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Archive for 2013年7月

私は、昨年度(2012年度)の歴史学研究会大会特設部会において「原発災害に対する不安・批判の鎮静化と地方利益ー電源交付金制度の創設」という報告を行い、その冒頭で、次のような主張を行った。

 

本報告の目的は単純である。ひと言でいえば、原発災害に対する、原発が立地する地域社会でのリスク意識をいかに鎮静化してきたということについて、リターンとしての「地方利益」の問題から検討し、そのことが災害リスクを一層拡大していくシステムを確立していったことについて、歴史的段階をふまえて考察することを目的としている。(『歴史学研究』第898号、2012年10月、p177)

この報告では、1974年の電源交付金制度の成立過程を中心に検討したが、翻ってみると、日本の原子力開発のすべての過程で、このようなリスクとリターンのバーターはみられた。日本の原子力開発が始まった1954年は、ビキニ環礁における水爆実験によって第五福竜丸などが被曝した年でもあった。この第五福竜丸の被曝は、広島・長崎における原爆投下の記憶を有していた日本の人びとに放射能汚染の恐怖を再認識させたものであり、核兵器の廃絶を求める原水禁運動の出発点となった。しかし、このように、原子力におけるリスクを意識していたにもかかわらず、原水禁運動に携わっている人びとですら、原子力の「平和利用」によって、リターンー利益を得ることを期待していたのである。

といっても、原子炉事故によって生じる放射能への恐怖というリスク認識は払拭しがたいものであった。結局のところ、1950〜1960年代の政府も、原子炉事故によって多くの人びとが被曝し、生産活動に多大な支障をあたえる危険性がある大都市圏に原発のような大容量の原子炉を置くことを忌避し、人口の少ない過疎地に原発を立地することを志向した。いわば、原発のリスクは公言されなくても、意識されていた。

原発を受け入れた福島県においても、原発による放射能汚染のリスクは全く意識されていなかったわけではない。しかし、地域開発というリターンを期待して、原発を受け入れたのである。さらに、1970年代になり、原発建設反対運動が立地地域で盛んに展開されると、それを鎮静化するために、電源交付金制度を1974年に創設したのである。その後も、度重なる原発事故によってリスクが強く意識されることはあったが、安全策をとってリスクを軽減しようという試みよりも、原発によるリターンを過大に意識させることで乗り切ろうとしていたのである。

今、安倍政権が行っている、アベノミクスという名において経済成長政策を行い、その中に原発の積極的再稼働を位置づけるという営みは、日本全国の人びとを相手に、リスクとリターンのバーターを行おうとするものにほかならない。安倍政権の与党である自民党の現在の参議院選挙の公約における経済の項目をみてみよう。まず、経済の項目における冒頭の「総論」にあたる部分をみてみよう。

さあ、経済を取り戻そう。

「瑞穂の国」の資本主義は、開かれた市場における自由な競争と長期的な国内投資によりダイナミックな経済活動を創出するとともに、勤勉を尊び、道義を守ることです。
頑張る方々に、広く成長の果実が行き渡る経済を実現します。

日本経済の新しい姿
●「再生の10年」へ。自民党は、「縮小均衡の分配政策」から「成長による富の創出」への転換をお約束しました。安倍政権発足後、速やかに大胆に政策方針を転換し、日本は再起動しました。
●まずは、アベノミクスの「3 本の矢」を一体的に推進するとともに、「経済再生と財政健全化の両立」に向けた取組みを通じて、デフレからの早期脱却とともに、持続的成長への道筋を確かなものにします。
●「世界で一番企業が活動しやすい国」「民間の活力と個人の能力が、常に最大限に発揮される社会」を実現します。絶え間なくイノベーションが起き、日本列島の隅々まで活発な経済活動が行き渡り、雇用と所得が増え、一人ひとりが景気回復を実感でき、共に日本の未来に大きな希望を抱ける日まで、強力に迅速に改革を進めます。
●国際リスクなど内外の環境変動に強い新しい経済モデルを確立します。「産業投資立国」と「貿易立国」の双発型エンジンが互いに相乗効果を発揮する「ハイブリッド型経済立国」を目指しています。
●今後10年間の平均で、名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度の成長実現を目指します。

ここで、「アベノミクス」自体の詳細は省くが、安倍政権は「成長による富の創出」をめざすとし、名目GDP成長率年3%、実質GDP成長率年2%を「公約」としている。そして、「世界で一番企業が活動しやすい国」とすることを実現することを目的とするとしている。

続いて、資源・エネルギーのところをみておこう。

資源・エネルギー大国への挑戦

●資源小国(輸入国)から資源大国(資源・エネルギー技術を活かしたシステム等の輸出国)へ転換させ、地球規模での安全・安心なエネルギー供給体制の普及拡大に貢献します。
●わが国のエネルギー安全保障上、資源・エネルギーの多様で多角的な供給構造を確立します。
今後3年間、再生可能エネルギーの最大限の導入促進を行います。
また、海洋産業を育成し、自国経済水域内の天然ガス、メタンハイドレート、レアアース泥等の探査・技術開発・利用の促進を集中的に行い、さらに、北米のシェールガス等の新規輸入等により調達コストを低減させます。
●省エネ・再エネ・蓄電池・燃料電池等を活かした分散型エネルギーシステムの普及拡大を図るとともに、世界最高水準のスマート・コミュニティや原子力技術等のインフラ輸出の支援体制を強化します。2020 年に約 26 兆円(現状8兆円)の内外のエネルギー関連市場を獲得することを目指します。
●これまでのエネルギー政策をゼロベースで見直し、「電力システム改革」(広域系統運用の拡大・小売参入の全面自由化・発送電分離)を断行します。
●原子力発電所の安全性については、原子力規制委員会の専門的判断に委ねます。
その上で、国が責任を持って、安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をいたします。
●次世代への責任を果たすべく、高レベル放射性廃棄物の「大幅な有害期間の短縮・毒性の低減化」の研究開発を加速させます。
●次世代自動車については、2030 年までに、新車販売に占める割合を5割から7割とすることを目指し、研究開発支援や効率的なインフラ整備等を進めます。
●国際宇宙ステーション「きぼう」における宇宙太陽光発電システムの実証計画を策定します。

まず、最初のところで、資源・エネルギー技術の輸出大国になるとし、その後で、原発輸出を主張している。もちろん、再生可能エネルギー開発や、メタンハイドレート・シェールガスなどの新たなエネルギー資源の利用、電力システム改革にも言及している。しかし、原発再稼働については、「原子力発電所の安全性については、原子力規制委員会の専門的判断に委ねます。その上で、国が責任を持って、安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をいたします。」と、「安全と判断された」原発の再稼働について、地元自治体を積極的に説得していると述べているのである。

現在、世論調査では、大体のところ、半数程度が原発再稼働に反対している。原発再稼働に賛成している割合は少ない。ここでは、共同通信のネット配信記事(7月17日付)をあげておこう。

共同通信社は13、14両日、参院選での有権者の動向を探るために全国電話世論調査(第4回トレンド調査)を実施した。政府が「安全性は確認された」とした原発の再稼働について、反対が50・6%、賛成40・0%だった。比例代表の投票先政党の1位は自民党で前回調査の29・8%に比べ30・6%とほぼ横ばいだった。安倍内閣の支持率は前回の64・2%に対し65・3%で堅調に推移した。
 原発再稼働への反対が半数を超えたことで、原発政策が参院選終盤の論争の焦点となりそうだ。積極姿勢の安倍政権はあらためて慎重な判断が迫られることになる。
http://www.47news.jp/47topics/e/243507.php

このように、安倍政権は、有権者の多くが支持しない政策を実施しようとしているのだが、それでも、世論調査によると、有権者の多くが安倍政権を支持しているとしている。毎日新聞が7月14日にネット配信した記事をみておこう。

毎日世論調査:参院比例投票先、自民減少37%
毎日新聞 2013年07月14日 20時04分(最終更新 07月15日 02時41分)

 21日投開票の参院選を控え、毎日新聞は13、14の両日、全国世論調査を実施した。参院比例代表の投票先を聞いたところ、自民党が37%とトップで、公明党、日本維新の会、みんなの党が各8%で続いた。自民党の「1強」状態が続くが、自民は6月の前回調査と比べ8ポイント減少した。安倍内閣の支持率は55%で、前回から5ポイント減。ただ参院での自公過半数を望む声は前回に続いて半数を超えた。

 ◇安倍内閣支持率は55%
 参院の比例投票先は、自公の与党で45%(前回は51%)となった。維新の会は前回(5%)から3ポイント増加し、橋下徹共同代表の慰安婦発言による落ち込みがやや回復した。民主党は7%、共産党は4%。前回同様、男女ともすべての年齢層で、自民党を投票先として挙げた人がもっとも多かった。

 また、内閣支持率は55%で発足時(2012年12月)の52%に近づいた。3月調査(70%)▽4月(66%)▽5月(66%)▽6月(60%)で、2回連続の下落は内閣発足以来初めて。

 安倍内閣の高支持率を支える「アベノミクス」は期待先行の側面がある。首相の経済政策によって景気回復が期待できると思うかを聞いたところ「期待できる」は50%で、「期待できない」の41%を上回った。ただ、期待できるとした人の割合は3月調査(65%)▽4月(60%)▽5月(59%)▽6月(55%)と減少傾向。さらに「生活する上で、景気がよくなっていると実感しているか」と尋ねたところ「実感していない」は78%にのぼり、「実感している」の16%を大きく上回った。

 安倍内閣の支持層では「景気回復が期待できる」が82%を占めたのに対し、不支持層では「期待できない」が88%にのぼった。また景気回復を「実感していない」とした人は安倍内閣の支持層では68%なのに対し、不支持層では96%にのぼった。

 景気回復への期待感は内閣支持率と強い相関関係があり、内閣支持率下落はアベノミクスへの期待がややはがれ落ちていることを示しているとみられる。

 一方で自公の与党が参院で過半数の議席を獲得した方がいいと思うかを尋ねたところ、「思う」と答えた人は52%(前回は57%)で、「思わない」の39%(同37%)を大きく上回った。【鈴木美穂】
http://senkyo.mainichi.jp/news/20130715k0000m010047000c.html

毎日新聞によると、やや下がりながらではあるが、内閣支持率は55%あることになっている。そして、その大きな要因が、アベノミクスに対する期待であり、これも約50%の人が期待できるとしているのである。景気回復について、実感がないという人が78%もいるにもかかわらずである。結局、経済成長というリターンへの「期待」が内閣支持率をおしあげているのである。

毎日新聞の記事が書いているように、今回の参院選においては、安倍政権の与党である自由民主党・公明党が優位であるといえる。そして、参院選後において、安倍政権は、これまで以上に原発再稼働に積極的になっていくと考えられる。そうなった場合、究極のところ、原発に対するリスク認識が、経済成長というリターンによってバーターされるということになろう。もちろん、こうなることは望ましい未来ではない。こうならないように努力している人たちも多くいる。その上で、結局、安倍政権が参院選で勝利するということは、そういう意味があるということをここでは指摘しているのである。

しかし、これでは、あまりに悲観的なので、もう少し、希望のあることを述べておこう。安倍政権がなりふりかまわずに、「経済成長」を旗印にしているが、それは、結局のところ、「世界で一番企業が活動しやすい国」をめざすことにすぎない。企業が一番活動しやすいことと、人びとが暮らしやすいことが相反することが、アベノミクスの進行の中で、より鮮明になってくると思われる。今後、「企業が一番活動しやすい」という「経済成長」を至上の価値として信奉することから脱却することが、いろんな課題ー脱原発、生活保障、自国産業保護などーを解決することの前提にあるということ、このことがより一般的に理解されてくると思うのである。つまり、「経済成長」という「リターン」自体が「無意味」なものであることがしだいに認識されてくると私は考えている。それは、引用した毎日新聞のネット記事の内閣支持率の相対的低下ということにも徴候は現れていると思う。

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今回、国旗国歌法の審議過程においてあかるみにされた矛盾についてみていこう。1999年8月9日、小渕内閣において「国旗・国歌法」(正式には「国旗及び国歌に関する法律」)が成立した。法律自体はシンプルで、国旗を日章旗に、国歌を君が代とすることを定めただけである。しかし、この国旗・国歌法は矛盾をかかえていた。この国旗・国歌法は、1989年の学習指導要領において、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定されて、公立学校の入学式や卒業式などで国旗掲揚・国歌斉唱が事実上義務付けられたことを前提としたものであった。少なくとも、学校教育の現場で儀式に携わる教員たちが国旗・国歌を扱うことは、当然の責務として考えられていた。

例えば、当時の文部大臣有馬朗人は、このように答弁している。

一般に,思想,良心の自由というものは,それが内心にとどまる限りにおいては絶対的に保障されなければならないと考えております。しかし,それが外部的行為となってあらわれるような場合には,一定の合理的範囲内の制約を受け得るものと考えております。
 学校において,校長の判断で学習指導要領に基づき式典を厳粛に実施するとともに,児童生徒に国旗・国歌を尊重する態度を指導する一環として児童生徒にみずから範を示すことによる教育上の効果を期待して,教員に対しても国旗に敬意を払い国歌を斉唱するよう命ずることは,学校という機関や教員の職務の特性にかんがえてみれば,社会通念上合理的な範囲内のものと考えられます。そういう点から,これを命ずることにより,教員の思想,良心の自由を制約するものではないと考えております。
(平成11年7月21日 衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会 文部大臣)
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

しかし、国会審議の中で、当時の日本共産党や社会民主党などからさまざまな異論を出された。例えば、6月29日の衆議院本会議で、日本共産党の志位和夫衆議院議員は、小渕恵三総理大臣に次のように問いかけた。

どのような形であれ、思想、良心の自由など人間の内面の自由に介入できないことは、近代公教育の原理であり、教育基本法の原則ではありませんか。日本共産党は、法律に根拠がない現状ではもちろん、我が党が主張するように国民的討論と合意を経て法制化が行われたとしても、国旗・国歌は、国が公的な場で公式に用いるというところに限られるべきであって、国民一人一人にも教育の場にも強制すべきものではないと考えます。総理の見解を問うものであります。

そして、小渕恵三は、次のようにこたえている。

良心の自由についてお尋ねがありましたが、憲法で保障された良心の自由は、一般に、内心について国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないという意味であると理解をいたしております。学校におきまして、学習指導要領に基づき、国旗・国歌について児童生徒を指導すべき責務を負っており、学校におけるこのような国旗・国歌の指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでありまして、子供たちの良心の自由を制約しようというものでないと考えております。
 教育現場での教職員や子供への国旗の掲揚等の義務づけについてお尋ねがありましたが、国旗・国歌等、学校が指導すべき内容については、従来から、学校教育法に基づく学習指導要領によって定めることとされております。学習指導要領では、各教科、道徳、特別活動それぞれにわたり、子供たちが身につけるべき内容が定められておりますが、国旗・国歌について子供たちが正しい認識を持ち、尊重する態度を育てることをねらいとして指導することといたしておるものであります。http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=15652&SAVED_RID=1&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=8&DOC_ID=2248&DPAGE=1&DTOTAL=10&DPOS=7&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=15931

この答弁は微妙である。子供たちの良心の自由を制限するものではないとしながらも、国民として必要な基礎的・基本的な内容を身につけさせるためには、学習指導要領に基づいて国旗・国歌の指導は必要だとしているのである。

ただ、この答弁は、ともあれ、おおっぴらに児童・生徒に対して国旗・国歌を強制すべきではないということにもなろう。例えば、7月21日、有馬文相はこのように答弁している。

どのような行為が強制することになるかについては,当然,具体的な指導の状況において判断をしなければならないことと考えておりますが,例えば長時間にわたって指導を繰り返すなど,児童生徒に精神的な苦痛を伴うような指導を行う,それからまた,たびたびよく新聞等々で言われますように,口をこじあけてまで歌わす,これは全く許されないことであると私は思っております。
 児童生徒が例えば国歌を歌わないということのみを理由にいたしまして不利益な取り扱いをするなどということは,一般的に申しますが,大変不適切なことと考えておるところでございます。
(平成11年7月21日 衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会 文部大臣)
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

そして、このような態度は、教員たちに対する「強制」についても微妙な配慮を生み出していった。学習指導要領に規定された職務上の責務であるから、それについて職務命令を出すことは可能である。しかし、有馬文相はこのように述べている。

私は,教育というのは根本的に先生と児童生徒の信頼関係であり,またそれを生み出すのは先生方同士の信頼関係だと思っています。ですから,職務命令というのは最後のことでありまして,その前に,さまざまな努力ということはしていかなきゃならないと思っています。
 ただ,極めて難しい問題に入っていったときに最終的にはやむを得ないことがあるかもしれませんが,それに至るまでは校長先生も,また現場の先生方もよくお話し合いをしていただきたいと思っています。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 文部大臣)http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

職務命令を出すことは最後のことにすべきで、それまでによく教員の間で話し合ってほしいと有馬は要望しているのである。

そして、処分についても、有馬文相は次のように述べている。

 

職務命令を受けた教員は,これに従い,指導を行う職務上の責務を有し,これに従わなかった場合につきましては,地方公務員法に基づき懲戒処分を行うことができることとされているところでございます。
 そこで,実際の処分を行うかどうか,処分を行う場合にどの程度の処分とするかにつきましては,基本的には任命権者でございます都道府県教育委員会の裁量にゆだねられているものでございまして,任命権者である都道府県におきまして,個々の事案に応じ,問題となる行為の性質,対応,結果,影響等を総合的に考慮して適切に判断すべきものでございます。
 なお,処分につきましては,その裁量権が乱用されることがあってはならないことはもとよりのことでございます。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 政府委員)

 教育の現場というのは信頼関係でございますので,とことんきちっと話し合いをされて,処分であるとかそういうものはもう本当に最終段階,万やむを得ないときというふうに考えております。このことは,国旗・国歌が法制化されたときにも全く同じ考えでございます。
(平成11年8月6日 参議院国旗及び国歌に関する特別委員会 文部大臣)http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/chronology/sengo2/tsuchi_shiryo.htm

もし、職務命令を受けた教員が従わない場合、処分の権限は都道府県教育委員会がもっているが、その裁量権は乱用すべきではないとし、処分は最後の手段とすべきとしているのである。

ある意味では、「学習指導要領」を根拠とした教育現場における国旗・国歌の強制という論理と、思想の自由を保障するという論理が、国旗国歌法の審議過程ではせめぎあっていたといえる。もちろん、小渕や有馬のいう「思想の自由」は、児童・生徒にせよ教員にせよ、「内心の自由」でしかなく、学校教育現場の国旗・国歌の強制という営為を阻害することは許されなかった。それでも、あからさまな強制を児童・生徒にたいして課すべきではなく、教員についても最後の手段とすべきとはされていたのである。そして、このようなアンパビレンツな態度は、2004〜2005年における日の丸・君が代に対する天皇の発言や、2012年1月に出された、国旗国歌に対する職務命令は合法・合憲とはするものの重すぎる処分は裁量権の乱用にあたるとする最高裁判決にも影響してくるといえる。ここで詳述できないが、その意味で、結果的に国旗国歌法の成立を許したとしても、国会において、国旗国歌法の問題点を洗い出したことは意味があるといえるのである。

付記:なお、1999年6月29日の衆議院本会議における志位和夫と小渕恵三の論戦については国会会議録から引用したが、その他の資料は文部省初等中等教育局が1999年9月にまとめた「国旗及び国歌に関する関係資料集」から引用した。

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6月28日、東京都教育委員会は、実教出版の高校日本史教科書の採択をさけるようにとする通達を出した。それを伝える毎日新聞の記事をまずあげておく。この記事は、この通達の背景まで踏み込んで書いている。

都教委:「教科書使うな」 検定通過の実教出版日本史、国旗国歌「公務員へ強制の動き」記述
毎日新聞 2013年06月27日 東京夕刊
 東京都教育委員会は27日の定例会で、高校で使う特定の日本史教科書に国旗国歌法に関して不適切な記述があるとして、各都立高に「使用はふさわしくない」とする通知を出すことを決めた。高校の教科書は各校長が選定して都道府県教委に報告することになっており、選定に教委が事実上の介入をするのは極めて異例。通知に強制力はないが、都教委は「指摘した教科書を選定した場合は、最終的に都教委が不採択とすることもあり得る」としている。 都教委が問題視しているのは、実教出版の「日本史A」と、来年度向けに改訂された「日本史B」。国旗国歌について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記載している。 都教委は2003年、学校行事で日の丸に向かい君が代を斉唱することを通達で義務付け、従わない職員は懲戒処分にする厳しい対応を取ってきた。最高裁は11年、起立斉唱の職務命令を合憲と判断したが、12年の判決では「減給や停職には慎重な考慮が必要」との判断も示している。 実教出版の日本史Aには11年度の検定で「政府は国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし現実はそうなっていない」との記述に文部科学省の意見がつき、後半を「公務員への強制の動き」などと書き換えて合格。文科省によると、日本史Aの全国シェアは約14%という。 だが、都教委は昨年3月以降、各校に電話で「都教委の考えと合わない」と伝え、13年度の教科書に選定しないよう要求。採択の最終判断は都教委ができることもあり、この教科書を選定した高校はなかった。 14年度から使う教科書を決める昨年度の検定では、同じ記述がある日本史Bも合格。都教委は不使用を徹底するため、今回は文書で通知することにしたという。都教委幹部は「『公務員への強制』という表現は明らかに間違っており、採用するわけにはいかない」と話している。 実教出版は「そうした決定が出たとすれば大変残念だ」とコメントした。【和田浩幸、佐々木洋】http://mainichi.jp/feature/news/20130627dde041100019000c.html

より正確を期して、東京都教育委員会の見解を出しておこう。教育委員会は、実際にはこのような見解を示している。

平成26年度使用都立高等学校(都立中等教育学校の後期課程及び都立特別支援学校の高等部を含む。)用教科書についての見解

 都教育委員会は、各学校において、最も有益かつ適切な教科書が使用されるようにしなければならない責任を有しており、教科書の採択に当たっては、採択権者である都教育委員会がその責任と権限において適正かつ公正に行う必要がある。
 平成26年度使用高等学校用教科書のうち、実教出版株式会社の「高校日本史A(日A302)」及び「高校日本史B(日B304)」に、「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」という記述がある。
 平成24年1月16日の最高裁判決で、国歌斉唱時の起立斉唱等を教員に求めた校長の職務命令が合憲であると認められたことを踏まえ、都教育委員会は、平成24年1月24日の教育委員会臨時会において、都教育委員会の考え方を、「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱について」(別添資料)にまとめ、委員総意の下、議決したところである。
 上記教科書の記述のうち、「一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」は、「入学式、卒業式等においては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導することが、学習指導要領に示されており、このことを適正に実施することは、児童・生徒の模範となるべき教員の責務である。」とする都教育委員会の考え方と異なるものである。
 都教育委員会は、今後とも、学習指導要領に基づき、各学校の入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱が適正に実施されるよう、万全を期していくこととしており、こうした中にあって、実教出版株式会社の教科書「高校日本史A(日A302)」及び「高校日本史B(日B304)」を都立高等学校(都立中等教育学校の後期課程及び都立特別支援学校の高等部を含む。以下「都立高等学校等」とする。)において使用することは適切ではないと考える。
 都教育委員会は、この見解を都立高等学校等に十分周知していく。

 都教育委員会は、委員総意の下、以上のことを確認した。

 平成25年6月27日

東京都教育委員会
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr130627d-2.htm

今回は、国旗国歌法などへの言及は差し控えておく。ここで問題にしたいのは、「国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある。」と書いたことを理由にして、歴史教科書の採択をおしとどめようとする行為自体について考えてみることである。

これは、いわば「思想・信条・学問の自由」を侵害することは言をまたないであろう。さらにいえば、この行為は歴史叙述という行為自体を否定するものである。

まず、2003年以来、東京都教育委員会は、従わないならば処分することを前提にして、入学式・卒業式などで日の丸を掲揚し君が代を斉唱させてきた。これに対して、従わずに処分された教員たちは、その不当さを各地の裁判所に訴えた。この経過についてここでは述べないが、結局、教員たちについては、合意を取らずに、入学式・卒業式などで日の丸を掲揚し君が代を斉唱することが強いられてきたのである。

法令用語研究会編『法律用語辞典』(第四版、有斐閣、2012年)には、次の記述がある。

きょうせい【強制】 ①人の自由な意思を抑圧し、又はそれに反して無理やりに一定の行為をさせること。②相手方をして一定の作為又は不作為の義務を履行させるために、物理的ないしは心理的な圧力を加えること。法はその効力を保障するため、一定の要件の下に公的な強制力を発動する態勢をとっている。法的強制の方法には、物理的な力を行使することによって義務履行があったのと同一の状態を実現する直接的な方法(例、入管二四・五一〜五三)と、法的制裁によって相手方の意思に働きかける間接的な方法とがある。

教員たちに日の丸を掲載させ君が代を歌わせることは「強制」といってもさしつかえないはずである。それは、「合憲」であろうが「合法」であろうが同じことである。刑罰は合憲・合法の「強制」ではないのか。代執行もまた合憲・合法の「強制」ではないのか。

つまり、事実を語ったことを理由にして、東京都教育委員会は実教出版の日本史教科書の採択を忌避したということになる。

これは、つまりは、歴史叙述そのものの侵害とみるべきである。歴史叙述は、実際に起ったことを文章にすることから成立している。もちろん、実際に起ったことが何であったかを知ることは難しく、それに対しては様々な解釈が成り立つ。しかし、今回のようなことは、ことの適否は別として、起った事実の確定は難しくない。そして、それを書くこと自体を差し止めていたら、歴史叙述は成り立たなくなる。

それは、歴史叙述という営みが始まった初期からそうであった。中国の春秋時代を対象にした『春秋左氏伝』の中に次のような記述がある。当時の有力国であった晋の君主霊公は暗愚な君主で、料理がよく煮えていないという理由で料理人を処刑したりしていた。霊公を擁立し、宰相にあたる正卿の地位にいた趙盾は、たびたび霊公を諌めたが、そのため霊公の怒りを買い、霊公より刺客をさしむけられた。趙盾は亡命しようとしたが、従兄弟の趙穿が霊公を殺したので引き返してきた。紀元前607年のことである。

そして、次のようなことが起った。

〔九月〕乙丑の日、趙穿が霊公を桃園で殺すと、宣子(趙盾)が国境の山を越えぬうちに引き返した。大史〔董孤〕は「趙盾、其ノ君ヲ弑ス」と記録して、朝廷に告示した。趙盾が、「事実とちがうぞ」と言うと、こう答えた。
 「子は晋の正卿です。亡げても国境を越えず、もどってからも賊(趙穿)を討とうとしない。〔責任者は〕子以外にはありません」
 宣子は言った。
 「ああ、『詩』(『詩経』)に、
   わが懐ふこと多くして
   われに憂ひを残さしむ  (邶風 雄雉)
とあるのは、我のことだ。」
(『春秋左氏伝』上、岩波文庫)

この場合、趙盾自身には落ち度はなく、霊公を自身で殺してもいない。それでも、史官は「弑ス」と書法通りに表現した。それに対し、趙盾は苦情はいったが、最終的に認めたのである。

このエピソードに対し、孔子はこのように批評した。

 

孔子の評。董孤は古の良き史官である。書法通りに記録して、事実を曲げて隠したりしなかった。趙盾は古の良き大夫である。書法に従って〔弑君の〕悪名を受けた。惜しかった、国境を越えてしまえば〔悪名を〕免れたのに。

『春秋左氏伝』には、この他にも、君主を殺したものたちが「弑ス」と史官たちに記録された話が出て来る。ある場合には、そのことで史官たちが殺されたこともある。それでも、まさに、歴史叙述は、孔子の言うように「書法通りに記録して、事実を曲げて隠したりしなかった」ことによって成り立ってきたのである。

ことの当否や、合憲・合法かどうは別として、卒業式・入学式において、教員たちに日の丸・君が代を強制していることは事実である。その事実を書いたということを理由にして、歴史教科書の採択を忌避するとした東京都教育委員会の今回の通達は、結局、歴史叙述という営みを否定し、抹殺しているものといえるのである。このようなことすらわからない者たちに、歴史教科書の選定などできるわけもないのだ。

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ウルリヒ・ベック「すなわち、近代に伴う危険にあっては遅かれ早かれ、それを創り出すものも、それによって利益をうけるものも危険に曝されるのである。危険は階級の図式を破壊するブーメラン効果を内包している。富める者も、権力を有する者も、危険の前に安全ではありえない。」(『危険社会』)

日本列島に住んでいる人びとで、この福島第一原発事故直後の事故処理を指揮した吉田昌郎元所長を知らない人は少ないと思う。この人が、本日ー2013年7月9日ーに亡くなった。その一報を伝えるNHKのネット配信記事(2013年7月9日付)をまず紹介しておこう。

東京電力福島第一原子力発電所の事故で現場で指揮を執った吉田昌郎元所長が、9日午前、東京都内の病院で食道がんのため亡くなりました。
58歳でした。

吉田元所長は、3年前の6月に福島第一原子力発電所の所長に就任し、おととし3月11日の事故発生から現場のトップとして事故対応の指揮を執りました。
すべての電源が失われる中で、吉田元所長は、福島第一原発の複数の原子炉で同時に起きた事故の対応に当たりましたが、結果として1号機から3号機でメルトダウンが起きて被害を防ぐことはできませんでした。
吉田元所長は、その後、病気療養のため交代するおととしの11月末までおよそ9か月間にわたって福島第一原発の所長を務め、事故の収束作業にも当たりました。
おととし12月に食道がんと診断されて所長を退任しその後、去年7月には脳出血の緊急手術を受け療養生活を続けていました。(後略)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/k10015922331000.html

吉田元所長の死については哀悼の意を示しておきたい。ただ、吉田元所長自体については、功罪あるといえる。そのことを指摘しているのは、時事通信のネット配信記事(2013年7月9日)付である。ただ、他のマスコミは、吉田元所長の「功」の方を強調しているといえる。

(前略)
11年3月11日の事故発生後は、同原発の免震重要棟で陣頭指揮に当たった。首相官邸の意向を気にした東電幹部から、原子炉冷却のため行っていた海水注入の中止を命じられた際には、独断で続行を指示。行動は一部で高く評価された。
 一方、事故直後の対応では、政府の事故調査・検証委員会などが判断ミスを指摘。原発の津波対策などを担当する原子力設備管理部長時代に、十分な事故防止策を行わなかったことも判明した。(2013/07/09-18:17)
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2013070900691

吉田元所長の評価は、福島第一原発事故の原因、そして、事故処理のあり方が解明されることによって、歴史的に定まってくるといえる。

ここで問題にしたいのは、吉田元所長の死亡原因のことである。報道によれば、吉田元所長は食道がんで死去したということである。それに対して、吉田元所長を雇用していた東京電力関係者は次のように説明したと、上記のNHKのネット配信記事は報道している。

東京電力によりますと、事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルトで、東京電力はこれまで、「被ばくが原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかるので、事故による被ばくが影響した可能性は極めて低い」と説明しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130709/k10015922331000.html

「被ばくから5年以上たたないとがん発症との因果関係は認めない」というのは、東電その他「原子力ムラ」の人びとの常套句である。現在、福島県内の子どもたちにおいて、平常よりも多く甲状腺がんが発症しているが、同様の論理で、被ばくとの因果関係は認めていないのである。死去した吉田元所長もあるいは自分のがん発症と福島第一原発事故との因果関係を認めなかったかもしれない。

しかし、「事故発生から退任までに吉田元所長が浴びた放射線量はおよそ70ミリシーベルト」ということ自体がすでに問題なのである。事故発生(2011年3月)から退任(2011年11月)まで、9ヵ月になる。この70mSvという線量が、すでに一般人の限度の70倍ということになる。さらに、この線量は、本来、放射線業務従事者の通常時における被ばく線量限度年間50mSvをもこえているのである。

1972年に制定された電離放射線障害防止規則は次のように定めている。

第四条  事業者は、管理区域内において放射線業務に従事する労働者(以下「放射線業務従事者」という。)の受ける実効線量が五年間につき百ミリシーベルトを超えず、かつ、一年間につき五十ミリシーベルトを超えないようにしなければならない。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47F04101000041.html

ただ、この規則では、今回の事故における緊急時の対応に従事する労働者については、年間100mSvまで被ばく線量限度を引上げている。そして、2011年3月14日から2011年12月16日までは、さらに年間250mSvまで被ばく線量限度を引上げていたのである。

つまり、吉田元所長の「9ヵ月で70mSv」という線量は、通常では浴びることのない線量なのである。緊急時という状況下でのみ、許容されているにすぎないものでしかない。

Wikipediaの「被曝」の項によると、50mSvですでに染色体異常が出始めるとしている。そして、81mSvについては、「広島における爆心地から2km地点での被曝量。爆発後2週間以内に爆心地から2km以内に立ち入った入市被爆者(2号)と認定されると、原爆手帳が与えられる。」と説明している。

もちろん、短期に高線量を浴びることになる原爆と、長期間にわたって低線量にさらされる原発事故とは違いがある。その意味で一概にはいえないのだが、吉田元所長のあびた線量は、原爆被災者なみであったということになろう。

吉田元所長の食道がん発症の契機は、福島第一原発事故であったのかどうか、これは、もちろん、不明であるとしかいいようがない。東電を含む「原子力ムラ」の人びとは、必死に因果関係を否定するだろう。前述したように、吉田元所長自身もそう考えていたのかもしれない。しかし、それでも、放射線被ばくという問題について、福島第一原発に職業としてかかわって給与を得つつ、この事故を引き起こした責任者である人たちにもまぬがれないものであることを示す、一つの象徴としての意義を吉田元所長の死はもっているといえよう。

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