と思った。福島第一・第二原発は、もはやフィールドワークもままならないが、どちらも町の境界線上にあり、集落の中心ではないと思われる。東海村の原発も、浜岡原発も、近くに人家がないというわけでもないが、そもそも砂丘のあったところにあり、集落の中心ではなかったと思われる。日本原子力発電敦賀発電所・日本原子力研究開発機構「ふげん」(実は両者は同じところにある)や「もんじゅ」も、既存の集落の中心部からは外れているところに立地していると思われる。

丹生・田ノ口からみた美浜原発

丹生・田ノ口からみた美浜原発

水晶浜海水浴場からみた美浜原発

水晶浜海水浴場からみた美浜原発

もし、福島第一原発の同様の事故があれば、丹生はどうなってしまうのだろうか。山や林などで、隔てられているわけでもない。集落と原発の間には、丹生の入り江という、海しかないのである。丹生周辺の海水浴場もまた同じである。海水浴場と原発を隔てているものは、海しかないのである。

広瀬隆の『東京に原発を』は、ブラックジョークがきいたパロディである。しかし、いかに過疎で関係する人口が少ないとはいえ、集落の中心部に原発があるというのは…。変に風景に溶け込んでいるが、事故が起きてしまえば、放射線に対するなんらの遮蔽物もないわけで、目も当てられない。なにせ、この原発は、死亡事故まで起しているのである。

丹生で写真撮影をしている途中で、ある老人に、丹生内部の小字にあたる「田ノ口」はここですかと私は尋ねた。「田ノ口」は、立地過程で反対者が比較的多いところで、ほとんどが賛成した「奥浦」と対照をなしている。小字名を聞かれることは珍しかったらしく、何か研究しているのかと逆に尋ねられた。今の所、美浜について研究しているわけではないので、私はとりあえず写真撮影をしていると答えた。そうすると、この老人は「それなら、もう少しいて、この原発が爆発するのを写真にとればいいよ」と言った。もちろん、それは、冗談なのだが、単なる冗談ではない。よく聞くと、この原発は、トラブルがあって結構停止することがよくあるそうである。その時は、大体原発から蒸気が立ち上っているそうである。そして、逆にいえば、蒸気が立ち上っていると、原発でトラブルが起きたと判断できるとのことなのである。

まあ、こうも思うのだが…原発とはそもそもそういうものだったのだ。

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