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Archive for 2010年11月

鬼子母神から法明寺への道(2010年10月18日撮影)

鬼子母神から法明寺への道(2010年10月18日撮影)


講社の行列は、鬼子母神堂の参拝で終わるわけではない。鬼子母神堂での参拝が終わった講社は、第二の目的地である法明寺にむけて、鬼子母神の境内を出ていく。

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鬼子母神堂への参拝(2010年10月18日撮影)

鬼子母神堂への参拝(2010年10月18日撮影)

鬼子母神堂前の万燈(2010年10月18日撮影)

鬼子母神堂前の万燈(2010年10月18日撮影)


この行列の目的地である鬼子母神堂に行く。ここで行列は、それぞれの講社ごとに鬼子母神堂に参拝する。行列の主役であった「まとい」と「万燈」は、鬼子母神堂の前で待機するように言われ、「囃子方」などと表現してきた人々だけが鬼子母神堂にあがり、題目「南無妙法蓮華経」を唱えて参拝した。

つまりは、この行列は、日蓮追慕の参拝行列であったのだ。そして「囃子」と表現してきた人々は、日蓮宗の大寺院でよくみかける、集団でうちわ太鼓をたたいて行列する人々がもとになっていると考えられる。これが本来の形で、「まとい」や「万燈」のほうが、まさに祭典の「飾り」なのだろう。日蓮追慕という「過去」ー「歴史」が、この祭典のテーマをなしていることを、この場面はよくしめしている。

もちろん、それは、寺院や講社側の考える本来の形ということであるが。

一方、講社によって、参拝のあり方も違ってくる。比較的地縁が中心とする講社は、参拝時間が短く、日蓮宗の信仰を中心とする講社は長い傾向があるように感じられた。

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鬼子母神境内(2010年10月18日撮影)

鬼子母神境内(2010年10月18日撮影)

鬼子母神境内は、屋台・露店でうずめつくされ、さらにその隙間には人々がひしめいている。さほど広くはない境内はさらに狭くなり、そこに「囃子」「まとい」「万燈」からなる行列が練り歩く。ずっと、ついて歩いていると、観察者の自分も「行列」に参加しそうな気になってきた。ただ、写真撮影をしているだけだったはずだが、いつのまにか、見物客の前でまるで参加者の一人のごとく行列について歩いている自分がいた。同化する自分を恥じて、ここで行列を離れ、屋台や露店の陰にひっこみ、裏道から鬼子母神堂前に行くことにした。

このような情況は、いろんな祭典を観察した者たちに過去にはなかったのだろうか。そんなことを思った。

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けやき並木入口(2010年10月18日撮影)

けやき並木入口(2010年10月18日撮影)


けやき並木にて(2010年10月18日撮影)

けやき並木にて(2010年10月18日撮影)


鬼子母神表参道商店街から鬼子母神門前のけやき並木に入る。けやき並木そのものが狭いが、今は屋台が参道の左右を埋めて、より狭くなっている。この狭さが、人々の距離を近づけ、より祭りの興奮へといざなっている。まといをもとうともつまいと誰もが踊り出す。

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鬼子母神表参道商店街にて(2010年10月18日撮影)

鬼子母神表参道商店街にて(2010年10月18日撮影)

明治通りから目白通りに入った行列は、再び左折して、鬼子母神表参道商店街に入る。それまでは、車道=行列、歩道=見物人という形で、厳然と分割されていた。表参道商店街には歩道はない。行列と見物客との距離が縮まってくる。実際、見物客が鐘をたたいているケースを目撃した。

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千登世橋を通過する万燈(2010年10月18日撮影)

千登世橋を通過する万燈(2010年10月18日撮影)


西武池袋前から出発した行列は、明治通りをそのまま南下する。途中、鬼子母神西参道という近道が明治通りと交叉しているが、そこには入らない。より南下し、千登世橋という立体交差橋をへて、目白通りに入り、東方に向かう。

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仮装した人(2010年10月18日撮影)

仮装した人(2010年10月18日撮影)

立正佼成会のように、日蓮宗の宗教行事と強く意識してお会式に参加する講社もあるが、地域の祭典として、あまり宗教儀式であること意識せず参加する人々も多い。この写真の左側に写っている人は、ボーリングのピンに仮装した参加者。たぶん若者。他にも仮装した人々がいて、まるでハローウィンのようである。このグループは、南池袋東通りの妙法講である。祭典の枠組みは、日蓮宗の宗教儀式であるが、その内部で、地域民衆独自の主体性が発揮される。

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