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Archive for the ‘ナショナリズム’ Category

安保法制に反対する運動をしてきた学生団体SEALDsの中心的メンバーである奥田愛基に、自身と家族に対する殺害予告が届き、奥田は警察に被害届を提出した。まず、朝日新聞の次のネット配信記事をみてほしい。

SEALDsの奥田さんに殺害予告届く 大学に書面
2015年9月28日20時02分

 安全保障関連法案への反対運動をしてきた学生団体「SEALDs(シールズ)」の中心メンバー、奥田愛基さん(23)が28日、自身と家族に対する殺害予告の書面が届いていたことをツイッターで明らかにした。奥田さんは、神奈川県警港北署に被害届を提出したという。

 奥田さんによると、「奥田愛基とその家族を殺害する」という趣旨の手書きの書面1枚が入った封書が24日、奥田さんが在籍する明治学院大に届いたという。同大広報課は「調査中」とし、詳細を明らかにしていない。

 奥田さんは、国会前などで学生が主催した抗議行動の中心メンバー。参院特別委員会が今月15日に開いた中央公聴会に公述人として出席し、「国会を9月末まで延ばし、国民の理解を得られなかったのだから、廃案にするしかない」などと述べていた。
http://www.asahi.com/articles/ASH9X67FVH9XUTIL06P.html

奥田個人も自身のツイッターで28日に報じている。

学校の方に、僕と家族に対する殺害予告が来ました。なんか、僕だけならまだしも、なんで家族に対してもそうなるのか…。何か意見を言うだけで、殺されたりするのは嫌なので、一応身の回りに用心して、学校行ったりしてます。被害届等、適切に対応してます。
https://twitter.com/aki21st?lang=ja

この奥田の発言に対し「ぺトリオットセイ」なる人物が次のようにかみついてきた。

表だって政治活動をするなら、それくらいの覚悟があって当たり前だろwwwやっぱりただのヘタレ学生集団だな。
しかもテレビにまで露出してるのに。そこまで想定して覚悟できてないんなら、デモもテレビ露出もするな。

まあ、「ぺトリオットセイ」なる人物の言い分は、「殺される覚悟」があるのが「当たり前」であり、なければ、デモやテレビなどでの意見表明などするなというのである。

さすがに、奥田も次のように反論した。

こういうマインドで殺害予告とか書いてるんだろうな。嫌だったら黙っとけって言いたいんだよね。嫌だし、黙らない。ごめん。そんな当たり前知らない。

その後も、ツイッター上で多くの人が「ぺトリオットセイ」に対する批判を続けた。しかし「ベトリオットセイ」は反論を続け、このように言い出した。

シールズかしらんがそもそも履き違えてるみたいだけど、そもそも間接民主制の一番の基本は選挙。殺害予告に対する覚悟とは、他人がそのせいで殺されたら自分のせいだし、十分ありうることだ事前に認識し、自分がそれで殺されても構わないと思うこと。

「ペトリオットセイ」は、間接民主制の基本は選挙なんだという。そういうことを履き違えているSEALDsについて、自他ともに殺害予告への覚悟があるべきだというのである。たぶん、ここには「自己責任論」があるのだろう。イレギュラーな形で意見表明することは「殺害」を惹起することにつながるのだから、殺されても文句を言うなということなのであろう。

もともと、安保法制に反対し安倍政権の退陣を求める意見を非暴力的に表明したSEALDsの一員への殺害予告について、覚悟がないなら発言するなというのはとんでもない意見である。それは「殺害予告」による「自由な言論」の封殺を是認する論理である。奥田のいうように「殺害予告者」に極めて近い姿勢といえる。

ただ、その上で考えてみたいのは、この「ペトリオットセイ」なる人物は、どのような「民主制」観をもっているのだろうかということである。「民主」ということは、それぞれの人民がそれぞれの意見を自由に表明するということが基本であり、「選挙」代表を要する「間接民主制」というのは、とりあえずの手段でしかない。人民が、いかなる立場であろうとも、自由に意見を主張するということが民主制の基本である。

そして、「選挙」というのも、人民の多様な意見を前提として、それらを組織化し、多数派を形成することから成り立っているだろう。政党とは、そのような人民の多様な意見を収束する核として成立してくるといえる。しかしながら、「選挙」とそれを前提とする政党は二次的な存在にすぎない。その前提に多様な人民の意見があり、そして、様々な形で自由に表明されている。デモやテレビでの露出は確かにその一つであるが、それだけにはとどまらない。新聞・雑誌・図書などの言論の場でも表明されるであろうし、経団連や業界団体さらには地方自治体などの「陳情」という形でも表明されている。そして、本来であれば、それらの多様な意見が政治に反映されていくといえる。

「ペトリオットセイ」の民主制とはなんだろうか。彼は、デモなどを通しての自由な意見表明はイレギュラーなものであり、「死を覚悟すべき」ものとした。そして、「間接民主制」の基本は「選挙」であるとした。奥田を含め、多くの人間が死を賭して意見表明などはできない。「ペトリオットセイ」の考え方を敷衍していくと、彼の考える「間接民主制」の主体は、選挙で選出される代表ーたぶん「命にかえても」などと絶叫していることだろうーであり、人民の自由な意見の表明など必要がないということになるだろう。人民の参政権は「選挙」だけに限定されるのである。日常的に自由な意見を表明し交換することができなければ、「選挙」というのも選出代表を「信任」する行為でしかない。このどこに「民主」があるのか。このどこに「自由」があるのだろうか。

そして、この「ペトリオットセイ」のツイッターにおけるプロフィールは、次のようになっている。

日本は自由主義国です。自由を愛するそこの君、貴方の自由を保障する日本国を守りましょう。そして、国民の自由を保障する日本への脅威となる国を見逃してはいけません。 政治は歴史に謙虚でなければならない。 ならば政治が学ばなければならないことは「ナチスの膨張を見過ごした英仏、とりわけフランスに成るな。」ということだ。
https://twitter.com/kenshiro1229912?lang=ja

自由な言論の場を認めない者が「自由を保障する日本国」を守りましょうと呼びかけている。ここに、現代日本の大いなる逆説があるのである。

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先週のことだが、6月27日(土)、下記のようなシンポジウムが早稲田大学で開催された。

【タイトル】歴史認識問題と国際社会:「日本の歴史家を支持する声明」が意味するもの
【日 時】 6月27日(土) / 14:00-17:00
【会 場】 早稲田キャンパス11号館501教室
【講演者】 ジョルダン・サンド(ジョージタウン大学 教授)
       ”歴史への感受性を復権させるために-政治と歴史のはざまで”
      浅野 豊美(早稲田大学政治経済学術院 教授)
       ”村山談話以来の歴史問題の軌跡-脱政治化の可能性をめぐって”

このシンポジウムのテーマは、2015年5月5日にアメリカを中心とした世界の日本研究者が出した「日本の歴史家を支持する声明」の署名者の一人であるジョルダン・サンド氏と、その翻訳者である浅野豊美氏をよんで、この声明について議論するということであった。「日本の歴史家を支持する声明」は、2014年10月15日に日本の歴史学会の一つである歴史学研究会が発表した「声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての不当な見解を批判する」を念頭におき、日本政府などが押し進めようとしている日本軍「慰安婦」問題の矮小化・否認に対抗する日本の歴史家たちを支持するというというものであった。この声明、さらに歴史学研究会の声明は、本記事の末尾に掲載するので参照してほしい。

このシンポジウムにきて注目したことは、慰安婦問題を否認しようとする人びとがそれなりに多く参加し、活発に発言したことである。特に、いわゆる「自由主義史観」の提唱者で「新しい歴史教科書を作る会」(保守系の歴史教科書をつくることを目的にしている)を創設したメンバーである藤岡信勝氏が参加したことには驚いた。サンド氏・浅野氏の報告のあと、1時間ぐらい討論の時間が設けられていたが、半分以上は、慰安婦問題を否認しようとする人びとが我勝ちに議論していた。今後、このような会があるたびに、こういう状況を覚悟しなければならないと思うと、頭がクラクラしてきた。ただ、他方、日常的に彼らのような人びとに会うことはないので、そういう点では刺激的だった。メモなどとっていないのだが、彼らの議論から私個人が印象づけられたことを、ここで述べておこう。

まず、第一に感じたことは、とにかく、彼らは「事実」にこだわるのだなということであった。この声明とは別に、「マグローヒルの教科書に関する米歴史学者の声明」というものが3月1日に出されている。この声明は、この高校歴史教科書の慰安婦問題についての記述について日本の外務省が修正を要求したことに抗議するというものである。「日本の歴史家を支持する声明」とは直接関連ないのだが、藤岡氏も含めて、彼らは執拗に、その高校教科書が「事実」に基づいていないことを指摘していた。

このシンポジウムの中で、サンド氏は「歴史学は解釈の学問、単なる事実の積み重ねではない。解釈は一方では自分の倫理観全体を動員し、他方では大きな歴史的文脈の理解を動員する」(レジュメ)と主張した。しかし、こういう主張に対して、理科系研究者を自認する人から、「事実」ではなく「倫理」をもちこむ点でアカデミックサイエンスではなく、ポリティカルサイエンスだと軽蔑する発言がなされた。執拗に歴史叙述における「事実」にこだわる姿勢とあわせて考えると、彼らは、自分自身を「事実に依拠する」科学者と自認していると考えられる。

とはいえ、たぶん、大体の歴史研究者は、サンド氏の「歴史学は解釈の学問、単なる事実の積み重ねではない。解釈は一方では自分の倫理観全体を動員し、他方では大きな歴史的文脈の理解を動員する」ということに賛意を示すだろう。このように考えてみると、彼らの主張は、慰安婦・軍国主義というだけではなく、歴史学総体への批判になっているのである。そして、裏返しの「実証主義」を道具として、彼らは「知的優位」を誇っているといえる。

例えば、「慰安婦」の史料は、それこそ断片的にしか残っていない。通常は、断片的な史料を事例にして、解釈によって全体を展望しようとするだろう。しかし、彼らは、断片的な史料は断片的なままでとどめることが「事実」に忠実な科学的振る舞いだというのであろう。このように考えれば、例えば、慰安婦問題については、どのような史料が出てきたとしても、それは部分的な問題に過ぎないということになる。個々の慰安婦がどれほどの苦難をあじわっても、それは、個々の慰安婦とそれにかかわった「個人」の問題でしかないということになる。それは、南京虐殺でも日米開戦過程でも同じだ。断片的な史料にかかわる「小さな物語」だけが「事実」であるということになる

とはいえ、断片しか残らない史料を前提として、「事実」のみに固執するならば、広大な不可知の領域が現出するだけのはずである。「慰安婦」問題については、史料から描けるイメージを解釈によって慰安婦一般に援用できないのであれば、慰安婦問題について、だれも発話できないはずである。そうなると、慰安婦の待遇については、史料から描けるよりも、よかったかもしれないし、悪かったのかもしれない。この二つは不可知であるがゆえに等価なのである。

この広大な不可知の領域をどのように把握するのか。そこにおいて「日本人として生きてきた」という感覚が重要になってくるのだと思う。このシンポジウムの中で、ある年長者が「自分は戦争も体験し、学生時代にはマルクス主義にもはまっていた。しかし、長く生きてきて、やはり日本はいい国だと思う」などと発言した。個人的に飲み屋でしみじみと語り合うならば、こういうことも話すだろうが、私の感覚では、通常シンポジウムで話すようなことではないと思ってしまう。しかし、よくよく考えてみると、「日本人として生きてきた」という感覚でもないと、「事実」しか対象としない「歴史」をまとめることができないという思惟構造になっているような気がするのである。現実には「日本人として生きてきた」という感覚を基準にして過去の事実を把握し解釈しているのだが、たぶん、そう意識はされていないのだろう。「日本人として生きてきた」という感覚は、すべての解釈理論に先行して、アプリオリにあるものとして意識されていると考えられる。

「事実」にしたがって、歴史に加えられた捏造・歪曲を排除するという「科学」を実践すれば、元々あった「日本人として生きてきた」という感覚を再認識することができるというのが、彼らの論理なのではなかろうか。換言すれば、「実証科学」を実践することによって、そこに「日本人」の「真善美」の世界が現出するということになるのではなかろうか。もちろん、これは、いまだ「実証」できないことであるが、「仮説」としては考えられるのである。

日本の歴史家を支持する声明(2015年5月5日)

下記に署名した日本研究者は、日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第二次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するものであります。私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります。この声明は、日本と東アジアの歴史をいかに研究し、いかに記憶していくべきなのかについて、われわれが共有する関心から発せられたものです。
また、この声明は戦後七〇年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣国のあいだに七〇年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります。戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さは、日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。
しかし、これらの成果が世界から祝福を受けるにあたっては、障害となるものがあることを認めざるをえません。それは歴史解釈の問題であります。その中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題のひとつに、い
わゆる「慰安婦」制度の問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。
そのために、政治家やジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴史学的な考察の究極の目的であるべき、人間と社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのようです。
元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません。二〇世紀に繰り広げられた数々の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春のなかでも、「慰安婦」制度はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものであります。
「正しい歴史」への簡単な道はありません。日本帝国の軍関係資料のかなりの部分は破棄されましたし、各地から女性を調達した業者の行動はそもそも記録されていなかったかもしれません。しかし、女性の移送と「慰安所」の管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料は歴史家によって相当発掘されていますし、被害者の証言にも重要な証拠が含まれています。確かに彼女たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体は一貫性をもっていません。しかしその証言は全体として心に訴えるものであり、また元兵士その他の証言だけでなく、公的資料によっても裏付けられています。
「慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実を変えることはできません。
歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することにほかなりません。
日本の研究者・同僚と同じように、私たちも過去のすべての痕跡を慎重に天秤に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています。この種の作業は、民族やジェンダーによる偏見に染められてはならず、政府による操作や検閲、そして個人的脅迫からも自由でなければなりません。私たちは歴史研究の自由を守ります。そして、すべての国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます。
多くの国にとって、過去の不正義を認めるのは、未だに難しいことです。第二次世界大戦中に抑留されたアメリカの日系人に対して、アメリカ合衆国政府が賠償を実行するまでに四〇年以上がかかりました。アフリカ系アメリカ人への平等が奴隷制廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の法律に反映されるまでには、さらに一世紀を待たねばなりませんでした。人種差別の問題は今もアメリカ社会に深く巣くっています。米国、ヨーロッパ諸国、日本を含めた、十九・二〇世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して、十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。
今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、第二次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性を搾取するような
ことは、許容されるはずがないでしょう。その当時においてさえ、政府の役人の中には、倫理的な理由からこれに抗議した人がいたことも事実です。しかし、戦時体制のもとにあって、個人は国のために絶対的な犠牲を捧げることが要求され、他のアジア諸国民のみならず日本人自身も多大な苦しみを被りました。だれも二度とそのような状況を経験するべきではありません。
今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません。
過去の過ちを認めるプロセスは民主主義社会を強化し、国と国のあいだの協力関係を養います。「慰安婦」問題の中核には女性の権利と尊厳があり、その解決は日本、東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一歩となることでしょう。
私たちの教室では、日本、韓国、中国他の国からの学生が、この難しい問題について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力と人身売買のない世界を彼らが築き上げるために、そしてアジアにおける平和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。
署名者一覧(名字アルファベット順)
ダニエル・オードリッジ(パデュー大学教授)
ジェフリー ・アレクサンダー(ウィスコンシン大学パークサイド校准教授)
アン・アリソン(デューク大学教授)
マーニー・アンダーソン (スミス大学准教授)
E・テイラー・アトキンズ(北イリノイ大学教授 )
ポール・バークレー(ラファエット大学准教授)
ジャン・バーズレイ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
ジェームズ•R・バーソロミュー (オハイオ州立大学教授)
ブレット・ド・バリー(コーネル大学教授)
マイケル・バスケット(カンザス大学准教授)
アラン・バウムラー(ペンシルバニア・インディアナ大学教授)
アレキサンダー・ベイ(チャップマン大学准教授)
テオドル・ベスター(ハーバード大学教授)
ビクトリア・ベスター(北米日本研究資料調整協議会専務理事)
ダビンダー・ボーミック(ワシントン大学准教授)
ハーバート・ビックス(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校名誉教授)
ダニエル・ボツマン(イェール大学教授)
マイケル・ボーダッシュ(シカゴ大学教授)
トマス・バークマン(ニューヨーク州立大学バッファロー校名誉教授)
スーザン・L・バーンズ(シカゴ大学准教授)
エリック・カズディン(トロント大学教授)
パークス・コブル(ネブラスカ大学リンカーン校教授)
ハルコ・タヤ・クック(ウイリアム・パターソン大学講師)
セオドア・クック(ウイリアム・パターソン大学教授)
ブルース・カミングス(シカゴ大学教授)
カタルジナ・シュエルトカ(ライデン大学教授)
チャロ・ディエチェベリー(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)
エリック・ディンモア(ハンプデン・シドニー大学准教授)
ルシア・ドルセ(ロンドン大学准教授)
ロナルド・P・ドーア(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス名誉フ
ェロー)
ジョン・W・ダワー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)
マーク・ドリスコル(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)
プラセンジット・ドアラ(シンガポール国立大学教授)
アレクシス・ダデン(コネチカット大学教授)
マーティン・デューゼンベリ(チューリッヒ大学教授)
ピーター・ドウス(スタンフォード大学名誉教授)
スティーブ・エリクソン(ダートマス大学准教授)
エリサ・フェイソン(オクラホマ大学准教授)
ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)
マイルズ・フレッチャー(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)
ペトリス・フラワーズ(ハワイ大学准教授)
ジョシュア・A・フォーゲル(ヨーク大学教授)
セーラ・フレドリック(ボストン大学准教授)
デニス・フロスト(カラマズー大学准教授)
サビーネ・フリューシュトゥック(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教
授)
ジェームス・フジイ(カリフォルニア大学アーバイン校准教授)
タカシ・フジタニ(トロント大学教授)
シェルドン ・M・ ガ ロン(プリンストン大学教授)
ティモシー・S・ジョージ(ロードアイランド大学教授)
クリストファー・ガータイス(ロンドン大学准教授)
キャロル・グラック(コロンビア大学教授)
アンドルー・ゴードン(ハーバード大学教授)
ヘレン・ハーデーカー(ハーバード大学教授)
ハリー・ハルトゥニアン(ニューヨーク大学名誉教授)
長谷川毅(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
橋本明子(ピッツバーグ大学教授)
サリー・ヘイスティングズ(パデュー大学准教授)
トム・ヘイブンズ(ノースイースタン大学教授)
早尾健二(ボストンカレッジ准教授)
ローラ・ハイン(ノースウェスタン大学教授)
ロバート・ヘリヤー(ウェイクフォレスト大学准教授)
マンフレッド・ヘニングソン(ハワイ大学マノア校教授)
クリストファー・ヒル(ミシガン大学助教授)
平野克弥(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
デビッド・ハウエル(ハーバード大学教授)
ダグラス・ハウランド(ウィスコンシン大学ミルウォーキー校教授)
ジェムス・ハフマン(ウイッテンバーグ大学名誉教授)
ジャネット・ハンター(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授)
入江昭(ハーバード大学名誉教授)
レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)
ウィリアム・ジョンストン(ウェズリアン大学教授)
ジャン・ユンカーマン(ドキュメンタリー映画監督)
イクミ・カミニシ(タフツ大学准教授)
ケン・カワシマ(トロント大学准教授)
ウィリアム・W・ケリー(イェール大学教授)
ジェームス・ケテラー(シカゴ大学教授)
ケラー・キンブロー(コロラド大学ボルダー校准教授)
ミリアム・キングスバーグ(コロラド大学助教授)
ジェフ・キングストン(テンプル大学ジャパン教授)
ヴィキター・コシュマン(コーネル大学教授)
エミ・コヤマ(独立研究者)
エリス・クラウス(カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授)
ヨーゼフ・クライナー(ボン大学名誉教授)
栗山茂久(ハーバード大学教授)
ピーター・カズニック(アメリカン大学教授)
トーマス・ラマール(マギル大学教授)
アンドルー・レビディス(ハーバード大学研究員)
イルセ・レンツ(ルール大学ボーフム名誉教授)
マーク・リンシカム(ホーリークロス大学准教授)
セップ・リンハルト(ウィーン大学名誉教授)
ユキオ・リピット(ハーバード大学教授)
アンガス・ロッキャー(ロンドン大学准教授)
スーザン・オルペット・ロング(ジョンキャロル大学教授)
ディビッド・ルーリー(コロンビア大学准教授)
ヴェラ・マッキー(ウーロンゴン大学教授)
ウォルフラム・マンツェンライター(ウィーン大学教授)
ウィリアム・マロッティ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
松阪慶久(ウェルズリー大学教授)
トレント・マクシー(アマースト大学准教授)
ジェームス・L・マクレーン(ブラウン大学教授)
ガビン・マコーマック(オーストラリア国立大学名誉教授)
メリッサ・マコーミック(ハーバード大学教授)
デイビッド・マクニール(上智大学講師、ジャーナリスト)
マーク・メッツラー(テキサス大学オースティン校教授)
イアン・J・ミラー(ハーバード大学教授)
ローラ・ミラー(ミズーリ大学セントルイス校教授)
ジャニス・ミムラ(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校准教授)
リチャード・マイニア(マサチューセッツ州立大学名誉教授)
中村美理(ウェズリアン大学准教授)
ユキ・ミヤモト(デポール大学准教授)
バーバラ・モロニー(サンタクララ大学教授)
文有美(スタンフォード大学准教授)
アーロン・ムーア(マンチェスター大学准教授)
テッサ・モーリス=スズキ(オーストラリア国立大学教授)
オーレリア・ジョージ・マルガン(ニューサウスウェールズ大学教授)
リチャード・タガート・マーフィー(筑波大学教授)
テツオ・ナジタ(シカゴ大学名誉教授)
ジョン・ネイスン(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
クリストファー・ネルソン(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
サトコ・オカ・ノリマツ(『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』
エディター)
マーク・ノーネス(ミシガン大学教授)
デビッド·桃原·オバミラー(グスタフ・アドルフ大学准教授)
尾竹永子(ウエズリアン大学特別講師、アーティスト)
サイモン・パートナー(デューク大学教授)
T・J・ペンペル(カリフォルニア大学バークレー校教授)
マシュー・ペニー(コンコルディア大学准教授)
サミュエル・ペリー(ブラウン大学准教授)
キャサリン・ フィップス(メンフィス大学准教授)
レスリー・ピンカス(ミシガン大学准教授)
モーガン・ピテルカ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
ジャネット・プール(トロント大学准教授)
ロジャー・パルバース(作家・翻訳家)
スティーブ・ラブソン(ブラウン大学名誉教授)
ファビオ・ランベッリ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
マーク・ラビナ(エモリー大学教授)
シュテフィ・リヒター(ライプチヒ大学教授)
ルーク・ロバーツ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
ジェニファー・ロバートソン(ミシガン大学教授)
ジェイ・ルービン(ハーバード大学名誉教授)
ケネス・ルオフ(ポートランド州立大学教授)
ジョルダン・サンド(ジョージタウン大学教授)
ウエスリー・佐々木・植村(ユタ州立大学准教授)
エレン・シャッツナイダー(ブランダイス大学准教授)
アンドレ・シュミット(トロント大学准教授)
アマンダ・C・シーマン(マサチューセッツ州立大学アマースト校准教授)
イーサン・セーガル(ミシガン州立大学准教授)
ブォルフガング·ザイフェルト(ハイデルベルク大学名誉教授)
マーク・セルデン(コーネル大学上級研究員)
フランツイスカ・セラフイン(ボストンカレッジ准教授)
さゆり・ガスリー・清水(ライス大学教授)
英子・丸子・シナワ(ウィリアムス大学准教授)
パトリシア・スイッペル(東洋英和女学院大学教授)
リチャード・スミスハースト(ピッツバーグ大学名誉教授)
ケリー・スミス(ブラウン大学准教授)
ダニエル・スナイダー(スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所
長)
M・ウイリアム・スティール(国際基督教大学教授)
ブリギッテ・シテーガ(ケンブリッジ大学准教授)
ステファン・タナカ(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)
アラン・タンスマン(カリフォルニア大学バークレー校教授)
セーラ・タール(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)
マイケル・ティース(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
マーク・ティルトン(パデュー大学准教授)
ジュリア・トマス(ノートルダム大学准教授)
ジョン・W・トリート(イェール大学名誉教授)
ヒトミ・トノムラ (ミシガン大学教授)
内田じゅん(スタンフォード大学准教授)
J・キース・ヴィンセント(ボストン大学准教授)
スティーブン・ブラストス(アイオワ大学教授)
エズラ・ヴォーゲル(ハーバード大学名誉教授)
クラウス・フォルマー(ミュンヘン大学教授)
アン・ウォルソール(カリフォルニア大学アーバイン校名誉教授)
マックス・ウォード(ミドルベリー大学助教授)
ローリー・ワット(ワシントン大学(セントルイス)準教授)
ジェニファー・ワイゼンフェルド(デューク大学教授)
マイケル・ワート(マルケット大学准教授)
カレン・ウイゲン(スタンフォード大学教授)
山口智美(モンタナ州立大学准教授)
山下サムエル秀雄(ポモナ大学教授)
ダーチン・ヤン(ジョージ・ワシントン大学准教授)
クリスティン•ヤノ(ハワイ州立大学マノア校教授)
マーシャ・ヨネモト(コロラド大学ボルダー校准教授)
米山リサ(トロント大学教授)
セオドア・ジュン・ユウ(ハワイ大学准教授)
吉田俊(西ミシガン大学教授)
ルイーズ・ヤング(ウィスコンシン大学マディソン校教授)
イヴ・ジマーマン(ウェルズリー大学准教授)
ラインハルト・ツェルナー(ボン大学教授)

この声明は、二〇一五年三月、シカゴで開催されたアジア研究協会(AAS)定期年次大会のなかの公開フォーラムと、その後にメール会議の形で行われた日本研究者コミュニティ内の広範な議論によって生まれたものです。ここに表明されている意見は、いかなる組織や機関を代表したものではなく、署名した個々の研究者の総意にすぎません。
https://networks.h-net.org/system/files/contributed-files/japan-scholars-statement-2015.5.4-jpn_0.pdf

声明 政府首脳と一部マスメディアによる日本軍「慰安婦」問題についての不当な見解を批判する

  2014年8月5日・6日、『朝日新聞』は「慰安婦問題を考える」という検証記事を掲載し、吉田清治氏の証言にもとづく日本軍「慰安婦」の強制連行関 連の記事を取り消した。一部の政治家やマスメディアの間では、この『朝日新聞』の記事取り消しによって、あたかも日本軍「慰安婦」の強制連行の事実が根拠 を失い、場合によっては、日本軍「慰安婦」に対する暴力の事実全般が否定されたかのような言動が相次いでいる。とりわけ、安倍晋三首相をはじめとする政府 の首脳からそうした主張がなされていることは、憂慮に堪えない。
  歴史学研究会は、昨年12月15日に、日本史研究会との合同シンポジウム「「慰安婦」問題を/から考える――軍事性暴力の世界史と日常世界」を開催す るなど、日本軍「慰安婦」問題について、歴史研究者の立場から検討を重ねてきた。そうした立場から、この間の「慰安婦」問題に関する不当な見解に対し、以 下の5つの問題を指摘したい。
  第一に、『朝日新聞』の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。日本が国ぐるみで「性奴隷」にしたと、いわれなき中傷が世界で行われて いるのも事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するとい う政策方針と矛盾している。また、すでに首相自身も認めているように、河野談話は吉田証言を根拠にして作成されたものでないことは明らかであり、今回の 『朝日新聞』の記事取り消しによって、河野談話の根拠が崩れたことにはならない。河野談話をかかげつつ、その実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の 人々を愚弄するものであり、加害の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高めるものと言わなければならない。
  第二に、吉田証言の真偽にかかわらず、日本軍の関与のもとに強制連行された「慰安婦」が存在したことは明らかである。吉田証言の内容については、 1990 年代の段階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広 く進められてきた。ここでいう強制連行は、安倍首相の言う「家に乗り込んでいって強引に連れて行った」(2006年10月6日、衆議院予算委員会)ケース (①)に限定されるべきものではない。甘言や詐欺、脅迫、人身売買をともなう、本人の意思に反した連行(②)も含めて、強制連行と見なすべきである。①に ついては、インドネシアのスマランや中国の山西省における事例などがすでに明らかになっており、朝鮮半島でも被害者の証言が多数存在する。②については、 朝鮮半島をはじめ、広域にわたって行われたことが明らかになっており、その暴力性について疑問をはさむ余地はない。これらの研究成果に照らすなら、吉田証 言の内容の真偽にかかわらず、日本軍が「慰安婦」の強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。
  第三に、日本軍「慰安婦」問題で忘れてはならないのは、強制連行の事実だけではなく、「慰安婦」とされた女性たちが性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴 力を受けたことである。近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否す る自由も与えられていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。「慰安婦」の動員過程の強制性が問題であることはもちろんであ るが、性奴隷として人権を蹂躙された事実が問題であることが、重ねて強調されなければならない。強制連行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体 が否定されるようなことは断じてあってはならない。
  第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、そうした日本軍「慰安婦」に対する直接的な暴力だけではなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支 配、差別構造との連関性である。性売買の契約に「合意」する場合があったとしても、その「合意」の背後にある不平等で不公正な構造の問題こそが問われなけ ればならない。日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、 問題の全体像から目を背けることに他ならない。
  第五に、一部のマスメディアによる『朝日新聞』記事の報じ方とその悪影響も看過できない。すなわち、「誤報」という点のみをことさらに強調した報道に よって、『朝日新聞』などへのバッシングが煽られ、一層拡大することとなった。そうした中で、「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでい る。北星学園大学や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これ は明らかに学問の自由の侵害であり、断固として対抗すべきであることを強調したい。
  以上のように、日本軍「慰安婦」問題に関しての政府首脳や一部マスメディアの問題性は多岐にわたる。安倍首相は、「客観的な事実に基づく正しい歴史認 識が形成され、日本の取り組みが国際社会から正当な評価を受けることを求めていく」(2014年10月3日、衆議院予算委員会)としている。ここでいう 「客観的な事実」や「正しい歴史認識」を首相の見解のとおりに理解するならば、真相究明から目をそらしつづける日本政府の無責任な姿勢を、国際的に発信す る愚を犯すことになるであろう。また、何よりもこうした姿勢が、過酷な被害に遭った日本軍性奴隷制度の被害者の尊厳を、さらに蹂躙するものであることに注 意する必要がある。安倍政権に対し、過去の加害の事実と真摯に向き合い、被害者に対する誠実な対応をとることを求めるものである。

2014年10月15日
歴史学研究会委員会

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1月7日、フランスの週刊誌シャルリー・エブドがイスラム教の預言者ムハンマドを侮辱した漫画を掲載してきたとして、ムスリムのアルジェリア系フランス人の兄弟2人に銃撃され、12人が犠牲となり、逃亡した2人の容疑者も、逃亡してパリ近郊の工場にたてこもったあげく、射殺された。犠牲者の一人である漫画家のジョルジュ・ウォリンスキ氏はチュニジア生れのユダヤ人で1940年に移住してきたという。また、この事件では、アルジェリア系移民の家庭で生まれたイスラム教徒の警官も犠牲になった。関連して、ムスリムのマリ系移民によりフランスの警官が殺害され、ユダヤ人のスーパーに立てこもり、人質4人が犠牲となり、容疑者も射殺された。

この銃撃事件について、アルカイドもしくはイスラム国などのイスラム過激派の関与があったとされている。それは、たぶん、そうだろう。ただ、シャルリー・エブド銃撃事件については、単なるイスラム過激派が起したテロ事件というにとどまらず、前述したように、ムハンマドを侮辱した漫画を掲載したということへの報復という側面も見受けられる。銃撃したのは、アラブ人などではない。フランスの植民地であったアルジェリア系のフランス人なのである。そして、既述のように、被害者には、アルジェリア系や同じくフランスの植民地であったチュニジア系の人びとが含まれている。

では、どんな「漫画」を掲載していたのか。ハフィントンポストが一部紹介している。著作権で保護されていると思うので、下記のサイトで画像をみてほしい。

http://www.huffingtonpost.jp/2015/01/07/4-cartoonists-killed-charlie-hebdo_n_6433584.html

このサイトでは、「シャルリー・エブド」の編集長に就任したとして「笑いすぎて死ななかったら、むち打ち100回の刑だ」とつぶやいている「ムハンマド」(掲載直後に事務所に火炎瓶が投げ込まれた)、同性愛者として描かれている「ムハンマド」(イスラム教では同性愛はタブーとされている)が紹介されている。また、ヌード姿の「ムハンマド」を掲載したこともあった。さらに、ハフィントンポストは次のように伝えている。

シャルリー・エブド紙は2006年、「原理主義者に悩まされて困り果てたムハンマド」という見出し付きで、すすり泣くムハンマドの漫画を掲載し、物議をかもした。同号にはさらに、預言者ムハンマドの風刺画が12枚掲載され、イスラム世界からかつてないほどの批判が寄せられた(これは、もともとはデンマークのユランズ・ポステン紙が2005年に発表して問題になった預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載したものだった)。

最終的には、フランス国内に住む500万人のイスラム教徒を代表する組織「フランス・イスラム評議会」が、同週刊紙を訴える事態となった。この号がきっかけとなって、シャルリー・エブド紙はテロリストの攻撃対象としてみなされるようになったと考えられている。

さらに最近の号では、イスラム国が預言者ムハンマドの首を切るマンガを掲載していた。

まず、これは一般的な知識だが、イスラム教では、いかなる意味での偶像崇拝を禁止するという点から、宗教的な場では神やムハンマドだけでなくすべての具象表現が禁止されている。その意味で、単に「ムハンマド」を画像として表現すること自体が、「反イスラム」的とみなされるといえるだろう。

そして、そういうことを度外視してこれらの漫画をみても、なぜ、これほど、ムハンマドに侮蔑的なのかと思う。報道されているイスラム国やタリバーンなどの状況は、もちろん批判されねばならない。このシャルリー・エブド銃撃事件自体も含めて、テロや戦争などの暴力、排他主義は認めてはいけない。しかし、これらことへの責任をムハンマドに直接問うべきものなのだろうか。そして、これらの漫画は、イスラム国やタリバーンなどとは無関係であるイスラム教を信ずる多くの人びとを傷つけることになるだろう。ハフィトンポストでは、暴力的なものも含めて、シャルリー・エブドに対してさまざまな抗議がなされてきたことが報道されている。

そして、シャルリー・エブドの編集長ステファヌ・シャルボニエ(通称シャルブ。本事件で死亡)とジャーナリストのファブリス・ニコリーノ(本事件で負傷)は、フランスの新聞ルモンドに、彼らへの批判に対する反論を2013年11月20日に寄稿している。あるサイトで翻訳されていたので、一部紹介しておこう。

まず、この反論では、自分たちはレイシズムではないと強調している。彼らは反レイシズムと全人類の平等を信奉しているとし、1968年の五月革命の申し子であり、右派のドゴール主義者たちの権力と戦い、批判的な精神を育ててきたという。そして、今でも、右派やレイシズムへの闘士であると自己規定しているのである。

シャルリー・エブドはむかついている。信じがたい中傷がどんどん広まっているという話が毎日のように聞こえてくる。シャルリー・エブドはレイシストの雑誌になったというのだ。
(中略)
改めて云うのも恥ずかしいぐらいだが、反レイシズムと全人類の平等に対する情熱がシャルリー・エブドの土台の約束事であり、これからもそれが変わることはない。
(中略)
それ以外の、基本的な価値観をまだ尊重しているひとのために、シャルリー・エブドの歴史について少しお話しよう。1970年当時のけったいなドゴール主義の権力によって週刊ハラキリが発行禁止になった後に創刊されたシャルリー・エブドは、1968年5月革命の子供である。これは自由と不遜な精神の子供で、カヴァンナ[創設者のひとり、2014年没]、カビュ、ウォランスキー[ふたりともテロで殺害]、レゼール、ジェベ、デルフェイユ・ド・トンといった明確なポジションをもった人々の手によって生まれたものだ。
まさか今からさかのぼって彼らに対する裁判を行おうとするひとはいるまい。1970年代のシャルリー・エブドのおかげで批判的精神を育てることができた世代があった。それはたしかに権威と権力者を馬鹿にしていた。ときには大口を開けて世界の不幸を笑うこともあったが、そのようなときにもいつも必ず人類とその普遍的な価値を弁護していた。
(中略)
右派を擁護しようと考えるものはシャルリー・エブドのなかにはだれもいないし、右派とは徹底的に戦うつもりだ。いろいろな姿をもつが実はひとつでしかないファシズムについては、もちろんこの連中をいちばんの敵であると考えている。それにこういう手合こそシャルリー・エブドに対する裁判を起こしてばかりいるのだ。
(中略)
どこにそのレイシストやらが隠れていると云うのだ。何も恐れることなく、私たちは永遠に反レイシズムの闘士であると云うことができる。党員証をもっているわけではないが、私たちはこの領域を自らの陣営とし、当然決してこれを変えるつもりはない。もしひょっとして(そんなことは起きるはずがないが)シャルリー・エブドにレイシスト的なことばやイラストが掲載されることがあったら、私たちはすぐに大騒ぎをしてここから出て行ってやる。当たり前だよ。
http://fukuinei.tumblr.com/post/107688280067

そして、なぜ、「イスラム教」とターゲットにするのかということについては、このように説明している。

しかしここで、いったいなぜなのか、理由を知らなければならない。なぜこんな馬鹿げた考えが伝染病のように広がっているのか。シャルリー・エブドはイスラモフォビアだと中傷者は云う。彼らのニュースピークでレイシズムという意味だ。ここでいかに知性の退化が広がっているのかがわかる。

もちろんシャルリー・エブドは同じ路線をつづける

40年前には、宗教でさえ罵り、憎悪し、侮辱するのが避けては通れない道だった。世界の動きを批判しようとするものは、必ず主な聖職者の大きな権力を問題にしなければならなかった。しかしある種のひとの云うことを聞くならば(この種のひとがたしかにどんどん増えてきているのだが)、今日ではこの問題については沈黙するべきなのかもしれないという。
シャルリーがローマ教皇の信奉者のイラストをたくさん表紙に使うのはまだいい。でもインドネシアにまで広がる地球上の数えきれない国の旗印であるイスラム教は、使わない方がいいのだそうだ。いったいどうしてだろう。イデオロギーを別とした場合、本質的なものとして、たとえばアラブ人であるという事実とイスラム教に帰属するということにどのような関係があるのだろうか。
もちろんシャルリー・エブドは、見て見ぬふりをすることをせず、同じ路線をつづけていく。たとえ1970年当時よりも今のほうが困難だとしても、シャルリー・エブドは、気に入ろうと気に入るまいと、司祭、ラビ、イマームのことを笑いものにしつづける。今や私たちは少数派なのだろうか。そうかもしれないが、ともかく私たちはこの雑誌の伝統を誇りに思っている。シャルリー・エブドはレイシストだと云う人々は、少なくとも名前を明かして公然と発言する勇気をもってほしい。そうしたらお答えできるでしょう。
http://fukuinei.tumblr.com/post/107688280067

ここに、イスラム教とその象徴であるムハンマドを攻撃する理由が開示されている。彼らのドゴール主義者への戦いは、フランスのカトリック聖職者への戦いでもあった。これは、それこそ40年前どころではなく、フランス革命の時代にまでさかのぼるアンシャンレジームの一角をしめる教権主義への戦いであり、共和国フランスにおける「世俗派」の歴史的伝統である(このような問題については、ピエール・ノラ編、谷川稔監訳の『記憶の場 フランス国民意識の文化=社会史』を参照されたい)。そして、欧米の近代国民国家は、さまざまな違いはあれ、おおむね政教分離を達成してきている。その意味で、教権主義への戦いは「進歩」的なものととシャルリー・エブド関係者は認識している。この反論で「イデオロギーを別とした場合、本質的なものとして、たとえばアラブ人であるという事実とイスラム教に帰属するということにどのような関係があるのだろうか」といっているが、これは、アラブ人をフランス人、イスラム教をカトリックに置き換えれば、意味が理解できよう。現代のフランスにおいて、フランスという政治共同体を組織することは、カトリックを信奉することとは別である。そして、このような政教分離は、アラブ人も達成しなくてはならないということになる。さらに、イスラム教というイデオロギーを批判しているのであり、「アラブ人」という人種を問題にしていないということにもなろう。いわば、「宗教」という「蒙」を「啓発」する「啓蒙」の立場に立っているのであり、「レイシズム」ではないということでもある。彼らは、自身の行なってきたフランスのカトリック聖職者への戦いに重ねあわせながら、イスラム教とその象徴であるムハンマドを攻撃しているといえよう。フランス人のユーモアについてはわからないが、彼らがムハンマドへの攻撃に情熱をそそぐ理由は理解できなくはない。

そして、シャルリー・エブドは、このような攻撃が可能になる根拠として、次のように言っていたとハフィトンポストは伝えている。

シャルボニエ氏はAP通信に、預言者ムハンマドを風刺する漫画の掲載決定について次のように主張した。「ムハンマドは私にとって聖なる存在ではない。イスラム教徒がこの漫画を見て笑わないのは仕方がない。しかし、私はフランスの法の下に生活しているのであって、コーランに従って生きているわけではない」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/01/07/4-cartoonists-killed-charlie-hebdo_n_6433584.html

フランスの法の下にいるということが、シャルリー・エブドがムハンマドへの攻撃を可能にしているということになる。それは、究極的には「表現の自由」ということになろう。

さて、このように、「宗教」を攻撃する(イスラム教だけには限られないが)表現の自由は認められている一方、イスラム教を体現する表現の自由はフランスにおいて抑圧されている。フランス社会は旧植民地諸国とりわけ北アフリカや西アフリカから多くの移民を受け入れてきた。移民といってもフランスで生まれたその子どもたちはフランス国民である。しかし、彼ら移民たちは、フランス国籍を取得してもさまざまな差別を受けている。その一例が、学校におけるムスリム女子生徒の宗教的スカーフ(ヒジャブ)着用の禁止である。政治社会学者の鈴木規子は、「SYNODOS」に2014年1月27日付で「フランスの共和主義とイスラームの軋轢から「市民性教育」について考える」という文章を寄稿している。この自体を概括する部分をここで紹介しておこう。

このようにフランスでは、すでに長期間フランスに滞在し、子どもも生まれ、教育を受けて成人し、フランス国籍ももっているのに、「移民」と呼ばれ、外見、名前、住所によって就職差別や人種差別にあっている人々と、フランス社会との間で軋轢が生じている。

そうした中で、移民の社会統合の難しさを表したのが「スカーフ問題」である。1989年にパリ郊外の公立学校に通うムスリムの女子生徒がイスラームのスカーフ(ヒジャブ)を被って授業をうけることが、非宗教性に反するとして問題となった。以来、教育現場で10年以上くすぶり続けてきたのだが、ついに国会で学校における宗教的標章の着用を禁止する法律が2004年に可決され、学校からスカーフが排除されることになった。

これは、学校という公共の場に顕在化したイスラームを、非宗教的な共和国がその理念に反するということで強制的に排除した事件であった。この間いかに市民を育成するかが課題となり、市民性教育もライシテを明言する内容になっていった。
http://synodos.jp/education/6632

鈴木は、EUにおける民主的市民性教育への取り組みや、フランスにおいてライシテとよばれている公の場における世俗性ー脱宗教性の追求などの流れの中で、このスカーフ問題をとりあげている。イスラム教の規範において、女性はスカーフ(ヒジャブ)を被ることになっている。スカーフ着用の強制も、当然ながら「自由」という規範に反するだろう。他方、フランスでは、非宗教的な共和国の理念に反するという理由で、学校という公共の場において、イスラムの価値を体現するスカーフの着用が禁止されたのである。

鈴木は、いわゆるライシテー世俗化・脱宗教化ーをフランス共和国が求めてきたことについて、「宗教的な違いによる社会的分断が露見したときに政教分離法が制定されたように、ライシテは社会的に影響力をもつカトリックを公的権力から切り離すと同時に、国家が宗教的中立性を保ち、マイノリティの社会統合を保障する考え方でもあったのである」と一定の合理性があるとしている。さらに、次のように指摘している。

「共和国の学校」は全面的にカトリックを駆逐したわけではなく、寛容さも残っていた…要するに、共和主義と宗教勢力のせめぎ合いが公立学校を舞台に行われてきたとはいえ、ライシテが適用されたのは「教育内容」、「学校という場」、「教師」に関する3点であり、生徒や家庭に対して非宗教性が強制されることはなく、宗教的実践を保障するような逃げ場も用意していた。

鈴木によれば、スカーフ着用禁止にいたったのは、教育的要請ではなく、政治やメディアの「共和主義」だったとしている。

こうした教師の考えとは別に、政治家やメディアは、イスラーム嫌悪の風潮に乗って、ライシテを共和主義者にとって都合よく解釈していった。それはスカーフ禁止法に至る経緯に見出せる。
(中略)
本来、学校という場所は市民を育成する場所である。法規制派たちの根拠でもあった「(ムスリムの)男性から守るべき対象とされた女性」である少女たちは、より一層守られなければならない立場である。それなのに、市民や「共和国」の政治家らによって、スカーフはライシテに反するイスラームの象徴とされ、学校から追放されてしまった。

そもそも公立学校で非宗教性を保障されたのは「教育内容」「教育の場」、「教師」であって、生徒たちの脱宗教化を求めているわけではない点を考えると、この事態が異常であることがよくわかる。すなわち、少女たちにスカーフを取れと要求することは、本来のライシテの原則には含まれていないのだ。「スカーフを取らない」から「ライシテに反する」という主張は、ライシテの正しい解釈ではなく、スカーフ論争の中で作られていったものと言わざるを得ない。
(中略)
さらに、スカーフ禁止法以後、この傾向はサルコジ大統領の下でエスカレートしていった。2010年にはイスラーム女性の全身を覆う「ブルカ」や「ニカブ」の着用についても公共の場で禁止する法が可決され、翌年4月にヨーロッパで初めて施行された[*15]。こうした一連のスカーフをめぐる法規制に、イスラームを排除したいという共和主義者による政治的な意図を感じざるを得ない。

スカーフ禁止法制定などの具体的な過程については、鈴木の文章を参照してほしい。いずれにせよ、イスラムを排除しようとする共和主義者の思惑によって、ライシテー公の場における世俗化・脱宗教化が拡大解釈され、イスラムの規範にのっとってスカーフを着用するという「表現の自由」が踏みにじられたのである。

結局、フランスにおいては、宗教を攻撃する「表現の自由」はあるが、イスラムの規範に則して身体を装うという「表現の自由」はないのである。このように、フランスにおける「表現の自由」は「非対称」なのである。「表現の自由」をめぐる問題は、個々人が判断するように考えられるが、決してそうではなく、「共和国」つまりは国民国家の理念にそうかどうか、いや、もっと正確にいえば、政治家やメディアなど公的決定に関われる人びとの集団的国家規範に沿っているかどうかで決まるのである。それは、自らを左派と規定しているシャルリー・エブドすらもそうなのである。なお、これは、フランスだけではない。政教分離の原則を侵犯して靖国神社を参拝し、特定秘密保護法制定や、マスコミ統制、さらには教育への介入によって、表現・思想・教育の自由を制限しようとしながら、中国・韓国に対するヘイト・スピーチについては「表現の自由」をたてにおざなりな対応をしている日本の安倍政権の姿勢は、フランスの共和主義と一見反対のものに見える。しかし、どちらも、「自由」を、彼らの考える「国民国家」の理念によって制限するということでは同じ構造を有している。このような状況は、アメリカなどの他の国民国家においてもみられるであろう。

そして、ムスリムの「移民」たちにとって、フランスの状況は、自らの宗教は自由に罵倒され、自らの宗教的自己表現は禁止されるというディストピアとして認識されることになろう。さらに、イスラム圏の諸国でも同じように把握されよう。この状況においては、フランス国内でも、世界全体でも、「表現の自由」を含む近代国民国家の理念を攻撃しようとする人びとはまだまだ現れることになろう。

フランスにおいて共和国の理念を主張する人びとはエリートとその影響で形成されたマジョリティである。一方、フランス国内で「移民」とされているムスリムたちはマイノリティとしての「民衆」であり、差別にたえている。それは、世界的に考えても同じである。近代的国民国家の市民たちと、それらの国家の旧植民地であり、今なお圧力にたえている多くの人びと。この人びとはムスリムだけではない。そこにある「非対称的」な関係。この「非対称的」な関係をどのように考えていくかということに、全世界の運命がかかっているといえよう。まさに、現代世界の構図が、このシャルリー・エブド銃撃事件で表出しているのである。

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安倍晋三首相が「年頭所感」を1月1日に発表した。たいして長い文章ではないが、ほとんどのマスコミがテクスト自体を報道していないので、ここで全文を紹介しておく。

安倍内閣総理大臣 平成27年 年頭所感

 新年あけましておめでとうございます。

 総理就任から2年が経ちました。この間、経済の再生をはじめ、東日本大震災からの復興、教育の再生、社会保障改革、外交・安全保障の立て直しなど、各般の重要課題に全力で当たってまいりました。さらには、地方の創生や、女性が輝く社会の実現といった新たな課題にも、真正面から取り組んできました。

 そして先の総選挙では、国民の皆様から力強いご支援を頂き、引き続き、内閣総理大臣の重責を担うこととなりました。

いずれも戦後以来の大改革であり、困難な道のりです。しかし、信任という大きな力を得て、今年は、さらに大胆に、さらにスピード感を持って、改革を推し進める。日本の将来を見据えた「改革断行の一年」にしたい、と考えております。

 総選挙では全国各地を駆け巡り、地方にお住いの皆さんや、中小・小規模事業の皆さんなどの声を、直接伺う機会を得ました。こうした多様な声に、きめ細かく応えていくことで、アベノミクスをさらに進化させてまいります。

経済対策を早期に実施し、成長戦略を果断に実行する。今年も、経済最優先で政権運営にあたり、景気回復の暖かい風を、全国津々浦々にお届けしてまいります。

今年は、戦後70年の節目であります。

日本は、先の大戦の深い反省のもとに、戦後、自由で民主的な国家として、ひたすら平和国家としての道を歩み、世界の平和と繁栄に貢献してまいりました。その来し方を振り返りながら、次なる80年、90年、さらには100年に向けて、日本が、どういう国を目指し、世界にどのような貢献をしていくのか。

私たちが目指す国の姿を、この機会に、世界に向けて発信し、新たな国づくりへの力強いスタートを切る。そんな一年にしたいと考えています。

 「なせば成る」。

上杉鷹山のこの言葉を、東洋の魔女と呼ばれた日本女子バレーボールチームを、東京オリンピックで金メダルへと導いた、大松監督は、好んで使い、著書のタイトルとしました。半世紀前、大変なベストセラーとなった本です。

 戦後の焼け野原の中から、日本人は、敢然と立ちあがりました。東京オリンピックを成功させ、日本は世界の中心で活躍できると、自信を取り戻しつつあった時代。大松監督の気迫に満ちた言葉は、当時の日本人たちの心を大いに奮い立たせたに違いありません。

 そして、先人たちは、高度経済成長を成し遂げ、日本は世界に冠たる国となりました。当時の日本人に出来て、今の日本人に出来ない訳はありません。

国民の皆様とともに、日本を、再び、世界の中心で輝く国としていく。その決意を、新年にあたって、新たにしております。

 最後に、国民の皆様の一層の御理解と御支援をお願い申し上げるとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

平成27年1月1日
内閣総理大臣 安倍晋三
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2015/0101nentou.html

この「年頭所感」の冒頭は、昨年までの安倍内閣の「業績」を語っている。経済の再生、東日本大震災からの復興、教育の再生、社会保障改革、外交・安全保障の立て直し、地方創成、女性が輝く社会の実現という課題ー安倍首相によれば「戦後以来の大改革」ーに取り組んできたとし、昨年末の総選挙で国民の信任を得たと述べている。

そして、今年は日本の将来をみすえた「改革断行の年」にしたいとして、二つの課題を提起している。第一の課題は「アベノミクスのさらなる進化」である。安倍首相は、「経済対策を早期に実施し、成長戦略を果断に実行する。今年も、経済最優先で政権運営にあたり、景気回復の暖かい風を、全国津々浦々にお届け」するとしている。といっても、具体策が提起されているわけではない。

安倍首相のあげている第二の課題は、戦後70年を迎えて平和国家としての戦後日本を前提としながら、「日本が、どういう国を目指し、世界にどのような貢献をしていくのか」を世界に発信し、新しい国づくりのスタートを切るということである。これは、一見、今までの「平和国家」としての日本を維持していくかにみえる。しかし、たぶん、安倍首相の心底では「新しい国づくり」のほうに力点があるのだろう。

さて、後半は、安倍政権の業績とも政策課題とも違った、「ポエム」のような「心情告白」である。安倍首相は、東京オリンピックの際の日本女子バレーボールチームの大松監督が使った言葉「なせば成る」を声高らかに宣言している。安倍首相は、「戦後の焼け野原の中から、日本人は、敢然と立ちあがりました。東京オリンピックを成功させ、日本は世界の中心で活躍できると、自信を取り戻しつつあった時代。大松監督の気迫に満ちた言葉は、当時の日本人たちの心を大いに奮い立たせたに違いありません。そして、先人たちは、高度経済成長を成し遂げ、日本は世界に冠たる国となりました」と主張している。このなかでは東京オリンピックと戦後復興ー高度経済成長の課程が二重写しにされているのである。

そして、「当時の日本人に出来て、今の日本人に出来ない訳はありません。国民の皆様とともに、日本を、再び、世界の中心で輝く国としていく。その決意を、新年にあたって、新たにしております。」と語りかけているのである。

いわば、「東京オリンピック」を象徴として、戦後復興ー高度経済成長の過程が、過去の「成功体験」として認識されており、「なせば成る」というスローガンのもとに、現在の日本人でもそのような成功が可能なのだとハッパをかけているのである。

ある意味で、安倍首相が考えている、「戦後日本」で受け継ぐべきものとは、この心情告白によって十二分に語られているといえよう。そして、このことは、みずからの親族ー祖父岸信介、大叔父佐藤栄作を継承することでもあるのだ。

しかし、このことは、単に安倍首相の個人的なパーソナリティに還元するだけではとどまらない。安倍首相を積極的であれ消極的であれ支持する人びとはいるのだ。先行きが見えないままー特に民主党政権の「挫折」と3.11以降ー、過去の「成功体験」に依拠するしか未来の展望をもてないということが普遍化していることが問題なのである。

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本年2014年、富岡製糸場が世界遺産に登録された。それを伝える朝日新聞のネット配信記事をまずみておこう。

富岡製糸場、世界遺産に決定 国内18件目
長屋護=ドーハ、藤井裕介2014年6月21日17時13分

カタールのドーハで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は21日、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を世界文化遺産に登録することを決めた。日本からの文化遺産への登録は昨年の「富士山」(山梨、静岡両県)に続く14件目。自然遺産と合わせた国内の世界遺産は18件となった。国内で近代以降につくられた産業施設の登録は初めて。

特集:富岡製糸場
「富岡製糸場と絹産業遺産群」は、1872年に殖産興業を担う官営工場として設立された「富岡製糸場」(富岡市)のほか、蚕の卵の品種改良や農家への養蚕指導の拠点となった「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)と「高山社跡」(藤岡市)、自然の冷気を利用した卵の貯蔵施設「荒船風穴」(下仁田町)の4資産で構成。富岡製糸場を中心に、海外から導入した技術を改良して良質な繭を生産し、かつては春に1回だった養蚕を夏や秋にも可能として生糸の増産につなげた。政府は、世界の絹産業発展させた象徴的な施設として推薦した。

今年4月、ユネスコの諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が「日本が近代工業化世界に仲間入りする鍵となった」と高く評価し、ユネスコに登録を勧告していた。

登録決定を会場で見届けた群馬県の大沢正明知事は、採決後に英語でスピーチし、「今後はこの喜びを忘れることなく、この遺産を保全し、将来の世代に伝えていくために最善を尽くします」と語った。(長屋護=ドーハ、藤井裕介)http://www.asahi.com/articles/ASG6M5Q0TG6MUCLV00F.html

そして、イコモスによる世界遺産への登録勧告がなされた4月以降、富岡製糸場への見学者が激増するようになった。例えば、8月15日のJ-CASTテレビウオッチは、次のように伝えている。

世界遺産に登録後初めてのお盆休みとなった富岡製糸場(群馬県富岡市)は、きのう14日(2014年8月)の入場者数が8576人と過去最高となった。入場待ちの行列がオープンしてすぐ200メートルを超え、待ち時間は約1時間30分。正午前の気温を木内亨・取材ディレクターが測ると31・4度と酷暑ではないが、湿度は84%もある。製糸場はうちわを配ったり、ミスト扇風機を設置したりと対応に追われた。
http://www.j-cast.com/tv/2014/08/15213176.html

11月23日(日)、私は別の用事で群馬県で訪れたが、そのついでに富岡製糸場にむかった。やや遠くだが無料駐車場などもあり、車をとめることには苦労しなかった。しかし、町並みを抜けて、富岡製糸場の前にきて驚いた。下記の写真をみてほしい。

富岡製糸場前

富岡製糸場前

富岡製糸場前は、それこそ黒山のような人だかりであった。入場を待っている人々の列は、100−200メートルぐらいになっていた。たぶん、先の記事のように、待ち時間は1時間半ぐらいになっていただろう。製糸場内もかなり混雑しているだろうと予測できた。結局、入場をあきらめざるを得なかった。

まあ、世界遺産になれば、当然ながらそれまでよりも入場者は増えることになるだろう。東京からも比較的近くてアクセスも容易である。また、そもそも観光地として開発されたものではないから、施設のキャパシティも限定されるだろう。人ごみもまた仕方なかろう。

とはいえ、これほどまでに近代化遺産としての「富岡製糸場」の人気が高いとは想定していなかった。それは、一つに「近代化」の時代についての郷愁があると思えるのである。そして、それは、日本を「先進」とし、中国・朝鮮などの東アジア諸国を「後進」とするものでもあった。その意味で、「近代化」とは、日本のナショナリズムの大きな源泉でもあったのである

現在、中国・韓国の成長の前で、「先進」日本というアイデンティティは脅かされているといえる。中韓両国に対する過剰な対抗意識の表出はその一つの現れであろう。他方で、「近代化」時代への「郷愁」を生むことになったのではないか。まさに、近代化の「先進」国であった時代に回帰したいという思いへと。そして、それは、脅かされたアイデンティティを一時的でもナショナリズム的に「癒す」ものともいえよう。それが、近代化遺産である富岡製糸場への人気につながっていったのではなかろうか。

しかし、それは、一面的なものである。製糸業が日本の近代化に寄与したのは事実だが、実際にその労働を担った女工たちの待遇は、「ああ野麦峠」に書かれているように、一般的に劣悪だった。官営模範工場であった富岡製糸場はそれほど劣悪ではなかったらしいが、民営化されて待遇が悪化したようである。ハフィトンポストは「富岡製糸場はブラック企業だったのか? 世界遺産に登録される理由とは」(2014年4月28日)次のように伝えている。

しかし、各種報道によると実際には富岡製糸場は、少なくとも設立当初の官営時代は1日8時間労働で夏冬の長期休暇があるなど、明治期の労働環境としては世界でも異例なほど恵まれていた。日本の民営工場の模範になることを目指した官営施設だったため、採算を度外視して福利厚生にも力を入れていたようだ。
(中略)
ただし、富岡製糸場が官営工場だった時代は、115年の歴史のうちのごく一部だ。創業19年後の1891年には、三井家に払い下げられ民間工場となった。その後、1902年に原合名会社、1939年に片倉製糸紡績会社(現片倉工業)と経営母体は変わっていった。民営化されたことで、繁忙期には1日あたりの勤務時間が約12時間になるなど、労働環境は厳しくなったようだ。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/04/27/tomioka-silk-mill_n_5224176.html

ハフィトンポストは、「日本の近代化に大きな貢献を果たした富岡製糸場。世界遺産指定でその正と負の両方の面が問われることになりそうだ」と問いかけている。今や「近代化」の功罪こそが検討されなくてはならない。しかし、たぶん、多くの見学者にそのような認識はなかろう。日本が「先進国化」した「近代化の時代」への回帰という幻想的な郷愁、それが富岡製糸場に人を向かわせているのではなかろうか。そして、このような「幻想的な郷愁」は、現代日本社会の随所で見出だせるのである。

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さて、やや旧聞になるが、『中央公論』2014年5月号に宮家邦彦(元外交官、現キャノングローバル戦略研究所研究主幹)・加茂具樹(慶應義塾大学准教授、現代中国政治学専攻)の「対談ー中国共産党崩壊のシナリオはありうるか」という記事が掲載された。特に、宮家の発言には、現在の「外交実務家」たちの中国をめぐる意識が露呈されているように思える。宮家は『語られざる中国の結末』(未見)という本を出しているそうであるが、この対談の中でその中身が紹介されている。それによると、宮家は、中国の今後を、中国が統一を保つか分裂するか、民主化するか独裁化するなど7つのケースに分けてシュミレーションしている。しかし、対談相手の加茂は「すべてのシュミレーションの前提として、米中の衝突を想定されていますね」と指摘した。それに対して、宮家は、このように答えている。

宮家 中国に民主化、あるいは崩壊の可能性があるとするなら、そのきっかけは現時点では外的要因しか考えられなかったからです。
 格差が広がったといっても、つい最近まで「10億総貧乏」だった国ですから、それによって人々が本気で怒りだして政権が崩壊するほどの暴動が起きるとは思えない。また、あれだけの国家ですから、局所的な暴動なら簡単に抑え込める。そして、少々の外圧なら耳を貸さなければいい。それで、米中の武力衝突を前提にしました。

加茂は、さらに「共産党政権が米国への挑戦を選択する理由は何ですか…共産党政権は、実際に、国際社会における影響力の拡大を一貫して追求していますが、どうやって米国と対話し、調整して共存していくかもずっと模索しています」と指摘した。宮家は、次のように応答している。

宮家 それは分かります。だからといって、米中衝突が「絶対ない」とは言えない。1930年代の日本をとっても、米国と武力衝突することでどれほどの利益があったのか。冷静に考えてみれば分かりそうなものですが、当時の日本人は戦争を選択してしまう。
 当時の日本もいまの中国もコントロールできないのはナショナリズムです。ただ、中国経済はまさに対外関係で持っているので、下手に動けば制裁される。そうなると資源がない分、ロシアより深刻です。そう考えれば米中の武力衝突の可能性は相当低い。とはいえ、ロシアは経済的なメリットがほとんどないにもかかわらずクリミア半島を軍に制圧させた。いつの時代もナショナリズムは判断を曇らせる厄介なもので、損得勘定を度外視させる危険がある。

宮家は、いわばナショナリズムの暴発によって利害をこえて中国がアメリカと衝突する可能性があるというのである。しかし、加茂は「僕は、中国における政治的な社会的な変化の重要な契機は、中国共産党内のエリート間の利害対立の先鋭化にある」と発言し、「宮家さんのシュミレーションに話を戻すと、それぞれ可能性を論じてみて、最終的には、当面、このまま変わらない蓋然性が高い」と指摘した。宮家も「このマトリックスをやってよかったと思っているのは、真面目に議論すればするほど、いまの中国のシステムがいかに強靭であるかということを再認識させられたことなんです」と述べている。

その上で、宮家は、次のように発言している。

宮家 ところで、日本にとって真に最悪のシナリオは、中国が民主化されて超優良大国になることだと思います。そうするとまず、日本の存在価値が低くなる。そして、いずれ米国はアジアから軍を引き揚げることになるでしょう。しかし、超優良大国になっても国内のナショナリズムがなくなるわけではありませんから、引き続き日本は中国に叩かれる。それなのに両国間の緊張が高まったときに、もうアジアに米国はいない、となったら悪夢です。日本はすべての国防政策を見直さなければなりません。それはバッドニュースです。ただ、グッドニュースは、縷々見てきたとおり、中国がそう簡単には民主化される可能性がないこと。(笑)

宮家の議論には、中国に対する大きなコンプレックスが見て取れる。彼からみれば、中国共産党政権は、内部抗争でも「少々の外圧」でも変わらないー「民主化」にせよ「崩壊」にせよーのである。つまりは日本側の作為でも変えることはできないのだ。そして、この「変わらない中国」の「ナショナリズム」によって日本は叩かれ続けるという。それを交渉によって変えようということは問題にもされていない。「強大な中国」と「卑小な日本」とでもいうべきイメージが垣間見えている。この中国に対抗するためには、アメリカに依存するしかないと宮家は考える。このように、中国に対するコンプッレクスは、アメリカへの依存を強めていくことに結果していくのである。そして、ここでも、「強大なアメリカ」と「卑小な日本」というイメージが表出されている。

そして、最終的には、次にような逆説に行きつく。中国に対抗するためには、東アジアにアメリカ軍がいてもらわなくてはならない。中国が「民主化」すれば、アメリカ軍が東アジアにいる必要がなくなる。ゆえに日本にとって「中国の民主化」は「最悪のシナリオ」なのだと宮家は主張するのである。他方で、宮家は、米中の衝突によって「中国が変わる」ことを「シュミレーション」という形で夢想するのである。

宮家は、現在のところ、外務省などの公職についていない。ただ日米安全保障条約課長や中国公使なども勤めており、安倍外交を現在担っているいわゆる外交実務家とかなり意識を共有しているだろうと考えられる。特定秘密保護法制定、憲法解釈の変更による集団的自衛権行使、普天間基地の辺野古移転強行などにより、「日米同盟強化」をめざす。その一方で、靖国参拝など中国のナショナリズムを刺激することで、米中関係を緊張させる。これらのことにより、政治・経済面で台頭していると意識されている中国に対して、アメリカに依存して対抗していこうとするのである。

それは「中国の民主化」をめざしてのことではない。あくまでも、彼らの考える日本の「国益」なるものが中心となっている。アメリカ政府の「民主化」要求は、もちろん、一種の大国主義的であり、欧米中心主義的なものではあるが、建前では「普遍主義的価値観」に基づいてもいるだろう。日本の元外交官である宮家は、そのような普遍主義的価値観を共有していない。むしろ、「中国の民主化」が挫折したほうが、日本にとって「グッドニュース」だというのである。この論理は、アメリカに依存して中国に対抗しようとしながら、アメリカの価値観とは共有しない自国中心主義なものといえよう。宮家が表明しているこの論理は、安倍外交の基調をなしているようにみえるのである。

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10月12日、ニューヨークタイムズは、安倍政権の教育政策を批判する記事を掲載した。その一部を下記に紹介しておこう。

日本の教育現場では国際感覚に優れた人材の育成が求められる一方で、同時に国家主義的教育の実施も要求され、教育政策の立案現場には困惑が生じています。
日本では『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ、近隣諸国の不興を買っています。
しかし日本では同時に、大学の国際競争力を高めるためその国際化と広く門戸を開く取り組みが行われています(後略)
(マイケル・フィッツパトリック「安倍政権の教育現場への介入が生む混乱と困惑」 / ニューヨークタイムズ 2014年10月12日、日本語訳はhttp://kobajun.chips.jp/?p=20395より)。

この記事の主眼は、安倍政権においては、いわゆる教育の「国際化」をしているにもかかわらず、それとは矛盾した形で、教科書の書き換えなどの教育の愛国化が進められているということにある。本記事では、「アジアの近隣諸国は、新たな『愛国主義的教育』が日本を平和主義から国家主義体制へと変貌させ、戦争時の残虐行為については曖昧にしてしまう事を恐れています。そして戦後の日本で長く否定されてきた軍国主義について、その価値感を復活させたとして安倍首相を批難しています」とし、さらに「日本の新しい教科書検定基準と記述内容は、アメリカ合衆国を始めとする同盟国においてさえ、幻滅を呼んでいます」と指摘した。

このニューヨークタイムズの記事に対し、10月31日、下村博文文科相は文科省のサイトで反論した。下村は、反論の冒頭で、次のように述べた。

平成26年(2014年)10月12日のインターナショナル・ニューヨークタイムズ紙において、日本の教育戦略が分裂しているとの批判記事が掲載されました。記事では、「日本はナショナリズムとコスモポリタニズムを同時に信奉しており、教育政策立案者たちの不明瞭な姿勢を助長している。彼らは、彼ら自身が『愛国的』と呼ぶ主義にのっとって教科書を改訂し、その過程でアジアの近隣諸国を遠ざけている」としていますが、それは全く事実と異なっています。

我が国は、ナショナリズムを助長するのではなく、グローバル社会に適応するための人材の教育に大きく舵(かじ)を切って取り組んでいます。その改革のポイントは次の3つです。すなわち、英語教育、大学の国際化、そして日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育です。(下村博文文科相「平成26年(2014年)10月12日付 インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙の記事について」、2014年10月31日)(http://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/1353247.htm)

これに続いて、いかに日本の教育が国際化に努力しているかを縷々述べている。このことについては省略する。

そして、「日本人としてのアイデンティティの確立のための伝統、文化及び歴史の教育」についてこのように述べている。

その際に、日本の学生は海外で日本のことを語れないとの経験者の声が沢山出ていますが、真のグローバル人材として活躍するためには、日本人としてのアイデンティティである日本の伝統、文化、歴史を学ばなければ、世界の中で議論もできませんし、日本人としてのアイデンディディも確立できません。残念ながら、日本の若者はこのような状況に遭遇することが多くなっています。

これは、日本の個々の学生の問題ではなく、日本の教育において、日本の伝統、文化、歴史をしっかりと教えてこなかった日本の学校教育の問題であるととらえています。各国・各民族には、当然相違があります。しかし、多様な価値観を持つ国際社会の中で、それらを認めながら生きていくためには、日本の価値観をしっかりと教えることで、他国の価値観を尊重する姿勢を持たせなければなりません。そうでなければ、伝統、歴史、文化の違いを語れません。

インターナショナル・ニューヨークタイムズ紙では、「ナショナリズム」との言葉を使って批判していますが、日本の伝統、文化、歴史を教えることは、「ナショナリズム」との言葉に当てはまらないと考えます。なぜなら、日本のアイデンティティを教えることは他国、特に近隣諸国を侮蔑、蔑視する教育ではないからです。日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は「和の精神」です。

2011年の東日本大震災の被災者のその後の行動が象徴するように、日本人の精神の根底には、「絆(きずな)」、「思いやり」、「和の精神」があることは世界の人達にも認識していただいていると考えています。

つまり、日本の伝統、文化、歴史を学校教育で教えることは、「ナショナリズム」との表現に当てはまらないものです。我が国が古来の伝統、文化、歴史を大切にすることと、国際社会で共生することは、相矛盾せず、逆に、日本への理解を深める教育をすることがグローバル化した世界で日本人が活躍するために重要であると認識しています。

21世紀の国際社会において日本及び日本人が果たすべき役割は、日本古来から培ってきた「和の精神」、「おもてなしの精神」です。2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、是非、それを世界の人達に見てもらう、そのような教育をすることによって、より広く、日本の教育の方向性が世界の人達に共有性をもってもらえる改革を進めていきたいと考えています。

この文章では、日本人が国際化するために日本の価値観を学ばせており、他国ー近隣諸国を蔑視するものではないから「ナショナリズム」教育ではないとしている。「『愛国的教育』の実践への圧力が強まる中、教科書の内容を書き換える作業が進められ」ているというニューヨークタイムズの批判には全く答えていない。偏狭であるかどうかは別として、「日本の伝統、文化、歴史を教える」こと自体、ナショナリズムではないということはいえないと思う。

といっても、私が最も驚いたのは「日本古来の価値観としては、世界に先駆けて7世紀に聖徳太子が17条憲法を制定していましたが、その根本は『和の精神』です」というところであった。確かに「十七条憲法」の冒頭に、「一曰、以和爲貴、無忤爲宗(一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ)」(Wikipediaより)とかかげられている。「十七条憲法」については、聖徳太子が604年に作ったと720年に成立した国史である『日本書紀』に記述されているが、記述自体にさまざまな疑問が投げかけられている。ただ、聖徳太子が作ったどうかは別として、この時代の朝廷において、統治の重要な原則として「和を以て貴しと為す」が意識されていたとはいえよう。

しかし、これは、「日本古来の価値観」のものなのだろうか。儒家の祖である孔子(紀元前552-479年)とその門弟たちの言行を記録した「論語」には「有子曰。禮之用。和爲貴(有子曰く、礼の用は和を貴しと為す)」(http://kanbun.info/keibu/rongo0112.htmlより)とある。ここで、「和為貴」といっているのは、孔子の門弟である有子(有若)である。つまり、7-8世紀に「十七条憲法」が作られるはるか昔から、中国の儒家たちはいうなれば「和の精神」を主張していたのであった。それを取り入れて「十七条憲法」が作られたということになる。たぶん、全く意識していなかったであろうが、下村は「十七条憲法」を引き合いに出して「和の精神」を「日本古来の価値観」とすることによって、日本古来の価値観の淵源は「論語」にあると主張したことになるのだ。

これは、直接には下村もしくは文科省の「無知」に起因するといえる。しかし、そればかりではない。儒教的な倫理を日本古来のものと誤認している人々は日本社会に多く存在している。圧倒的な中華文明の影響のもとに成立してきた日本社会において、その文化的アイデンティティなるものを追求していくと、実際には中国起源のものになってしまうという逆説がそこにはある。そして、もし「和の精神」なるものが「世界の人達に共有性」をもってもらえるものならば、それは、日本古来の価値観であるからなどではない。中国においても日本においても通用していたという「普遍性」を有していたからといえよう。

付記:Wikipediaの「十七条憲法」の記述でも、その第一条で「論語」を引用していると指摘されている。

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